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第一幕

熱と男

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これは夢だ。そうこれは、この子に成ったその時の夢に違いない。誰もいない暗闇の中自分の熱だけに苦しんで、苦しんで苦しんだから人恋しくなったのだと、悲しくて寂しくて流した涙では決してないと自分に言い聞かせた憑依直後の夢に違いない。

「ニーア」

聞き覚えのない声、遠い記憶の中だけの声。もう消えてしまった声、忘れてしまった声。なにもないはずの空っぽの私に、人形姫がお似合いのなにもない私にそんな綺麗な名前は似合わない。呼ばないで、そう口を出そうにも熱でうなされた体はいうことを聞かずにただ熱い息だけが入っては出る。そうその繰り返し。
優しく、綺麗で、純潔で、純粋で、天使のような子だった人を汚して穢して傷つけて切り捨てた人間を許すわけにはいかない。
微笑みを携えて、傷を隠して、裏で泣いてた小さな女の子。私よりもずっと苦しんでた。私なんか死んで同然の人間なんかが入っちゃいけなかった高潔な子を壊した人間なんて許しちゃいけない。だから決して絆されちゃいけない。憎いまま、苦しませて、後悔させて、絶望のまま死んでもらうためにも。

「……おかあ、」

おかあさま。おかあさま、お母さま、おかあさま。天使を産んだ優しくて残酷な人。
あの人はこうなる未来があっても、この子にこんな酷い呪いをかけたのだろうか。聞いてみたい。この子が受けた絶望を、傷を、苦しみを知った貴女はは父と兄かぞくにどんな言葉を投げるのか。
死んでしまいたい。生きるのが苦しくて辛くて、惨めでだから死んでしまいたかったの。世界にはもっと苦しんでる人がいるだとか、社会はそうであるだとか、みんな我慢して生きているだとか、そういう道徳なんて無視して、本当は殺して欲しかったのに。

「……して」

殺して。殺してほしい。死なせて、楽にさせて、もう嫌だ。いやだいやだいやだいやだ。痛いのは嫌だ。傷つくのはいやだ。どうして、誰もわかってくれないの。どうしてどうしてどうしてどうして、

「……おかあさ」

お母さん。
私はただ貴女の立場からの意見より、母としてただ親として受け止めて欲しかっただけなんだよ。優しい言葉で受け止めて、大丈夫だよて言って欲しかったんだよ。本当は、泣いてしまうほど辛くて、苦しくて、悲しくて、でも頑張りたかったのに親は簡単に子供の傷を抉りつけて、それがその子に一番と決めつける。
この子の父親も、なにもしていない。どんなに叫んだって、主張しても、みたくない現実に目を背けて、自分が辛いと主張して、愛した人との子供すら憎しみの対象にした。だから、愛なんて信じられなかった。信じたくなかった。だから、だから消えたのに、こんどは悲劇の女の子からやり直し。神様なんていない神様なんているはずもない。いるなら、なんで私をこの子に入れたのよ。

「……さま、」
「………」
「お嬢さま、」

声が聞こえて暗い場所から意識を取り戻した。熱のせいでぼんやりとする視界の中で、現代ではあり得ない緑の髪がゆらゆらと揺れていた。

「お水を飲まれることはできますか?」

淡々とした声。この声も遠い過去、この子の記憶の中で聞いたような気がする。

「…のんでいただけなければ、無理やりにでもねじ込ませていただきますが」
「…」

不穏な言葉に、無言で頷くとソッと口元に水差しが差し出され、そこから冷たい水が熱すぎる喉を伝って体へと侵入してきた。くらくらとしていた頭がその水によって少しだけマシになったとき、やっと近くにいる人物の姿をはっきりと写すことができた。
…緑の髪に黄緑の瞳。静かな淡々とした声、体は大きくないが、とても静かな人だな。
なんでこの人は私なんかを気にするんだろうか。この家で私を気にする人間なんているはずもないのに。いまも、心では苦しいと叫んでるのに、どうして、

「本日付でお嬢様の主治医となりました」
「…」
「大変不服なのはお互い様ですが、公爵様は貴女が死んでしまうのはーー」

その言葉の続きは聞かなくてもわかる。こうして目を覚ます前に聞いた扉の向こうからの会話で、過去一度は愛したはずの娘が目の前で死にかけたとしても、結局は公爵家にとって死ぬと不利益だからだろう。
ああ、嫌な夢だ。死なせてくれない。殺してもくれない。ならなんで、私は、私達はいつまでこの世界ここに縛られなくてはいけないんだろうか…。






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