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2学年 後期
第170話
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「ハァ~……」
警察署から出た伸は、背伸びをする。
思っていたよりも短い時間で済んだが、それでも警察署という場所にどこか緊張していたのか長く感じた。
誘拐事件解決に尽力したこともあり、送迎中に突如いなくなったことは、刑事たちから説教を受けることでなんとか許してもらえた。
「……まぁ、しょうがないか……」
送迎中のパトカーから降りた本当の理由は、魔人を倒すためにおこなったことだと言いたいところだ。
しかし、そんな事を言ったところで、信じてもらえないことは分かり切っている。
魔術学園の生徒なら愉快犯を捕まえることは可能でも、魔人を倒せるなんて冗談でしかないと受け取るのが普通の反応だからだ。
そのため、説教で済むのだからそれで良しとしようと、伸は我慢することにした。
「それじゃあ会場に行くか?」
「はい」
伸の付き添いとして来ていた担任の三門が話しかける。
聴取が速めに済んだため、大会優勝者の綾愛が参加する表彰式にまだ間に合う。
去年に続いて昨日も魔人襲来したため、表彰式は今日にずらすことになってしまった。
八郷学園の他の生徒たちも、昨日のうちに皇都から離れているため、表彰式は去年とは違って観客も少なくなっている。
折角、綾愛が大会を連覇するという八郷学園氏史上初の名誉だというのに、表彰式の会場に来ている観客のほとんどは王都の人間ばかり。
しかも、昨日の数体の魔人による襲撃があったことから、表彰式だけをおこなう会場に足を運ぶ人間も少なく、客席に空席があるという例年ではあり得ないことは起こっているようだ。
そんな情報を得た三門は、たった2人とは言え伸と共に柊を祝福するために会場へ行くことにしたのだ。
そんな三門の提案を伸も受け入れ、警察署の前に呼んでいたタクシーに乗って、2人は会場へと向かった。
「おめでとう! 柊」
「ありがとうございます!」
表彰式が終わり、三門は控室から出てきた教え子の姿を見て拍手と共に迎えた。
この大和皇国では田舎地区と言われて、他の地区の出身者から馬鹿にされることもある八郷地区。
そこにある八郷学園は、これまでこの大会で優勝することなんてなかったというのに、連覇したのだから快挙という以外の言葉が見当たらない。
優勝したのが八郷地区で有名な柊家の令嬢なので、自分の指導の賜物なんて言うことはできないが、担任として誇らしく思える。
「おめでとう!」
「うん。ありがとう!」
三門に続いて、伸も綾愛に祝福の言葉をかける。
その言葉に、綾愛は満面の笑みで答える。
同じように声をかけたというのに伸と三門では若干の差があるが、好意を寄せている相手とそうでない相手なのだから仕方がない。
「荷物持つよ」
「あぁ、ありがとう」
綾愛は、このまま伸と共に他の引率教師が手配した車で八郷地区へと帰る予定になっているため、控え室に荷物を持ってきていた。
その荷物の上に、表彰式で賞状とトロフィーを受け取ったため、持ち物は一杯になっていて大変そうに見える。
駐車場までは少し距離があるため、伸は気を利かせて綾愛の荷物を持つことを申し出た。
それを受けた綾愛は、申し訳なさそうに荷物を持ってくれた伸へと感謝の言葉をかけた。
「さて、帰るとするか?」
「「はい」」
もう1人の引率役の教師がこちらに向かって来る。
それを見た三門は、伸と綾愛に向かって声をかける。
そのの言葉に、伸と綾愛は声を揃えて返事をした。
「それにしても、まさか今年も魔人が現れるなんてな……」
「全くだね……」
帰りの車の中で、隣り合う伸と綾愛。
その途中、伸はふと綾愛に話しかける。
去年に引き続き、今年も魔人が出現するなんて、想像もしていなかったからだ。
というか、去年から滅多に現れないはずの魔人が何度も出現するなんて異常でしかない。
しかも、この大和皇国にばかりというのだから、伸としても困ったものだ。
「あっ!」
「んっ?」
綾愛の傍らにあるトロフィーを見て、伸はあることを思い出し、思わず声を上げた。
「そう言えば、鷹藤の奴はざまあみろだな」
「あぁ、失格になったことね? 昨日のうちに犯人があっさりと白状していたからね」
三門と共に大会の表彰式会場に着き、まず初めに昨日の誘拐事件のことが説明された。
そして、その犯人に指示を出していたのが、準優勝の鷹藤文康だった。
そのことが伸が捕まえた犯人たちの自白によって明るみになったため、文康は失格処分となり、治療室からそのまま警察に連れて行かれることになった。
祖父のこともあって鷹藤家が嫌いな伸からすると、思わず笑みを浮かべてしまう。
綾愛も深いところまでは知らないが、伸が鷹藤家を嫌っていることは知っているため、納得したように反応した。
決勝までの試合を見る限り、綾愛と文康はほぼ互角。
どちらかと言うと、僅かに文康が有利という印象だった。
しかし、文康は綾愛と仲の良い伸を誘拐し、脅すことで確実に勝利を得ることを選択したようだ。
結局、伸を誘拐した所で綾愛には何の脅しにもならず、自分が大怪我を負って敗北することになった。
策士でもないのに策に溺れるなんて、みっともないことこの上ない。
「……退学かな?」
少し悩んだ後、綾愛は伸に問いかける。
警察に捕まった以上、大会の失格だけで済むはずはない。
エリートの集まりである魔術学園からすると、いくら鷹藤家の人間だろうと退学は免れないだろう。
「……それだけで済むかな」
「鷹藤家だもんね……」
学園の退学は確定的だとして、伸としてはそれだけで終わるとは思っていない。
誘拐事件だけではなく、夏休みの合宿の時にも魔物を集めて綾愛たちに襲撃させようとしたりした。
そちらも結果は失敗。
他にも他領に無断侵入しての魔物討伐などをおこなったこともあるため、柊家相手に問題を起こしたのは3度目だ。
いくら鷹藤家の跡継ぎ候補筆頭とは言っても、我慢の限界だろう。
家の名前を重んじる鷹藤家からすれば、文康を廃嫡することは間違いない。
そのことが分かっているだけに、綾愛も伸の言うことに納得した。
「折角の魔人討伐の名誉も、孫の犯罪で相殺されちまうな」
「仕方ないよ。犯罪を犯したのは確実なんだから」
今回の複数の魔人による襲撃。
それを鎮めたのは、柊家当主の俊夫と鷹藤家当主の康義だ。
それにより、去年から魔人を討伐し続けている柊家はもちろん、共に戦った鷹藤家の名誉も上昇するはずだった。
しかし、文康の大会での犯罪裏工作が判明したことにより、その上昇するはずだった名誉も吹き飛ぶことだろう。
そう考える伸の言葉に、綾愛は鷹藤家が受け入れるべき問題だと返答した。
「まぁ、どうなるかは待つとするか……」
次期当主となる権利を奪う廃嫡は当然として、それ以上のことをするかどうかは分からない。
つまり、勘当して鷹藤家とは無関係の人間にするのか。
それとも、不治の病にかかったり、不幸な事故に遭ったりして命を落としたということにするのか。
鷹藤家なら、家の邪魔になる人間は密かに排除するのが基本だ。
しかし、文康は本家の嫡男であり、名前も顔も知られているため、そういった始末するといった選択をするとは思えない。
そのため、伸の中では、鷹藤家は廃嫡した文康を家の中に閉じ込めておくのではないかと思っている。
康義の弟である自分の祖父がそうだったからだ。
鷹藤家のことなんて考えるだけでも無駄。
そう考えた伸は、考えるのをやめ、ただ過ぎていく窓からの景色を眺めることにしたのだった。
警察署から出た伸は、背伸びをする。
思っていたよりも短い時間で済んだが、それでも警察署という場所にどこか緊張していたのか長く感じた。
誘拐事件解決に尽力したこともあり、送迎中に突如いなくなったことは、刑事たちから説教を受けることでなんとか許してもらえた。
「……まぁ、しょうがないか……」
送迎中のパトカーから降りた本当の理由は、魔人を倒すためにおこなったことだと言いたいところだ。
しかし、そんな事を言ったところで、信じてもらえないことは分かり切っている。
魔術学園の生徒なら愉快犯を捕まえることは可能でも、魔人を倒せるなんて冗談でしかないと受け取るのが普通の反応だからだ。
そのため、説教で済むのだからそれで良しとしようと、伸は我慢することにした。
「それじゃあ会場に行くか?」
「はい」
伸の付き添いとして来ていた担任の三門が話しかける。
聴取が速めに済んだため、大会優勝者の綾愛が参加する表彰式にまだ間に合う。
去年に続いて昨日も魔人襲来したため、表彰式は今日にずらすことになってしまった。
八郷学園の他の生徒たちも、昨日のうちに皇都から離れているため、表彰式は去年とは違って観客も少なくなっている。
折角、綾愛が大会を連覇するという八郷学園氏史上初の名誉だというのに、表彰式の会場に来ている観客のほとんどは王都の人間ばかり。
しかも、昨日の数体の魔人による襲撃があったことから、表彰式だけをおこなう会場に足を運ぶ人間も少なく、客席に空席があるという例年ではあり得ないことは起こっているようだ。
そんな情報を得た三門は、たった2人とは言え伸と共に柊を祝福するために会場へ行くことにしたのだ。
そんな三門の提案を伸も受け入れ、警察署の前に呼んでいたタクシーに乗って、2人は会場へと向かった。
「おめでとう! 柊」
「ありがとうございます!」
表彰式が終わり、三門は控室から出てきた教え子の姿を見て拍手と共に迎えた。
この大和皇国では田舎地区と言われて、他の地区の出身者から馬鹿にされることもある八郷地区。
そこにある八郷学園は、これまでこの大会で優勝することなんてなかったというのに、連覇したのだから快挙という以外の言葉が見当たらない。
優勝したのが八郷地区で有名な柊家の令嬢なので、自分の指導の賜物なんて言うことはできないが、担任として誇らしく思える。
「おめでとう!」
「うん。ありがとう!」
三門に続いて、伸も綾愛に祝福の言葉をかける。
その言葉に、綾愛は満面の笑みで答える。
同じように声をかけたというのに伸と三門では若干の差があるが、好意を寄せている相手とそうでない相手なのだから仕方がない。
「荷物持つよ」
「あぁ、ありがとう」
綾愛は、このまま伸と共に他の引率教師が手配した車で八郷地区へと帰る予定になっているため、控え室に荷物を持ってきていた。
その荷物の上に、表彰式で賞状とトロフィーを受け取ったため、持ち物は一杯になっていて大変そうに見える。
駐車場までは少し距離があるため、伸は気を利かせて綾愛の荷物を持つことを申し出た。
それを受けた綾愛は、申し訳なさそうに荷物を持ってくれた伸へと感謝の言葉をかけた。
「さて、帰るとするか?」
「「はい」」
もう1人の引率役の教師がこちらに向かって来る。
それを見た三門は、伸と綾愛に向かって声をかける。
そのの言葉に、伸と綾愛は声を揃えて返事をした。
「それにしても、まさか今年も魔人が現れるなんてな……」
「全くだね……」
帰りの車の中で、隣り合う伸と綾愛。
その途中、伸はふと綾愛に話しかける。
去年に引き続き、今年も魔人が出現するなんて、想像もしていなかったからだ。
というか、去年から滅多に現れないはずの魔人が何度も出現するなんて異常でしかない。
しかも、この大和皇国にばかりというのだから、伸としても困ったものだ。
「あっ!」
「んっ?」
綾愛の傍らにあるトロフィーを見て、伸はあることを思い出し、思わず声を上げた。
「そう言えば、鷹藤の奴はざまあみろだな」
「あぁ、失格になったことね? 昨日のうちに犯人があっさりと白状していたからね」
三門と共に大会の表彰式会場に着き、まず初めに昨日の誘拐事件のことが説明された。
そして、その犯人に指示を出していたのが、準優勝の鷹藤文康だった。
そのことが伸が捕まえた犯人たちの自白によって明るみになったため、文康は失格処分となり、治療室からそのまま警察に連れて行かれることになった。
祖父のこともあって鷹藤家が嫌いな伸からすると、思わず笑みを浮かべてしまう。
綾愛も深いところまでは知らないが、伸が鷹藤家を嫌っていることは知っているため、納得したように反応した。
決勝までの試合を見る限り、綾愛と文康はほぼ互角。
どちらかと言うと、僅かに文康が有利という印象だった。
しかし、文康は綾愛と仲の良い伸を誘拐し、脅すことで確実に勝利を得ることを選択したようだ。
結局、伸を誘拐した所で綾愛には何の脅しにもならず、自分が大怪我を負って敗北することになった。
策士でもないのに策に溺れるなんて、みっともないことこの上ない。
「……退学かな?」
少し悩んだ後、綾愛は伸に問いかける。
警察に捕まった以上、大会の失格だけで済むはずはない。
エリートの集まりである魔術学園からすると、いくら鷹藤家の人間だろうと退学は免れないだろう。
「……それだけで済むかな」
「鷹藤家だもんね……」
学園の退学は確定的だとして、伸としてはそれだけで終わるとは思っていない。
誘拐事件だけではなく、夏休みの合宿の時にも魔物を集めて綾愛たちに襲撃させようとしたりした。
そちらも結果は失敗。
他にも他領に無断侵入しての魔物討伐などをおこなったこともあるため、柊家相手に問題を起こしたのは3度目だ。
いくら鷹藤家の跡継ぎ候補筆頭とは言っても、我慢の限界だろう。
家の名前を重んじる鷹藤家からすれば、文康を廃嫡することは間違いない。
そのことが分かっているだけに、綾愛も伸の言うことに納得した。
「折角の魔人討伐の名誉も、孫の犯罪で相殺されちまうな」
「仕方ないよ。犯罪を犯したのは確実なんだから」
今回の複数の魔人による襲撃。
それを鎮めたのは、柊家当主の俊夫と鷹藤家当主の康義だ。
それにより、去年から魔人を討伐し続けている柊家はもちろん、共に戦った鷹藤家の名誉も上昇するはずだった。
しかし、文康の大会での犯罪裏工作が判明したことにより、その上昇するはずだった名誉も吹き飛ぶことだろう。
そう考える伸の言葉に、綾愛は鷹藤家が受け入れるべき問題だと返答した。
「まぁ、どうなるかは待つとするか……」
次期当主となる権利を奪う廃嫡は当然として、それ以上のことをするかどうかは分からない。
つまり、勘当して鷹藤家とは無関係の人間にするのか。
それとも、不治の病にかかったり、不幸な事故に遭ったりして命を落としたということにするのか。
鷹藤家なら、家の邪魔になる人間は密かに排除するのが基本だ。
しかし、文康は本家の嫡男であり、名前も顔も知られているため、そういった始末するといった選択をするとは思えない。
そのため、伸の中では、鷹藤家は廃嫡した文康を家の中に閉じ込めておくのではないかと思っている。
康義の弟である自分の祖父がそうだったからだ。
鷹藤家のことなんて考えるだけでも無駄。
そう考えた伸は、考えるのをやめ、ただ過ぎていく窓からの景色を眺めることにしたのだった。
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