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2学年 前期

第129話

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「ところで……、新田君は?」

 綾愛たちが魔人を倒したことは遺体を見れば分かる。
 しかし、ここに戻ってきたのが綾愛と奈津希の2人だけ。
 若干嫌な予想が頭をよぎるが、聞かないわけにはいかないと前川は伸のことを尋ねた。

「彼には援護を求めに向かってもらいました」

「そうか……」

 前川が心配しているのを理解し、綾愛はすぐに伸は無事だと返答する。
 本当は他の魔人を討伐しに行っているのだが、伸ならたいした時間を必要としないだろう。
 予定通りなら、今頃麓に控えている鷹藤家の者たちに魔人出現の報告に向かっているはずだ。
 そんな裏のことは知らないが、伸が無事であるということを聞いて前川は安心したように呟いた。

「それならこいつがいたんだが……」

「その子は連絡用でしたか、聞いていなかったもので……」

「そう言えばそうか」

 今回は魔人の注意を引くために戦闘へ参加させたが、本来塩見が使役している雀のジャクは連絡用の従魔だ。
 わざわざ伸が行かなくても、自分がジャクに指示をすれば麓に連絡を入れることができることを塩見は綾愛に言う。
 しかし、塩見の従魔が小さいといっても基本的に従魔は愛玩用か戦闘用に使役するもの。
 戦場に連れてきているのなら、戦闘用と考える方が普通だ。
 だが、綾愛も塩見の従魔が連絡用だろうと想像できていた。
 分かっていて嘘を吐いたのは、伸がいなくなったことの理由付けに過ぎない。
 たしかに戦闘用か連絡用かは伝えていなかったため、塩見は綾愛の言葉を受け入れた。

「道康に不意打ち勝利するような奴だ。本当は自分の身可愛さに、逃げ出したんじゃないのか?」

 綾愛たちの会話に、文康が突っかかってきた。
 大量の魔物をおびき寄せて、綾愛を危険に晒そうとしていたことがバレているため、いつもの外面の良い仮面を脱いでいるのだろう。
 本来の性格が表に出ている。

「……彼はあなたとは違うわ」

「なっ!! お前……」

 わが身可愛さに他人を危険に晒そうとしていたくせに、伸のことを悪く言うのは不愉快だ。
 綾愛は怒りに任せて殴ってやろうかとも思ったが、そこは我慢して文康を嘲笑した。
 その嘲笑が何を意味するのか当然正確に理解した文康は、怒りと恥ずかしさで一瞬にして顔を赤くした。

「おいっ! お前らはいい加減黙ってろ! 今はまだ非常事態なんだ。この魔人たちはまだ他に魔人がいるという口ぶりだった。俺たちは他の班の援護に向かうべきだ!」

「ふん! だったら俺たちは俺たちで行動させてもらう」

「チッ! 勝手にしろ!」

 自分たちがやったことを棚に上げて、勝手なことばかりを言う文康。
 それが、いい加減我慢の限界に来た前川は、怒りの言葉と共に非難する。
 しかし、そんな事文康にはどこ吹く風。
 前川たちの指示など受ける気などないらしく、文康は弟の道康と共にすぐさま他の班の救出へと向かってしまった。

「我々も他の班の所へ向かいましょう」

「そうだね」

 合宿に参加している他の班の援護に向かうにしても、急いだ方が良い。
 綾愛としては、伸が魔人たちを倒しているのだろうから心配していないが、心配している体を装うために前川に速やかな移動の開始を薦める。
 それを受けた前川は、塩見と目を合わせる。

「ジャク!」

 前川とアイコンタクトを取った塩見は、従魔の雀を上空へと飛ばす。
 上空へと向かった雀は、数秒で塩見のもとへ戻ってきた、

「上空から見るとこことここが近い。あのバカ兄弟は一番近場のここに向かったはずだから、我々はこちらへ向かおう」

「はい」

 他の班の協力に向かいたいところだが、考えてみれば鷹藤兄弟がこの山の地図を持って行ってしまった。
 そのことに気付いていた前川は、塩見に従魔を使って他の班の居場所を探させたようだ。
 こういった冷静な判断力の早さに、綾愛は密かにさすが大学生と感心し、その指示に従った。





“ガサッ!!”

「っ!!」

「......なんだ?」

 綾愛たちが他の班の援護に向かって動き出した頃。
 他の班はと言うと、普通に魔物を相手にした合宿の戦闘訓練をおこなっていた。
 そんななか、突然前方の草が揺れる。
 全員が警戒と共に武器を構えると、その者は姿を現した。

「ぐっ、くそぉ……」「あ、あの野郎……」

「っっっ!!」

「ま、魔人だ!!」

 現れたのは魔人が2体。
 合宿参加者たちは一気に顔色を青くしたが、すぐに元に戻る。

「……でも、瀕死だな……」

「あぁ……」

 喋ったことからも、魔人であることは間違いないが、その魔人たちは体中斬り傷があり、手足も数本斬り落とされていて何故だか瀕死の状態だ。
 魔人に遭遇したことにもだが、その魔人が瀕死なのも驚きだ。

「戸惑っている場合ではない! 始末しておこう!」

「お、おう!」

 色々不可解なことが多いが、魔人は始末しなければならない。
 理由はどうあれ、瀕死ならば仕留めるにはこの上ないチャンスだ。

「ハッ!!」「セイヤッ!」

「グハッ!」「グエッ!」

 合宿参加者たちは、集団で代わる代わる魔人たちに刀を差す。
 それにより、少しして魔人たちは動かぬ骸となり果てた。

「ふぅ~……」

「これで一安心だ」

 死んだことを確認し、彼らは安心したように一息つく。

「おいっ! こちらに魔人は来ていないか?」

「おぉ! 文康殿!」

 彼らが一安心した所で、文康と道康が現れて声をかける。
 それに気付いた一人が、手を振って2人を招いた。

「魔人ならば今我々が仕留めました」

「……そうか」

 木と草の魔人が言っていたように、他の班の方にも魔人が出現していたようだ。
 しかし、それも仕留めた後。
 綾愛や前川たちへおこなったことを揉み消すためにも更に魔人討伐という功績が欲しかったのだが、文康は内心一足遅かったと残念に思っていた。

「もしかして、この魔人たちを瀕死の状態にしたのは文康殿でしたかな?」

「そ……」

「……その通りです」

 自分たちが見つけた時、魔人たちはもう瀕死の状態だった。
 そんなことができる人間は、彼らの中では鷹藤家か柊家の人間しかいない。
 魔人の出現と討伐をしたことで、気持ちが正常ではなかったのもあるのかもしれないが、そんな時に文康が現れたため、彼らは文康たち兄弟が魔人を弱らせたのだと勘違いした。
 自分たちに心当たりがないため、道康はその勘違いを正そうと、正直に否定しようとした。
 しかし、文康はその勘違いは利用できると瞬時に判断し、道康の言葉を遮るように肯定の言葉を発した。

「おぉ! さすが鷹藤家の文康殿。これでは我々が止めを横取りしてしまったようだな」

「……気にしないでください。魔人を倒せることが第一ですから」

「流石鷹藤家次期当主。器が大きい」

 文康の言葉を聞いて、元々勘違いしていた彼らは、名人が瀕死の状態だった理由に納得いった。
 鷹藤兄弟が戦っていた魔人のうち、この魔人は瀕死の状態のまま逃げ出し、この場で動けなくなっていたのだと。
 それが勘違いだとは言わず、文康は自分たちの手柄を譲ったと言わんばかりの態度をとった。
 その発言により、勘違いした彼らは嬉しそうに文康のことを褒め称える言葉を送った。

「他にも魔人が逃げている。みんなは合宿を中断し、その魔人たちの死体を持って下山してくれ」

「わ、分かりました!」

 魔人が瀕死であったというのがどういう訳か分からないが、これで綾愛たちにやろうとして失敗したことの汚名を消せるかもしれない。
 そんな腹黒い計算をした文康は、兄が何を考えているのか分からないまま戸惑っている道康を伴って、他の班の所に現れているかもしれない魔人の討伐に向かうことにした。

「……兄さん。何で彼らと共に向かわないの?」

「あいつらを連れて行けば、もしかしたら他の班の奴に嘘がバレるかもしれない。そうならないためにも別行動をとるように指示したんだ」

「そ、そうなんだ……」

 他にも魔人がいるなら、数が多い方が良い。
 道康はそう考えたのだが、兄は彼らに違う指示を出した。
 その理由が分からなかったため問いかけると、先程の嘘がバレないための策だったようだ。
 昔からとんでもなく悪知恵が働く兄に、道康は恐ろしく思いつつも従うしかなかった。

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