4 / 4
第一幕
熱と男
しおりを挟む
これは夢だ。そうこれは、この子に成ったその時の夢に違いない。誰もいない暗闇の中自分の熱だけに苦しんで、苦しんで苦しんだから人恋しくなったのだと、悲しくて寂しくて流した涙では決してないと自分に言い聞かせた憑依直後の夢に違いない。
「ニーア」
聞き覚えのない声、遠い記憶の中だけの声。もう消えてしまった声、忘れてしまった声。なにもないはずの空っぽの私に、人形姫がお似合いのなにもない私にそんな綺麗な名前は似合わない。呼ばないで、そう口を出そうにも熱でうなされた体はいうことを聞かずにただ熱い息だけが入っては出る。そうその繰り返し。
優しく、綺麗で、純潔で、純粋で、天使のような子だった人を汚して穢して傷つけて切り捨てた人間を許すわけにはいかない。
微笑みを携えて、傷を隠して、裏で泣いてた小さな女の子。私よりもずっと苦しんでた。私なんか死んで同然の人間なんかが入っちゃいけなかった高潔な子を壊した人間なんて許しちゃいけない。だから決して絆されちゃいけない。憎いまま、苦しませて、後悔させて、絶望のまま死んでもらうためにも。
「……おかあ、」
おかあさま。おかあさま、お母さま、おかあさま。天使を産んだ優しくて残酷な人。
あの人はこうなる未来があっても、この子にこんな酷い呪いをかけたのだろうか。聞いてみたい。この子が受けた絶望を、傷を、苦しみを知った貴女は父と兄にどんな言葉を投げるのか。
死んでしまいたい。生きるのが苦しくて辛くて、惨めでだから死んでしまいたかったの。世界にはもっと苦しんでる人がいるだとか、社会はそうであるだとか、みんな我慢して生きているだとか、そういう道徳なんて無視して、本当は殺して欲しかったのに。
「……して」
殺して。殺してほしい。死なせて、楽にさせて、もう嫌だ。いやだいやだいやだいやだ。痛いのは嫌だ。傷つくのはいやだ。どうして、誰もわかってくれないの。どうしてどうしてどうしてどうして、
「……おかあさ」
お母さん。
私はただ貴女の立場からの意見より、母としてただ親として受け止めて欲しかっただけなんだよ。優しい言葉で受け止めて、大丈夫だよて言って欲しかったんだよ。本当は、泣いてしまうほど辛くて、苦しくて、悲しくて、でも頑張りたかったのに親は簡単に子供の傷を抉りつけて、それがその子に一番と決めつける。
この子の父親も、なにもしていない。どんなに叫んだって、主張しても、みたくない現実に目を背けて、自分が辛いと主張して、愛した人との子供すら憎しみの対象にした。だから、愛なんて信じられなかった。信じたくなかった。だから、だから消えたのに、こんどは悲劇の女の子からやり直し。神様なんていない神様なんているはずもない。いるなら、なんで私をこの子に入れたのよ。
「……さま、」
「………」
「お嬢さま、」
声が聞こえて暗い場所から意識を取り戻した。熱のせいでぼんやりとする視界の中で、現代ではあり得ない緑の髪がゆらゆらと揺れていた。
「お水を飲まれることはできますか?」
淡々とした声。この声も遠い過去、この子の記憶の中で聞いたような気がする。
「…のんでいただけなければ、無理やりにでもねじ込ませていただきますが」
「…」
不穏な言葉に、無言で頷くとソッと口元に水差しが差し出され、そこから冷たい水が熱すぎる喉を伝って体へと侵入してきた。くらくらとしていた頭がその水によって少しだけマシになったとき、やっと近くにいる人物の姿をはっきりと写すことができた。
…緑の髪に黄緑の瞳。静かな淡々とした声、体は大きくないが、とても静かな人だな。
なんでこの人は私なんかを気にするんだろうか。この家で私を気にする人間なんているはずもないのに。いまも、心では苦しいと叫んでるのに、どうして、
「本日付でお嬢様の主治医となりました」
「…」
「大変不服なのはお互い様ですが、公爵様は貴女が死んでしまうのはーー」
その言葉の続きは聞かなくてもわかる。こうして目を覚ます前に聞いた扉の向こうからの会話で、過去一度は愛したはずの娘が目の前で死にかけたとしても、結局は公爵家にとって死ぬと不利益だからだろう。
ああ、嫌な夢だ。死なせてくれない。殺してもくれない。ならなんで、私は、私達はいつまでこの世界に縛られなくてはいけないんだろうか…。
「ニーア」
聞き覚えのない声、遠い記憶の中だけの声。もう消えてしまった声、忘れてしまった声。なにもないはずの空っぽの私に、人形姫がお似合いのなにもない私にそんな綺麗な名前は似合わない。呼ばないで、そう口を出そうにも熱でうなされた体はいうことを聞かずにただ熱い息だけが入っては出る。そうその繰り返し。
優しく、綺麗で、純潔で、純粋で、天使のような子だった人を汚して穢して傷つけて切り捨てた人間を許すわけにはいかない。
微笑みを携えて、傷を隠して、裏で泣いてた小さな女の子。私よりもずっと苦しんでた。私なんか死んで同然の人間なんかが入っちゃいけなかった高潔な子を壊した人間なんて許しちゃいけない。だから決して絆されちゃいけない。憎いまま、苦しませて、後悔させて、絶望のまま死んでもらうためにも。
「……おかあ、」
おかあさま。おかあさま、お母さま、おかあさま。天使を産んだ優しくて残酷な人。
あの人はこうなる未来があっても、この子にこんな酷い呪いをかけたのだろうか。聞いてみたい。この子が受けた絶望を、傷を、苦しみを知った貴女は父と兄にどんな言葉を投げるのか。
死んでしまいたい。生きるのが苦しくて辛くて、惨めでだから死んでしまいたかったの。世界にはもっと苦しんでる人がいるだとか、社会はそうであるだとか、みんな我慢して生きているだとか、そういう道徳なんて無視して、本当は殺して欲しかったのに。
「……して」
殺して。殺してほしい。死なせて、楽にさせて、もう嫌だ。いやだいやだいやだいやだ。痛いのは嫌だ。傷つくのはいやだ。どうして、誰もわかってくれないの。どうしてどうしてどうしてどうして、
「……おかあさ」
お母さん。
私はただ貴女の立場からの意見より、母としてただ親として受け止めて欲しかっただけなんだよ。優しい言葉で受け止めて、大丈夫だよて言って欲しかったんだよ。本当は、泣いてしまうほど辛くて、苦しくて、悲しくて、でも頑張りたかったのに親は簡単に子供の傷を抉りつけて、それがその子に一番と決めつける。
この子の父親も、なにもしていない。どんなに叫んだって、主張しても、みたくない現実に目を背けて、自分が辛いと主張して、愛した人との子供すら憎しみの対象にした。だから、愛なんて信じられなかった。信じたくなかった。だから、だから消えたのに、こんどは悲劇の女の子からやり直し。神様なんていない神様なんているはずもない。いるなら、なんで私をこの子に入れたのよ。
「……さま、」
「………」
「お嬢さま、」
声が聞こえて暗い場所から意識を取り戻した。熱のせいでぼんやりとする視界の中で、現代ではあり得ない緑の髪がゆらゆらと揺れていた。
「お水を飲まれることはできますか?」
淡々とした声。この声も遠い過去、この子の記憶の中で聞いたような気がする。
「…のんでいただけなければ、無理やりにでもねじ込ませていただきますが」
「…」
不穏な言葉に、無言で頷くとソッと口元に水差しが差し出され、そこから冷たい水が熱すぎる喉を伝って体へと侵入してきた。くらくらとしていた頭がその水によって少しだけマシになったとき、やっと近くにいる人物の姿をはっきりと写すことができた。
…緑の髪に黄緑の瞳。静かな淡々とした声、体は大きくないが、とても静かな人だな。
なんでこの人は私なんかを気にするんだろうか。この家で私を気にする人間なんているはずもないのに。いまも、心では苦しいと叫んでるのに、どうして、
「本日付でお嬢様の主治医となりました」
「…」
「大変不服なのはお互い様ですが、公爵様は貴女が死んでしまうのはーー」
その言葉の続きは聞かなくてもわかる。こうして目を覚ます前に聞いた扉の向こうからの会話で、過去一度は愛したはずの娘が目の前で死にかけたとしても、結局は公爵家にとって死ぬと不利益だからだろう。
ああ、嫌な夢だ。死なせてくれない。殺してもくれない。ならなんで、私は、私達はいつまでこの世界に縛られなくてはいけないんだろうか…。
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる