上 下
53 / 60
第四章 旅行準備編

クビ 

しおりを挟む
 

「そっか、爺さんはどうなった?」

「今は、牢に入っているよ。抵抗する気はないようだから無意味だがな」

 本当に潔い爺さんだ。

 負けた人間は捕まり、負け犬は逃げた。

 どっちがどっちなのか、わからなくなってくる。

 果たして、どちらのほうが賢いのかな。

「おそらくは、危険な戦場に行くことになるだろう。そして、死ぬまで使いつぶされる」

 それは、もしかしたら幸せな結末と言えるのかもしれない。

 戦うことが生きることで、戦うことが死ぬことになるのだから。

「まあ、あれの話はもういいだろう。それより望む褒美はあるのか?」

 クイーンは話を切り替えると、嬉しそうにそう言った。

「褒美ねえ?」

「なんでも良いのだ、わらわはお主を気に入っているからな」

 クイーンは、ぼくのすぐ近くでそう言った。

 その距離は、まさしく。

「ああ、あった」

 この手が、その細い首にすら届くほどに。

「うっ?」

「今回、ぼくは死にかけたんだけどさ。なんでだと思う?」

 まだ、力は入っていない。ただ、五指で細い首をしっかりと掴んでいるだけだ。

「え、えと」

「誰かに、スタンガンで眠らされてあの爺さんたちの傍に移動させられたからなんだよ」

「そう、か」

 クイーンは恐怖で、言葉が上手く出てこない。

「でも、眠る前にぼくを眠らせた犯人の話を聞いてさ。どうやら知り合いだったみたいだった。だから本当に頑張って少しだけど目を開いたんだ」

 ぼくの言葉に、その顔がどんどん青褪めていく。

「スタンガンを持っていたのは、お前だった。ぼくは捨て駒なんだろう?」

 少しづつ、ぼくの指には力が込められていく。今はまだ、触れているだけと大差がない。

「言ったよね、敵には容赦しないと」

 ぼくの右手は、細い首を掴んでいる。

 だから、今度は左手も。

「これは、毒とは次元の違う話だ。あれも洒落にはならなかったけど、今回のほうが危険だった」

 あと一歩で死んでいた。死んでいなかったのが不思議なぐらいで……。

「殺される前に、殺すよ」

 これは、それだけの問題。

 別に、恨んでいるわけじゃない。結局は生き残れたし、あれはあれで楽しかったから。

 でももし次があったらどうなるかわからないし、気に入らないことは変わりない。

「まだルシルには話してないんだ。なにをするかわからないし、ぼくの邪魔をされたくなかったから」

 その理由が正義感でも、ただの怒りでも。

 ぼくの役には立たないと思った。

「ま、待ってくれ! ここをどこだと思っている、わらわの国だぞ! わらわはクイーンなのだ!」

 動揺はだいぶ収まったようだが、恐怖とぼくに首を掴まれているので掠れるような声しか出せてはいない。

「だから?」

 ここがどこで、誰が相手でも関係ない。

 ぼくを縛ることはできないし、逃げる気でいるがこの後にぼくが捕まろうが殺されようが大して興味はない。

 行動には、結果が付いて回るのだから。

「がはっ!」

 ぼくは徐々に両手の力を強くする。

 何故、一気に首を絞めないのか。

 恐怖というものは、遅いほうが効果がある。

 一瞬で死ぬことには、大した価値がない。

 真綿の絞められるように、徐々に恐怖を強く感じることによって自分の行いを後悔し、簡単な死を望むようになる。

 それを、あの闇の中で学んだ。

 ぼくは最後まで恐怖の欠片も感じたりはしなかったが、普通の人間なら怖いんだろうなって思った。

 あまりにも退屈だったから、そんなことを考えたのだ。

 そして、やり返すのなら同じことを思ってもらわなければならない。

 ただの十歳の少女が相手なら哀れに思ったかもしれないが、この少女の中身は千歳を超えるらしい。

「ぐ、ぐっぎい」

 苦しそうだ、顔もだんだんと青くなっていく、酸欠なのだろう。

「がっ!」

 このままだと、あと少しで簡単に死ぬだろう。

 酸素を運ぶのは血液だ。こんな小柄な少女ではその絶対量はとても少ないだろう。

 クイーンの顔をもう一度見る。

「……はあ」

 やめた。ぼくは首を絞めている両手を離して、少しだけ距離を取る。

「げほっ! ゲホゲホ!」

 仕方がない、だってあまりにもクイーンは苦しそうだった。

 一息で殺すのならともかく、こういう陰湿なことはどうしても好きになれない。

 やられたことをやり返す。ぼくがしたことはただそれだけだったはずなんだが。

 まあ、結果的にはぼくも生き残れたんだ。クイーンも生き残れるのは必然だったのかもしれない。

「反省したか?」

 未だに悶絶しているクイーンに話しかける。

「お主、本気だっただろう? 本気でわらわを殺す気で」

 クイーンは、恐怖に怯え切った顔をしてぼくを見る。

「うん、本気だったよ。でもやめることにした」

 やはり、外見というのは大事なのかもしれないな。

 千歳の年寄りなら殺せたのかもしれないが、十歳の少女を殺すことは出来なかった。

 ……、違うな。ぼくは殺せた。

 色々理由はありそうだけど、あえて言うならクイーンを殺せなかった理由は。

 ぼくが復讐というものを好まないという部分にあるだろう。

 考えてみれば、簡単な話。

 おそらくは、ぼくには沢山の復讐する権利があると思う。

 でも、ぼくはそれをたった一つだって使ったことがないのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生してギルドの社畜になったけど、S級冒険者の女辺境伯にスカウトされたので退職して領地開拓します。今更戻って来いって言われてももう婿です

途上の土
ファンタジー
『ブラック企業の社畜」ならぬ『ブラックギルドのギル畜』 ハルトはふとしたきっかけで前世の記憶を取り戻す。  ギルドにこき使われ、碌に評価もされず、虐げられる毎日に必死に耐えていたが、憧れのS 級冒険者マリアに逆プロポーズされ、ハルトは寿退社(?)することに。  前世の記憶と鑑定チートを頼りにハルトは領地開拓に動き出す。  ハルトはただの官僚としてスカウトされただけと思っていたのに、いきなり両親に紹介されて——  一方、ハルトが抜けて彼の仕事をカバーできる者がおらず冒険者ギルドは大慌て。ハルトを脅して戻って来させようとするが——  ハルトの笑顔が人々を動かし、それが発展に繋がっていく。  色々問題はあるけれど、きっと大丈夫! だって、うちの妻、人類最強ですから! ※中世ヨーロッパの村落、都市、制度等を参考にしておりますが、当然そのまんまではないので、史実とは差異があります。ご了承ください ※カクヨムにも掲載しています。現在【異世界ファンタジー週間18位】

彗星の降る夜に

れく
ファンタジー
少年「レコ」はある日親友の家で凄惨な現場を目撃してしまう。荒らされた家、血塗れの壁、そして居なくなった親友…。レコは親友を探すため、自ら苦境に手を伸ばしていた。 「彗星の降る夜に、彼らは必ず応えてくれる」 (*2022/05/12 全編完結済みです、ありがとうございました!今後も扉絵/挿絵は随時追加していきます!)

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

俺の旅の連れは美人奴隷~俺だって異世界に来たのならハーレムを作ってみたい~

ファンタジー
「やめてください」「積極的に行こうよ」「ご主人様ってそういう人だったんだ」様々な女の子とイチャイチャしながら異世界を旅して人生を楽しんでいこう。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

侯爵騎士は魔法学園を謳歌したい〜有名侯爵騎士一族に転生したので実力を隠して親のスネかじって生きていこうとしたら魔法学園へ追放されちゃった〜

すずと
ファンタジー
 目指せ子供部屋おじさんイン異世界。あ、はい、序盤でその夢は砕け散ります  ブラック企業で働く毎日だった俺だが、ある日いきなり意識がプツンと途切れた。気が付くと俺はヘイヴン侯爵家の三男、リオン・ヘイヴンに転生していた。  こりゃラッキーと思ったね。専属メイドもいるし、俺はヘイヴン侯爵家のスネかじりとして生きていこうと決意した。前世でやたらと働いたからそれくらいは許されるだろう。  実力を隠して、親達に呆れられたらこっちの勝ちだ、しめしめ。  なんて考えていた時期が俺にもありました。 「お前はヘイヴン侯爵家に必要ない。出て行け」  実力を隠し過ぎてヘイブン家を追放されちゃいましたとさ。  親の最後の情けか、全寮制のアルバート魔法学園への入学手続きは済ましてくれていたけども……。  ええい! こうなったら仕方ない。学園生活を謳歌してやるぜ!  なんて思ってたのに色々起こりすぎて学園生活を謳歌できないんですが。

超越者となったおっさんはマイペースに異世界を散策する

神尾優
ファンタジー
山田博(やまだひろし)42歳、独身は年齢制限十代の筈の勇者召喚に何故か選出され、そこで神様曰く大当たりのチートスキル【超越者】を引き当てる。他の勇者を大きく上回る力を手に入れた山田博は勇者の使命そっちのけで異世界の散策を始める。 他の作品の合間にノープランで書いている作品なのでストックが無くなった後は不規則投稿となります。1話の文字数はプロローグを除いて1000文字程です。

現実は乙女ゲーよりも奇なり

春賀 天(はるか てん)
恋愛
私ことーー 橘 珠里 高3。 乙女ゲームをなによりも愛する女。 なので『現実世界』の男には全く 興味はございません。 私が恋する男は乙女ゲーのイケメン オンリーでございます。 そんな乙女ゲーの為ならば、 『ズボラ女』と呼ばれようが 『妄想オタク女』と呼ばれようが、 我が道を貫き通す所存であります。 ーーが、高3になり、卒業まであと 一年と目前に差し迫った私に何故か、 弟の親友である奏の様子が変わって きたような?? しかも『現実世界』の男達も自分の 周りに近付いてきて、まるで乙女ゲー ありきのような展開に正直、大いに 困っております。 私が“モテ期”?? まさに“奇なり”であります。 あ、あり得ねーーー!! 【別サイト**~なろう(~読もう)さん でも掲載させて頂いてます**休止中】

処理中です...