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【リティシア】
頭上から降り注ぐ無数の本の雨に、私は反応できずにただ呆然と見上げてしまう。
本が落ちていく様は、まるでそこだけ時間がゆっくりと流れているように遅く、緩やかに見えた。本が私の頭を掠めるその瞬間、アレクシスが私を抱えて地面へ倒れ込む。
そして全ての本が、アレクシスの肩を、頭を…全身を傷つけていく。
落下した本は決して軽い本ではない。重量のある本が重力に従い、それなりの速度で垂直落下してきたのだ。痛いなんてものでは済まないだろう。
私は驚きと戸惑いで動けずにただその光景を見つめるしかなかった。私のせいで傷つくアレクを、この目で見るしかなかったのである。
「…大丈夫か?」
言葉を発することのできぬ私をよそに、彼は第一声で私を心配する声を発した。
あれだけの量を全て食らっておいて私の心配?…どうして?痛いでしょ?
私が貴方を叩いた時もそうよ。貴方はどんな時も自分より誰かのことを考えている。おかしいわ。誰だって自分が一番可愛いのに。
…そう思った瞬間、私の口から飛び出た言葉は単純な疑問であった。
「…なんで」
「…え?」
「いつもいつも人のことばっかり!なんで自分のことは心配しないのよ!本が当たったのよ?痛いでしょ?悲しいでしょ?そんな状況で…どうして私の心配が出来るのよ!」
自分が傷つくことを厭わずに私を助ける。
それは私が婚約者だから?
違うわ。彼がアレクシスだから。
彼がアレクシスという人間である限りきっと私を庇い続ける。私が不注意で危険に陥れば陥る程彼が傷ついていく。
そんなのは嫌だ。もっと自分を大切にしてほしい。私を庇って傷つく姿なんて見たくなんかない。
「…びっくりした…怒ってるのかと思ったら心配してくれてたんだな」
「…心配なんかしてないわ。私のせいで誰かが傷つくなんて嫌なの。貴方は王子なんだからもっと自分を…大切にしなさい」
私は彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、諭すように呟く。彼は私の言葉に再び驚きながらも、ふっと軽く笑った。
「そうだな。でもさリティシア…俺思うんだけど。誰かを大切に出来ない人間が、自分を大切に出来る訳ないと思わないか?」
その言葉に驚き、私は目を見開く。そして今更押し倒されているような状況になっていることに気づき顔に熱が集まっていく。
距離感が…近すぎる。彼の声が、息が間近で聞こえるというのはどうしても緊張する。
そしてあからさまに視線を逸らすとそんな私の様子に彼は微笑む。
「…俺はリティシアを護れて良かったと思ってるよ。あの時…リティシアが倒れた時…決めたんだ。絶対お前の事を護ろうって」
…何よそれ。そんなのは主人公に言ってよ。まるで…まるで…告白みたいじゃないの。
貴方が護るのは私じゃない…私じゃ、ないんだけど…どうしてだろう。その言葉を嬉しく思ってしまうのは…。
ダメね、私はずっと悪役になりきれてない。
人から好かれることは難しくても、嫌われるなんて簡単よ。そう簡単。息をするようにできる。
それなのに何かと理由をつけてできないのは…そうね、私はきっとしたくないのね。
嫌われたくないんだ。婚約破棄をしたいくせに、嫌われたくはない。
…とんだ我儘娘じゃない。
アルターニャと…本物のリティシアと良い勝負だわ。
「…リティシア?」
「貴方って本当にバカね」
そして私も…大馬鹿者だわ。
私は驚いて目を丸くする彼に軽く微笑みかける。
貴方はバカよ。私と同じ大馬鹿者。
なんでかは…教えてあげないけどね。
「それは…前にも言われたな。」
「えぇそうよ。貴方はバカだもの。どうしようもないバカ。分かったら早くどきなさい。」
「あぁ…ごめんな。」
微笑んでいた表情を一瞬にして真顔に戻し、なんとも素っ気ない返事をする。彼はあの時も今もずっと変わらぬ…どうしようもないバカだ。
もし…もし私が主人公だったら…大バカ者同士…お似合いだったかもね。
私が主人公だったら…そんなのはもう考えるだけ無駄か。
どれだけ願おうが、喚こうが…私は…リティシアは悪役のままなんだから。
よく理解しなさい、私。
変わらないのよ。私達の関係は。この物語が終わるまで。
いいえきっと終わっても…変わらない。
先に立ち上がったアレクシスが差し出した手を雑に振り払い私はドレスの汚れを払いながら立ち上がる。…これ以上、貴方の世話になる訳にはいかないわ。
「…なぁ、リティシア、この本…」
アレクシスの動揺したような声に驚きつつも私は視線の先を追う。
そこには落下してきた無数の本の中で唯一表紙の黒い…なんとも不気味な本があった。その本からは、今まで感じたことのない不思議な魔力を感じる気がした。
アレクシスが動揺を見せたのは恐らくこの魔力のせいであろう。微々たる魔力ではあるが今まで感じたことのないとても不気味な力…普通ならば気味悪がって触れもしないであろう。
だが私は何故かこの本の持つ力が必要な気がしたのであった。
「…私、この本にするわ」
「この本にするって…これを貰うつもりか?なんとなくだけど…これ普通の本じゃないぞ?」
「えぇ。だから欲しいのよ。いつかなにかの役に立つかもしれないもの。…貴方も早く決めなさい」
落下した本を一冊ずつ本棚に仕舞いながら私は彼に伝える。
物語が変わりかけている今、私に出来る事はこんな不気味な本でもいつか頼ると信じて一応持っておくことしかない。
まぁ、もし悪い事が起こるようならさっさと捨てればいいしね。アルターニャから貰った本なんて思い入れゼロだから問題ないし。
「…それからここを出たらすぐに治療してもらいなさいよ。どうせ怪我してるんでしょうから」
「あぁ、分かった。ありがとう。…やっぱり俺のことを心配してくれてるのか?」
「…バカ言ってないで早くしなさい」
頭上から降り注ぐ無数の本の雨に、私は反応できずにただ呆然と見上げてしまう。
本が落ちていく様は、まるでそこだけ時間がゆっくりと流れているように遅く、緩やかに見えた。本が私の頭を掠めるその瞬間、アレクシスが私を抱えて地面へ倒れ込む。
そして全ての本が、アレクシスの肩を、頭を…全身を傷つけていく。
落下した本は決して軽い本ではない。重量のある本が重力に従い、それなりの速度で垂直落下してきたのだ。痛いなんてものでは済まないだろう。
私は驚きと戸惑いで動けずにただその光景を見つめるしかなかった。私のせいで傷つくアレクを、この目で見るしかなかったのである。
「…大丈夫か?」
言葉を発することのできぬ私をよそに、彼は第一声で私を心配する声を発した。
あれだけの量を全て食らっておいて私の心配?…どうして?痛いでしょ?
私が貴方を叩いた時もそうよ。貴方はどんな時も自分より誰かのことを考えている。おかしいわ。誰だって自分が一番可愛いのに。
…そう思った瞬間、私の口から飛び出た言葉は単純な疑問であった。
「…なんで」
「…え?」
「いつもいつも人のことばっかり!なんで自分のことは心配しないのよ!本が当たったのよ?痛いでしょ?悲しいでしょ?そんな状況で…どうして私の心配が出来るのよ!」
自分が傷つくことを厭わずに私を助ける。
それは私が婚約者だから?
違うわ。彼がアレクシスだから。
彼がアレクシスという人間である限りきっと私を庇い続ける。私が不注意で危険に陥れば陥る程彼が傷ついていく。
そんなのは嫌だ。もっと自分を大切にしてほしい。私を庇って傷つく姿なんて見たくなんかない。
「…びっくりした…怒ってるのかと思ったら心配してくれてたんだな」
「…心配なんかしてないわ。私のせいで誰かが傷つくなんて嫌なの。貴方は王子なんだからもっと自分を…大切にしなさい」
私は彼の瞳を真っ直ぐ見つめ、諭すように呟く。彼は私の言葉に再び驚きながらも、ふっと軽く笑った。
「そうだな。でもさリティシア…俺思うんだけど。誰かを大切に出来ない人間が、自分を大切に出来る訳ないと思わないか?」
その言葉に驚き、私は目を見開く。そして今更押し倒されているような状況になっていることに気づき顔に熱が集まっていく。
距離感が…近すぎる。彼の声が、息が間近で聞こえるというのはどうしても緊張する。
そしてあからさまに視線を逸らすとそんな私の様子に彼は微笑む。
「…俺はリティシアを護れて良かったと思ってるよ。あの時…リティシアが倒れた時…決めたんだ。絶対お前の事を護ろうって」
…何よそれ。そんなのは主人公に言ってよ。まるで…まるで…告白みたいじゃないの。
貴方が護るのは私じゃない…私じゃ、ないんだけど…どうしてだろう。その言葉を嬉しく思ってしまうのは…。
ダメね、私はずっと悪役になりきれてない。
人から好かれることは難しくても、嫌われるなんて簡単よ。そう簡単。息をするようにできる。
それなのに何かと理由をつけてできないのは…そうね、私はきっとしたくないのね。
嫌われたくないんだ。婚約破棄をしたいくせに、嫌われたくはない。
…とんだ我儘娘じゃない。
アルターニャと…本物のリティシアと良い勝負だわ。
「…リティシア?」
「貴方って本当にバカね」
そして私も…大馬鹿者だわ。
私は驚いて目を丸くする彼に軽く微笑みかける。
貴方はバカよ。私と同じ大馬鹿者。
なんでかは…教えてあげないけどね。
「それは…前にも言われたな。」
「えぇそうよ。貴方はバカだもの。どうしようもないバカ。分かったら早くどきなさい。」
「あぁ…ごめんな。」
微笑んでいた表情を一瞬にして真顔に戻し、なんとも素っ気ない返事をする。彼はあの時も今もずっと変わらぬ…どうしようもないバカだ。
もし…もし私が主人公だったら…大バカ者同士…お似合いだったかもね。
私が主人公だったら…そんなのはもう考えるだけ無駄か。
どれだけ願おうが、喚こうが…私は…リティシアは悪役のままなんだから。
よく理解しなさい、私。
変わらないのよ。私達の関係は。この物語が終わるまで。
いいえきっと終わっても…変わらない。
先に立ち上がったアレクシスが差し出した手を雑に振り払い私はドレスの汚れを払いながら立ち上がる。…これ以上、貴方の世話になる訳にはいかないわ。
「…なぁ、リティシア、この本…」
アレクシスの動揺したような声に驚きつつも私は視線の先を追う。
そこには落下してきた無数の本の中で唯一表紙の黒い…なんとも不気味な本があった。その本からは、今まで感じたことのない不思議な魔力を感じる気がした。
アレクシスが動揺を見せたのは恐らくこの魔力のせいであろう。微々たる魔力ではあるが今まで感じたことのないとても不気味な力…普通ならば気味悪がって触れもしないであろう。
だが私は何故かこの本の持つ力が必要な気がしたのであった。
「…私、この本にするわ」
「この本にするって…これを貰うつもりか?なんとなくだけど…これ普通の本じゃないぞ?」
「えぇ。だから欲しいのよ。いつかなにかの役に立つかもしれないもの。…貴方も早く決めなさい」
落下した本を一冊ずつ本棚に仕舞いながら私は彼に伝える。
物語が変わりかけている今、私に出来る事はこんな不気味な本でもいつか頼ると信じて一応持っておくことしかない。
まぁ、もし悪い事が起こるようならさっさと捨てればいいしね。アルターニャから貰った本なんて思い入れゼロだから問題ないし。
「…それからここを出たらすぐに治療してもらいなさいよ。どうせ怪我してるんでしょうから」
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