上 下
221 / 281
3学年 後期

第220話

しおりを挟む
「……本当に良いのか?」

「えぇ、私は本気よ!」

 柊家に仕えている家の娘ということもあり、奈津希はいつも綾愛と行動を共にしている。
 まあ、家の関係がなくても、幼馴染の親友として一緒にいるという思いの方が強いかもしれないが。
 そのこともあって、綾愛と共に伸から戦闘訓練を受ける機会はかなり多い。
 だからこそ、奈津希は分かっているはず。
 自分が伸に勝てないということを。
 綾愛と了の決勝戦後、少しの時間を空けて開始されることになった決闘の場で向かい合った時、伸が最後の確認をするために問いかけると、奈津希は何のためらいもなく返答してきた。

「言っておくけど、わざと負けるなんて絶対にやめてね」

 1、2年の頃、伸は実力が知られるのを嫌っている節があった。
 柊家当主の俊夫も、配下の者たちに伸のことを広めることを良しとはしなかった。
 しかし、3年になってから、というよりも綾愛との婚約という報道が出てから伸はそこまで実力を隠そうとしなくなった。
 ならば、いっそのこと開放してしまおう。
 そう考えたからこそ、奈津希は負けると分かっていても伸に決闘を申し込んだのだ。
 対抗戦の出場権なんて、魔闘師で名を上げたいと思う者にとって垂涎物の権利を懸けて決闘を申し込んだからこそ、わざと負けるようなことはしてほしくない。
 そうしないように、奈津希は念を押した。

「……分かった。お前がそう言うなら遠慮はしない」

 ここまでのことをして本気を見せた奈津希に、こちらも本気で向き合わないのは男や女という前に人間として欠陥していると言わざるを得ない。
 そのため、伸は奈津希の思いに本気でこたえることにした。

「それに、柊や了にも同じようなことを言われているからな」

「綾愛ちゃんに、金井君まで?」

 いつも一緒にいる綾愛なら、もしかしたら何か感じ取っていた可能性はある。
 そして、伸に決闘を申し込んだ理由もだ。
 しかし、了に関しては心当たりがないため、奈津希は伸の言葉に目を見開く。

「2人とも杉山と同じことをやろうと考えていたらしい」

「……なるほど。そうなんだ……」

 決勝の終了後、伸は綾愛と了に話しかけられた。
 その時、綾愛と了も奈津希と同じように、対抗戦の出場権を懸けて伸に決闘を申し込むつもりだったと告げられた。
 しかし、先に奈津希に言われてしまったため、言い出だせなくなってしまったとのことだ。
 だから負けてやってくれというのかと言うのかと思ったが、2人は伸以上に奈津希の思いを理解していたらしく、わざと負けるようなことだけはしないでくれと言ってきた。
 何故なら、自分たちが伸に決闘を申し込んだときに、わざと負けられたと分かったら、一生恨んでいたかもしれないと思ったからだそうだ。
 元々、決闘を受けた以上負けないようにするつもりでいたため、どうやって勝とうかと考えていたが、2人にそんなことを言われたら程よい勝ちなど失礼になるのだと理解した。
 そのため、奈津希に言われるまでもなく、わざと負けるつもりなど伸にはなかった。
 そのことを告げると、奈津希は同じ思いの2人の顔が浮かんで、自然と笑みを浮かべた。

「それでは始めるぞ……」

「「はい」」

 二人の会話が終わったと、空気を読んだ審判役の三門は声をかける。
 それに対し、伸と奈津希は同時に返事をした。

「先生……」

「何だ?」

「見逃さないで下さい」

「……分かった」

 ある程度の距離を取り合い、伸と奈津希が武器を構えて向かい合う。
 あとは、三門から開始の合図を待つだけだ。
 その開始の合図が出される前に、伸は三門の話しかける。
 まるで、自分が気を抜かないように促すような発言。
 短気な人間なら、「舐めたことを言うなと!」と言いたくなるところだろう。
 しかし、三門は伸から放たれる得体のしれない圧に気付いたのか、反論などすることなく返答した。

「それでは……、始め!!」

「「「「「っっっ!?」」」」」

 審判役である三門の合図と共に、伸と奈津希の決闘が開始される。
 その次の瞬間、会場中が声を失う。
 何故なら、開始の合図と同時に、伸が奈津希の背後に立っていたからだ。
 
「くっ!」

 会場の観客とは違い、奈津希はこの程度のことは予想していた。
 そのためか、すぐさま手に持つ短木刀で、背後に向かって攻撃を繰り出す。

「「「「「っっっ!?」」」」」

 何の予兆もなく、自分のは後に立った伸に対して攻撃を放った時点で、奈津希は観客の自分たちよりも察知能力が高いことが窺える。
 しかし、その攻撃が当たる瞬間に姿を消し、再度奈津希の背後に立っている伸を見て、観客たちはどうなっているのか理解できないでいた。

「……フフッ、もう2回も負けていますか……」

 奈津希は、伸に勝てるとは思っていない。
 だが、だからと言って何もせずに負けるつもりはなかった。
 それなのに、決闘を開始して1分もかからないうちに、本当なら負けを認めなければならない状況に追い込まれていた。
 実力差があるとはいっても、度が過ぎる。
 それを目の当たりにし、奈津希は思わず笑うしかなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

処理中です...