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15.【英雄】
しおりを挟む「状況は芳しくないですね」
臨時招集された評議会の壇上で、ヴァルキュリアは白銀の長髪をなびかせ、特に重たい声色で報告した。
ルシスにおける最高議決組織である評議会は本会を首都ルシスに置き、各都市から選出された代表者の合議制により国政における意思決定を担っている。
通常であれば、冬の寒さが和らぎ春を迎えたこの時期は議員らの選挙対策にどこか浮つく議会も、現在は農産、防衛、渉外事項が最優先で決議され、そのどれもがルシスにとっては芳しくない内容であることが重苦しい空気を議場に落としている。
地元の有力者でもある大柄な男性が多い評議会の中で、スレンダーな彼女は一際目立つ。エッジの効いた大きな瞳に収まる蒼い目はいかにも威容な雰囲気を演出していたし、その佇まいは中央、地方の有力者が集うこの評議会でさえ浮いていない。
戦時中でなければ彼女の列席によって、評議会の空気はどこか締まり、そして羨望と下心の眼差しを隠し切れない評議員達によって議場が活気づくのだが、最近はそんな雰囲気すら久しい。
オーク製の円卓は手垢が目立つ程度には拭き上げが後回しにされ、座る評議員達はみな視線を落としており、悲壮な雰囲気すら漂っている。要因は二つ。
一つは北部要塞の陥落。
もう一つは超越者であるアンナの生死不明と、帝国によるルミナの拿捕である。
対帝国の前線として鎮座していた一角である北部の陥落は、防衛線に無視できぬ歪みをもたらし、中部要塞の警戒網が二方に拡大する等致命的な損害ではあるが、それ以上に戦闘向きの超越者二名の喪失はルシスにとって大変な痛手であった。
国内にまだ数人の超越者を抱えているものの、直接的な対人戦力となる超越者の数はさらに希少だ。農場に豊潤な収穫をもたらす超越者、治水に長けた超越者も居るには居るが、特にアンナのような前線で圧倒的な武力を行使でき、集団戦、小規模戦、単独行動を全て一人で完結させ、容易く戦局を左右できる存在に替えは無い。
「アンナ殿は帝国に取り込まれたのだろうか。いまだ捜索を続けてはいるが、まるで手がかりが無い。帝国内に潜らせた間者からも報告が無いようであるし」
一人の評議員が重い首を上げた。戦前は主に国内の税制を取り纏めていた初老の議員だ。間者といっても商人や文官が帝国内の情勢を商いや公務の隙間に探りを入れる程度で、どこまで帝国の内情に迫れているか期待出来るものでは無い。それでも数名はツァーリの居城にまで出入りできる優秀な者が居たのだが、秋頃の報告を最後に音沙汰が無いと報告が上がっている。帝国の憲兵隊に内偵容疑を掛けられたとの噂もある。
「わかりません。補給路が漏れていた事はもはや明白ですが、それがアンナ出自の情報という証拠もありません。ただ可能性としてはあり得る、としか言いようがありません」
ヴァルキュリアが議場によく通る声で答えた。ルシスの現況はとても歓迎できるものではないものの、戦時において不利に不利が重なる悪循環にはもう慣れっこだった。
ヴァルキュリアは、転生する前は元々小国の将校であった。
祖国は国土面積こそ頼りないものではあったが、希少な地下鉱物資源に恵まれ、外貨に潤う良家の長女としてヴァルキュリアは生を受けた。
初等教育を受けるまで何不自由なく成長したものの、行き過ぎたテクノロジー産業はやがて資源の争奪に貨幣や渉外ではなく武力を用いるまでに激化し、ヴァルキュリアの祖国は潤沢な経済力を軍事力に転化する時期に差し掛かっていた。
やがて隣国だけではなく海の向こうの大国までもが資源の争奪戦へと参入し、当初は資源利権に食い荒らされる憐れな小国と認知されていた祖国が、いつの間にかテロ国家に希少資源と技術を横流しにするならず者国家と外部から報道されるまでそう時間は掛からなかった。その悪評が本当に事実であったかどうかは、今となっては確かめようもない。
そして”資源こそが国境たる”と祖国の真たる自立に尽力していたヴァルキュリアの父は、海を隔てた技術大国からテロ支援者として資産を凍結され、自国からもあらぬ疑いで投獄寸前まで追い込まれ、ヴァルキュリアが軍に志願する以外に家を救う手立ては残されていなかった。もっともヴァルキュリアが軍内で相応の立場に登り詰めても尚、父の嫌疑が晴れる事は無く、やがて父の身柄は何処とも知らぬ途上国の監獄へ移送されることになる。先進国の法規制が遠く及ばぬ遠方へ。
そして隣接する大国にまで攻め入られ、ヴァルキュリア自身の戦歴は防衛戦で醸造されたといっても過言では無かった。
持ち前の聡明さと、父を救出出来うるだけの権力への渇望を糧にし、ヴァルキュリアの軍での地位はめきめきと上層へと食い込んでいった。全ては祖国の為と、華美が過ぎる標語であっても躊躇い無く愛国心を周囲に知らしめる用具として用い、部下から呪詛を吐かれようが、地元民衆に石を投げられようが、祖国防衛の為とならばあらゆる犠牲を厭わずにヴァルキュリアは国防に努めた。
しかし決死の抵抗も虚しく、首都目前にまで攻め入られた自身の属する国軍は、首都を最後の防衛拠点として戦線を展開。地理と気候を巧みに利用し、数日の抵抗こそ成立したものの、首脳部の突然の投降により国軍は孤立。そこが軍人としても一人の女性としても、彼女の最後の地となった。
アナ大陸へ転生した後、評議会にその経験と知識を買われ、地形の優位に甘んじていたルシスの防衛軍に当たる自警会を纏めるに至った。
しかし帝国の脅威が差し迫った今となっては、ルシス単一の武力組織としての自警軍と名称を変え、自身が取り仕切っている。かつての名はその際に捨て、戦乙女の意味を冠すヴァルキュリアと名乗り、まるで祖国と同じような窮地に立たされているルシスの為にその知略を振るうと決めたのであった。
実際、彼女の働きはルシスに多大な貢献をもたらした。自身が大陸初の転生者であり、その存在を帝国より大分早く認知した彼女は、迫る帝国の脅威に備え、他の転生者らをルシスへ取り込むことに成功する。
特に彼女を優位に立たせたのは、超越者として転生してくる者にある傾向がある事を早期に見抜いたことであった。
”前世で社会又は組織から疎外された者”
彼女は評議会の情報網を元にいち早く超越者に接触、英雄として受け入れる準備がある事を巧みに説き、ルシス側へと付かせていったのだ。
前世で孤立していた者にとって、この英雄という響きは承認欲求を刺激するものであったし、それが彼女の狙いでもあった。また超越者の出自の大半が民政国家であることも追い風となり、共和制を敷くルシスに馴染みが早かったし、反対に帝政を敷くツァーリへの嫌悪を芽生えさせ易かった。
「確かにアンナ殿の安否も重要な懸案事項ではあるが、それよりも今は本国の防衛について方向を決めねばならん。ヴァルキュリア、状況の報告を頼めんか」
別の評議員が切り出した。
「はい。長期に及ぶ帝国の侵略によって、兵の疲労は我々の想像以上です。中部、南部j要塞は未だ健在でこそありますが、それは帝国が攻め手を何らかの事由で制止しているからに過ぎません。帝国が再び進路をどちらかに向ければ、一時は均衡に持ち込めるでしょうが、陥落は時間の問題だと見ています」
議場がざわつく。ヴァルキュリアを非難する議員も見受けられたが、それでも言葉を続けられるのは、他多数の議員が同じように状況を重く見ているからだろう。
「そして二要塞の侵攻が始まった場合、それ自体が囮の可能性も考慮せねばなりません。北部が陥落した今、ここ本国まで直接進軍してくる可能性の方が高いと私は考えています」
いっそうのざわつき。そこにクモの糸を垂らすようにヴァルキュリアは続ける。恐慌を抑え込む荒業、かつての国軍で望まずとも多用した”怯える民衆に唯一と思えるような”救済案を提示する。
「そして今我々が備えるべきは、残った二要塞の守りを強固にすることではありません。いずれ墜ちる要塞です。むしろ今すぐにでも動き出すべきなのは、北部要塞から本国への間、カル盆地での帝国との総力戦です」
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