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運命の舵輪編

セイレーン編9

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 季節は12月になっていた、外は寒さが本格化してきており、街路樹の葉も落ちきって木々が剥き出しの枝を風に揺らせている。

 ルテティアにも雪が降り、それが積もって交通が麻痺してしまった事もあったがそんな中でも彼等、セイレーンの任務は少しも滞ること無く続いていた、蒼太もメリアリアも何度となく現場に駆り出されていたし、それらを順調に熟してもいたのだ。

 そんな中でー。

 ある変化が訪れていた、メリアリアがセイレーンの中でも8人しか選ばれない、と言う戦士達の頂点“女王位”へと選出されたのだ。

 理由は彼女の類い稀なる魔法力と総合戦闘能力、そして人格の高潔さだった、特に、常に鍛錬を欠かさない真面目さと向上心、そして友人達と楽しそうに過ごしているその姿が上層部及び、現役の女王達の目に止まったのである、“努力家で協調性もあり、仲間として加入しても問題はない”、とー。

「こう言う言い方をしていいのかどうか、解らないけれど・・・。取り敢えずはおめでとう、メリー・・・」

「うん。ありがとう、蒼太・・・」

 ある日の任務の傍らで、蒼太はメリアリアにそう声を掛けるが正直、その内心は複雑だった、多分、と言うより間違いなくメリアリアは“それ”を望んではいなかったであろうからであり、現に微笑みを浮かべつつも、何処か少し困ったような顔をしている。

「だけど、“女王位”にはなったけれど・・・。蒼太と一緒に居られて本当に良かったわ!!これからも」

 “よろしくね、蒼太!!”と声を掛けると少年は“もちろんだよ!!”と応えてくれた、“こっちこそよろしくね!!”と自らも挨拶を返して少し照れる。

「あはは、なんか恥ずかしいね。改まって言われると・・・」

「そ、そうだよね。なんか照れるよね?」

 ちょっと顔を赤らめながら、二人でそう笑い合うがこう言う時間がとても大切で、掛け替えのないモノだったのだと、メリアリアは後々思い知る事になるのである。

「でも蒼太、今日の任務ってちょっと変わっているよね?」

「“財務大臣の子供のボディガード”だろ?本人じゃなくて。しかも」

 と蒼太は続けた、“アルヴィン老師たっての指令だなんて”とー。

「それもわざわざ、僕達二人を使命してのモノだったらしいな」

「うん。役員の人が、そう言ってた・・・」

 メリアリアが頷くモノの実はそれ以外にもまだ、気になる点と言うのがあった、と言うのは彼等の前任者達が数名、任務の最中に忽然と姿を消してしまった、と言うのだ、しかも。

 彼等は皆、“ミラベル”のエージェント達であり本来ならばセイレーンの戦士達よりも、上手な筈の存在であった、それなのに。

「全員が、任務の途中で消息不明。それにその後の足取りも、一切掴めていないんだって・・・!!」

「・・・・・」

 メリアリアの言葉に、蒼太が思わず難しそうな顔を見せた、“前にも、似たような事があったような気がするけど・・・”と一人、内心でごちるが、さて。

「信じられる?そんな事って・・・っ!!」

「う~ん・・・」

 二人がそんな事を話し合っていた、その時だ、不意に場の空気が一変して周囲の建物や構造物ごと、辺りが異様な空間へと包み込まれて行く。

 あれ程賑わっていた雑踏も、人の気配も消え失せて行き、空が歪んでまるで絵の具を混ぜ合わせたように複雑に入り組んでいる緑と赤の波長の光が二人の頭上を覆っていった、その中心では。

「これって・・・っ!!」

「・・・・・」

 虚無の空間が漆黒の口を開けていたものの、驚愕するメリアリアに対して蒼太はもう、驚かなかった、彼としては3回目となる異空間“トワイライトゾーン”への変遷である、流石にもう、慣れて来ていた。

「これって、この前の・・・?」

「ああ。どうやらまた“トワイライトゾーン”に、落とされてしまったみたいだね・・・」

 そう言いつつも蒼太はすぐさま事態に反応して背中のベースケースから秘剣“ナレク・アレスフィア”を抜き放つと両手持ちで構え、その周囲へと向けて感覚と意識とを行き渡らせる。

 前回の時は、謎の少女によって蒼太達は“トワイライトゾーン”へと落とされてしまった、と言うことは今回もまた、敵はすぐ側に潜んでいる可能性が高かった、とてもじゃないが気を抜ける状況下に無い。

「・・・・・っ!!」

「・・・・・」

 どうやらメリアリアも同じ考えだったらしく、即座に“茨の鞭”を装備して構え、油断無く気を配り始めるモノの、今のところ近くにその気配はおろか、自分達に対する殺意や害意は感じられない、どうやら相手には“まだ”こちらを襲撃するつもりは無いように見受けられるが、しかし。

「・・・ねえ蒼太」

「・・・なにさ」

 神経を研ぎ澄まさせつつも“どうしよう”とメリアリアは問い掛けるが前回の時は気が付いたら元の場所へと戻れていたから問題は無いとしても、今回はどうなるのか解らなかった、メリアリアが不安がるのも当然と言える。

 それに対する答えを、蒼太もまた導き出せていなかったモノの、それでも彼は“何とかなるかも知れない”と考えていた、と言うのは、ここは恐らく、“完全なるトワイライトゾーン”ではない、何らかのアイテムによって作り出された、擬似的な空間か何かだろうと、少年は見抜いていたからだ。

 それは“真なるトワイライトゾーン”に落とされた事がある者だけが感じ取れる感覚と言うか直感であったが、その証拠にここにはまだ、“天地の区別”が残っており“運動の法則”も働いている、つまり通常空間と同じように動いたり戦ったりする事が出来る訳でありその分、意識や思いがその全てを決するような、“真なるトワイライトゾーン”とは似て非なる場所、と言う事が出来た。

(あの女の子の時も、そうだったけれど・・・。ここはまだ、現実世界と繋がりがある場所なんだ、完全に隔絶されてしまっている訳では無いんだ。だとすれば・・・)

 まだ方法はあるかも、と、蒼太は考えていたのであるが、そんな彼等の心の変化を、間の渡りにしたかのように目の前に更なるや異変が現れ始めた、周囲に無数の影が蠢きだしたかと思うと、それらが徐々に形を成して行き、終いにはハッキリとした怪人(モンスター)として顕現して行った。

 そこにいたのは、ゴブリンの成体にオークの群れ、そして大小様々な形のトロルだった、その数はこの前の三倍以上の大軍だっただ、それが道という道、建物の影という影から次々と溢れ出でては二人の前へと立ちはだかって来たのだ、だが。

 しかしなによりかにより、一際蒼太の目を引いたのは、その中心で佇んでいる人物だった、その髪の毛は灰色で短く切り揃えられており、全身は漆黒のプロテクト付きのラバースーツで覆われていた、背中には両手持ちで扱うロングソードを引っ提げており、そしてー。

 その顔には、見慣れぬ異界の面を付けていた、その姿に、蒼太は見覚えがあった、忘れたくても早々、忘れる事の出来ない敵の姿だったのだ。

「久し振りだな、小僧」

「カイン・・・ッ!!」

「・・・・・っ!?」

 その姿をみるなやいなや、流石の蒼太も意外そうな顔を見せた、確かにアイリス達は言っていた、“取り逃がしてしまった”と。

 “止めを刺しきれなかった”とも語っていたがしかし、だから生きていても不思議では無かったモノの、この場面で再び出会うとは夢にも思っていなかったのである。

 それだけではない、今目の前にいる男からは、かつての何処か飄々としたモノとは違う禍々しさのようなモノを、蒼太は感じていた、何か全く別の力が宿ったような、そんな感覚と落ち着き振りである。

 だから蒼太も思わず警戒心を露わにして身構え直したのであるが一方で、その名を聞いたメリアリアもまた、怪訝そうな表情を浮かべたままで“ソイツ”と向き合っていた、“カイン”の名は、聞いた事があった、蒼太が異世界へと召喚される、切っ掛けとなった存在の名だ、自分達が研究していた“ジガンの妙薬”の処方箋を盗み出してエルフ王を危篤へと追いやった敵!!

 その名が確か、“カイン”だった、彼女はそれを覚えていたのだ。

「あいつが、カイン・・・ッ!!」

「ああ・・・」

 メリアリアの問いに頷く蒼太を、冷たい眼で見詰めながらもカインは告げた、“流石に力を付けたな小僧”とー。

「前回よりも、魔法力が随分と上がっているじゃないか、見違えたぞ」

「・・・上がったのは、魔法力だけじゃない」

 警戒を決して解かぬまま、それでも蒼太は堂々と言い放った。

「この前よりも、何倍も強い力を手に入れたんだ、もうお前なんか敵じゃない!!」と。

「ほうっ!?」

 それに対してカインは応えた、“言うな”とそう告げて、しかし。

「だがな小僧。お前は何も解ってない」

 “こいつは戦争だ”とカインは言った、そしてそう、応えるなや否や、片手をサッと上げるとそれを、二人に向かって振り下ろして行くが、その途端にー。

 その場で待機していた魔物の群れが、二人目掛けて襲い掛かっていった、それをー。

 蒼太とメリアリアは、真正面から迎え撃った、この頃の二人の成長っぷりは周囲も目を見張るほどに目覚ましく、その実力もセイレーンに加入した時と比べても確かに、段違いにまで跳ね上がっていたのだ。

「波動真空呪文(インフィニテッツァ・ブリージア)!!」

「光炎魔法(ルーチェ・デ・ソーレ)!!」

 敵の集団に切り込みつつも剣を振るい、鞭を撓らせ、合間合間に法力を精製しつつもそれらを魔物の群れに向かって間断なく解き放って行く。

 蒼太にもメリアリアにも、もう迷い等と言うモノは存在していなかった、勿論、そこには“余りに酷たらしいやり方は好まない”と言う彼等の心理が反映されていたモノの同時に、専(もっぱ)らの理由としてはただただただただ“生き延びたい”、“こんな所でこんな奴らに殺されてやる義理は無い”、と言う一心で、それも殆ど一瞬で相手を蹴散らし、薙ぎ払っていったのだ。

 そしてそれは非常に正しい選択と言えた、何しろ相手は自らを省(かえり)みる、と言う事を忘れ果ててしまった連中である、情けや暖かさを忘れ、そしてなによりその果てにある“愛”を、“進化”を忘れてしまった連中である、そんな連中に情けなど加えれば、どんなことになるのか、と言うことを、二人はよくよく思い知っており、それ故に、一切の反撃を許さないようにしてこの世から抹殺していったのだった。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ。はあっ、はあっ、はあっ。はあぁぁぁ・・・っ!!」

「はあはあっ。ふうぅぅぅ・・・っ!!」

 やがてその全ての敵を始末し終わった時ー。

 メリアリア達は、相当に消耗していた、特にメリアリアのそれは激しかった、肩で荒く息を付き、全身からは大量の汗を滴らせて美しいその金髪を、上下に激しく揺らしていた。

 如何に“量産型”と言えども、あれだけの数を始末したのは初めての経験だった、体力も魔法力も底を尽きかけておりこの状態で、新たな敵を、それもボスクラスを迎えなければならないのは些か酷な状況と言えた。

「・・・小僧」

 そしてそれは蒼太もまた同じ有様だった、いや、体力や精神力にはまだまだ余裕を残していたモノの、その身は傷だらけであり、所々出血もしていた。

 彼はメリアリアよりも見極めが甘い分、何度か敵の攻撃を受けてしまっておりダメージを喰らってしまっていたのであるが、それだけでは無かった、自身も苦戦していたにも関わらず、途中で何度かメリアリアの加勢の為に攻撃呪文を撃ち放ち、相手を蹴散らすまではいかないまでもその攻勢を防いでいたのだ。

「はあっ、はあっ。はあぁぁぁ・・・っ!!そ、蒼太・・・!!」

「・・・・・」

 そんな彼氏を、メリアリアは複雑そうな面持ちで見つめていた、彼女にしてみれば少年の心遣いは有難かったが、同時に困惑もしていた、自分のせいで恋人が傷付くなど、絶対にあってはならない事だったからだ。

 一方で、蒼太も蒼太でそれは全く同じであったがそれ以上に少女が傷付く様を黙って見過ごすことは出来なかった、それだけは絶対に許せなかったのである、だから。

 蒼太は途中で何度も手を出した、自分が傷付くことも厭(いと)わなかった、何としてもメリアリアを守ろうとしたのである、しかし。

 そんな二人を、カインは薄ら笑いを浮かべながら眺めていた、少年と少女の関係は、彼にも解ったつもりだった、“あの小僧に、こんな小娘がいたのか”と意外そうに思いつつも、何処か面白そうな顔を二人に向ける。

「・・・小僧。よくやったな、小娘も。随分と頑張ったじゃないか」

 と何処か呆れたような、それでいてほくそ笑むような口調で告げるカインの言葉からは、微かな後悔も動揺も見て取れなかった、ただただ“思い通りになった”と言う爽快感だけが伝わってくる、そんな語勢だった。

「褒めてやるよ、ここまではな。敵ながら天晴れって奴だ、よくやったよお前らは」

 “だがな”とカインは続けた、“これが戦略と言うもんだ”と。

「如何に雑魚とは言えども、たった二人であれだけの数を相手にしたんだ、相当に消耗しているだろうが・・・」

 “だけどな”と言い放ち様に、背中のロングソードを引き抜いて構える、と次の瞬間。

「ぐうぅぅぅ・・・っ!!」

「ちぃ・・・っ!!」

 無言のままに突然、メリアリアへと狙いを定めて一気に斬りかかって来るモノの、それを蒼太は咄嗟に身体を動かして庇うように必死に防いだ、カインはメリアリアの事を何とも思っていない、もし蒼太が阻止しなければ、平然と切り捨てていただろう事が、鍔迫り合いを通して伝わる気迫と力から伺える。

(そんなこと、絶対にさせない!!)

 その思いが、蒼太の体に力を与えてカインを逆に押し返した。

「でやああぁぁぁぁぁっ!!」

「うおっ!?」

 “なにぃっ!?”と流石に驚きを覚えたのか、カインは狼狽えた、そしてそれが一瞬の隙となった。

「たあぁぁぁぁぁっ!!」

 よろけたカイン目掛けて蒼太が、勢い良く剣を振るうが、しかし。

 それがカインに届くことは無かった、ナレク・アレスフィアの刃が届くか届かないか、と言う所で剣が見えない何かに当たり、ガキィィィィンッと弾かれたのだ。

「・・・・・っ!?」

「ふうぅぅ・・・っ!!」

 危ないぜ、とカインははひとりごちたがそんな彼から一度、距離を取って離れると、蒼太はメリアリアを庇うようにして再びカインの前へと立ち塞がる。

「今のはやばかったな。やるじゃないか、小僧・・・」

「・・・・・」

 だけどな、とカインは続けた、“無駄な足掻きだ”とそう告げて。

 剣を上段に構え直すと、再び蒼太目掛けて突進してくるモノの、今度のそれは先程の攻撃よりも、遥かに力も勢いも増していた、それは確実に少年の息の根を止めようと繰り出された、殺意の一撃だったのである、それを。

 蒼太はまたも真正面から受け止めると再びの、鍔迫り合いが始まった。

 ガキィィィィンッと言う音と共に火花が飛び散り、互いの拳に振動が伝わる。

 その強さは殆ど互角だったが体格で勝るはずのカインの攻撃に対してしかし、蒼太は一歩も引かずに応戦した、その気迫も反応の見事さも、とてものこと消耗した少年のモノとは思えない程にしっかりとしたモノだったのだ。

「そ、蒼太・・・っ!!」

「メリーはそこで見てて!!」

「でも・・・っ!!」

「いいからっ。少しでも体力を回復させるんだ!!」

 そんな彼氏に向かって思わずメリアリアが声を掛けるが蒼太はカインと向き合いながらもそれに応じた、確かにその口調からは落ち着いた力強さが漂って来るのを感じるし、その動きにもまた鋭さがあった、どうやら自分と違って彼にはまだ余力が残されている様子であり、だとすればこの場は蒼太に一任せざるを得ない。

「はあぁぁ・・・っ!!」

「ちいぃぃ・・・っ!!」

 一方で、そんな少年の様子を見ていたカインは戦法を変える事にした、当初は力で押し切ろうとしていたモノの一旦距離を取って三度剣を構え直すとそのまま、俊敏なフットワークを活かしてヒットアンドアウェーを繰り返し始めたのだ、要するにジワジワと蒼太を嬲(なぶ)る作戦に切り替えたのである。

 先程までと違いガンッ、キンッ、ガンッと言う金属同士の衝突音が連続して響き渡り、その度に小さな火花が飛び散った、リズムに乗ってきたカインの身のこなしは軽くて素早く、それに対して蒼太はその場から、あまり動けていなかった、と言うよりも彼は動けなかったのだ、それほどカインの攻撃は変則的で隙が無く、また連続したモノだったのだ。

「どうした小僧っ。受けてばかりじゃ勝てないぞ!!」

「くうぅ・・・っ!!」

 余裕で責め立ててくるカインの攻撃を、蒼太はそれでも懸命に受け続けた、下手に動けば相手の剣の切っ先で切り裂かれてしまうだろう事は明白だったからである。

 それに。

 蒼太もただ、受けているばかりでは決して無かった、その動きを見極めては必ずや存在して居るであろうカインの隙を、必死になって探り続けていたのである、そしてー。

 “それ”はようやく訪れた、カインが剣を振りかぶる際に生じる、その一瞬の間を蒼太は見逃さなかったのだ。

 ガキィィィィンッ!!

「!?!?」

「うおぉっ!?」

 蒼太は、迅速に行動した、カインが攻撃に移る直前に自らもまた距離を詰めて、そのまま走り去り際に脇腹に一撃をお見舞いする、所謂(いわゆる)“抜き胴”の体勢を取ったのである、しかし。

「あぶねーな、おい・・・!!」

「・・・・・」

 タイミングは致命的だったにも関わらずこの攻撃も、前回と同様に見えない“何か”によって防がれた、流石の蒼太も振り返り様、信じられない顔をする。

「危ない所だったな、やるじゃないか小僧・・・」

(この“守り”が無かったら。今日は二度、死んでる訳か・・・!!)

 カインは一人、内心でごちるがこれが今回、モンスターの大軍を相手にぶつけて予(あらかじ)め二人を消耗させておく以外にカインの用意した奥の手だった、その中核となっているのがパートナーのメイルだ、優れた呪(まじな)い師でもあった彼女はその能力を活かしてダークエルフ族に伝わる秘法を用いてカインにある呪(まじな)いを掛けたのである、即ち。

 “自分以外の誰にも傷付けられなければ、打ち負けることはない”と言う呪(まじな)いを。

 それは強力な結界となって彼の身体へと纏わり付き、それが蒼太の攻撃を、二度までも弾いたのだ。

「・・・小僧」

 舐めた真似をしてくれたな、とカインは激昂した、そしてー。

 剣を上段に構えると何やら呪いの言葉を唱え、一気にそれを振り下ろした、瞬間。

 ガガガガガガガッと強烈な勢いで地面が抉られ、生成された衝撃波が蒼太目掛けて疾走して来る。

「これは・・・っ!!」

 それは蒼太には見覚えのある攻撃だった、エルヴスハイムの洞窟で初めてカインと相対した時に突然、敵から放たれたあの地を駆け抜ける衝撃波の魔法だった

 あの時は呪文で防いだそれを、蒼太は今度は跳躍して躱(かわ)すと素早く着地して直ぐに剣を構え直すが、しかし。

 その時にはもう、カインは二撃目を放っており、蒼太に反撃の隙を与えなかった、カインは蒼太をただひたすらに消耗させて、最後の最後で止めを刺す作戦に切り替えたのである。

 それは今の蒼太にとって、一番避けたい状況だった、このままではジリ貧に追いやられてしまうが近付かなければ剣による攻撃は出来ない。

 が、カインは恐らく、もう二度と不用意な接近はしないだろう、そうなってくると状況を打破するためには自身も魔法による、遠距離攻撃に切り替えるしかない。

 だが。

 ズガガガガガガガガッ。

 ガガガガガガガガガッ。

 その為に必要なの、ほんの僅かな精神集中の時間さえもカインは与えないつもりだった、蒼太に対して自身の魔法である“ヴァハー・ズ・ガーレ疾風の怒り”を次々と連発させて、徐々に蒼太の体力を奪い取って行く。

「うぅっ!?くうぅ・・・っ!!」

 地を蹴り、或いは転げ回りながらも何とかその攻撃を避け続ける蒼太だったが一方のメリアリアは、そんな恋人の様子をハラハラしながら眺めていた、彼女には、どうすることも出来なかった、先程までの戦闘で体力と精神力とを著しく消耗してしまった少女はその場から満足に動くことも侭ならなかったのであり、ただただひたすら両手を胸の前で組み、祈るように蒼太の事を凝視していた。

 魔法で援護しようにも法力は既に底を尽き掛けていて満足に威力を振るえなかったし、残る手段は体術でしか無いが自身は疲労の極致にある上に、相手は剣を持っている、普段ならばともかく、今のメリアリアにカインの鋭峰を避けて戦う事は不可能に近かったのだ。

「・・・・・っ!!」

(どうしようっ。このままじゃ蒼太がやられちゃう・・・っ!!)

 彼女が心配の余り、“それでも”と覚悟を決めて、攻撃魔法を放とうとした、その時だ。

「うわああぁぁぁぁぁっ!?」

 遂に、カインの攻撃が蒼太を捉えた、命中の瞬間、辛うじて身を逸らす事で直撃だけは避けた様だがそれでも右肩を深く傷付けられて、そこからは夥しい量の血液が流れ出して来る。

「きゃあああぁぁぁぁぁっ!!!?」

 その様子を見ていたメリアリアは、思わず叫び声を挙げてしまった、思考が停止してしまい、心臓がバクバクと脈を打つ。

 青空色のその瞳をカッと限界まで見開いたままで、信じられないモノを見たような、驚愕の表情を彼氏に向けて、その場に立ち尽くしてしまうが、しかし。

「はあはあっ、あはははっ。やったぞ小僧っ。遂に捉えたぜ、だがな」

 “まだまだだぞ?”とカインは続けた、そのまま再び剣を構えて呪いの言葉を口にすると、肩を押さえて痛みに耐える蒼太へと向けて“ヴァハー・ズ・ガーレ”を連発させて、少年を命の限界へと向けて追い詰めて行ったのだ。

 ガガガガガガガガガガッ、ズガガガガガガガガッと幾筋もの衝撃波が地面を走り、少年へと迫ってくる。

 傷付きながらも蒼太は蒼太はその全てに対応しなければならなかった、その身は徐々に重くなり、剣を持っている事さえ億劫になってきていた。

 息は上がって呼吸が乱れ、それが尚のこと、体力の低下に拍車を掛ける。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあぁぁぁっ。くうぅぅ・・・っ!!」

「はあはあっ。わはははっ、どうした小僧っ。もっと上手く避けて見せろ!!」

 笑うカインも一方ならぬ程に疲弊していたモノの、蒼太の消耗はそれ以上だった、今の彼を支えていたのは最早気力だけだった、“メリアリアを何としてでも守るんだ”と言う、強い思いだけが唯一、彼が崩れ去るのをギリギリの所で食い止めていたのだ、しかし。

「ぐああぁぁぁぁぁっ!?」

 そんな蒼太の元へと向けて、第二撃目が着弾した、今度もギリギリで躱した筈が、避けきれなかった、やはり身体の反応が、鈍いものとなっていたのである。

 今度やられたのは左の腿だった、軸足をやられてしまったことで蒼太はそれまでのように動き回る事が出来なくなってしまっていた、万事休すに陥ってしまったのである。

「う、ぅぅぅうううっ。くうぅぅ・・・っ!!」

「はあはあ・・・っ。くっはははははっ。どうだ小僧っ。思い知ったか・・・!!」

 カインは告げるとようやくその場から一歩一歩前に踏み出して行き、蒼太へと向けて近付いて行った、止めを刺すべく距離を詰めて来たのだ、しかし。

「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!!」

「あ、あああ・・・っ!!」

(どうしようっ。蒼太が、このままじゃ蒼太が・・・っ!!)

 メリアリアは焦りの余り、パニックに陥ってしまっていた、攻撃魔法を精製しようにも今からではとてものこと間に合わないし、鞭を振るおうにも体力はまだ、全然回復していなかった、何よりかにより仮にもし、今から戦闘に加わったとしても彼女が現状を何とかするより早く、カインの剣が蒼太の胸を貫くだろう。

(蒼太が、蒼太が・・・っ!!)

「・・・・・っ。そうだ」

 と、彼女が考え倦ねている間にもカインは蒼太へと歩を進ませ続けて遂にはその剣の刃を、少年の首筋へと押し当てる、すると。

 “良いことを思い付いた”とでも言わんばかりにニヤリと笑うと蒼太を見据えたままの体勢から、メリアリアに対して言葉を投げ掛けて来る。

「小娘、小僧を助けたいか?」

「・・・・・っ!!」

「仲間になれ」

「・・・?」

「っ!?」

「お前のその力を、今後は俺のためだけに使うと誓え。そうすれば小僧だけはこの世界から生かして返してやろう」

 “もし断れば”とカインは続けた、“小僧を殺してお前も殺す”と。

「小僧を救えるのは、お前だけだ。さあどうする?」

「・・・・・」

「メリーッ、聞くな!!」

「・・・蒼太」

 メリアリアは暫くの間、黙って立ち尽くしていたがやがてゆっくりと少年へと向けて声を掛けた、その表情は寂し気で、声には悲痛ささえ漂っている。

「ごめんなさい、でも私。蒼太には生きていて欲しい・・・」

「メリーッ!!」

「だから」

「止めろメリーッ!!」

「私の事は、もう忘れて・・・っ!!」

「・・・・・っっ!!!!!」

 喉から絞り出したのであろうその言葉は震えていた、消え去りそうな程の弱々しいモノだった、いや最後は殆ど嗚咽に近かったと言ってもいい、それ程にその言葉はメリアリアにとっては辛い、それこそ心が捻じ切られそうになる程のモノだったのだ、しかし。

「・・・ざけるな」

 “巫山戯(ふざけ)るな!!”と蒼太はいきり立つと一瞬でカインの剣を払い除け、その場に勢いよく立ち上がる。

「うおぉぉっ!?」

「・・・・・っ!!」

 これにはカインのみならず、メリアリアでさえも驚かされた、この少年の何処にこんな力が残っていたと言うのだろうか。

「な、なんだと・・・っ!?」

「カインッ、てめーは殺す!!」

「蒼太!!」

「そこで見てろメリーッ!!」

 言い放つやいなや、蒼太は剣を上段に構えるとカイン目掛けて疾走した、傷口からはビチャビチャと血が滴り落ちて地面に赤い水溜まりを作るがこの時の蒼太は気にしなかった。

「んなあぁぁぁっ!?」

 ガキィィィィンッとカインの首筋へと向けて刃が飛んでいった、少なくともメリアリアにはそう見える程に、鋭くて素早い攻撃だった、しかし。

 それすらも、見えない“何か”によって弾き飛ばされてしまい、攻撃が通らなかった、“クソッ”と彼は毒づいた、それは普段の蒼太からは絶対に見えない感情ー。

 即ち“憎悪”と“憤怒”だった、彼は今、それに支配されていた、それだけカインの行動と言葉とが腹に据えかねたのだ。

「こ、小僧・・・っ!!」

「てやあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 今の蒼太には最早、迷いと言うモノが存在して居なかった、普段の彼はどうしても何処かで、“痛み”や“肉の抉られる感覚”、そして“骨の砕かれる悲惨さ”と言った、敵に対するダメージが認識されてしまい、それが攻撃の際の緩さに繋がってもいたのだが、今の彼にはそれがない、ただただ純粋に“カインを殺す”、それだけに特化した存在となっていたのだ。

 一方で。

 いつまでも防戦一方のカインでも無かった、体勢を立て直すと自身も剣を構え直し、蒼太目掛けて突っ込んで行く。

 しかし。

 ガアァァァァンッと言う音と共にその剣が弾き飛ばされてしまい、彼の手から離れてしまった、信じられなかった、この死に損ないの、しかもまだ子供の何処にこんな力があったと言うのか。

 しかも。

「だりゃあああぁぁぁぁぁっ!!」

 その攻撃も熾烈を極めていた、先程から狙われているのは頭、喉、心臓、そして四肢だ、蒼太は自分の急所や当たれば大打撃となる箇所だけに狙いを定め、正確にそこを切り裂こうと、或いは刺し貫こうと剣を振るって来る、しかし。

 その全ては弾かれてしまい、ダメージが結局、カインに通ることは無かった、そればかりか。

「うぅぅぅっ!?ぐああぁぁぁぁぁっ!!!」

 遂に蒼太が呻き声を発して膝をつき、その場に倒れ伏してしまった、周囲は血の海になっていた、全て蒼太の体から流れ出した血液だった、衣服も真っ赤に染まっていた、彼は限界を超えてしまったのである。

「ああ・・・っ!!」

 メリアリアが叫んだ、“どうしよう、蒼太が死んじゃう”、“そんなこと絶対にだめ”、“死んじゃだめ”と思った、その思いだけがメリアリアを突き動かした、倒れ伏してしまった少年の元へと駆け寄ると、思わずその身を擦ってみるがしかし。

 その手には、ベットリと赤い体液が付着していた、蒼太の体から流れ出した、熱い血潮だった、それを見たメリアリアはいても立ってもいられなくなった、“蒼太を生かす”、“何としてでも”、“自分の大切な人に生きていて欲しい、生かしたい”、“絶対に!!”。

(蒼太、死んじゃだめ・・・っ!!)

 この時のメリアリアにあったのは、その一念だけだった、それはメリアリアから不要な雑念を捨てさせて、意識を“今”、“この瞬間だけ”に集中させて行った、“蒼太を守りたい”、“助けたい”、“自身の愛しい人を、何があっても殺させはしない”、その思いが願いとなり、純粋な祈りの領域にまで昇華された時ー。

 奇蹟は起きた。

「だめえええぇぇぇぇぇっっ!!!」

 メリアリアがそう叫ぶと同時になんと彼女の全身が七色に眩く輝きだし、それが周囲を覆って行く、するとー。

 なんと蒼太の傷がみるみる内に塞がって行き、体力も力もその身に蘇って来ていた、反面。

 その光によって照らし出されたカインの身体からは、何やら衣のような透明な“何か”が剥がれ落ちて行き、跡形も無く消え去ってしまった、やがてその光の洪水が収まった時に、その場にあったのは傷の癒えて完全に復活を果たした蒼太と、だらしない表情を見せたまま、呆けた顔で立ち尽くしているカインの姿だったのだ。

「・・・っ!?!?な、なっ。なに?」

「・・・・・っ!!」

(同じだ、あの時と・・・!!)

「・・・蒼太!!」

 あの不思議な少女と戦った時の事を思い返していた蒼太の耳元に、“今よ!!”と言うメリアリアの言葉が届くがそれを聞いた蒼太はまるで突き動かされるようにして起き上がると体勢を整える。

 その動きはゆっくりとしたモノではあったけれども力強くて頼もしい活力に溢れていた。

「カイン・・・ッ!!」

「うおぉぉっ!?」

 剣を構え直すと少年は、相手の名を呼んだ、そしてー。

 次の瞬間、その首元目掛けて疾走し、躊躇無く刃を振るうが、それに何とか反応してロングソードで受け止めたカインはしかし、その鋭さと俊敏さとに心の底から驚愕していた。

 先程までの鈍重さが嘘のような身のこなしであるが、それは万全の状態の蒼太が見せた、殺意を込めた一撃だった、その苛烈さはカインの予想を遥かに上回る程に気迫に満ちていて激しく、凄まじいモノだったのだ。

「・・・・・っ!!」

(な、なんだ!?コイツの力は!!これが本当に、先程まで死にかけていたガキの力か!?)

 その戸惑いは思わず表情に出てしまうモノの、それほどまでにこの時の蒼太の攻撃は熾烈を極めたモノだったのだ、それは少年に宿っている底力の発露そのモノに他ならなかった、相手への躊躇を無くした蒼太の力はそれだけ絶大なモノがあったのだ。

 上、下、斜め、横から次々と繰り出される、素早くて重たい一撃に、カインも反応仕切れずに徐々に追い詰められて行った、やがて。

 ガキィィィィンッと言う感触がして、その剣が真ん中部分から真っ二つに切り裂かれた、一瞬の隙を付いた蒼太が“斬鉄”を行ってカインの剣をへし折ったのである。

 そしてー。

「ぐわああぁぁぁぁぁっ!!!」

 続いてカインから悲鳴が響き渡るが次の瞬間、蒼太がその左腕を切り飛ばしたのだ、胴体から離れた腕は地面をゴロゴロと転がってはそこに血溜まりを形成させた。

「があああぁぁぁぁぁっっ!!?うっぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」

「カイン!!」

 無くなった左腕を抱えて悶える恋人の姿をアジトから見ていたメイルは遂にその魔術を発動させた、“瞬転魔法”を用いてカインを異空間から自らの元へと召喚すると、続けざまに魔法を発動させてちぎれた腕を自らの右手の中へと呼び寄せる、そしてー。

 必死になって治癒の魔法を発動させるがその法力をもってしても完全なる蘇接には程遠かった、恐らく今後暫くはリハビリに勤しむ事になるだろう。

 一方で。

 蒼太とメリアリアのいる空間には、カインの装備していた折れた剣の切っ先と、夥しい量の血痕が残された、それは、蒼太の居る場所は赤々としていた反面、カインの居た場所には青黒い“それ”が残されていた、“それ”は彼等の勝った証であり、試練を乗り越えた、何よりの誓約の言祝ぎであったのだ、しかし。

「メリーッ!!」

「は、はい・・・っ!!」

 蒼太からの鋭い呼び掛けに、ビクッとして応じるメリアリアだったがそれ程にまでに彼の語勢は粗々しく、かつ力に満ち満ちたモノだった。

「お前は、俺のモンだ!!」

「・・・・・っっっ!!!!!はい、はいっ!!」

 自身を力強く抱き締めると同時に放たれた、少年からの“解ったか!?”と言う言葉に最初はキョトンとした顔をしていたメリアリアの双眸からは、次第に涙が溢れ出してきてその表情が崩れて行く。

「うん、うんっ!!はい、蒼太っ!!メリアリアは、ずっとずっと、蒼太だけのモノです!!」

 泣きながら、何度となくそう頷くとメリアリアは“蒼太、蒼太”と繰り返し告げて自らも年下の彼氏のガッシリとしているその身に抱き着いた。

 その面持ちは暖かくて、何処かホッとしたモノだった。

「・・・帰ろう!!」

「うひっ、グス・・・ッ。うんっ!!」

 やがて放たれたその言葉に、満面の笑みで頷くとメリアリアは蒼太の手を握り締め、本部のある方向へと向けてその場から移動をし始めた。

 そんな二人をまるで祝福するかのように空は晴れ渡って行き、人の気配が戻ってきていた、二人は元の世界へと還元を果たしたのである、その日、12月の5日、土曜日。

 二人はいよいよその関係を深めて行き、夫婦としての第一歩を踏み出したのである。
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