上 下
79 / 281
1学年 後期

第79話

しおりを挟む
「到着!!」

「……何してんだ?」

 バスから降りてすぐ、ホテルの玄関前で両手を上げてポーズを決める了。
 それを隣で見つめる伸がツッコミを入れる。

「対抗戦が始まるかと思うと、テンション上がるじゃん?」

「まぁ、そうだな」

 大和皇国には8つの地区に分かれており、その8つの地区には1つずつ国立の魔術師学園がある。
 その8つの魔術師学園は、どこも例年は12月の23日から2週間程度の冬休みの期間に入るのだが、その期間を利用して毎年8つの学園の代表者を集めての対抗戦が行われている。
 高校生の魔術師と言っても、国立の魔術師学園に通うような生徒はみんなエリートだ。
 その中でも成績が優秀な人間でないと大会になんて参加できない。
 言わば、対抗戦に出場できる生徒はエリート中のエリート。
 当然有名な魔術師の一族は彼らに注目している。
 その対抗戦の八郷学園1年代表の1人に選ばれた了。
 ここで少しでも印象に残るような戦いをすれば、どこからかスカウトを受けるかもしれない。
 そう考えると、参加選手に熱くなるなという方が無理だ。
 どうやら、了も例外ではなく、テンションが上がっているようだ。
 了の付き添いで来ている伸には関係ないことなので、テンション的には平常運転だ。

「テンション上がるのはいいが、さっさと部屋に行こうぜ」

「あぁ!」

 了のテンションが競馬で言うところのちょっと掛かり気味な感じがするが、大会が始まれば雰囲気に慣れて少しは落ち着いてくれるだろう。
 そんな期待をしつつ、伸は了を引き連れるようにしてホテルに入り、割り振られた部屋へと移動していった。

「おぉ! 官林タワーが見えるぞ!」

「……本当だ」

 選手とセコンドの2人で一部屋が与えられ、伸は当然了と同じ部屋だ。
 荷物をベッドに放り投げると、了はすぐさま窓の外を眺め、またもテンション高く声を上げる。
 その声に釣られるように伸も外を眺めると、了の言うように窓の外には電波塔が立っていた。
 官林地区のにある電波塔だからと名付けられた官林タワーだ。

「俺、映像とかでしか見たことなかったんだよ!」

「……そうか」

 皇都に来たら官林タワー。
 そう言われるほどの有名な電波塔で、展望台からの景色は頻繁に特集が組まれるほど評判がいい。
 特に夜景が人気で、デートスポットとしても有名だ。
 テレビやネットなどでしか見たことが無い了は、対抗戦以外にもテンションが上がる要因があるようだ。

「テンション変わんねえけど、伸は皇都に来たことあるのか?」

「まぁ、何度か……」

 いつもと変わらない伸のテンションに、了は不思議そうに問いかけてくる。
 それに対し、伸は軽く頷きつつ返答する。
 中学生になって少しして、伸は転移魔術が使えるようになった。
 転移魔術とは、一度行ったことのある場所に一瞬で移動する魔法だ。
 そのため、皇都には来れるようにしてある。
 というより、中学3年間を利用して、大和皇国中の主要都市にはいつでも行けるようにしてある。
 休日の暇つぶしに皇都へ行くということもよくあったため、了のように感動することはない。

「開会式が始まるから用意しろよ」

「あぁ!」

 対戦相手を決める抽選は、1週間前に各校の代表によっておこなわれている。
 今日は開会式がおこなわれ、1回戦の2試合が開催される。
 大会は1つの会場でおこなわれるのだが、その会場は5つの区画に分かれており、5つの試合が同時におこなうことができる。
 いつまでもホテルにいる訳にもいかず、伸と了は開会式へと向かう準備を開始した。

「開会式だっていうのにすごいな……」

 選手が学園ごとに列を作り入場した後、観客席に座る伸は会場を見渡して小さく呟く。
 開会式だというのに、観客席は満員になっていた。

「高校生のイベントと言っても、人気があるんだな。了の奴大丈夫か?」

 人気があるということは知っていたが、ここまでとは思ってもいなかった。
 自分が出たら優勝できる自信があるため、高校生の対抗戦なんて興味がなかったが、少しだけ出ても良かったかもと思えてきた。

「いたぞ!」

「あいつが鷹藤家の……」

 開会式が進むなか、周囲の観客の話合う声が聞こえてきた。
 やはり、今大会は名門鷹藤家の天才である文康が注目されていて、1年でありながらもしかしたら優勝するのではないかと噂されている。

「…………」

 周囲の観客の声を聞きながら、伸は他とは違う場所を見ていた。
 毎年大会の来賓代表として挨拶をする鷹藤家当主の康義へだ。
 伸からすると大叔父に当たる存在だ。
 祖父をいない者として鷹藤家当主についた康義を、伸は当然好ましく思っていない。
 そのため、康義を見ていると思わず眉間に皺が寄ってしまう。

「あっちは……」

「あぁ、八郷学園か……」

 観客たちが文康の話をやめたと思ったら、今度は違う人間の話に変わった。
 自分の学園の人間の話になったことに、伸は康義への視線を中断した。

「あれが柊家の……」

「そうだ。結構美形だな……」

 どうやら、綾愛の話に変わったらしい。
 それも分からなくない。
 人類にとっての脅威である魔族を倒したことで、柊家の評価は上がっている。
 そのため、綾愛の注目も上がっているようだ。
 綾愛の顔を見た観客からは、柊家ということにも興味があるが、見た目の方にも気が行っているようだった。





「了! お疲れ!」

「おぉ、伸!」

 開会式は何の問題もなく終了し、伸は会場から出てきた八郷学園のメンバーを待ち受けた。

「どうする? 試合見ていくか?」

 今日はこの後、開幕戦として東西の試合会場でAブロックの2試合がおこなわれることになっている。
 官林地区の西に位置する太多たいた地区の2年生と、八郷地区の南に位置する石波せきは地区の3年生の戦いが1戦。
 もう1戦は八郷の北に位置する台藤だいとうの3年生と、この官林地区から北に位置する瀬和田せわだ地区の3年生の戦いだ。
 了はブロックのため、勝ち進まない限り戦うことはない相手だ。
 見るにしてもホテルのテレビで見ることもできるため、どうするかは了に任せることにした。

「ホテルに戻ろう」

「了解」

 どうやら了の性格には似合わず、開会式で緊張していたようだ。
 その緊張感が切れたことで疲労を感じたらしく、了はホテルに戻ることを選択した。
 了も明日には試合が控えているので、戻って体を休める方が良い。
 その選択に従い、伸は了と共にホテルに帰ることにした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

スキル「プロアクションマジリプレイ」が凄すぎて異世界で最強無敵なのにニートやってます。

昆布海胆
ファンタジー
神様が異世界ツクールってゲームで作った世界に行った達也はチートスキル「プロアクションマジリプレイ」を得た。 ありえないとんでもスキルのおかげでニート生活を満喫する。 2017.05.21 完結しました。

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

異世界転生したので、のんびり冒険したい!

藤なごみ
ファンタジー
アラサーのサラリーマンのサトーは、仕事帰りに道端にいた白い子犬を撫でていた所、事故に巻き込まれてしまい死んでしまった。 実は神様の眷属だった白い子犬にサトーの魂を神様の所に連れて行かれた事により、現世からの輪廻から外れてしまう。 そこで神様からお詫びとして異世界転生を進められ、異世界で生きて行く事になる。 異世界で冒険者をする事になったサトーだか、冒険者登録する前に王族を助けた事により、本人の意図とは関係なく様々な事件に巻き込まれていく。 貴族のしがらみに加えて、異世界を股にかける犯罪組織にも顔を覚えられ、悪戦苦闘する日々。 ちょっとチート気味な仲間に囲まれながらも、チームの頭脳としてサトーは事件に立ち向かって行きます。 いつか訪れるだろうのんびりと冒険をする事が出来る日々を目指して! ……何時になったらのんびり冒険できるのかな? 小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しました(20220930)

処理中です...