上 下
145 / 281
2学年 後期

第144話

しおりを挟む
「うぅ……」

「あ~、よしよし……」

 涙目で綾愛に抱きつく奈津希。
 そんな奈津希の頭を、綾愛は優しく撫でる。

「仕方ないよ……」

 ここまで勝ち進んでいた奈津希だったが、今日の試合で敗退した。
 全国から集まったエリートたち相手にベスト16に入ったのだから充分と言って良い成績なのだが、彼女自身としては勝ち進んで綾愛と対戦することを望んでいた。
 あと1勝すればその望みも叶ったのだが、その寸前で負けてしまったことが悔しいようだ。

「高橋先輩が相手だったんだから……」

「……うん。勝ち進んでいればこうなることは分かっていたんだけど……」

 綾愛が言うように、奈津希が負けたのは八郷学園の3年で剣道部の高橋だ。
 去年同様に出場した高橋は、八郷の3年生の中で1番の実力者として知られていて、勝ち進めば当たることは奈津希にも分かっていた。
 しかし、いつも綾愛の訓練相手をしてることで、自分もかなりの実力を付けていると考えていた奈津希は、高橋相手でも勝機はあると思っていた。

「充分良い勝負したじゃない」

「うん……」

 奈津希の自信は、あながち的外れではない。
 綾愛が言うように、試合内容としては拮抗していたからだ。
 距離を取っての魔術攻撃の威力と精度は、外から見ている限りでは互角に近かったと思える。
 負けた原因は、近距離戦だ。
 了と同様に、高橋が得意なのは接近戦。
 遠距離戦から接近戦になり、奈津希は敗北してしまった。
 試合を思いだしたのか、奈津希は表情を暗くして綾愛の胸に顔をうずめた。

「…………奈津希?」

「…………」

 元気になるのならと好きにさせていたが、奈津希は胸に顔をうずめたままいつまでも動かない。
 まさか寝ている訳でもないと思いつつ、綾愛は訝し気に奈津希へ話しかける。
 しかし、何故か声をかけても奈津希は何の反応を示さない。

「……あんたそれほど落ち込んでいないでしょ?」

「バレた?」

 反応しないので、綾愛は奈津希からそっと離れようとする。
 しかし、奈津希が腕に力を入れているため、離れることができない。
 その様子から、綾愛はわざと胸に顔をうずめて来ているのだと悟り問いかけると、思った通りの反応が返ってきた。

「もう! 離れなさい!」

「いやよ! 綾愛ちゃんの胸で慰めて~」

「いい加減にしなさい!」

「は~い……」

 最初は本当に気落ちしていたのかもしれないが、途中から綾愛の胸に顔をうずめるために悲しんでいた振りをしていたようだ。
 それが分かった今、慰める必要を感じなくなり、綾愛は奈津希を自分から離そうとする。
 すると、奈津希は駄々をこねるように綾愛に抵抗してきた。
 いい加減我慢できなくなった綾愛は、呆れるように少し怒る。
 そこで限界だと悟ったのか、奈津希はようやく綾愛の胸から顔を離した。

「……私に勝った高橋先輩と、綾愛ちゃんが明日戦うんだね」

「えぇ」

 ようやく綾愛から離れた奈津希は、近くの椅子に座る。
 そして、浮かべていた笑みから少し真面目な表情へ変え、綾愛へと話しかける。
 八郷学園としては同校生での対戦が今日と明日と続いてしまうことになるが、抽選による組み合わで分かっていたことだから仕方がない。

「勝ってね! ……って言っても、綾愛ちゃんなら大丈夫だと思うけど……」

「えぇ、頑張るわ!」

 少しふざけたが、綾愛と戦いたかったのは本当のことだ。
 なので、その手前で負けてしまったのは悔しい。
 こうなったら自分の仇を討ってほしいと、奈津希は綾愛に応援の言葉をかける。
 しかし、すぐに綾愛なら自分の応援なんて必要ないだろうと思い直した。
 高橋が八郷学園の3年生の中で1番なら、綾愛は八郷学園全体の中で2番の実力者だからだ。
 もちろん1番は伸だ。
 その伸の魔力操作と指導によって、綾愛は去年からとんでもない勢いで成長している。
 天才と言われる鷹藤家の文康以外で、綾愛の相手になれるような選手なんて、この大会には存在していないだろう。

「もういいか?」

「あぁ……、うん!」

「ごめん。存在を忘れてたよ」

「お前ひでえな……」

 綾愛と奈津希が笑顔になり、空気が和んだところで伸が話しかける。
 すると、2人は伸のことを思い出したかのような反応をした。
 奈津希の場合、反応だけでなく実際に口に出してきた。
 部屋の隅で大人しくしていた時から忘れられている気がしていたが、実際に言われると軽く傷つく。
 伸は半眼で睨みながら、奈津希にツッコミを入れた。

「まあ、いいや。じゃあ、明日の作戦会議と行くか……」

「うん」

 明日の綾愛の相手は、今日奈津希に勝った同じ学園の高橋。
 それゆえに他の学園の生徒よりも戦い方が分かっているが、勝つためにはキチンと対策を練る必要がある。
 そのために、綾愛をこの会議室に呼んだのだ。
 奈津希も、負けてしまった以上綾愛の力になろうと、協力するつもりでこの場に参加している。
 伸も綾愛の実力なら勝てると思っているが、勝負は何があるか分からないため、油断せず、キッチリ勝利するために、分析した高橋の戦い方を、映像を使って説明し始めた。

 因みに試合に負けて治療を受けていた了だが、治療は無事済んだが、後遺症などがないかの確認をするため、病院で一泊するそうだ。





◆◆◆◆◆

「文康!! お前は一体何をしているんだ!?」

「…………」

 場所は変わり、官林学園の選手が泊まるホテルの一室では、怒号が飛んでいた。
 声を上げているのは鷹藤家の康則で、叱られている文康は無言で俯いていた。

「お前は1回戦からなんて戦い方をしているんだ!? 相手を痛めつけて楽しんでいるような戦い方をして!」

 本当は初戦の日に注意をしに来たかったのだが、仕事の関係上そうすることができなかった。
 こんなことなら、遅くなっても昨日のうちに来るべきだった。
 そう思うほど、息子文康の戦い方が目に余る。

「今日の最後なんて、ほとんど動けない相手選手を殺す気でいただろ!?」

「…………」

 父の指摘に文康は僅かに反応する。
 しかし、それに反論するようなことはしない。

「明日以降に同じような戦い方をしたら、棄権させるからそのつもりでいろ!!」

 反論すらしないその態度に、康則の怒りは更に沸き上がる。
 思わず手が出てしまいそうだ。
 親子と言えども、文康は明日も試合のある身。
 そのため、康則は怒りをなんとか抑え、文康へ警告のようなことを告げて部屋から退室していった。

「……フンッ! 勝てばいいだろうが!」

 父が退室して部屋に1人になった文康は、俯かせていた顔を上げて鼻を鳴らし、不満げに呟く。
 さすがに父レベルの魔闘師には、殺す気でいたことがバレていたようだ。
 しかし、勝利は勝利。
 鷹藤家の名を再度上げることに繋がるのだから、文句を割れようと優勝すればいいだけの話だ。

「それに、どうせ棄権なんてできないだろ」

 明日勝てばベスト4に入ることになる状況で、急に棄権なんて出来るわけがない。
 そのことが分かっているため、文康は考えを改めるつもりはないようだ。

「……まあ、明日は大人しくするか……」

 反省の色なく自分の部屋へ戻ろうとした文康だったが、ドアノブに手をかける寸前に試合後に受けた殺気のことを思い出す。
 何者による殺気なのかは分からないが、もしかしたら父と同じく警告のつもりだったのではないだろうか。
 そう考えると、明日もこれまでのように相手を痛めつけるのは危険かもしれない。
 父の説教なんかよりも、あの殺気を放った相手の方が恐ろしい。
 反省したわけではないが、文康は危険を回避するために明日は普通に戦うことにして、自分の部屋へと戻っていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...