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弟
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エリック殿下の盛大な嘘と変貌ぶりに私達は全員呆れざるを得なかった。しかし相手が相手な故それを指摘する事もできない。
その結果、妹を溺愛するエリック殿下をただ呆然として見つめるしかなかったのだった。
そして私が何気なく彼らから顔を背けた方向に、物陰に隠れるようにしてこちらを覗く少年の存在があった。
彼の存在に気づいたのはどうやら私だけのようで、他に誰も反応しない。
何故こちらを見ているのだろうか。何か用があるなら、出てきて話をすればいいのに。
それから一瞬彼と目が合ったかのように感じたのだが、恐らく違う。少年の視線の先にはエリック殿下とアルターニャ王女がいるように感じたからであった。
「姉さん、兄さん…」
それはとてもか細く今にも消えてしまいそうな弱々しい声であったが、私達の耳元にもはっきりと届いた。
そしてそれはアレクシスとアーグレンにとっても同様だったようで、謎の少年をじっと見つめている。
…今、姉さん、兄さんって言ったわよね?
ってことは…弟?
今日はアルターニャの兄弟が大集合するのね。まぁ彼女のお城なんだし会う確率が高いのは頷けるけどね。
そしておかしなことに、呼ばれたはずのアルターニャとエリック殿下は恐らく聞こえているにも関わらず、彼に対し特に反応はせずに未だに談笑を続けていた。
まるで彼の存在をないものにしたいかのように…存在自体を無視しているのである。
何故そのような態度を取るのか全く分からずに私とアーグレンは疑惑の表情を浮かべるしかない。
私達が呼ばれてるわけじゃないから返事するのもおかしいし…かといって無視するのも変よね?どうしよう?
いつまで経っても反応しない二人にアレクシスは「呼んでいますよ」と丁寧に教えてあげる。
彼自身も気づいて無視しているのだろうと察しているはずだが、彼の性格上見過ごすことなどできないのだろう。
「いいえ。私には聞こえませんわ」
そう素っ気なく答えたかと思うとアルターニャはエリック殿下を上目遣いに見つめる。
「ねぇリックお兄様?私に弟はいませんよね?」
その言葉に彼は笑顔を見せる。何故今笑う必要があったのか私には分からなかった。
「あぁ。俺とターニャ、二人だけの兄妹だからな」
そう言って笑い合うアルターニャとエリック殿下の姿が、私の目には不気味にしか映らなかった。
アーグレンとアレクシスも複雑な表情をしている。彼らもまた意図が読めないのであろう。
この二人は互いを愛称で呼ぶほど仲良しな兄妹で…それは弟も同じはず…なのに弟だけ別だというの?
二人の言い方からしてあの少年が弟だということに恐らく間違いはない。なのに知らないふりどころか…いないと言い切ってしまうなんて。
本当に無視しようとしているのね。
彼らの弟らしき少年も本を抱えたまま何も言葉を発さない。ただ俯き唇を強く噛み締めている。
なんなの?この三人は…一体どういう関係なのよ。
暫く無言の空気が辺りを流れた。
「…ターニャ姉さん」
沈黙を破ったのは他でもない、少年であった。彼ははっきりと姉の名を呼んだ。
言い逃れの出来なくなったアルターニャは彼を見ようともせず「はぁ…何よ?私に何か用?」といかにも面倒くさそうに言葉を発する。
「私、ちゃんと部屋から出てこないでって言ったわよね?あんたみたいな出来損ないが弟だと殿下に知られたくないのよ。分かったら早く部屋に戻ってあんたの大好きな本でも読んでなさい」
なんとも冷たい声色で呟くアルターニャに私達は驚かざるを得ない。
そこにいるのはアレクシスに一途に恋する面倒な少女ではない。今私達の目の前に確かに存在しているのは…弟を蔑むという恐ろしい姉であった。
兄であるエリック殿下は彼女を止めようとする素振りすら見せずに、あろうことか黙って少年を強く睨みつけている。
「…姉さ…は」
少年はアルターニャとエリック殿下の鋭い眼差しに怯んで俯き、言葉を漏らす。
途切れ途切れにしか聞こえないその台詞にアルターニャは見るからに苛立ち始め、「聞こえないわ。何?」と少年の側に近寄り、聞き耳を立てる。一応話を聞くつもりのようだ。
そして彼は、顔を上げて感情のままに大声で叫んだ。
「ターニャ姉さんはいつもリック兄さんの影に隠れてるだけで何もしないじゃないか!アレクシス殿下やリティシア様にも迷惑をかけて…出来損ないなのはどっちだよ!」
「なんですって!?もう一度言ってごらんなさいこの愚弟が!」
「あぁ何度でも言ってやるよ!ターニャ姉さんの方が僕よりずっと出来損ないだろ!」
その瞬間乾いた音が辺りに鳴り響き、少年の頬が徐々に赤く腫れていく。アルターニャが少年を勢いよく叩いたのだった。
…まさかここまで兄妹仲が悪いなんて。兄との仲は良好なのに弟は頬を叩くほど嫌いだっていうの…?
その結果、妹を溺愛するエリック殿下をただ呆然として見つめるしかなかったのだった。
そして私が何気なく彼らから顔を背けた方向に、物陰に隠れるようにしてこちらを覗く少年の存在があった。
彼の存在に気づいたのはどうやら私だけのようで、他に誰も反応しない。
何故こちらを見ているのだろうか。何か用があるなら、出てきて話をすればいいのに。
それから一瞬彼と目が合ったかのように感じたのだが、恐らく違う。少年の視線の先にはエリック殿下とアルターニャ王女がいるように感じたからであった。
「姉さん、兄さん…」
それはとてもか細く今にも消えてしまいそうな弱々しい声であったが、私達の耳元にもはっきりと届いた。
そしてそれはアレクシスとアーグレンにとっても同様だったようで、謎の少年をじっと見つめている。
…今、姉さん、兄さんって言ったわよね?
ってことは…弟?
今日はアルターニャの兄弟が大集合するのね。まぁ彼女のお城なんだし会う確率が高いのは頷けるけどね。
そしておかしなことに、呼ばれたはずのアルターニャとエリック殿下は恐らく聞こえているにも関わらず、彼に対し特に反応はせずに未だに談笑を続けていた。
まるで彼の存在をないものにしたいかのように…存在自体を無視しているのである。
何故そのような態度を取るのか全く分からずに私とアーグレンは疑惑の表情を浮かべるしかない。
私達が呼ばれてるわけじゃないから返事するのもおかしいし…かといって無視するのも変よね?どうしよう?
いつまで経っても反応しない二人にアレクシスは「呼んでいますよ」と丁寧に教えてあげる。
彼自身も気づいて無視しているのだろうと察しているはずだが、彼の性格上見過ごすことなどできないのだろう。
「いいえ。私には聞こえませんわ」
そう素っ気なく答えたかと思うとアルターニャはエリック殿下を上目遣いに見つめる。
「ねぇリックお兄様?私に弟はいませんよね?」
その言葉に彼は笑顔を見せる。何故今笑う必要があったのか私には分からなかった。
「あぁ。俺とターニャ、二人だけの兄妹だからな」
そう言って笑い合うアルターニャとエリック殿下の姿が、私の目には不気味にしか映らなかった。
アーグレンとアレクシスも複雑な表情をしている。彼らもまた意図が読めないのであろう。
この二人は互いを愛称で呼ぶほど仲良しな兄妹で…それは弟も同じはず…なのに弟だけ別だというの?
二人の言い方からしてあの少年が弟だということに恐らく間違いはない。なのに知らないふりどころか…いないと言い切ってしまうなんて。
本当に無視しようとしているのね。
彼らの弟らしき少年も本を抱えたまま何も言葉を発さない。ただ俯き唇を強く噛み締めている。
なんなの?この三人は…一体どういう関係なのよ。
暫く無言の空気が辺りを流れた。
「…ターニャ姉さん」
沈黙を破ったのは他でもない、少年であった。彼ははっきりと姉の名を呼んだ。
言い逃れの出来なくなったアルターニャは彼を見ようともせず「はぁ…何よ?私に何か用?」といかにも面倒くさそうに言葉を発する。
「私、ちゃんと部屋から出てこないでって言ったわよね?あんたみたいな出来損ないが弟だと殿下に知られたくないのよ。分かったら早く部屋に戻ってあんたの大好きな本でも読んでなさい」
なんとも冷たい声色で呟くアルターニャに私達は驚かざるを得ない。
そこにいるのはアレクシスに一途に恋する面倒な少女ではない。今私達の目の前に確かに存在しているのは…弟を蔑むという恐ろしい姉であった。
兄であるエリック殿下は彼女を止めようとする素振りすら見せずに、あろうことか黙って少年を強く睨みつけている。
「…姉さ…は」
少年はアルターニャとエリック殿下の鋭い眼差しに怯んで俯き、言葉を漏らす。
途切れ途切れにしか聞こえないその台詞にアルターニャは見るからに苛立ち始め、「聞こえないわ。何?」と少年の側に近寄り、聞き耳を立てる。一応話を聞くつもりのようだ。
そして彼は、顔を上げて感情のままに大声で叫んだ。
「ターニャ姉さんはいつもリック兄さんの影に隠れてるだけで何もしないじゃないか!アレクシス殿下やリティシア様にも迷惑をかけて…出来損ないなのはどっちだよ!」
「なんですって!?もう一度言ってごらんなさいこの愚弟が!」
「あぁ何度でも言ってやるよ!ターニャ姉さんの方が僕よりずっと出来損ないだろ!」
その瞬間乾いた音が辺りに鳴り響き、少年の頬が徐々に赤く腫れていく。アルターニャが少年を勢いよく叩いたのだった。
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