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第四章 旅行準備編
クビ
しおりを挟む「そっか、爺さんはどうなった?」
「今は、牢に入っているよ。抵抗する気はないようだから無意味だがな」
本当に潔い爺さんだ。
負けた人間は捕まり、負け犬は逃げた。
どっちがどっちなのか、わからなくなってくる。
果たして、どちらのほうが賢いのかな。
「おそらくは、危険な戦場に行くことになるだろう。そして、死ぬまで使いつぶされる」
それは、もしかしたら幸せな結末と言えるのかもしれない。
戦うことが生きることで、戦うことが死ぬことになるのだから。
「まあ、あれの話はもういいだろう。それより望む褒美はあるのか?」
クイーンは話を切り替えると、嬉しそうにそう言った。
「褒美ねえ?」
「なんでも良いのだ、わらわはお主を気に入っているからな」
クイーンは、ぼくのすぐ近くでそう言った。
その距離は、まさしく。
「ああ、あった」
この手が、その細い首にすら届くほどに。
「うっ?」
「今回、ぼくは死にかけたんだけどさ。なんでだと思う?」
まだ、力は入っていない。ただ、五指で細い首をしっかりと掴んでいるだけだ。
「え、えと」
「誰かに、スタンガンで眠らされてあの爺さんたちの傍に移動させられたからなんだよ」
「そう、か」
クイーンは恐怖で、言葉が上手く出てこない。
「でも、眠る前にぼくを眠らせた犯人の話を聞いてさ。どうやら知り合いだったみたいだった。だから本当に頑張って少しだけど目を開いたんだ」
ぼくの言葉に、その顔がどんどん青褪めていく。
「スタンガンを持っていたのは、お前だった。ぼくは捨て駒なんだろう?」
少しづつ、ぼくの指には力が込められていく。今はまだ、触れているだけと大差がない。
「言ったよね、敵には容赦しないと」
ぼくの右手は、細い首を掴んでいる。
だから、今度は左手も。
「これは、毒とは次元の違う話だ。あれも洒落にはならなかったけど、今回のほうが危険だった」
あと一歩で死んでいた。死んでいなかったのが不思議なぐらいで……。
「殺される前に、殺すよ」
これは、それだけの問題。
別に、恨んでいるわけじゃない。結局は生き残れたし、あれはあれで楽しかったから。
でももし次があったらどうなるかわからないし、気に入らないことは変わりない。
「まだルシルには話してないんだ。なにをするかわからないし、ぼくの邪魔をされたくなかったから」
その理由が正義感でも、ただの怒りでも。
ぼくの役には立たないと思った。
「ま、待ってくれ! ここをどこだと思っている、わらわの国だぞ! わらわはクイーンなのだ!」
動揺はだいぶ収まったようだが、恐怖とぼくに首を掴まれているので掠れるような声しか出せてはいない。
「だから?」
ここがどこで、誰が相手でも関係ない。
ぼくを縛ることはできないし、逃げる気でいるがこの後にぼくが捕まろうが殺されようが大して興味はない。
行動には、結果が付いて回るのだから。
「がはっ!」
ぼくは徐々に両手の力を強くする。
何故、一気に首を絞めないのか。
恐怖というものは、遅いほうが効果がある。
一瞬で死ぬことには、大した価値がない。
真綿の絞められるように、徐々に恐怖を強く感じることによって自分の行いを後悔し、簡単な死を望むようになる。
それを、あの闇の中で学んだ。
ぼくは最後まで恐怖の欠片も感じたりはしなかったが、普通の人間なら怖いんだろうなって思った。
あまりにも退屈だったから、そんなことを考えたのだ。
そして、やり返すのなら同じことを思ってもらわなければならない。
ただの十歳の少女が相手なら哀れに思ったかもしれないが、この少女の中身は千歳を超えるらしい。
「ぐ、ぐっぎい」
苦しそうだ、顔もだんだんと青くなっていく、酸欠なのだろう。
「がっ!」
このままだと、あと少しで簡単に死ぬだろう。
酸素を運ぶのは血液だ。こんな小柄な少女ではその絶対量はとても少ないだろう。
クイーンの顔をもう一度見る。
「……はあ」
やめた。ぼくは首を絞めている両手を離して、少しだけ距離を取る。
「げほっ! ゲホゲホ!」
仕方がない、だってあまりにもクイーンは苦しそうだった。
一息で殺すのならともかく、こういう陰湿なことはどうしても好きになれない。
やられたことをやり返す。ぼくがしたことはただそれだけだったはずなんだが。
まあ、結果的にはぼくも生き残れたんだ。クイーンも生き残れるのは必然だったのかもしれない。
「反省したか?」
未だに悶絶しているクイーンに話しかける。
「お主、本気だっただろう? 本気でわらわを殺す気で」
クイーンは、恐怖に怯え切った顔をしてぼくを見る。
「うん、本気だったよ。でもやめることにした」
やはり、外見というのは大事なのかもしれないな。
千歳の年寄りなら殺せたのかもしれないが、十歳の少女を殺すことは出来なかった。
……、違うな。ぼくは殺せた。
色々理由はありそうだけど、あえて言うならクイーンを殺せなかった理由は。
ぼくが復讐というものを好まないという部分にあるだろう。
考えてみれば、簡単な話。
おそらくは、ぼくには沢山の復讐する権利があると思う。
でも、ぼくはそれをたった一つだって使ったことがないのだから。
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