星降る国の恋と愛

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運命の舵輪編

エルヴスヘイム事件4

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 人というのは本来は分かり合える筈なのに、それでも中々、現代人は他人の痛みに対しては鈍感である。

 例えばある人が(人々が)昔、別の誰かを酷く傷付けてしまったとする。

 そして時が過ぎ去った時に、過去を振り返って見た時に、“あの時はすまない事をした”と、被害者に対して思ったとしても、実際はその3倍~4倍は、被害者を傷付けて苦しめているモノなのである。

 何故やった側とやられた側とで、これほどの意識のズレと言うか、感覚のズレが生じるのか、と言うとそれは、加害者側が一切、傷付いていないからである。

 自分がダメージを受けたり、やられたりした訳では無いからである(だから人の痛みが解らないのだ)。

 そしてもう一つが、加害者側にも“主観”というモノが存在しているからである。

 “あの時はしょうがなかった”、“こっちにだって理由があった、他にどうしようも無かったんだ”と、それが一種の自己弁論や自己陶酔、即ち言い訳となって被害者側が実際に受けたダメージを、そのまま自分が感じ取るのを拒否してしまうと言うか、バイアスを掛けて歪めてしまうのだ、“自分だけがやったんじゃない”とか“そこまでの事はしてなかっただろう”と、過小評価させてしまうのだ。

 これが、加害者側と被害者側とで感覚が、それも3倍~4倍もズレる理由である。

 だがここで忘れてはならないのは、被害者側にだって色々な事情がある、と言うことである、色々な事情がある中で、それでも日々を本人なりに、一生懸命に生き抜いているのだと言う事実である。

 だが加害者側と言うのは他人を傷付ける際に、つまりは被害者側を傷付ける際に、彼の者の気持ちや事情など考えずに、平然と傷付けるモノなのだ。

 加害者側は考えてみると良い、実際は自分が思うよりも、3倍~4倍も深く酷く人を傷付けていたのだと、そしてそれだけ恨まれているのだと。

 そう言った人々にどうやったなら許してもらえるのかを考えてみるべきなのだ。

 ある一般人が、苦しみの末に得た気付き。
ーーーーーーーーーーーーーー
 蒼太がアイリスベルグを出立してから3日目の夜。

 ちょうど森の木々の切れている場所へと到着した蒼太は月明かりの中、そこで野宿をする事にして太い木の幹の根元へと腰を降ろして寝そべるが、そんな彼が寝息を立て始めてから、暫く経った頃ー。

 ついにその時は訪れた、眠りに着いていた蒼太はふと気配を感じて飛び起きると置いてあった杖とナイフを握り締め、感覚を研ぎ澄ませて注意深く辺りを探る、するとー。

 奥の方の木陰から何やら視線を感じるモノの、そこには六つの小さな赤い光があって、何やら忙しなく蠢いている。

「・・・・・っ!!」

(お、落ち着けっ。落ち着くんだ、蒼太!!)

 自分自身に言い聞かせつつも、尚もそこを注視していた蒼太の耳に、今度は“ギャッ、ギャッ”、“ゲフッ”と言う、何とも嫌な感じのする、短い呻き声のようなモノが聞こえて来た、すると程なく。

 ガサゴソと、草むらをかき分ける音がして何が起きても良いように身構える蒼太の前に、三体の小さな人型の魔獣が姿を現した。

 背丈は蒼太よりも少し大きな位だろうか、その瞳は赤色に爛々と輝いており、その体は灰色の混ざった深緑色をしている。

 手には棍棒を持っていてその他の装備品は腰布一枚、全体的に痩せ型でモノの腹部だけはプックリと膨らんでいた。

 “ギャッ、ギャッ”、“グエェッ”。

「・・・・・っ!!」

 蒼太も初めて見る魔物、ゴブリンだったが実はこの時、蒼太はまだ実戦と言うものを経験していなかった、セラフィムに於いての模擬戦闘で何度かクラスメイトや友人達と組み合ったり、鍔迫り合いを演じたりした事はあったし、それに実家にいる時も父相手に剣術や棒術の特訓を受けた事だってあったがしかし、もろの殺し合い、本物の戦いと言うモノは今回が初めてだったのだ。

 それも僅かとは言えども自分よりも大柄な相手に対して、いきなり3対1と言う圧倒的な劣勢である、普通ならば逃げる、と言う選択肢を選ぶ所だろう、しかし。

「く・・・っ!!」

 蒼太は逃げなかった、ここで逃げてたまるかと思った、どっちみちいつかはやるしかないと覚悟していたし、それとここで逃げたら何だか自分はずっと逃げ続けるかのような気がして、それが堪らなく嫌だったのだ。

「・・・・・っ!!」

(大丈夫、訓練どおりやれ、父さんだと思え!!)

 そう自分に言い聞かせて奮い立たせる、すると。

 “グガアァァッ!!”

 まるでそれを待っていたかのようにして、1番左側にいたゴブリンが禍々しい雄叫びを発しつつも襲い掛かって来た、でもそのスピードは遅い、少なくとも思ったより早くない。

 蒼太で充分に対応できるモノだったし、それに何より父に比べればその勢いも気迫もまるで乱雑で緩く、薄いモノだった。

 “グゴオォォッ!!”

「てやっ!!」

 月明かりに照らし出されて、ゴブリンの姿がハッキリと浮かび上がる。

 蒼太は杖を構えると足を踏ん張り、頭部を狙うと見せ掛けて上体のバネを利用して途中から素早く軌道を変えた。

 “グアフゥゥッ!!”

 そのまま斜め上段から大腿部目掛けて一気に振り下ろした一撃は、見事に太腿にクリーンヒット、ゴブリンはその場に蹲(うずくま)り、足を抱えて悶絶した、一方の蒼太は。

「たりゃあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 何と自ら、残り二体のゴブリン目掛けて食って掛かって行ったのだが一体目にまず一撃を、それも思い切って与えた事で生き物を傷付ける事に対するタガが多少なりとも緩んでしまった蒼太は軽めのキリングフィールドハイに陥ってしまっていた事もあり、一気呵成に二体目の頭部へと一撃を食らわせる。

 “グゴオォォッ!!”

 その狙いも余さずに、頭頂部へと打撃を叩き込む事に成功した少年は、更に杖を両手で持つと槍のように先端をシュバッと突き出して、今度はその鳩尾へと向けて抉るような鋭い一撃をお見舞いした、そうしておいて。

 その瞳は賺(すか)さずに、三体目を捉えていた、呆気にとられているのか、どうしたら良いのか解らないでいるのかは不明だが、三体目は特に攻撃する姿勢すら取って居らず、右手に棍棒を持った姿のままで固まってしまっていた、そんなゴブリンに対してー。

 蒼太は落ち着いて、しかし素早く次の行動に移っていた、右手の甲を杖で突くようにして先ずは棍棒を叩き落とさせ、痛みを感じた事でようやく反応を見せ始めたゴブリンの頭部目掛けて杖を上から振り下した。

 ゴッと言う、何か固いものに当たった感触と音がして、次の瞬間三体目までもが前頭を両手で抑えたままその場に平伏し、苦痛に声を歪ませている。

「・・・・・」

 一方の蒼太は一端後退して背後を取られないように注意しつつも残心を取って次の彼等の出方を窺(うかが)っていた、本当はもう一撃ずつ、ゴブリン達に加えてやろうと思っていた、先程までの一幕で、蒼太は完全にゴブリン達の実力を見切っていた、少なくとも油断さえしなければ自分が負けることは無いと確信していた、すると余計に身体の奥底から勇気と力が漲って来た、そしてー。

 それと同時に恐怖も巻き起こって来た、“早く、早くやれ”、“反撃を許すな、倒すんだ”とー。

 だが蒼太はそれをしなかった、“相手を殺すんだ”、とまでは思えなかった、殺し合いはまだ蒼太の手に余ったのだ。

 そうこうしている内にゴブリン達もまた立ち上がって来た、ただしある者は腿を抑え、またある者は頭に手を当ててフラフラとしている、しかしー。

 その凶撃が蒼太へと向くことは二度と無かった、“ゲッ、ギャッ、ギャッ”と何やら喚きながら、後ずさりつつ森の闇の中へと姿を消して行った三体は、そのまま再び現れる事はなかったのである。

「・・・・・っふぁ!!」

 “はあっ、はあっ、はあっ!!”と、全てが終わった蒼太はその場で荒く息を付き、やがてそのまましゃがみ込んでしまった、やったんだ、僕ー。

 その満足感と高揚感とが、全身を熱くさせて、彼を極度の興奮状態に追いやって行った、強く力を入れてみてもそれほど苦にはならなかった、普段は痛いくらいだと言うのに、まるで感覚が自分の中から沸き上がって来る気持ちで塗り潰されてしまっているみたいだった。

「いまのが、“ゴブリン”かー」

 やがてその興奮も落ち着いてきた頃、ようやく蒼太は先程の戦闘の様子を振り返っていた、ゴブリン達は思った程動きが機敏でなく、責め手に全く苛烈さも無かった、あれならクラスメイトや父の方が、格段に強さと鋭さがあっただろう。

 それに何より、一体一体やって来たのも助かった、彼等は数の有利さを活かすことをしなかった、だから此方が各個撃破する事が出来たのも幸いしたのだ。

「ふうぅ・・・っ、はあ、はあっ!!」

(やった、僕やったよ!!)

 と少年はまた、拳を固く握り締めた、今し方、人生で初の真剣勝負を乗り越えた自分を褒め称えていた。

 しかもそれに勝利したのだ、もし今の彼が歩いているとしたら多分、肩をいからせながらノッシノッシと歩を進めていたに違いないがしかし、その一方でー。

 蒼太は震えていた、ワナワナとと言うよりもブルブルと震えていたのだ、“自分はとんでもない事をしてしまった”と、彼は思っていた、魔物とは言え生き物をー。

 生命を思いっ切り殴ったのだ、その命の輝きを、破壊するような事をしたのだ。

 そうだ、蒼太は命の有り難みを知っている、それも多分、同年代の誰よりも深く思い知っていたと言って良い。

 それは決して理屈では無かった、感覚として当たり前の事のように彼の中に刷り込まれていたモノだった。

 だからそれを壊そうとするのは、彼にとって気が狂わんばかりの恐怖を覚える事だったのだ、命の壊れる音というか、感触がフィードバックしてきて彼を堪らなく不快にさせた。

 自分の命が大切だからこそ、同じ位に他人の命も大切にする、等と言うモノでは無かった、それよりも何よりも、命そのものの大切さを知っている蒼太はだから、他人の命でも奪うのはどうしたって躊躇われてしまうのだ。

 あの時もしー。

 ゴブリン達が引かなかったらどうなっていたのたのだろうかと、そう考えるとまた不安が頭に垂れ込めて来た、その時が来たなら、容赦なく命を奪わなければならない、そうで無ければ自分が殺されてしまう。

 それは避けたかったし、それは解っていた、だけどー。

 その時の蒼太はまだ、それに対する答えを出せていなかったのだ。
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