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運命の舵輪編
メリーニ・カッセ
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灰色の空の下、大雨が降り続いている。
聳え立つビル群はまるで巨大な卒塔婆のようだ、無機質なコンクリートに覆われている人工のジャングルのその下ではしかし、家路を急ぐ人波でごった返していた。
「・・・なんだ?あの娘」
「ホームレスかな・・・」
その一角に、少女はいた、年の頃は11、2歳と言った所か。
ボロボロの黒髪に煤汚れた黒いドレスを身に纏い、靴も黒いブーツと全てを黒で統一している。
本来は白くて美しい肌も、いまは彼方此方に汚れが目立つがしかし、薄汚れていたその顔には、どことなく気品が漂っていた。
「・・・うた、そうた」
少ししゃがれたその声で囈言のように愛しい人の名を呼びながら、行く当ても無く少女は歩いて行く。
周囲は大粒の雨が、いつ止むとも無くしたたり続けていたー。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いやー、悪いね蒼ちゃん」
「良いんですよ、今日は割かし暇でしたから。それに僕も久々に街に出られて嬉しかったですし・・・」
そんな雨空の下を、蒼太は斉藤さんと一緒に傘を差して歩いていた、今日はちょっとした所用があって、新宿まで来ていた斉藤さんに誘われる形で蒼太もまた、この大都会の中心地へとやって来ていたのだ。
「それにしても、やっぱり新宿って凄いのねぇ、久々の人混みで酔っ払っちゃったわ」
「僕もです、さすがにここまで多いとは予想していませんでしたね」
そう応えつつも蒼太は内心、“危ない所だった”と胸を撫で下ろしていた、実は「正直、人混みが苦手で。だから面食らっちゃいました」と言おうとしていたのだ。
しかし直前で“ちょっと待て”と思い直した、そんな言い方をしたら、せっかく誘ってくれた斉藤さんに失礼になるではないかと、そう直感したのだ。
(いけない、いけない。しっかりしろ蒼太。疲れている訳でも無いだろ!!)
こんな所をメリーに見られでもしたら、また怒られてしまうかな、等と可愛い幼馴染みとの思い出を省みて、クスクスと笑みを浮かべていた、その時だった。
ふと、何かを感じて思わずそちらを凝視してしまうがそこは、ビルとビルとの隙間だった、普段なら“何の変哲も無い場所だ”とばかりに無視して通って言ってしまう、錆びた伽藍堂でしかなかった。
しかしその日は違っていた、蒼太は見逃さなかった、その狭間の一角にいた、雨に濡れながらしゃがみこんでいる少女の姿を。
それは先程の、黒のドレスを着用し、黒いブーツを履いていた、あの黒髪の少女だった。
「・・・メリー!?」
「・・・蒼ちゃん、どうしたの?」
「いえ、ちょっと・・・」
側にいる斉藤さんが怪訝そうに声を掛けるがその時の蒼太はそれにキチンと応じる余裕もなく、何かに引き寄せられるように少女の元へと吸い寄せられて行った。
「・・・きみ、ねえきみ。大丈夫?」
「・・・・・」
その声に、少女はゆっくりと顔を上げた。
視線と視線が交わり合う。
「・・・・・!!」
「あ、あうっ!?あうぅぅぅ・・・っ!!!」
バッと、弾かれたように少女が蒼太に抱き着いた、うえーん、うえーんと、大きな声で泣き喚きながら。
「・・・・・!!!?」
「・・・うた、そうた!!」
一頻り泣いたあと、絞り出すような声でそう告げると、少女はようやく落ち着いたのか、ゆっくりと手を離した。
突然の事に、思わず呆然としてしまった蒼太は我に返ると改めて少女を見つめる。
その表情は疲れ切り、弱々しかったがしかし、その瞳にはどこか強い輝きがあった。
何より雰囲気が瓜二つだったのだ、・・・彼の初恋の、ハチミツ色の髪の毛をした、青空色の瞳の少女に。
しかし。
(おかしい。一瞬、確かにメリーの影を、気配を感じたのに。この娘は全然似ていない、髪の毛の色も、瞳の色も違う。歳だってうんと下だろう、しかし何故・・・)
「蒼ちゃん、どうしたのよ・・・」
「・・・いいえ、何でも。ただ、この娘が」
「・・・この娘が、どうかしたの?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・斉藤さん」
「・・・なにさ?」
「この娘、家で引き取りたいんです」
「ええっ!?この娘の事を・・・」
そう言って斉藤さんもまた、マジマジと少女を見つめるモノの、確かに少女からは嫌な感じは何もしないし、それどころかとても大切な何かを持っている気がする、確かにこのまま離してはならないと、彼女の直感も告げていた。
「そりゃまあ、蒼ちゃんがよけりゃ良いんじゃないの?見たところ悪い娘じゃ無さそうだし。それに確かにこの娘、ちょっと気になる」
「やっぱり、そうですよね!?家に連れて帰ります、一緒に暮らすんです。君も良いだろ!?」
そう言うと蒼太は少女へと目をやるが、すると少女はさっきまでとは違い、なんだか申し訳なさげにそっぽを向いて俯いてしまう。
「あれ、嫌なのかね」
「だけどあの娘はどうしても連れて帰ります。その方が良いと思います」
「・・・確かにそうだね。このままじゃのたれ死ぬだけだろうし。それに今日、あたしがあんたを誘ったのはこれが理由だったのかも知れない。この娘と引き合わせる為だったのかも知れないしね」
「きみ、名前は?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・メリー」
「えっ!?」
「メリーニ。メリーニ・カッセ」
「メリーニか、ビックリしてしまった。僕は蒼太、綾壁蒼太だ。よろしくねメリーニ!!」
「・・・知っているわ」
そう言うとメリーニは再び俯いてしまい、後は家に着くまで一言も喋らなかった。
聳え立つビル群はまるで巨大な卒塔婆のようだ、無機質なコンクリートに覆われている人工のジャングルのその下ではしかし、家路を急ぐ人波でごった返していた。
「・・・なんだ?あの娘」
「ホームレスかな・・・」
その一角に、少女はいた、年の頃は11、2歳と言った所か。
ボロボロの黒髪に煤汚れた黒いドレスを身に纏い、靴も黒いブーツと全てを黒で統一している。
本来は白くて美しい肌も、いまは彼方此方に汚れが目立つがしかし、薄汚れていたその顔には、どことなく気品が漂っていた。
「・・・うた、そうた」
少ししゃがれたその声で囈言のように愛しい人の名を呼びながら、行く当ても無く少女は歩いて行く。
周囲は大粒の雨が、いつ止むとも無くしたたり続けていたー。
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「いやー、悪いね蒼ちゃん」
「良いんですよ、今日は割かし暇でしたから。それに僕も久々に街に出られて嬉しかったですし・・・」
そんな雨空の下を、蒼太は斉藤さんと一緒に傘を差して歩いていた、今日はちょっとした所用があって、新宿まで来ていた斉藤さんに誘われる形で蒼太もまた、この大都会の中心地へとやって来ていたのだ。
「それにしても、やっぱり新宿って凄いのねぇ、久々の人混みで酔っ払っちゃったわ」
「僕もです、さすがにここまで多いとは予想していませんでしたね」
そう応えつつも蒼太は内心、“危ない所だった”と胸を撫で下ろしていた、実は「正直、人混みが苦手で。だから面食らっちゃいました」と言おうとしていたのだ。
しかし直前で“ちょっと待て”と思い直した、そんな言い方をしたら、せっかく誘ってくれた斉藤さんに失礼になるではないかと、そう直感したのだ。
(いけない、いけない。しっかりしろ蒼太。疲れている訳でも無いだろ!!)
こんな所をメリーに見られでもしたら、また怒られてしまうかな、等と可愛い幼馴染みとの思い出を省みて、クスクスと笑みを浮かべていた、その時だった。
ふと、何かを感じて思わずそちらを凝視してしまうがそこは、ビルとビルとの隙間だった、普段なら“何の変哲も無い場所だ”とばかりに無視して通って言ってしまう、錆びた伽藍堂でしかなかった。
しかしその日は違っていた、蒼太は見逃さなかった、その狭間の一角にいた、雨に濡れながらしゃがみこんでいる少女の姿を。
それは先程の、黒のドレスを着用し、黒いブーツを履いていた、あの黒髪の少女だった。
「・・・メリー!?」
「・・・蒼ちゃん、どうしたの?」
「いえ、ちょっと・・・」
側にいる斉藤さんが怪訝そうに声を掛けるがその時の蒼太はそれにキチンと応じる余裕もなく、何かに引き寄せられるように少女の元へと吸い寄せられて行った。
「・・・きみ、ねえきみ。大丈夫?」
「・・・・・」
その声に、少女はゆっくりと顔を上げた。
視線と視線が交わり合う。
「・・・・・!!」
「あ、あうっ!?あうぅぅぅ・・・っ!!!」
バッと、弾かれたように少女が蒼太に抱き着いた、うえーん、うえーんと、大きな声で泣き喚きながら。
「・・・・・!!!?」
「・・・うた、そうた!!」
一頻り泣いたあと、絞り出すような声でそう告げると、少女はようやく落ち着いたのか、ゆっくりと手を離した。
突然の事に、思わず呆然としてしまった蒼太は我に返ると改めて少女を見つめる。
その表情は疲れ切り、弱々しかったがしかし、その瞳にはどこか強い輝きがあった。
何より雰囲気が瓜二つだったのだ、・・・彼の初恋の、ハチミツ色の髪の毛をした、青空色の瞳の少女に。
しかし。
(おかしい。一瞬、確かにメリーの影を、気配を感じたのに。この娘は全然似ていない、髪の毛の色も、瞳の色も違う。歳だってうんと下だろう、しかし何故・・・)
「蒼ちゃん、どうしたのよ・・・」
「・・・いいえ、何でも。ただ、この娘が」
「・・・この娘が、どうかしたの?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・斉藤さん」
「・・・なにさ?」
「この娘、家で引き取りたいんです」
「ええっ!?この娘の事を・・・」
そう言って斉藤さんもまた、マジマジと少女を見つめるモノの、確かに少女からは嫌な感じは何もしないし、それどころかとても大切な何かを持っている気がする、確かにこのまま離してはならないと、彼女の直感も告げていた。
「そりゃまあ、蒼ちゃんがよけりゃ良いんじゃないの?見たところ悪い娘じゃ無さそうだし。それに確かにこの娘、ちょっと気になる」
「やっぱり、そうですよね!?家に連れて帰ります、一緒に暮らすんです。君も良いだろ!?」
そう言うと蒼太は少女へと目をやるが、すると少女はさっきまでとは違い、なんだか申し訳なさげにそっぽを向いて俯いてしまう。
「あれ、嫌なのかね」
「だけどあの娘はどうしても連れて帰ります。その方が良いと思います」
「・・・確かにそうだね。このままじゃのたれ死ぬだけだろうし。それに今日、あたしがあんたを誘ったのはこれが理由だったのかも知れない。この娘と引き合わせる為だったのかも知れないしね」
「きみ、名前は?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・メリー」
「えっ!?」
「メリーニ。メリーニ・カッセ」
「メリーニか、ビックリしてしまった。僕は蒼太、綾壁蒼太だ。よろしくねメリーニ!!」
「・・・知っているわ」
そう言うとメリーニは再び俯いてしまい、後は家に着くまで一言も喋らなかった。
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