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04.【鹵獲】
しおりを挟む投獄されているルシス兵を利用する。
牢獄の中、三刻は議論した結果、最終的にはラピスが発案したルシス兵の集団脱走を偽装し、超越者であるアンナを誘き出す策に固まりつつあった。幸いにも補給部隊の護衛に付くアンナは抗戦意思を放棄した帝国兵を見逃す事が多い。念のため包囲網に対し”超越者と相対した場合は撤退せよ”と命令しておけば、生存者の情報からある程度は剣聖の位置情報は追える筈だとラピスは述べる。
「本当にあなたが剣聖に肉薄さえすれば良いのですね?」
「あぁ、何度も聞くなよ。一瞬で事は済む。問題はアンナの奴が単独行動するように仕向けられるかだが、これもおそらく何とかなる。何せ手練れ百人掛かりでも奴一人に勝てない、この事実がルシスにもツァーリにも浸透していることが隙になる」
「孤立することに抵抗が無いと?」
未だ策の信憑性に疑念を持つラピスが訝しげにユウを見据えた。頬を吊り上げるその表情には積年の障害である超越者を排除できるかもしれないという期待と、これまで辛酸を舐めさせられ続けてきた異能の力には結局なす術が無いのではという諦めが絡み合っていた。
「無い。これは断言出来る」
あんたは灯りに寄ってきた羽虫を潰すのにいちいち部下を呼ぶのか、とユウは意地悪く吐き捨てる。
「私達は虫ですか…」
「それ以下さ。何せどれだけ群れて来られようが鬱陶しいだけで傷一つ付けられねぇんだから」
ラピスは先から沈黙を保つ自身の君主の翠眼が、虫という言葉に闇く揺らめく様を横目に捉えていた。
「あいつほど斥候に適した人材は居ないし、何より命からがら敵地から逃げてきた脱走者を放っておくことなんて出来ねぇ」
「それが彼女の英雄としての職責、と?」
「違う、そんなもんじゃねぇ。あいつは…なんだ、その…どう言ったらいいか。まぁ…飢えてるんだ」
「ほう」
専制君主にはまるで似つかわしくない貧相なベッドを軋ませツァーリが上目を上げる。
「飢えと申すか」
ツァーリがアンナの性質に関心を示すのも無理はなかった。帝国にとって超越者はあくまで”一特記戦力”という単位であって、自分達と同じ“ヒト”ではなかったからだ。そしてそれはユウしか知り得ない情報でもあった。
「少し話しただけでわかる。あんたらみたいな上に立つ連中には信念がある。細かいことはわからねぇ、ただ何て言うか自分の輪郭を肯定して目的の為に行動してる。その目的が大陸征服であっても、その手段が人殺しでも何でもだ」
「ただアンナや俺にはそんなもん無い。もちろん外の世界から来たっていうのもあるが、もっと本質的な自分を形作る芯が無い。だからそれを外から埋め合わせないといけねぇ。アンナの場合は人から持て囃されることさ。自分自身を肯定出来ないから、よそ様に求める。それも過剰に、際限無く」
だから哀れな脱走兵を助けないといけない。それもアンナ自身の手で、とユウは続けた。例え罠かもしれないと疑っていても、随伴兵を安全圏に置き単独であっても救援に来るだろう、とも。
その後に甘受する一時の賞賛でしか自分を型どれないのだから。
「ふむ」
ツァーリが重い腰を上げる。策は成ったと言わんばかりに。
「本当によろしいのですか?もし剣聖が随伴兵を連れて来たらこの男だけでは…それにいくらこの男も超越者とは言え相手はあの剣聖なのですよ」
剣聖としてのアンナの戦歴を知りすぎているラピスにはまだ迷いがある。不確定要素が多すぎるのだ。もし剣聖が孤立しなければ。もしユウの異能が通用しなければ。もし偽装が看破されれば、もしこれがユウの練り上げた帝国からの脱出方法だとしたら、と失策する可能性は枚挙にいとまがない。
「帰路に脚の速い馬と精鋭数名を忍ばせておく。帰路にだぞユウよ」
「あくまで不意打ちの完遂後ってことかよ、わかったさ」
「しかし…」
皇帝を前になお引き下がらないラピスにツァーリは高遠に告げた。
「ユウは出来ると申したのだ。このツァーリ二世にだ。ならば為してみせよ」
奮い立たせる為に。
「してラピスよ。我が参謀よ。仮に失策したとして何も変わらぬ。寸分違わぬ。ただ監獄がいくつか空き、使えぬ超越者モドキが消えるだけである。そしてまた次の策を練るだけであろう」
そして帝国に利の無い者に価値は無いと楔を打ち込む為に。
ツァーリはその言葉を最後に、地下牢を去った。
ーーーーーーーーーー
「ユウ…なの?」
椅子の背に首を向けると、五尺半ある自分の背よりも小さい、やせ細った青年が姿を現した。
以前より髪を伸び散らかし、無造作に伸ばした前髪が狭い額を隠し、左右で少し大きさの違った真っ黒な瞳が前髪の間からチラチラとこちらを見下ろしている。瘦せた肢体は青白さすら纏っており、その表情の歪さも相まって、陽のもとで生活をしてこなかった事だけはわかる。
大陸では貴重なシルクで出来たシャツを身に着けており、襟に銀色の装飾が入ったその帝国製の衣服は、ユウの謀反を証明していた。
「私達を裏切るどころか帝国に寝返ったなんてっ!」
起きがけ精一杯の声量で、アンナは目の前に来た青年を罵倒した。ユウは歪めた表情を崩さず、アンナの身体を舐め回すように値踏みしている。
改めて自分の身体を目で確認すると、身に着けていた筈の装甲の類は全て外されていて、上半身はアンダーウェアとして来ていた白い麻のシャツ、下はルシスの裁縫士に無理を言って作ってもらった濃紫のスカートだけにされていた。白い肌の脚線美がこれでもかと晒されている。
「寝返る?あぁ、そうか、そうだったな」
「どうしてこんなこと…ルシスを救うのが私達の使命だったじゃないっ!」
「救う?使命?あぁ、なんだ。周りからチヤホヤされて、マジでこの時代の人間になっちゃったわけ?」
アンナは足先から膝へと鳥肌が波立っていくのを感じた。元々とても褒められた性格ではなかったが、ここまで下賤な話し方や態度を表に出す男では無かったのだ。
最初は見知らぬ世界で数少ない同じ境遇に置かれた若者同士親しくしていたつもりであったし、大陸の文化やルシス内で何かとユウに気配りを与えていたのはアンナなのだ。しかしユウの視線に情欲が混ざっていたことや、ユウの異能が戦向きで無い事が知れてからは本音では疎ましく思ってはいたものの、ここまでの嫌悪は感じなかった。
あの頃の面影は何処にも残っていない。と言うよりはユウの隠していた下劣さが濃縮されてしまったようにも思えた。
「違う!私達がいないとルシスは帝国に滅ぼされちゃうじゃない。だから超越者である私達が…」
「誰がそう言った?」
「誰がって…それは、ルシスの皆が…最初に私を拾ってくれたパン屋のおばさんもおじさんも、皆がルシスを守って欲しいって!」
「ククッ、アンナ。逆だよ逆。お前にたまたま異能の力があったから、戦争で活躍出来る力と魅力的な容姿があったから周りが英雄視して期待しただけだろ?」
アンナの美貌に憎悪が浮かぶ。
「そ、そんなのどっちだって良いじゃない!」
「それにさぁ、お前、毎日すっげぇ楽しそうだったよな?戦果を挙げて城門から大袈裟に帰れば、皆に剣聖アンナ様アンナ様ってキャーキャー言われてさ。最初は照れながら目を伏せてた癖に、慣れてきた頃には澄ました顔で手を振り返したりしてさ。前の世界ではそんな事一回も無かったんだろ?だから嬉しくなっちゃったんだよなぁ?」
「黙って…」
「自分の身体も扇情的で男共を惹き付けるってわかってたんだろ?だからこんなミニなんて履いちゃってさぁ」
「黙って!」
ギシッと手首を一纏めにしてある拘束具が音を立てた。
(あ、れ?)
これ以上戯言を許してなるものかと、アンナは牛革など紙のように千切れる程に強化した筋力で拘束具へ力を込めた筈だった。しかし返ってくるのは手首へ食い込む革の感触だけで、何度試してもギシギシと革ズレの音が返ってくるだけで結果は同じであった。
(えっ、なんで?なんで!?)
何か特別な素材が使われたものかと、見えもしない後頭部の器具を確認しようともがくアンナを止めもせず、ユウが続けた。
「お前がキャーキャー言われている時に帝国はどうなってたか知ってるか?城門が開けば、徴兵された子供を待つ母親は、腹と腰が真っ二つに切られた息子を助けてあげてくれと軍医に泣き付き、剣聖を前に断腸の思いで撤退を決断した将兵は責任を問われて投獄、そいつ飢えて死ぬまでお前の姿を思い出して夜な夜な歯を震わせてたぜ?」
「力、はいんないっ!私に、何かしたの?ねぇ、ねぇっ!」
「まぁ聞けよ。お前その自慢の力で何人殺した?五百人か?千人か?」
「そ、そんなの覚えてるわけ…ない。ちゃんと言ったもん!抵抗しなければ傷付けたりしないって!でもあの人達が攻撃してくるから…正当、防衛よ。それよりねぇ!答えてよ!」
「帝国兵が撤退を許されていないって薄々知ってたんだろ?それでも“退いて下さい”ってその透き通った声で同情的に訴えてたってわけか」
アンナはユウの言葉に耳を塞ぎたくてしようが無かった。ただ何度試しても耳を塞ぐ為の手が自由になることは叶わないし、代わりに脚を強化しようとしたところでまるで状況は同じだった。
「あぁ、俺の力な。他者の強化程度じゃ戦争では実用性が無いって言われてたのはお前も知ってるだろ?でも物は使いようでさ」
スッとユウの冷たい掌が、アンナの剝き出しになっている腿へと触れた。
ーパリッ
「ひっ!」
痛み、と言う程ではないピリピリとしたくすぐったい電気刺激が、ユウの手が添えられた皮膚から波紋状に拡がった。昏倒させられたあの時よりも控えめではあったが、同様の刺激だった。
「皮膚下の神経を巡ってる電気信号を“強化”したのさ。お前が軍で大活躍している間も俺は暇だったからな。こんな細かい事ばっかり練習してた」
「何、それ?でも私の力が使えないのって…まさか…」
「あの雑木林では今よりもっと強く、神経細胞が焦げ付く寸前まで電気信号を強化したのさ。お前は気付いていないだろうが、結局俺とお前の異能の力は本質的に同じものなんだ。対象が自分か他人かの違いだけ。だからある種強化し過ぎた状態のお前の身体は暫くそこらの人間と変わらないわけ」
アンナを縛り付けている道具も何ら特別な物では無く、自分が譲られた地下施設に転がっていた物だとユウは言った。同時にアンナの膝はカタカタと震え始めていた。ようやく自分の置かれている状況を理解したからだ。一介の少女に陥れられてしまったアンナの目の前にいるのは、他人の身体を操作できる超越者。それも精魂が歪んでしまった、歪な欲望を持った青年なのだ。
「…狂ってるわ」
「さっきも言ったがルシスから見ればそうだろうさ。でもなぁ、帝国から見ればとち狂ってるのはアンナ、お前の方なんだぜ?」
「っ…!」
「足を据えた場所によって見方は変わるって事さ。じゃあ本題に入るか」
生殺与奪の権を握られてしまった事実はアンナの思考を鈍化させ、先程までは機能していたはずの脱出の手立てやユウを無力化するための算段は、黒く膨らむ恐怖心に追いやられつつあった。
「北部要塞へ向かう補給ルートとパターンを全部教えろ」
「…言う訳無い、じゃない。そんなのが帝国に知れたら北部は持たないわ」
「ククッ、そうこなくっちゃな」
アンナが恐る恐る見上げたユウの相貌は、初めて会った時のような作り笑顔が塗られていた。唯一違ったのは、ユウの視線が今度は堂々と、自分の束縛された身体に生々しく向けられていた事だった。
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