104 / 196
疑問
しおりを挟む
【リティシア】
私がベッドで横になり、アルターニャの城で手に入れた白紙の本を令嬢らしからぬ体勢で眺めていると突然ドアがノックされる。
「…公女様、お聞きしたいことがあるのですが入ってもよろしいですか?」
呼び方からして既に分かるが、アーグレンが訪ねてきたようだ。
「えぇ。何?」
本を置いてからそう答えると、扉がゆっくりと開いた。
聞きたいこと、か…。もしかしたら先程言いかけたことかもしれない。
地味に気になっていたんだけどようやく言ってくれるのね。
私は一体どんなことを言いに来たのかと内心期待しながら彼を見つめる。彼は一瞬私の体勢に驚いたようだがそれについては特に触れてこなかった。
「……公女様がアレクを…アレクシスと呼ぶのはわざとですか?」
あら…気づかれてたのね。
私がわざと呼び方を変えていたってことを。アーグレンと仲良くなるために彼に合わせて呼び方を変えてたのは確かだわ。
「…そうね。もしそうだとしたら…どう思うの?」
呼び方を変えていたことに気づかれても仲良くなる為だったと言えば問題はない。
彼が疑問に思うことは何もないはずなのに…何故かアーグレンの表情は浮かないままだ。
「…初めは公女様が私に合わせてくださってそう呼んでいたのだと思っていました…。ですが、合わせていると考えるにはあまりにも自然に…違和感なく『アレク』という言葉を使っていました。意識して使う言葉ではなく、普段から使っているように感じたんです」
…思っていたよりずっと鋭いのね。
「それなのに公女様ははっきりと…アレクの事を『アレクシス』と愛称ではなく本名で呼んでいました。しかも…わざと冷たい態度もとられていましたよね。私はどちらの公女様が本当なのかと少し混乱しましたが…もうなんとなく分かってきました。彼を愛称で呼ぶほど親しみを感じているのに…内心では彼と距離を置きたいのではないかと」
そう…そこまで辿り着いたの。
流石ね。流石…王家の騎士団長を務めるだけあるわ。
でもその言葉に頷くつもりはない。アレクと距離の近い親友に本音を言えば確実に本人にも伝わってしまうから。
「…公女様はアレクのことを慕っているはずです。見ていれば…分かります。それなのに何故」
「…そんなのどうだっていいでしょ!?」
彼の言葉を遮らなければと直感で感じた私は冷静さを失い、思っていたよりもずっと大きい声が飛び出す。
こんな風に言うつもりではなかったのだが、仕方ない。
私の様子がおかしいことに気づいたアーグレンは怪訝そうにこちらを見つめてくる。私は体勢を変え、ベッドに腰掛けるようにすると彼を強く睨みつけた。
「…公女様?」
「私の気持ちなんて関係ないの。この物語は作られた世界なんだから。貴方には分からない。アレクの親友という立場を貰えた貴方には分からないでしょ!」
暫く私達の間を沈黙が流れ、アーグレンが唯一発した言葉は「…立場を…貰えた?」というものだった。
「アーグレンも、アレクも…皆酷いわ。私は…好きでこんなことをやっている訳じゃないのに!」
分かってるわよ。二人はただ私を心配しているだけ。ただ私に優しくしようとしてるだけなんでしょう。
でもその優しさが苦しい。私の決断をいつもいつも鈍らせる。本当にそれでいいのかって何度も何度も悩んで…こうするしかないんだって自分を説得してきたのに。
こんな風に言われたら私が…私が主人公なのかなって錯覚しちゃうじゃない。
私が私の気持ちだけを優先したらアレクや皆はどうなるの?
きっと物語は徐々に壊れてしまう。怖い。私のせいで何もかもが崩れ去る様さまを見たくなんかない。
今の発言の意図も何故私がここまで感情を高ぶらせたのかもアーグレンには理解ができないだろう。
理解が出来ないはずなのに彼は何故か悲しそうに…ただ黙ってこちらを見つめていた。
「…ごめんなさい。今のは忘れて。」
「……本当はこんなことをお聞きするつもりではなかったんです。こんなに公女様を傷つけてしまうのなら初めからこの質問はするべきではございませんでした。申し訳ございません」
訳も分からず「酷い」と罵倒された立場であるはずなのに彼はただ謝罪した。
何も分からぬ自分にはそれしか方法がないと察したのだろう。理由は不明だが私を傷つけたことは事実だから謝罪しようと…そう思ったのよね。
自分を心配してくれる人を冷たく突き放すなんて…これじゃ本当に…ただの悪役令嬢じゃない。
ダメね、最近は人と関わりすぎて…私の行動に不審感を抱く人がいるみたい。もう少し距離を置かないとね…。
「…これだけは分かって。私はどんな時もアレクのために動いている。呼び方も行動も全部アレクのためにしたこと。これは紛れもない事実よ。…でもこれは本人には絶対に言わないと誓って。いいわね」
これ以上深くは言えない。言っても理解されないだろう。
ただこの言葉でアーグレンは身を引くはずだ。彼は少なからず私に罪悪感を抱いているはずだから。
…ごめんね。今はまだ何も言えないの。
私がベッドで横になり、アルターニャの城で手に入れた白紙の本を令嬢らしからぬ体勢で眺めていると突然ドアがノックされる。
「…公女様、お聞きしたいことがあるのですが入ってもよろしいですか?」
呼び方からして既に分かるが、アーグレンが訪ねてきたようだ。
「えぇ。何?」
本を置いてからそう答えると、扉がゆっくりと開いた。
聞きたいこと、か…。もしかしたら先程言いかけたことかもしれない。
地味に気になっていたんだけどようやく言ってくれるのね。
私は一体どんなことを言いに来たのかと内心期待しながら彼を見つめる。彼は一瞬私の体勢に驚いたようだがそれについては特に触れてこなかった。
「……公女様がアレクを…アレクシスと呼ぶのはわざとですか?」
あら…気づかれてたのね。
私がわざと呼び方を変えていたってことを。アーグレンと仲良くなるために彼に合わせて呼び方を変えてたのは確かだわ。
「…そうね。もしそうだとしたら…どう思うの?」
呼び方を変えていたことに気づかれても仲良くなる為だったと言えば問題はない。
彼が疑問に思うことは何もないはずなのに…何故かアーグレンの表情は浮かないままだ。
「…初めは公女様が私に合わせてくださってそう呼んでいたのだと思っていました…。ですが、合わせていると考えるにはあまりにも自然に…違和感なく『アレク』という言葉を使っていました。意識して使う言葉ではなく、普段から使っているように感じたんです」
…思っていたよりずっと鋭いのね。
「それなのに公女様ははっきりと…アレクの事を『アレクシス』と愛称ではなく本名で呼んでいました。しかも…わざと冷たい態度もとられていましたよね。私はどちらの公女様が本当なのかと少し混乱しましたが…もうなんとなく分かってきました。彼を愛称で呼ぶほど親しみを感じているのに…内心では彼と距離を置きたいのではないかと」
そう…そこまで辿り着いたの。
流石ね。流石…王家の騎士団長を務めるだけあるわ。
でもその言葉に頷くつもりはない。アレクと距離の近い親友に本音を言えば確実に本人にも伝わってしまうから。
「…公女様はアレクのことを慕っているはずです。見ていれば…分かります。それなのに何故」
「…そんなのどうだっていいでしょ!?」
彼の言葉を遮らなければと直感で感じた私は冷静さを失い、思っていたよりもずっと大きい声が飛び出す。
こんな風に言うつもりではなかったのだが、仕方ない。
私の様子がおかしいことに気づいたアーグレンは怪訝そうにこちらを見つめてくる。私は体勢を変え、ベッドに腰掛けるようにすると彼を強く睨みつけた。
「…公女様?」
「私の気持ちなんて関係ないの。この物語は作られた世界なんだから。貴方には分からない。アレクの親友という立場を貰えた貴方には分からないでしょ!」
暫く私達の間を沈黙が流れ、アーグレンが唯一発した言葉は「…立場を…貰えた?」というものだった。
「アーグレンも、アレクも…皆酷いわ。私は…好きでこんなことをやっている訳じゃないのに!」
分かってるわよ。二人はただ私を心配しているだけ。ただ私に優しくしようとしてるだけなんでしょう。
でもその優しさが苦しい。私の決断をいつもいつも鈍らせる。本当にそれでいいのかって何度も何度も悩んで…こうするしかないんだって自分を説得してきたのに。
こんな風に言われたら私が…私が主人公なのかなって錯覚しちゃうじゃない。
私が私の気持ちだけを優先したらアレクや皆はどうなるの?
きっと物語は徐々に壊れてしまう。怖い。私のせいで何もかもが崩れ去る様さまを見たくなんかない。
今の発言の意図も何故私がここまで感情を高ぶらせたのかもアーグレンには理解ができないだろう。
理解が出来ないはずなのに彼は何故か悲しそうに…ただ黙ってこちらを見つめていた。
「…ごめんなさい。今のは忘れて。」
「……本当はこんなことをお聞きするつもりではなかったんです。こんなに公女様を傷つけてしまうのなら初めからこの質問はするべきではございませんでした。申し訳ございません」
訳も分からず「酷い」と罵倒された立場であるはずなのに彼はただ謝罪した。
何も分からぬ自分にはそれしか方法がないと察したのだろう。理由は不明だが私を傷つけたことは事実だから謝罪しようと…そう思ったのよね。
自分を心配してくれる人を冷たく突き放すなんて…これじゃ本当に…ただの悪役令嬢じゃない。
ダメね、最近は人と関わりすぎて…私の行動に不審感を抱く人がいるみたい。もう少し距離を置かないとね…。
「…これだけは分かって。私はどんな時もアレクのために動いている。呼び方も行動も全部アレクのためにしたこと。これは紛れもない事実よ。…でもこれは本人には絶対に言わないと誓って。いいわね」
これ以上深くは言えない。言っても理解されないだろう。
ただこの言葉でアーグレンは身を引くはずだ。彼は少なからず私に罪悪感を抱いているはずだから。
…ごめんね。今はまだ何も言えないの。
0
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
転生王子の奮闘記
銀雪
ファンタジー
高校2年生の絹川空は、他の人から指示されるばかりで人生を終えてしまう。
ひょんなことから異世界転生が出来る権利を手にした空は、「指示する側になりたい!」という依頼をして転生する。
その結果、グラッザド王国の次期国王、リレン=グラッザドとして生まれ変わった空は、立派な国王となるべく、今日も奮闘するのであった・・・。
※処女作となりますので、温かく見守って下さると嬉しいです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる