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誤解
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そして長い夜が終わり、朝日が昇る。私は一晩中考えようと思ったのだが色々あったせいで結局すぐに熟睡してしまっていた。
…つまり、なんにも考えてない。
何を口実にアレクシスをここに呼んで、イサベルを連れて行かせようか…。
初めから連れていくつもりだったのなら、何故あの時城に連れて行くという提案を断ったのかと言われてしまえばおしまいだからね。
それらしい理由と本人の意志をどうにかして向けないといけないわ。
せめてイサベルがアレクシスに関心を持ってくれていたら話は違うのになぁ…。
あんなイケメンに少しも興味を持たないだなんて正直ありえないわよ…。
私が公爵令嬢だから気を遣ってるってわけでもなさそうだし、あれは本気で興味ない顔だったわね。むしろ私達を応援しそうな勢いだったもの。
折角役者が揃ってるのにどうしてこうも上手くいかないのかしらね。人の心を動かすのはホントに難しいわ…。
私がだだっ広い私室で一人ため息をつくと、コンコンと軽いノックの音が聞こえてくる。続いて聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「リティ~起きてる?」
「はい。起きてます」
この声は…お母様ね。お母様がこんな朝早くからなんの用かしら?
私が疑問に思いつつ入室を促すと彼女は勢いよく扉を開く。あまりの勢いに扉のものとは思えない轟音が鳴り、私は思わず何度も瞬きする。
「あらごめんなさい、ちょっと力を入れすぎちゃった」
お母様はてへぺろと言わんばかりに舌を出してみせたが、それはどう考えても到底てへぺろでは許されない音だった。扉をそっと閉めても今の出来事は変わりませんよ。
はぁ、普通にびっくりしたわ…。
「…大丈夫です。お母様、どうかなさいましたか?」
「あぁ、そうそう。リティ、なんかすっごい沢山ドレスが届いてるけど、あんなにいっぺんに購入するなんて一体何があったの?」
「えっ」
その瞬間に蘇る昨日の記憶。突然屋敷に届いた沢山のドレス…確実にあの時のものだ。アレクシスが私のために迷いもなく購入した…青系統のドレスのことであろう。
完全に忘れてたわ…。
「お支払いは済んでるって言ってたけどそんなに大金を使うなんてびっくりしたわ。もちろん私は構わないのだけど」
「いえあれは…殿下に買ってもらったんです」
「えっ?」
「すみません、断りきれなくて…」
「やだーやっぱり殿下なのね?凄いわ、王子様からあんなプレゼントを貰えるなんて!」
お母様は頬に手を当て、嬉しそうに呟く。そして私の手を取ると、「次は何を貰うの?今度はお店ごと?あぁ、宝石かもしれないわね。それとも…」ととんでもないことを言い始めたので慌てて私が止める。
「やめて下さい、そんなの貰ったとしてもすぐに返します」
「えぇ、勿体ない。でもリティ、殿下に愛されてるみたいで安心したわ。でもリティにあげるならちょっと量が少ないわね。きっと殿下も自重したんだわ。アーゼルだったら…そうね、その地域ごと買い占めて私にくれそうだもの」
「お父様ならしそうですけど…流石にそこまではしないと思いますよ」
「でも殿下なら公爵以上になんでもできるからね。きっと物凄いプレゼントを…」
「お母様?聞いてますか?」
「あぁ、ごめんなさい。ちゃんと聞いてるわ。でも嬉しいの。王族や貴族が婚約者にプレゼントを贈るのは大切にしている印だから。」
お母様のその言葉が、深く胸に突き刺さる。
彼女は私がアレクシスに大切にされていると思って、心から喜んでくれている。
でも違う。彼が心から愛し、護ろうとするのは、イサベル一人なのだ。私はその権利を有しない。
「ようやくリティの幸せが見えてきたわね。立派な皇后になるのよ」
私は、黙って頷いた。
少しくらい、夢を見させてあげてもいいだろう。自分の娘が皇后になり、幸せになるという…永遠に訪れない甘い夢を。
「…リティシア公女様」
突如、ノックの後に低い声が聞こえてくる。この屋敷で聞くには随分と懐かしい響きだ。
「あら、アーグレン君が帰ってきたみたいね」
お母様が微笑んだ。私が返事をするとアーグレンは扉をゆっくりと開き、私と目が合う。
そしてお母様の存在にすぐに気づき、「公爵夫人もいらしていたのですね。気遣いができず、大変失礼致しました」と軽く礼をする。
「いいのよ。気にしないで。これからも娘をどうかよろしくね」
「はい。お任せ下さい」
お母様が気を利かせて部屋を出ていく様子を黙って眺める。完全に二人きりになった時、少し緊張が解けた。
「おかえり。と言っても…昨日会ったけどね。あ、そうだチョコレートケーキもあるから後で食べてね。昨日のだけど。」
「公女様…私の帰りを喜んで下さることも、お土産を買って下さるのも嬉しいのですが、どうか昨日のような真似はおやめ下さい。心臓がいくつあっても足りませんよ…。アレクは公女様の言う事なら何でも聞いてしまうんですから、公女様自らがお気をつけて頂かないと困ります。私は常にお二人の側にいられるわけではないのですから…」
「ちょっと待って、アレクは私の言う事ならなんでも聞くって言った?」
「はい…そう言いました」
「それは貴方の誤解よ。確かに優しい人だけど、いくらなんでも他人の言う事全てに従うなんてありえないわ」
「…公女様…あの…本気で仰っているんですか…?」
驚きというよりはほぼ呆れに近い表情を浮かべるアーグレンに私は少し怒りを覚える。何もそんな顔することないじゃない。
だってそうでしょ?他人の言う事全てに従う人間なんてこの世にいるわけないわ。
「公女様、親友として言わせて頂きますが、アレクはただの他人に対してあそこまで尽くすことは絶対にな…」
その声は、突如響き渡った轟音によってかき消された。すぐ近くの廊下からだ。
私とアーグレンは顔を見合わせると、部屋を飛び出した。
…つまり、なんにも考えてない。
何を口実にアレクシスをここに呼んで、イサベルを連れて行かせようか…。
初めから連れていくつもりだったのなら、何故あの時城に連れて行くという提案を断ったのかと言われてしまえばおしまいだからね。
それらしい理由と本人の意志をどうにかして向けないといけないわ。
せめてイサベルがアレクシスに関心を持ってくれていたら話は違うのになぁ…。
あんなイケメンに少しも興味を持たないだなんて正直ありえないわよ…。
私が公爵令嬢だから気を遣ってるってわけでもなさそうだし、あれは本気で興味ない顔だったわね。むしろ私達を応援しそうな勢いだったもの。
折角役者が揃ってるのにどうしてこうも上手くいかないのかしらね。人の心を動かすのはホントに難しいわ…。
私がだだっ広い私室で一人ため息をつくと、コンコンと軽いノックの音が聞こえてくる。続いて聞き覚えのある声が私を呼んだ。
「リティ~起きてる?」
「はい。起きてます」
この声は…お母様ね。お母様がこんな朝早くからなんの用かしら?
私が疑問に思いつつ入室を促すと彼女は勢いよく扉を開く。あまりの勢いに扉のものとは思えない轟音が鳴り、私は思わず何度も瞬きする。
「あらごめんなさい、ちょっと力を入れすぎちゃった」
お母様はてへぺろと言わんばかりに舌を出してみせたが、それはどう考えても到底てへぺろでは許されない音だった。扉をそっと閉めても今の出来事は変わりませんよ。
はぁ、普通にびっくりしたわ…。
「…大丈夫です。お母様、どうかなさいましたか?」
「あぁ、そうそう。リティ、なんかすっごい沢山ドレスが届いてるけど、あんなにいっぺんに購入するなんて一体何があったの?」
「えっ」
その瞬間に蘇る昨日の記憶。突然屋敷に届いた沢山のドレス…確実にあの時のものだ。アレクシスが私のために迷いもなく購入した…青系統のドレスのことであろう。
完全に忘れてたわ…。
「お支払いは済んでるって言ってたけどそんなに大金を使うなんてびっくりしたわ。もちろん私は構わないのだけど」
「いえあれは…殿下に買ってもらったんです」
「えっ?」
「すみません、断りきれなくて…」
「やだーやっぱり殿下なのね?凄いわ、王子様からあんなプレゼントを貰えるなんて!」
お母様は頬に手を当て、嬉しそうに呟く。そして私の手を取ると、「次は何を貰うの?今度はお店ごと?あぁ、宝石かもしれないわね。それとも…」ととんでもないことを言い始めたので慌てて私が止める。
「やめて下さい、そんなの貰ったとしてもすぐに返します」
「えぇ、勿体ない。でもリティ、殿下に愛されてるみたいで安心したわ。でもリティにあげるならちょっと量が少ないわね。きっと殿下も自重したんだわ。アーゼルだったら…そうね、その地域ごと買い占めて私にくれそうだもの」
「お父様ならしそうですけど…流石にそこまではしないと思いますよ」
「でも殿下なら公爵以上になんでもできるからね。きっと物凄いプレゼントを…」
「お母様?聞いてますか?」
「あぁ、ごめんなさい。ちゃんと聞いてるわ。でも嬉しいの。王族や貴族が婚約者にプレゼントを贈るのは大切にしている印だから。」
お母様のその言葉が、深く胸に突き刺さる。
彼女は私がアレクシスに大切にされていると思って、心から喜んでくれている。
でも違う。彼が心から愛し、護ろうとするのは、イサベル一人なのだ。私はその権利を有しない。
「ようやくリティの幸せが見えてきたわね。立派な皇后になるのよ」
私は、黙って頷いた。
少しくらい、夢を見させてあげてもいいだろう。自分の娘が皇后になり、幸せになるという…永遠に訪れない甘い夢を。
「…リティシア公女様」
突如、ノックの後に低い声が聞こえてくる。この屋敷で聞くには随分と懐かしい響きだ。
「あら、アーグレン君が帰ってきたみたいね」
お母様が微笑んだ。私が返事をするとアーグレンは扉をゆっくりと開き、私と目が合う。
そしてお母様の存在にすぐに気づき、「公爵夫人もいらしていたのですね。気遣いができず、大変失礼致しました」と軽く礼をする。
「いいのよ。気にしないで。これからも娘をどうかよろしくね」
「はい。お任せ下さい」
お母様が気を利かせて部屋を出ていく様子を黙って眺める。完全に二人きりになった時、少し緊張が解けた。
「おかえり。と言っても…昨日会ったけどね。あ、そうだチョコレートケーキもあるから後で食べてね。昨日のだけど。」
「公女様…私の帰りを喜んで下さることも、お土産を買って下さるのも嬉しいのですが、どうか昨日のような真似はおやめ下さい。心臓がいくつあっても足りませんよ…。アレクは公女様の言う事なら何でも聞いてしまうんですから、公女様自らがお気をつけて頂かないと困ります。私は常にお二人の側にいられるわけではないのですから…」
「ちょっと待って、アレクは私の言う事ならなんでも聞くって言った?」
「はい…そう言いました」
「それは貴方の誤解よ。確かに優しい人だけど、いくらなんでも他人の言う事全てに従うなんてありえないわ」
「…公女様…あの…本気で仰っているんですか…?」
驚きというよりはほぼ呆れに近い表情を浮かべるアーグレンに私は少し怒りを覚える。何もそんな顔することないじゃない。
だってそうでしょ?他人の言う事全てに従う人間なんてこの世にいるわけないわ。
「公女様、親友として言わせて頂きますが、アレクはただの他人に対してあそこまで尽くすことは絶対にな…」
その声は、突如響き渡った轟音によってかき消された。すぐ近くの廊下からだ。
私とアーグレンは顔を見合わせると、部屋を飛び出した。
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