悪役令嬢リティシア

如月フウカ

文字の大きさ
上 下
87 / 196

しおりを挟む
 エリック殿下の盛大な嘘と変貌ぶりに私達は全員呆れざるを得なかった。しかし相手が相手な故それを指摘する事もできない。


 その結果、妹を溺愛するエリック殿下をただ呆然として見つめるしかなかったのだった。


 そして私が何気なく彼らから顔を背けた方向に、物陰に隠れるようにしてこちらを覗く少年の存在があった。


 彼の存在に気づいたのはどうやら私だけのようで、他に誰も反応しない。


 何故こちらを見ているのだろうか。何か用があるなら、出てきて話をすればいいのに。


 それから一瞬彼と目が合ったかのように感じたのだが、恐らく違う。少年の視線の先にはエリック殿下とアルターニャ王女がいるように感じたからであった。


「姉さん、兄さん…」


 それはとてもか細く今にも消えてしまいそうな弱々しい声であったが、私達の耳元にもはっきりと届いた。


 そしてそれはアレクシスとアーグレンにとっても同様だったようで、謎の少年をじっと見つめている。


 …今、姉さん、兄さんって言ったわよね?


 ってことは…弟?


 今日はアルターニャの兄弟が大集合するのね。まぁ彼女のお城なんだし会う確率が高いのは頷けるけどね。


 そしておかしなことに、呼ばれたはずのアルターニャとエリック殿下は恐らく聞こえているにも関わらず、彼に対し特に反応はせずに未だに談笑を続けていた。


 まるで彼の存在をないものにしたいかのように…存在自体を無視しているのである。


 何故そのような態度を取るのか全く分からずに私とアーグレンは疑惑の表情を浮かべるしかない。


 私達が呼ばれてるわけじゃないから返事するのもおかしいし…かといって無視するのも変よね?どうしよう?


 いつまで経っても反応しない二人にアレクシスは「呼んでいますよ」と丁寧に教えてあげる。


 彼自身も気づいて無視しているのだろうと察しているはずだが、彼の性格上見過ごすことなどできないのだろう。


「いいえ。私には聞こえませんわ」


 そう素っ気なく答えたかと思うとアルターニャはエリック殿下を上目遣いに見つめる。


「ねぇリックお兄様?私に弟はいませんよね?」


 その言葉に彼は笑顔を見せる。何故今笑う必要があったのか私には分からなかった。


「あぁ。俺とターニャ、二人だけの兄妹だからな」


 そう言って笑い合うアルターニャとエリック殿下の姿が、私の目には不気味にしか映らなかった。


 アーグレンとアレクシスも複雑な表情をしている。彼らもまた意図が読めないのであろう。


 この二人は互いを愛称で呼ぶほど仲良しな兄妹で…それは弟も同じはず…なのに弟だけ別だというの?


 二人の言い方からしてあの少年が弟だということに恐らく間違いはない。なのに知らないふりどころか…いないと言い切ってしまうなんて。


 本当に無視しようとしているのね。


 彼らの弟らしき少年も本を抱えたまま何も言葉を発さない。ただ俯き唇を強く噛み締めている。


 なんなの?この三人は…一体どういう関係なのよ。


 暫く無言の空気が辺りを流れた。


「…ターニャ姉さん」


 沈黙を破ったのは他でもない、少年であった。彼ははっきりと姉の名を呼んだ。


 言い逃れの出来なくなったアルターニャは彼を見ようともせず「はぁ…何よ?私に何か用?」といかにも面倒くさそうに言葉を発する。


「私、ちゃんと部屋から出てこないでって言ったわよね?あんたみたいな出来損ないが弟だと殿下に知られたくないのよ。分かったら早く部屋に戻ってあんたの大好きな本でも読んでなさい」


 なんとも冷たい声色で呟くアルターニャに私達は驚かざるを得ない。


 そこにいるのはアレクシスに一途に恋する面倒な少女ではない。今私達の目の前に確かに存在しているのは…弟を蔑むという恐ろしい姉であった。


 兄であるエリック殿下は彼女を止めようとする素振りすら見せずに、あろうことか黙って少年を強く睨みつけている。


「…姉さ…は」


 少年はアルターニャとエリック殿下の鋭い眼差しに怯んで俯き、言葉を漏らす。


 途切れ途切れにしか聞こえないその台詞にアルターニャは見るからに苛立ち始め、「聞こえないわ。何?」と少年の側に近寄り、聞き耳を立てる。一応話を聞くつもりのようだ。


 そして彼は、顔を上げて感情のままに大声で叫んだ。


「ターニャ姉さんはいつもリック兄さんの影に隠れてるだけで何もしないじゃないか!アレクシス殿下やリティシア様にも迷惑をかけて…出来損ないなのはどっちだよ!」


「なんですって!?もう一度言ってごらんなさいこの愚弟が!」


「あぁ何度でも言ってやるよ!ターニャ姉さんの方が僕よりずっと出来損ないだろ!」


 その瞬間乾いた音が辺りに鳴り響き、少年の頬が徐々に赤く腫れていく。アルターニャが少年を勢いよく叩いたのだった。


 …まさかここまで兄妹仲が悪いなんて。兄との仲は良好なのに弟は頬を叩くほど嫌いだっていうの…?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

転生王子の奮闘記

銀雪
ファンタジー
高校2年生の絹川空は、他の人から指示されるばかりで人生を終えてしまう。 ひょんなことから異世界転生が出来る権利を手にした空は、「指示する側になりたい!」という依頼をして転生する。 その結果、グラッザド王国の次期国王、リレン=グラッザドとして生まれ変わった空は、立派な国王となるべく、今日も奮闘するのであった・・・。 ※処女作となりますので、温かく見守って下さると嬉しいです。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

処理中です...