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16.【策略】
しおりを挟む”いい加減に結論を出す必要がある”
レバース監獄の階段を一段ずつ蹴りながら、ユウはルミナとの爛れた関係はいつまでも続くものではなく、そしてやはりヴァルキュリアの情報を引き出すのは難しいのだろうと考えを巡らさせていた。
”もう楽にして欲しい”
堕落の最中に零した一言。あれこそがルミナの本音なのだろうか。
性交は男女の肉体距離を最接近させる言わば最上の親交ではあるが、それはあくまで肉体的な話であって、心が何処にあるかどうかまではわからない。そしてどこかルミナの求める心中にはユウに図りかねる別室があるような感じがしてならない。
そしてゆっくりとルミナの中部屋に向かうユウの思慮を制止させたのは思わぬ人物だった。
「止まれ!」
もはや見慣れ光景となったたレバースの三階広間。資材の関係か昇降者の負担など微塵も考慮されていない一段一段を息を切らしながら登り切った時、ユウの目の前に差し出されたのは傷一つ無い穂。五尺ばかりの単槍が看守によって自身へと向けられていた。
名は知らぬが見慣れた看守。ノリスと一緒に交代でルミナの中部屋を担当してきた憲兵。背丈も体格もユウとは比べ物にならない男。例え素手同士であっても腕っ節では勝てる見込みのない屈強な男だ。
そして尋問官である筈のユウを護衛するのが職務である筈の男が、何故か自分に武器を向けている。それも敵意と不安を剥き出しにして。
「待て、待て待て待て!」
咄嗟に両の掌を突き出し自分に敵意は無いことを示すが、男はユウの差し出した手にすら穂を向け、階段の昇降口から使われていない牢の扉前まで移動するよう槍で指示をする。
ルシス脱出時以来、明確な殺意と武器を向けられるのは初めての事だ。男の細めた目は赤く血走り、言葉尻には反論を認めぬような絶叫すら混ざっている。焦りがユウの思考を鈍らせ後ずさり、いよいよ背中がぶつかった牢の扉がミシリときしむ音だけが妙にハッキリと聞こえた。
「とりあえず武器を降ろしてくれ、何があったんだ?」
頭より先に口が動いてしまう。
(帝国の尻尾切り?いや、それなら超越者相手に看守一人に任せないだろ)
「黙れ裏切り者が!」
「裏切り?何を言って…。いや待ってくれ、ノリスかラピスに聞けばわかる筈だ、俺は帝国の将校だぞ!」
男の頑なな態度がいよいよ現況の部の悪さを物語っている。
頭皮から沸いた汗が、額を伝って睫毛を濡らす。しかしとても目に沁みる汗を拭うことが出来ない。少しでも手を動かそうものなら、汗を拭うより先に槍が付きたてられるような迫力が男にはあった。
異能を行使しようにも、この間合いではユウの手が男に届く前に槍で一突きされるだろう。男は腰を充分に落とし、前に突き出した右足と後方に伸ばす左足に均等に体重を乗せている。明らかに訓練された挙動で、素人のユウには到底付け入る隙が見えない。
「動くなよ、お前の力も割れてるんだからな…」
「力?」
「まさか領内に超越者が潜んでいるとは…」
(ルミナのことがバレている?いや、違う…か?…俺に、俺に対して言ってるんだ)
ユウの情報を帝国内で知る者は少ない。ツァーリにラピス、それに…。
(まさか、いや…)
男は明らかにユウとルミナの中部屋の直線状に位置取っている。まるで眼前の超越者から女を守るように。自分が守っている女も超越者だと知らずに。
(ルミナか!この男が懐柔された?どうやって?何のために?)
情報統制の為にルミナの監視を少数で担っていたことが裏目に出たとしか思えない。同じ空間にいる時間が長すぎるのだ。それにしても見たところ男の階級はそれなりに高く、捕虜との向き合い方にだって徹底した訓練を受けている筈だ。それをどうやって。
「まさか触れた者を操る超越者が居たとはな。こうなっては参謀部も信用ならん」
ユウの異能は人を操るようなものではない。しかし中身こそ違えども発現条件が知られている。どうみても腕力で劣る自分への警戒が尋常なものではなかった理由はそこにあるようで、これはユウにとって最も痛い情報であった。相手に触れられなければ超越者どころか軍人以外にも戦闘では劣るだろう。
焦燥感で未だ愚鈍な反応しか示さない頭で打開策を考えるが、眼前にちらつく鋭い刃先が正常な思考力を簡単に奪ってしまう。
(どうする!?ルミナも超越者であることを話すか?いや、それじじゃだめだ、俺が無害であることを示さないと…でもどうやって)
「待ってくれ、冷静になれ。あの女に何か言われたんだろう?囚人の話に耳を傾けてどうするんだ、あの女がお前を利用する為に取り入って、それに乗るなんて。そんな馬鹿みたいな話はないだろ?」
「下がれ、背後の牢へ入れ」
「俺は特務階級だぞ?こんなことをしてただで済むと思うのか?反逆行為だぞ」
ユウが立場上近しいというだけで、本来であれば廊下ですれ違った兵が皆恭しく引き下がる帝国内で高位の立場にあるラピスの名を何度も出すが、目を血走らせ、腕橈骨筋を隆起させた男はまるで聞き入る余地を持っていない。
「まだ認めないのか。俺は見たんだ。お前が超越者の力を使って女を操っている瞬間をな!さしずめここは秘密の性欲処理場ってとこか、ふざけやがって」
「そんな馬鹿は話があるか!上官から話があっただろ!冷静になれ」
どこか男の態度にも違和感がある。時折泳いで行く視線は目の前のユウに集中しているとは言い難いものであったし、紅潮している相貌もベテランの憲兵にしては過度な緊張さえも見て取れる。疲労感なのか、それとも極度のストレスに晒されているのか。いや、この状況自体が男にとっては極度の緊張をもたらしているのだろうが。
「俺は冷静だとも。それじゃああれだ、お前の付けている階級章、えらく特別なものらしいが、お前そもそもツァーリのどこの出身だ?ええ?」
ユウの想像力がまくし立てている。この流れはまずい、と。
「志願した方法は?場所は?どこで訓練を受けた?その時の上官は誰だった?」
「い、いや…まて、まってくれ!」
「あん?こんな程度の回答も準備していないのか、”ルシスの間者”のくせに。偽の出自を組み上げて置くのは潜入の基本だろう?」
とても答えられる内容では無い。ユウは胸中のざわめきが一段と高ぶった後に、すぅと熱が引いた。目の前の男への有効な反証を持ち合わせていないことを遂に悟ってしまった。帝国内に蔓延る超越者への憎しみと、得体の知れない人種への恐怖が、こうも凝り固まってしまえば説得のしようがない。
(俺も冷静になれ…まず超越者かつルシスの人間だと思われている、いや現にそうだが、それは悪いことばかりじゃない。必ず処遇が上申されるはずだ。いずれはラピスの耳にも入るだろう。ここで無暗に抵抗して殺されるのが最悪のケースだ。ここは一旦この男に従った方が良い。無暗にツァーリの名前を出しても意味が無さそうだし、この様子じゃ信じられないだろ)
人を操る異能。超越者であるユウでさえも、そんな異能を持った転生者が居ないとも否定できない。そして生まれる疑心暗鬼は自分以外の者を警戒し、易々と周囲に相談も行わないだろう。
(ただ今日は、今日だけはまずい…)
あと半日、夕刻までには何としてもルミナに接触しなければならない。ただ今は男の指示に従い、ルミナとは対極の位置にある中部屋で、重苦しい扉が施錠されるのを見ているだけしかユウには出来なかった。
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