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第二章 朏いくさと小さな怪物

三日前(その2)―人外―

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 新聞配達も楽ではない。雨風に打たれようが、手がかさもうが、決められた時間に決められた場所へ新聞を配達しなければならない。その割に薄給はっきゅうだ。だが仕事を変えたくても他にアパートと学費を提供してくれるような所どこにもない。親からの仕送りもなく、学生がたった一人で全ての費用を稼ごうと思ったら新聞奨学生しかなかった。
 せめてバイクに乗れれば手当てもついて少しは贅沢ぜいたく出来るのだが、十六の誕生日を一ヶ月前にひかえた彼女にはまだ少し早い話だ。
 貯金も残りわずか、給料が入るまでどうやってやりくりするか真剣に悩む。

「はぁぁ・・・」

 自転車のライトが暗がりの道を照らす。人気のない森閑しんかんとした住宅街でいくさは一人、溜息ためいきをついた。感情的になってクラスメイトに酷い事を言ってしまった・・・。

「キム兄、怒ってないかなぁ・・・」

 そうなげいた瞬間、車輪が何かにつまづく。
バランスを崩し勢いあまって横転する。ガシャン!と哀音あいおんを立ててカゴの中の新聞が路上に散らばった。

「痛ったぁぁ~・・・」

 アスファルトに体を激しく打ち付け受け身に使った手の平から痛みがジンジン伝わる。
何か大きな物をいてしまったようだった。考え事をしていたせいで気づかなかったのか、それとも天罰が下ったのか、どちらにせよついてない。
いくさは鞭打った体を起こし、砂埃すなぼこりを叩いて踏みつけた物を見た。ゴミ捨て場に横たわる人影。

「嘘!?人轢いた?」

 いくさの顔から血の気が引く。

「大丈夫!?」

 駆け寄り意思を確認するが、相手はぐったりとして動かない。体を揺するとヌルっとした物に手の平の擦り傷がみた。注意深く観察すると、それは生臭く、赤い事に気づく。

「血!?」

 いくさは慌てた。携帯電話を取り出し救急車を呼ぶ。しかし指が震えて何度もボタンを押し間違える。もう新聞配達どころではない。当然の如く自転車保険など入っていなかった。人を跳ねたらいくら賠償ばいしょうしなければならないのか?どう遺族に謝るのか?刑は重いのか?幸い周りには誰もいない。このまま逃げてしまうおうとも思ったが、仮にもヒーローの卵、流石にその選択肢は無い。いくさは我に返り、少し頭を冷やすと己を悔いる。
 自分の事ばかり気にして何が真のヒーローか?ヒーローとは常に相手を思いやるもの。不慮の事故とはいえ、とがに向き合って初めて死者への手向けとなるのではないか。
 いくさは観念すると相手の顔をおがむ。よく見るとかなりの美少女である。妙なバイザーを被り、頭頂には犬のような耳・・・耳!?
 少女はつながりかけた携帯電話を切った。恐る恐るそれを引っ張ると、それは頭部から直に生えているようだった。

「怪人!?」

 いくさはそれが人間でない事にようやく気づく。テレビでその存在は知っていたが、生で見るのは初めてである。しかもその怪人、まだ虫の息ほど生きている。

「とどめとどめ!」

 今度は慌てて凶器を探す。しかしそんな物騒なもの、この平和な町に早々落ちているものではない。横たわる自転車が目に入りいくさは冷静に怪人の殺し方を模索もさくする。怪人をもう一度轢き直すか、それとも持ち上げた自転車を怪人の頭に打ちつけるか、ジャスティスに通報して殺してもらうという手もある。

 あれ?・・・

 いくさは再び頭を冷やした。
 ついさっきキム兄に不殺宣言をしたばかりなのに何動転して殺そうとしているのか?かと言って怪人をこのまま放っては置けない。誰かに見つかれば殺されてしまう。

「TAKE OUT」。一瞬、そんな単語がいくさの頭の中を過る。
「そうだ!連れて帰ろう」

 幸いにも彼女の住むアパートはこの近辺にあった。連れて帰れない距離ではない。彼女は意を決し怪人をかつぐも、その重みで地面に倒れた。怪人の下敷きになるいくさ。

「重っ!・・・」

 思わず心の声を叫ぶ。怪人は小柄だが筋肉質で見た目より遥かに重い。新聞配達で鍛えられた彼女でも足腰が立たない。担ぐのを諦め、今度は怪人を背負いこむ。脚を抱え頼りなく立ち上がった。力なき肉叢ししむらが背に重くのしかかり、重心がブレて足元がふらつく。いくさは姿勢を持ち直すと、血まみれの体を抱えて歩き出した。
 途中何人かの通行人がいくさ達を見張る。人通りの少ない道を選んで歩いているとはいえ仮にも都内、完全に忍ぶのは難しい。周囲に気づかれないか不安になるが悪の枯渇こかつしたこのご時世、まさかそれが怪人だと思う者は誰一人としていなかった。

 そんな中、一人の男がその異様な光景に興味を示し近づく。

「あの~・・・後ろの人大丈夫ですか?」
「手伝いましょうか?」

 手伝ってもらいたいのは山々だが、その時ばかりは大きなお世話である。

「いえ、大丈夫です。この子ただ眠ってるだけなんで・・・」

 そう言いかけるといくさは固まった。目の前にはよれたスーツの男。そう、彼こそは神園を救った大英雄、5代目ジャスティスその人である。
 ヒーローは人の窮地きゅうち察知さっちして現れてくれるものだがよりにもよって今一番会いたくない人物と出くわすなんて、これを窮地と言わずに何と言う?
いくさのひたいから疲労とは別の汗が流れた。

「あれ?キミ、確かうちのクラスの・・・」

 その言葉にいくさはギクリとする。

「ジャスティス先生、どうも・・・」

 いくさはぎこちなく会釈をした。

「こら、人前でその名を軽々しく口にすんなよ。元とはいえ一応素性は隠してるんだぞ!」
「糾正義、今日自己紹介しただろ?」
「ところで後ろの子誰?友達?」
「え?まぁ、そう・・・友達」

 いくさの視線が不自然に反れる。

「そうか?よく見たらその子傷だらけだぞ?ホントに大丈夫か?」
「ホント大丈夫です、ちょっと転んだだけなんで」

 万が一バレたら大事である。元とはいえ仮にもジャスティス。知れれば間違いなく怪人は殺される。いくさは心配になるくらい辛そうな顔で正義の親切をあしらった。

「遠慮するなって、人助けはヒーローの性っつうしゴフッ!!!!」

 会話の途中で正義が吹く。いくさの頭突きが男の鳩尾に決まったのだ。思わぬダメージに正義は身を屈めて悶えた。

「先生ごめん、私急いでるから」

 いくさは持てる力を振り絞り、全速力でその場から逃走する。そうして我が家に辿たどりつく頃にはすっかり汗だくになっていた。
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