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第四章 素晴らしき野宿生活

この窮地どう切り抜けよう?

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 それは人狼を知る者にとってかなり深刻な事態だ。スティレットはいくさを抱えたまま噛まれた方の腕で人狼を振り払おうとする。しかし人狼はそれを両手で強引に押し曲げた。無理に引き延ばされた靭帯じんたいが悲鳴を上げる、力を入れて押し返そうとしても赤子の手を捻るかの如くもてあそばれる。
 本来まともに組み合えば体格で勝るスティレットが人狼の子供相手に力負けするはずがない、だが片腕対両腕の力勝負、そのハンデはあまりにも大きい。
 顔を歪めて

 “この卑怯者!”

 と叫びたくなるが罵ったところでこの外道が後ろめたさを感じ引くとも思えない、これは生死を賭けた戦いなのだ、卑劣なんて言葉もきついなんて泣き言も通用しない。今は負けてなるものかと力を振り絞るほかない、だが限界まで力んだ腕に追い打ちをかけるように人狼の歯がメリメリと食い込んだ、そして生々しい音を立てて今は一本でも欠けてはならない筋繊維がみるみる引き裂かれる。
力が意思に反して抜けていく。

「ぐっ・・・あぁぁぁ・・・ぁ・・・」

 少女の悲痛な叫びと共に血飛沫が緑の芝生を鮮血に染めた。
 力を失ったスティレットの左腕が肩からぶら下がる。肉の皮一枚、人狼の怪力でもがれなかったのは奇跡と言えるだろう。しかしそれでもその様子はいくさには衝撃だ。どうしてこんな事に・・・と自分が刺された事すら忘れて口を手で覆う。

 スティレットはレゥを蹴飛ばすと姿勢を崩した。

 すかさずいくさが支える。

「都留岐先生しっかりして!」

 彼女は左腕を押さえ息も絶え絶えに言う。

「朏さん、逃げて下さい。ここは私が・・・」

「こんな状態でよく言うよ!腕食い千切られたんだよ!?」

 腐ってもヒーロー、どんな状況でも威勢だけは張る。しかしそんな彼女を嘲笑うようにレゥは口に含んだ肉を吐き捨てた。

「人間の肉も結構いけるな。さて、次はふとももを味見させてもらおうか、健脚みたいだし肉の締まりも良さそうだ」

 野性に戻った肉食獣を前に二人は「くっ・・・」と身構える。

 正義は考えた。かたや左腕を負傷したスティレットに勝ち目は無い、かと言って何の力も持たないいくさに何か出来るとは思えない。ならばこの窮地を救えるのは正義だけ。しかし今の自分に何ができる?ジャスティスの力を失いクじソみたいな能力でどうしろと?

彼に突きつけられた選択肢は三つ、

➀ スティレットがやられるのを黙って見ている。そもそも正義には何の関係も無い悶着もんちゃくである、わざわざ危険を冒す必要はない。第一、同僚のプライベートを詮索するような輩にはここで消えてもらった方が何かと都合がいい。何せホームレスである事をバラされたらこちらの首が飛ぶのだから・・・だがまあ元ヒーローとして、オトヒロ講師としてその選択肢は世間体が悪い。
➁ 能力汚染アビリティペーストをレゥにも感染させる。成功すればかなりの弱体化が見込めるが、そのためには殺気立った怪人に近づかなくてはならずかなりのリスクが伴う。
➂ ジャスティスを呼ぶ。奴ならこの状況を打破してくれよう。しかし全員助かる代わりにレゥの命はない、そしたらいくさとの協定も白紙である。何より・・・

“あいつに頼むのだけは絶対嫌だ!!”

 先輩としてのプライドがそれを許さない。商売敵しょうばいがたきに頭を下げるくらいなら死んだ方がマシである。選ぶとしたら②しかない、正義は小声でクゥに呼びかけた。

「おい・・・おい!こっち向け妖精」

 クゥが気づくと正義は敵に悟られぬようジェスチャーでメッセージを送る。

 “まずお前がレゥの注意を引け、その隙にオレが能力汚染アビリティペーストであいつを弱体化させてやる”

 クゥを指さし、レゥを避けるような軌道を描く。それから両手で頭上に耳を表現すると振り向く動作をし、すかさず自分の右腕を指さして肩を掴む。それから再び犬耳を表現するとへなへな倒れ込んだ。

 “上手く伝わったか?”

妖精は何やら呆れた様子で正義をじっと見つめると頷く素振りを見せた。
 “よし伝わった”

 そう確信した正義はクゥに合図する。
 するとクゥは明後日の方向に駆けだした。

 「なにぃぃぃ~!!!」と思わず叫ぶ。

「おい、妖精!何処行く気だ!?オレの指示と全く違うぞ」
「別にスティレットが倒れても魔法少女ならいくらでも量産できますの。肝心なのはワタクシが無事である事、たかだか一人の魔法少女に危険は冒せませんわ」

 “何て奴だ!”なんとクゥはスティレットを見捨てて逃げ出した。魔法少女をサポートする頼もしきパートナーが我が身可愛さに尻尾を巻いて逃げていく。少し異色は感じていたがまさかここまで外道とは、正義とレゥは口を揃えて言う。

「ちょっと待てやゴラァァァ!!!妖精が魔法少女見捨てて逃げんのかよ!」

 台詞が被った事に気まずくなる二人。しかしレゥはすぐに気を切り替えてスティレットそっちのけで本命を追いかけていった。



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