悪役令嬢リティシア

如月フウカ

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パーティ編 その7

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「見てられないわね。アレクシス殿下。」


 私が凛とした顔で呟くと、アレクシスは申し訳なさそうに表情を歪める。その表情に、私は心を強く痛める。


 忘れないで、アレクシス。…貴方は全く悪くないのよ。


 令嬢は私の登場に憎々しげな表情を浮かべながらも、声を発さずに黙って行く末を見ている。


「…すまない。俺が…不甲斐ないばっかりに…」


「もういいわ。私が他の誰とも踊らないでと言ったからって…まさか自分が踊れないフリをするなんてね。まぁ、貴方の考えそうなことだわ。」


「えっ」


 アレクシスは私の発言に驚き、目を見開く。


 ここであまりにも悪役な台詞を吐くと噂が巡り巡って裁判になりかねないから、言葉は選んで…でもリティシアは王子に相応しくないと思ってもらえる程度にしなきゃ…。


 そして出来る限りアレクの評判もあげるのよ。彼が王になったときに、動きやすくなるようにね。


 そしてアレクシスは違う、本当はと口を開いたが、私は彼の口に指を当てる。驚いた彼が思わず口を噤む。


「私の発言に、異を唱えるつもり?」


 一国の王子が知らない女と踊るのが嫌いだからパーティを避けていたなんて知られたら、その理由が何であれ、彼は笑い者になってしまうわ。だったらここは、私自ら被害を被ればいい。


「いや、そういう訳ではないけど…」


「それじゃぁ、ちゃんと約束を守ったご褒美に、私と踊る名誉をあげるわ。さぁ、私の手を取りなさい」


 彼が白状してしまう前に、次の行動を起こさなければ。


 皆の中で私は悪でも構わない。でも彼だけは…皆に尊敬される、正義であってほしい。


 私が手をとれと言わんばかりに雑に手を差し出すと、彼は再び驚いて目を見開く。


「…喜んで。」


 私の意図を汲んでくれたアレクシスは私の手を取る。これでいい、私がそう心で呟くと彼は何故かそのまま私の手を自身の口元へ近づけ、彼自身も屈み、そっと口づけをする。


 パーティに出ないからと言って、今までアレクシスは貴族達の前に一度も姿を現さなかった訳ではない。


 リティシアの誕生日パーティには、毎年必ずアレクシスが訪れていて、その時に最も良く彼のリティシアに対する態度を見る事ができる。


 しかし、パーティの最中、当然彼は彼女にこの様な態度を見せたことがたったの一度もなかった。


 だからこそ一度も見せなかったアレクシスのリティシアへの対応に貴族達が揃って動揺を見せた。


 だがその中の誰よりも動揺していたのは私であった。


 …前世で大好きだったキャラクターに手を口づけされるなんて…私は一体どんな宝くじを引いたの?


 一気に顔に熱が集まるのを感じ、慌てて顔を背けると、アレクシスが嬉しそうに笑みを浮かべる様子が一瞬見えた。


 暫く思考が停止していた私であったが、ある一言で現実へと一気に引き戻される。


「変ね、リティシア様…まるでアレクシス殿下に恋をしているみたいだわ」


 ある貴族がポツリと私を不思議そうに見つめながら呟いたのだ。


 まずいわ、そう思われてはいけない。


 私はアレクシスに恋をしてはいけない。


 例え本当に恋をしていなくても、勘違いされてしまったら困る。彼の恋路を悪役令嬢ごときが邪魔する訳には行かないの。


 私はすぐに我に返り、顔を正面へと戻す。相変わらず眩しい笑顔を見せるアレクシスに対し心を鬼にした私は冷たい表情を作る。


「私の手に口づけるだなんて…貴方にはまだ何万年も早いのよ」


 冷酷な眼差しで見つめても、彼は尚笑顔のままだ。


「悪いな、我慢できなくてさ」


「…我慢?」


「リティシア嬢が俺を庇ってくれたことが嬉しくて…我慢できなかった」


 彼は私の耳元で誰にも聞かれぬように優しい声で囁いてくる。低音で紡がれる言葉が耳元を通り、とてもくすぐったい。


 …そんなこと言うなんてずるい。


 私は貴方の本当の婚約者ではないのに。


 …本当の婚約者には、なれないのに。


「勘違いも甚だしいわね。…ただの気まぐれよ」


 私はアレクシスの手をわざと冷たく振り払うと、令嬢へと向き直る。先程令嬢は私に対し憎々しげな視線を向けていたはずだったが、今では信じられないといった驚愕の表情を浮かべていた。


「そういう訳だから、ごめんなさいね。ご令嬢。彼は貴女ではなく、私と踊るわ。」


「…いえ、お気になさらないでください。リティシア様…」


 令嬢は私の言葉を受け、丁寧な言葉とは裏腹に、口元をぎゅっと食い縛り悔しそうな表情を見せる。


 小説のリティシアが最も良くしそうな勝ち誇った笑みを浮かべた後、ぞっとするほど冷たい視線を令嬢に送る。


 悔しそうな表情が一転、令嬢は恐怖で固まってしまった。


「それからご令嬢、私の婚約者に不用意に触れるのは、私に対しての侮辱ではなくて?」


「い、いえ侮辱だなんてそんな…」


「そう。でも私にはそう見えたわ。言動には十分気をつけなさい。この国の王となるべき人をあまり困らせるものではないわ。」


 有無を言わさぬ私の言葉に、令嬢は全く反論ができず、俯くしかなかった。


 ご令嬢、悪いことは言わないわ。これに懲りたら金輪際彼には近づかないことね。


「…はい、私ごときが出過ぎた真似を致しまして、誠に申し訳ありませんでした。」


 これで一件落着ね…


 いいえ、ちょっと待って。


 全然一件落着なんかじゃないわ。


 もっと大事な事を忘れていた。


 何よりも重要な事に気づいてしまった私は、冷や汗をかき、固まってしまった。


 私…ダンスなんて踊ったことない。
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