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4.官能泥沼は生活空間を侵し

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冷房の効いたリビングに、賢人が淡々とキーボートを叩く無機質な音だけが響く。今日は薫が夏美を寝侵しかしつけており、寝室から物音がしないということは二人とも既に寝てしまったのだろう。ディスプレイの隅を見れば時刻は二一時を回っていた。

土曜日であるにも関わらず、週明けまでには作成しておかなければならない上申書類や見積書はまだいくつか残っている。

(まぁある程度は片付いたかな)

平日はなるべく早く仕事から帰るため、自宅で纏められるものは土曜日日曜日の休日に片づけてしまう捌き方が賢人の仕事習慣になりつつあった。

その甲斐もあってか賢人の職場での評価は悪いものではないのだが、同期の中でも独身で仕事に打ち込む者、家庭があってもパートナーに任せきりにしている者にはやはり時間面で劣り、夏美が生まれた当初は焦りもあったが、今となってはあまり気にしないようにしていた。

(仕事と家庭を上手く両立しているとも言えば聞こえは良いけど…)

どちらも中途半端とも言える。誰に指摘される訳ではないが、そういった風にどこか自虐的に考えてしまう事も多い。自分では割り切っているつもりでも、トラブルや人間関係で精神的に弱ったタイミングには、蓋をしたはずの悩みがブクブクと泡立ってくることは日常茶飯事だ。

ただ昨日の薫との一夜によって、仕事や家庭、夫婦関係で簡単に揺らいでしまう不安定な心に、一廉の風防を建てられた気がした。男なんて単純な生き物なのだと口角が緩む。

(後は明日に回しても大丈夫そうだ。うぅ…やっと風呂に入れる)

明日の日曜日にもう二、三時間も使えば来週は乗り切れるだろうと、仕事道具を夏美の手の届かない場所へ片付けながら、昨夜の情事が幾度となく頭によぎる。仕事に集中しなければと意識すればするほど、掌に吸い付く薫のヒップやふかふかとしたバスト、恥じらいの混ざった桃色の嬌声が脳裏に蘇り、その度に血流が指向的に集まってしまっていたのだ

ここ数日、どうにも薫に異様な興奮を覚えている。それも十代のあらゆるエネルギーが有り余っていた頃よりも激しく、どす黒い熱だ。一度スイッチが入ってしまうといきなりトップギアまで加速してしまう感覚に近く、そのスイッチは驚くほど軽くなっているのだから困りものだ。今すぐにでも薫に這い寄りたい渇きを抑えるかのように、賢人はコップ一杯に注いだ水道水を飲み干した。


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(どうしよ…寝れる気がしない)

暗闇に浮かぶ夜光塗料の両針を見ると、夏美と寝室に入ってから一時間は経っていた。夏美はグーグーと何とも可愛らしいいびきを隣であげている。暫く体勢も変わっておらず、呼吸音も一定で、深めに眠っているようだ。

いつもなら薫も一緒に寝てしまうのだが、今は全く眠れる気がしない。頭がポウッと火照り、ボンヤリとしているのに意識は冴えてしまっている、そんな状態だった。偏に昨夜を忘れられないのだ。

(ちょっと興奮しすぎたけれども…何かこう、包み隠さずに曝け出し合えたというか)

特にセックスに関して内向的だった薫にとって、昨夜のような男女で求め求め合う激しい絡みは新鮮で、そこに極度の興奮と幾度もの絶頂が重なると、それは刺激的な中毒性を備えてしまっていた。

思い返してみれば、セックスに関しては最初の入り方が悪かったのかもしれない。高校時代は女子高で、異性に奔放だったクラスのグループとは距離があったし、大学に進学し、いざ迎えた初めての体験では相手の自分勝手さに対しての憤りと、それなりの身体の痛みだけが記憶として残るのみであった。そのまま賢人と出会ったわけだが、彼はよくよく人を慮る人物だった。

薫のセックスへの抵抗は付き合ってすぐに見透かされてしまい、薫の身体の交わりへの優先順位に賢人も合わせようとしているようだった。

それが夫の美徳でもあり、薫もそれを受け入れたことが、二人の距離を結婚という着地点へ近づけもし、、肉体の距離は過度に離していたのかもしれない。

そんな数年来醸造してきた身体距離が一晩でもみくちゃになってしまったのだから、混乱もするし、酔いもするし、何より新しい玩具を買ってもらった子供のように興味に溺れてしまうのであった。

(あぁだめ、やっぱり濡れてる)

昨夜の筋肉痛が残る両腿を摺り合わせれば、ショーツは冷たく湿っており、中はグッショリと熱くなっているのがわかる。思わず指で確かめそうになったが、寸でのところで思いとどまる。一度触れてしまったが最後、変なスイッチが入ってしまいそうだったのだ。

この疼きをどうしようかと枕で頭を抱えていた時、壁の向こうから微かに物音が聞こえた。

(また賢人仕事してたんだ…でもこの感じは、片づけてるのかな)

何となくノートパソコンを閉じる音が聞こえた気がしたのだ。少し迷った後、薫は夏美を起こさないよう何かに手を引かれるように寝室を後にした。


薫がリビングのドアをそっと開けると、冷えた空気が足元から立ち込めた。

「あれ、珍しいね。寝かし付けお疲れ様」

薫が起きてきた事に驚いた賢人は慌ててエアコンのリモコンを手に取る。普段は寒がりな薫に合わせて高めに設定している空調温度を仕事中は下げていたのだろう。

「いいよいいよ。私もちょっと汗かいてちゃったから。今からお風呂?」

「うん、仕事も片付いたし入ってくるよ」

「家でまでいつもごめんね。早めに帰ってくるの大変でしょ?」

出会った頃の賢人は、意地でも仕事を家に持って帰らないタイプだった筈だ。

それが今となっては家でパソコンを叩く事が当たり前になりつつあるようで。それだけ家庭を鑑みてくれる賢人にもちろん感謝はしていたが、申し訳ない気持ちの方が薫にとっては大きかった。

「大丈夫だよ。むしろ薫の方が家のことの負担も大きいだろうし、いつもありがとね」
「夏美の弁当とかこども園の対応とか、全部薫に任せっきりだし、すごい助かってる」

消耗品なんかも俺暫く自分で買ってないし、と冗談めかして賢人が言う。なるべく家の備品を切らさないよう、夏美を片手に抱え、もう片方でトイレットペーパー類を腕に絡みつけ汗びっしょりで持ち帰るなんてことは、家事割合の多い薫にとってはざらだった。

(ちゃんと見てくれてるんだ…)

賢人が仕事に忙しいことを理屈では分かっていながらも感情では、もう少し家の事もやってよ、と言葉にはしないものの態度で悪態をついてしまうことが過去に何度かあった。

こんな何気ない一言で溜飲が下がるのだから、日頃のコミュニケーションがいかに大切かを薫は思い知った。一緒に暮らしているのは夏美だけではない。薫と賢人も、三人とも対等な家族なのだと。

薫は少し涙ぐんでしまった目頭を眼鏡の下からさり気なく拭った。どうも小さい頃から本音で話そうとすると悲しくもないのに涙が出てきてしまうのだ。

多分、自分の心の露出に要するエネルギーが、加減が分からず余計な感情にまで発破をかけてしまうのだと思う。

そんな薫を察してか、賢人の腕がゆっくりと薫の背に回り、薫も片手で眼鏡を外し手探りでカウンターへと脱ぎ置く。頬を賢人の胸板へ押し付け、薫もまた背へ手を這わせた。

(賢人の鼓動、早くなってる。それに…)

胸に当てた耳から直接賢人の心音が忙しなく響く。そして徐々に存在感を増す賢人の肉塊が薫の腹部を生地越しに圧迫する。

(すごい硬くなってる…それに、熱い…)

自身の起立に気付いた賢人が反射的に腰を引こうとしたが、それを逃がさないよう薫はさらに体重を預け、密着を強めた。

「ねぇ、た、たまには背中流してあげよっか…?」

たまにも何も賢人と一緒に入浴したことなんて無かったが、何も珍しい事ではないと言う風に、精一杯の虚勢を張った。




賢人をバスチェアに座るよう促し、背中側に回った薫は膝を落としてボディソープをタオルに馴染ませる。お互いの裸なんてもう何度も見ているはずだが、生活空間で面と向かうことは羞恥心をいたずらに煽っており、ようやく賢人の視界から外れたことで薫は一息つくことが出来た。

充分にボディソープをタオルに纏わせたところで、賢人の背中へとなすりつける。改めて見る夫の背中は広く、力を加減しながらタオルを上下左右に動かす。

鏡越しに覗くと、賢人の二重と目が合う。眼鏡無しではボヤけてしまっていたものの、賢人の整った睫毛は揺れ動き、瞳には柔和さと興奮が同居していた。

「きゃっ」

背中から胸を洗おうと膝立ちになった際、賢人に腕を引かれ、薫の胸のふくらみが賢人の背中へ押し付けられる。

(やだ…乳首勃っちゃってるのに…)

「どうしたの?」

また鏡を経由し賢人が意地悪く続きを促す。左手は賢人の腕に捕まってしまい、右手だけで洗おうとすると薫のバストは賢人の背中に擦れてしまう。

「んっ…いじわる…」

あっという間にボディソープでヌルヌルになってしまったバストを押し付けながら、賢人の胸からお腹を擦る。ピンと起立した乳首はその度にニュルリと摩擦に晒され、甘い官能は薫を悩ませる。

「ふっ…う…」

お返しとばかりに賢人の乳頭を指でまさぐると賢人の状態がピクンと跳ねる。夫のいたいけな反応に気をよくした薫はそのまま指をスルスルと這わせ、入浴前からずっと苦しそうに充血しているペニスに掌を馴染ませた。

「っく…」

賢人が先程よりも大きく慄き、冷えてしまった水滴が毛先からポタポタと薫の肩へと落ちた。

「…ここ?」

パンパンに膨れ上がった割れ目から漏れ出すカウパー液とボディソープを擦り合わせながら、薫が掌全体で亀頭を緩慢に撫で上げると、賢人の腰はいっそうの官能に震え上がり、堅く閉じた喉奥から呻き声が漏れ出す。

(女の子みたいに鳴いて、可愛い…)

男としてのプライドがあるのか、嬌声が出るのを賢人は我慢しているようだ。ただ吐精欲には逆らえないのだろう、薫の手を静止することも出来ずただ悶える夫の姿に、薫は下半身が疼く。

自身の中で靄のように膨らむ性欲と紅く滾り出した加虐心がドロドロと粘度を増して溶け合い、夫をもっとよがらせたいてやりたいと薫を逸らせた。前面に回った薫は賢人に立ち上がるよう促すと、自身は膝を落とし、断続的に吐精を求め震えるペニスへと顔の高さを合わせた。

(すごいビクビクしてる…早く触って欲しいんだ)

ボディソープを湯で流してもなお漏れ出すカウパー液により、賢人の亀頭は赤黒く光り、肉茎の根本へと太い血管が稲妻のように這っている。

「んっ」

ネットで調べたフェラチオのコツを断片的に思い出しながら、薫は上下の唇圧を緩め、亀頭に粘膜の割れ目を割らせるように相貌をペニスへ沈めた。

うぅ、と賢人が大きな呻きを上げ、腰をフルフルと震わせながらペニスをひと際膨張させる。

(口に含むと…思ったより、おっき、い…)

初めての口淫にさほど不快感は無く、カウパー液には舌がかすかにピリつくような塩味があったが、昂った思考の前ではより情欲を加速させるアクセントにしかならなかった。

「んっ…ふっ…」

歯を立てないよう注意しながら、薫は口淫深度をさらに下へと深める。口内を犯す圧倒的なペニスの面積に桃色の舌は押しやられ、圧迫感と息苦しさが同時に薫を襲う。

「うぁ…か、かおる…」

薫の苦悶に比例するように、敏感に膨張した性器を飲み込まれている賢人は口内性交に悦び、薫の髪に指を通し、さらなる刺激を要求する。

「んっ、だぁめ♡」

ペニスを一旦解放した薫はそっと賢人の手を払い、手首を撫でながら”気をつけ”をさせる。薫自身の勤仕によって射精させたい、イニシアティブは自分にあるのだと強調をする。

「くっ…」

今度は自分の唾液に濡れた肉茎を指で包む。力強い脈動を感じながらゆっくりと上下に擦り、亀頭を再度口内へ迎え入れる。

(先っぽと段差の辺りをいじってあげると、反応が良い…)

口内に含んだまま亀頭に舌を絡め、ツルツルとした表面に満遍なく這わせる。ゆっくりとナメクジのように焦らしながら賢人を覗き上げれば、双眸を堅く閉じながら切なそうに顎を突き上げている。

(そんなに気持ちいいんだ)

何とも言えない充足感は薫の情欲と熱量を煽り、舌愛撫にも熱が入る。

「んんっ…ん」

「っぐ!…う…」

時折、喉の手前までペニスを沈め、丸く形作った唇全体で肉茎を食み上げれば、賢人の口からは悩ましい吐息が漏れる。カリ部分で唇を止め、粘膜の感触を確かめるように段差付近を甘く締め上げると、賢人の苦悶は最高潮に達し、ガクガクと腰が波打っている。

(あぁ…賢人のこんなによがった顔初めて見た…目がトロンとして、瞬きいっぱいしちゃって、もうイクことしか考えられないのね)

もはや痙攣していると言ってもよい程に射精欲に震える賢人の腰振動を口内で感じながら、唇で捕獲していたカリに加える圧力をいっそう高めたところで、キュポンッという卑猥な音と共に引き抜き解放する。

「あ゛っ…か、かおる…かお、る…」

(ふふっ、イキたいのよね?また同じように虐めてあげる)

「あむっ…ん」

唇の柔らかさを思い知らせるようゆったりと亀頭から口内への侵入を許し、通過の際に粘膜刺激を送ることを忘れない。

「はっ…あ…」

最奥に到達したと見るや、薫は口を窄め頬肉も使いながら口全体でペニスを愛でる。

(あんまり長くは出来ないかも…でも…)

全容は口内に収まりきらないペニスの脈動が徐々に激しくなっており、溜め込んだ白濁液の放出許可を今か今かとせがんでいる。慣れない口内奉仕と賢人の太さで、顎の付け根は既に倦怠感を訴えていたが、賢人の限界到達の方が明らかに早そうだ。

「かおる!もうっ…」

夫の射精をコントロールしている優越感に薫の下半身もキュウキュウと疼き、羞恥心をも瓦解させてゆく。

カウパー液と唾液が混ざり泡となり、締め上げた口内が卑猥な空裂音を浴室に響かせようが意に介さず、薫は相貌の上下運動を早めた。唇が届かない肉茎の根元には指を這わせ、フェラチオに連動させながら擦り上げる。

「か、かおる…で、でるっ!」

「んっ!…んんんっ!!」

賢人の腰が前に飛び出てくると同時に、薫の口内の亀頭がひと際の膨張に震え、ビュルビュルと吐き出された粘液が薫の口内粘膜へ衝突する。想像以上の熱を帯びた精液の放出は一度では終わらず、二度三度と続く。

「んくっ…んんっ…」

賢人の視線は宙を彷徨い、無意識に腰をせり出している。主導権を握っていたはずの薫だったが、唇は未だ激しい脈動を続ける賢人のペニスに蓋をされ、限られた口内の空間は鈴口から溢れる精液に蹂躙されていく。

(あぁ…こんなにいっぱい…まだ溢れてくる)

何とか上目で賢人の相貌を覗けば、放心状態で射精の恍惚に浸っているようだ。頬は紅潮し、口はだらしなく空いたままになっている。

(すごい気持ち良さそうな顔…私が満足させたんだ。…悪くないかも)

むせてしまわないよう、舌の根で精液が下顎へ収まるよう誘導するも、とても全ては収まりきらず、コクリと喉を鳴らし幾分かを飲み込む。

(変な味。だけど…嫌いじゃない)

独特の青臭さがほんのりと鼻孔を撫ぜる。やがて引き抜かれたペニスと一緒に口角からは唾液と精液がポタポタとタイルへと零れ、薫は指先で唇を拭う。

「ふふっ、ちょっと飲んじゃった。いっぱい出たね、びっくりしちゃった」

照れ隠しにいたずらっぽく言うと、賢人は複雑な表情で薫の髪を撫でた。申し訳なさそうな相形が見え隠れしていたが、賢人はふっと表情を和らげ、馨の腰へと手を回し抱き寄せられる。

「…嬉しい。気持ち良かった、その、すごく」

「うん、素直でよろしい」

強い抱擁の後、今度は唇同士が緩やかに重なり、賢人の手が薫の臀部へ伸びる。賢人の冷えた手が双尻を弄り、徐々に手つきが性的な含みを帯びる。

「んっ…」

ピリピリとした刺激が、一旦垂れ下がった官能曲線を容易く持ち上げ、ふぅと大きな吐息が漏れる。裸体は無制限の愛撫を許し、臀部から腰部、背部、腹部、胸部を欲のままに弄られ、寝室では有りえないボディソープやお湯の滑らかさが、よりいっそうの刺激を皮膚から脳髄へ絶え間なく送り込む。

「あっ、そうだ。ちょっと待ってて」

「えっ?」

そういじらしく笑う賢人は、浴室に半身を置いたまま洗面台のどこかに手を伸ばし、ガサガサと何かを漁る。

「さっきのお返し、しないとね」

目当ての物を探り当て、浴室のドアを再び締めた賢人の手には、何かのチューブと、キラキラとしたワインレッドの塗装が施されたこぶし大のサイズの丸い道具があった。

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