悪役令嬢リティシア

如月フウカ

文字の大きさ
上 下
15 / 197

パーティ編 その6

しおりを挟む
会場へ戻ると、案の定酷い空気だった。


 正確に言うと、私が会場へ入った途端、空気が張り詰めるのがよく分かったのである。


 先程の事件現場へと目を向ければ、割れたワイングラスの破片や、溢れた液体は全て綺麗に片付けられ、元々ワインの置いてあった箇所には美味しそうなお菓子が置かれていた。


 人々の視線を全て無視し、クッキーを手に取ると、まだ温かかった。ワインを下げる口実を作るために使用人が慌てて焼いたのだろう。


 そういえばアレクシスは何処へ行ったんだろうか。


 アレクシスが先程この場にいたのならば、私を庇わないなどということはあり得ない。彼はあの時確実にいなかったのだろう。


 私が特に何もせず隅の方で立っているのを貴族達が確認すると、張り詰めていた空気が少しずつ、少しずつ緩んでいき、また再び騒がしさを取り戻す。


 会場の全体を眺め、アレクシスの姿を探すも、やはりどこにもいない。


 もしここにいたとしたら女性に囲まれ、相当目立っているはずだ。彼はいつの間にか会場から抜け出してしまっているのだろう。


 まぁ、彼は一応顔を出したし、もう出なくても問題はないからね。


 私がぼうっと城へと繋がる扉を眺めていると、唐突にそれが開かれ、私は突然の出来事に驚いて目を見開く。


 扉から現れたアレクシスは私を見つけ、真っ直ぐこちらに歩み寄ろうとする。


 しかし、無礼にも、アレクシスの歩みを妨げる者がいた。


「殿下!お待ちしておりました。どうか私と踊って頂けませんか」


 アレクシスの前に立ち、令嬢は満面の笑みを浮かべる。


 その令嬢は口紅を塗り、アクセサリーをあちこちにつけ、髪型にも随分と気合が入っている。…王子の心を掴む気満々といった様子だ。


 恐らく彼女は、悪役令嬢リティシアからならば簡単に奪えると思っているのだろう。


 しかし当の本人アレクシスは私にしか興味がないらしく、チラチラとこちらを見てくる。


 だが令嬢を無下にする訳にもいかず、相当困っているようだ。


 …ここもまた悪役令嬢ポイントね。私が無視をすれば冷たい女、助ければ優しい女になるわ。


 …私の本心としては、当然助ける一択なんだけど。


 でもアレクシスが自分で断れるなら何もしないで、それを見届ければいいわね。


 …少し様子を見ましょう。


「えっ…あぁ、伯爵家の…。大変有り難いお誘いですが…すみません。恥ずかしながら、私は踊りが得意ではないので…ご令嬢に恥をかかせてしまうと思うのです」


「殿下の踊りが下手ですって!?とんでもございません!殿下が下手でしたら我々は平民以下でありますわ。それに、殿下と踊れること自体が我が一族の名誉でございます。失礼であることは重々承知ですが、どうかお願いできないでしょうか?」


 令嬢の言葉に周りの平民が眉を顰めたが、気にせず令嬢は続け、あろうことかアレクシスの手をとり始める。


 …アレクが嫌がってるでしょ。どうしてそんな事ができるの?


「ご令嬢、平民以下という表現はあまりよろしくありません。平民も貴族も皆平等な人間ですよ。それから…何度も断るのは無礼に当たりますので私はしたくないのですが…こればかりは申し訳ありません。一国の王子が一族を背負ったご令嬢に恥をかかせる訳にはいきません。これから仕事もありますので…」


「…無礼を承知で伺います。もしかしてなのですが、殿下は誰とも踊らないおつもりなのですか?」


 あまりにも断られ続ける為不審に思った令嬢が核心に迫った質問をする。…無礼ね。もう、アレクの力だけで断るのは無理かもしれない。


「…いや、そんな事はありません。ですが…」


「殿下は一度も踊られていないではありませんか!一度は踊らなければパーティに来られた意味がありませんわ!」


 本当にずっと見ていたのね、アレクの事。


 確かに私と来てからも彼はすぐにいなくなってしまったわ。その後来ていたのかもしれないけど気づいたらいなかったし。それは知らない人と踊るのを避ける為と、忙しいから…なんだろうけど。


 令嬢はアレクシスの手を掴み、引き下がらない様子だ。振り払ってしまえばいいのに、彼は令嬢を傷つけることを避けるために、なんとか断る口実を考えている。


 …これ以上は見てられないわね。


 アレクシスは優しいから強く断れない。そしてあの令嬢もなかなかに引き下がらないわね。彼の性格をよく知っているのかもしれないわ。


 それから、彼の断り方。自分の才能不足だと言って令嬢に被害を被らないようにしてるんだわ。その優しさにつけこんでしつこく誘ってきてるというのに…。ほんと、優しすぎるのも問題よね。


 …本当は、悪役令嬢らしくアレクシスが困ってる様を見て、笑わなきゃいけないんだろうけど。


 …本当は、悪役令嬢らしく私の婚約者に付きまとう女め!とか言って水でもぶっかけなきゃいけないんだろうけど。…ワインはもう下げられちゃったしこれをかけるのは無理ね。


 やっぱりいざこの場面を前にしてみるとダメね。リティシアではないことを悟られない程度に…彼を助けるように動きたいわ。


 自分の気持ちには、嘘はつけないもの。


 アレクシスに声をかけようか迷っていたアルターニャ王女の側をすり抜け、私はわざとヒールの音をコツコツと会場全体に響かせて歩みを進める。


 私の鋭い眼差しに、皆が自然と道を開ける。また何か問題を起こすのか、そんな視線を向けられても、気にせずに歩み寄る。


 アレクシスがすぐにこちらに気づき、安堵の表情を浮かべる。


 バカね、貴方の不幸を招く悪役を見てホッとしちゃだめよ。アレク。


「リティシア嬢!」


「…リティシア様」


 私は鋭い眼差しを令嬢へと向けた。
 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

一家処刑?!まっぴら御免ですわ! ~悪役令嬢(予定)の娘と意地悪(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

処理中です...