上 下
173 / 281
2学年 後期

第172話

しおりを挟む
「それにしても……」

 短い冬休みが終了し、後期の授業が再開された。
 そして、一週間程が経ち、伸はいつものように柊家御用達の料亭で綾愛と奈津希のふたりと待ち合わせた。
 伸が部屋に案内されてすぐ、綾愛たちが到着した所で、伸はため息交じりと言うかのように呟く。

「んっ?」

「どこに行っても注目されていると思ってな……」

 伸の呟きに対し、奈津希が反応した。
 首を傾げた奈津希に対し、伸は先程の言葉の続きを口にした。 
 それは、この一週間、学校や寮内で多くの者たちから遠巻きに見られていることに関してだ。
 この料亭の人たちもこれまでも丁寧な対応をしてくれていたが、少しだけ雰囲気が変わっていたような気がする。
 柊家との関わりが強い店なだけに、綾愛の婚約者となった自分にこれまで以上に気を使うようにしているのだろうか。

「仕方ないよ。魔人討伐を果たし、対抗戦二連覇中の柊家令嬢の婚約者なんだから……」

 奈津希としても、伸がそう言いたくなる気持ちはわかる。
 同じ学園に通う他の生徒からすると、伸と綾愛がどんなやり取りをしているのか気になり、一挙手一投足に自然と目で追ってしまっているようだ。
 しかし、去年・一昨年と2年続けて出現した魔人を倒した柊家当主の俊夫。
 その娘で、国中の注目が集まる対抗戦を二連覇している綾愛。
 この親子によって、この2年で柊家の評価はうなぎ上りの真っ最中だ。
 しかも、綾愛の場合は器量良しの面も注目されていたところで、婚約者がいることが発表されたのだから、注目しない訳にはいかない。
 そのため、奈津希は伸に諦めるように告げた。

「分かってるよ」

 奈津希の言っていることは分かる。
 魔術師のエリートが集まる魔術学園とは言っても、気持ちは普通の高校生と変わらない。
 恋愛沙汰に、全く興味がないという者の方が少ないのだろう。

「なぁ……」

「……な、なに?」

 奈津希と話していた伸は、急に綾愛に話しかける。
 それに対し、綾愛は戸惑ったように反応した。

「なんだかいつの間にか婚約者確定になっちまったけど、柊の方は良いのか?」

 この一週間、同じクラスでありながら他人の視線があるため、伸は綾愛と話すことはができなかった。
 綾愛の方も話しづらいのか、伸とあまり顔を合わせようとしていなかった。
 ここにきて、奈津希と話している間も俯いていることが多かった。
 柊家当主の俊夫とは婚約者関係の話をした記憶はあるが、綾愛がいない所で勝手に決めたような形だった。
 綾愛としてはそのことが納得いっていないため、自分に怒りを向けているのではないかと伸は思っていた。
 そのため、伸はそのことを確認することにした。

「し、仕方ないことだわ。お父さんがそうした方が柊家のためになるって言うんだから……」

「そうか……」

 綾愛は顔を赤くし、そっぽを向くように答えた。
 やはり納得いっていないのだろう。
 しかし、父の俊夫に言われたから、仕方なく受け入れているようだ。

「……ツンデレは良くないよ。綾愛ちゃん」

「ツ、ツンデレなんかじゃ……」

 返答した綾愛に対し、奈津希は伸に聞こえないように小声でツッコミを入れる。
 綾愛は伸に惚れている。
 奈津希はそう確信しているため、変な態度をとる綾愛のことを思ってのツッコミだ。
 綾愛からすると、急に伸の婚約者になったことがまだ受け入れらず、どうしていいか分からず、自分がおかしな態度をとっていることを理解しているため、奈津希の指摘に強く否定できなかった。

「まぁ、あくまでも婚約者ってだけで、結婚しなければならない訳ではないからな」

 何だか綾愛と奈津希がコソコソ話しているが、勝手に婚約者にされて気に入らないと言っても、攻めて学園を卒業するまでの1年と少しの間は、顔を合わせるしかないのだから、これまでのように普通に相手してもらいたい。
 それに、婚約者といっても絶対に結婚しなけらばならない訳ではない。
 伸は、あくまでも自分や綾愛の周囲に対する牽制としての婚約なのだと思っている。
 そのため、伸はそこまで真剣にとらえないように綾愛へと促した。

「……えっ?」

 それではまるで、自分との婚約が不本意だと言っているようだ。
 そのため、伸の言葉に綾愛の顔から熱が引いた。

「ほら、ツンデレ対応しているから勘違いされちゃったよ」

「だって……」

 伸と綾愛のやり取りを見ていた奈津希は、両者ともに良くない方向に思考が向かっていることに気が付く。
 田舎育ちの伸とお嬢様育ちの綾愛。
 自分も人のことを言えないが、2人とも恋愛に関して得意なように見えない。
 そのため、奈津希は綾愛に対し、先程のような態度は悪手だと告げる。
 とは言っても、好意を伝えられたりすることはあってもその逆はないため、いきなりいつものような対応をするにしてもどうしていいのか分からず、綾愛としては混乱している状況なのだ。
 奈津希の言うことは分かるが、すぐにという訳にはいかないため、口をとがらせて反論の言葉を口にした。

「まぁ、少しすれば治まるだろ。それまで待つとするか」

「う、うん」

 噂はいつか治まるもの。
 この状況は仕方ないことと諦め、しばらく我慢するしかない。
 そう伸と綾愛は結論付けることにした。

「そう言えば、鷹藤のことだけど……」

「……弟の方?」

「そう」

 婚約関係のことは終了し、伸は話を変える。
 それは、大会で伸を誘拐することを指示して捕まった文康の事ではなく、伸たちと同じ八郷学園に通う一学年下の鷹藤道康のことだ。
 鷹藤と聞いて、一瞬文康の事を思い浮かんだ綾愛だったが、すぐに違うことに気付く。
 というのも、八郷学園内をざわつかせているのは、伸と綾愛の事だけでなく、道康のことも話題になっていたからだ。

「官林学園に編入するって本当なのか?」

「うん。そうみたい」

 文康が誘拐の教唆犯として捕まり、官林学園を退学させられることが決定し、鷹藤家の次々期当主資格も剥奪された。
 そうなると、当主資格は直系の子供となると次男の道康が最有力になる。
 綾愛の婚約者の地位を狙って八郷学園に入学させたが、その道は伸によって阻止された上に、綾愛自身の完全な拒否によって閉ざされた。
 そのため、鷹藤家としては、八郷学園に通わせているより、地元の官林学園に通わせながら、当主になるための指導を行った方が良いと考えたのだろう。
 学年が上がると共に、官林学園に編入させることにしたようだ。

「まぁ、兄貴程じゃないにしても実力はあるから、試験もパスするだろ」

 魔術学園同士での編入も出来なくはないが、その試験は入学時よりも厳しいと言われている。
 しかも、文康が問題を起こしたため、官林学園側としては鷹藤家だからと言っても忖度することはないはず。

「私としては、去年の夏のことがあるから……」

「居なくなってくれた方がいいかもな」

「言っちゃうんだ……」

 去年の夏休みに魔術師の名門家の若手を集めての合宿を開いた時、道康は兄の文康と共に、綾愛に魔物の集団をぶつけようとした。
 同じ学園にいると、その時のように何か良からぬことを考えないとも分からない。
 そのため綾愛としては、道康の編入はありがたいと言えなくもない。
 しかし、家の都合で行き来させられることになった道康のことが少しだけ不憫に思ったため、綾愛は口に出すのを控えた。
 そんな綾愛に反し、伸は思ったまま口に出す。
 その伸の言葉に、奈津希は思わずツッコミを入れたのだった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

最弱の荷物持ちは謎のスキル【証券口座】で成り上がる〜配当で伝説の武器やスキルやアイテムを手に入れた。それでも一番幸せなのは家族ができたこと〜

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
※以前投稿していた作品を改稿しています。  この世界のお金は金額が増えると質量は重くなる。そのため枚数が増えると管理がしにくくなる。そのため冒険者にポーターは必須だ。  そんなポーターであるウォーレンは幼馴染の誘いでパーティーを組むが、勇者となったアドルにパーティーを追放されてしまう。  謎のスキル【証券口座】の力でお金の管理がしやすいという理由だけでポーターとなったウォーレン。  だが、その力はお金をただ収納するだけのスキルではなかった。  ある日突然武器を手に入れた。それは偶然お金で権利を購入した鍛冶屋から定期的にもらえる配当という謎のラッキースキルだった。  しかも権利を購入できるのは鍛冶屋だけではなかった。  一方、新しいポーターを雇った勇者達は一般のポーターとの違いを知ることとなる。  勇者達は周りに強奪されないかと気にしながら生活する一方、ウォーレンは伝説の武器やユニークスキル、伝説のアイテムでいつのまにか最強の冒険者ポーターとなっていた。

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...