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7話

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九月十二日

昼夜の寒暖差が日に日に広がる土曜日の夜、千佳は自分の部屋で携帯電話をじっと見つめていた。

(明日かぁ…)

亜門から聞いた話によると、明日の日曜日の朝十時から森と例の写真の件で話し合う算段がついたらしい。直前まで迷いがあったものの、約束通り千佳も同席する運びになっていた。

千佳にとって少し予想外だったのは話し合いの場が亜門の自宅マンションになった事だ。

「喫茶店なんかだと誰かに聞かれては困るし、玲もウチの方が落ち着いて話せると思う。川村ざ来にくいようなら後で結論だけ報告するが」

亜門は千佳の事を気遣ってくれたが、既に乗りかけた船だ、あくまで同席する事を千佳は譲らなかった。

大事な話し合いを明日に控え、終日そわそわと落ち着かなかったが、その間外出もせず千佳はずっと聡との事を考えていた。

付き合い始めたのは夜に電話していた時がきっかけだった。夜特有のテンションと勢いで告白してしまった事は事実だが、後悔は無い。

今までも男子生徒から言い寄られた事は何度もあったが、全てやんわりと断り続けてきた。その男子生徒達の後ろにクラス内のヒエラルキーや打算がチラついていたからだ。

自分はクラスで一番の男子だから、同じく一番人気の千佳と付き合うべきだ、とか。禄にお互いの事を知らないのに千佳の見た目が好きだという理由で告白してきた男子生徒もいた。

千佳自身、異性と付き合う事に興味が無かった訳では無いが、何せ親が厳しいのだ。彼氏がいる事を知ればあの手この手を使って千佳を家に閉じ込めようとするだろう。だからこそそんな苦労を背負ってまで、お試しであっても誰かと付き合うつもりにはなれなかった。

(現に今も聡の事は言えないし、バレないように頻繁に会う事も出来ないんだよね)

そしてそんな事情が、もしあの写真に繋がっていたらと考えてしまうと、溜息と共に千佳の気持ちが濁った灰色に変わってしまうのだった。

これまで振ってきた男子生徒達と聡は千佳にとって全く違う存在だ。聡は会った時から格好も付けずありのままで接してくれた。そして千佳も良い子でもなく、クラスの人気者でもなく、一人の女の子として聡と接する事が出来た。

ずっと両親や環境に抑圧されてきた千佳にとってはその平凡な関係こそが最も焦がれていた物だった。

最初のデートでは足を伸ばして水族館に行ってみたものの、お互いに緊張してほとんど話せなかった事。沈黙を後悔した二人で帰宅してから深夜まで電話でたくさんの話をした事。

その次のデートで学校終わりにファーストフードを一緒に食べながら水族館の反省会をした事。

週に一度あるか無いかの学校で一緒に食べる昼食をとても楽しみにしている事。

来年の受験を乗り越えて大学生になれば今よりも自由に聡と会えるようになれるのをすごく楽しみにしている事。

どれもが千佳にとって大切な思い出であり、いつも楽しみにしている事でもあった。

(だから…)

もし聡が本当に森と関係を持っていたとしても、それで千佳との関係が直ちに終わるのではなく、ちゃんと聡と話をしないといけない。

だからこそ、まずは森の話を聞かないといけないのだ。

(でも、でも…やっぱり今すぐ聡と話がしたい)

さっきから握り締めていた携帯電話は手汗で濡れてしまっていた。亜門から話を聞いてから、何度も聡と話そうと思った。ただそんな時に限って都合良く会うことも、聡から連絡が来る事も無かった。

千佳から電話をしようと何度も通話画面を開いたが、聡の声を聞いてしまえば、きっと自分は取り乱しながら森との写真の事を聞いてしまう。そう考えてしまう度、亜門の"もし何かの間違いだったら土田は傷ついてしまう"との言葉が呪縛になって千佳を動けなくした。

(やっぱり明日を待つしか無いか)

しかし話し合いの場を設けるにあたって、亜門の根回しは見事と言う他無かった。

両親は休日に千佳が外出する場合、必ず誰と出掛けるのかを聞いてくる。聡とあまりデート出来なかったのもこの為で、いつもそれらしい女友達の名前を使って外出していたのだった。

その事情を聞いた亜門の行動は早かった。担任の立場を使い、昨日の内に両親に直接電話をし、あの手この手で事実を作り上げた。成績優秀な千佳に自身が顧問を務める英語ディベート部のサポーターとして、明日の日曜日、学校で部活動に参加してもらいたいと言いくるめたのだった。

当然英語ディベート部など千佳の高校には存在しない。

しかし効果は的面で、亜門が過剰な程に千佳の事を褒めたらしく、鼻を高くした両親は昨日からずっとご機嫌な様子。娘を教師から褒められて喜ばない親はいない、と亜門はしたり顔で報告してきた。

(さて、と…心配してもどうしようもないよね、そろそろ寝よう)

不安なまま明日に備える千佳だったが、あの舌が回る担任教師の存在が少しだけ心配を軽くした。
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