主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸

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1学年 後期

第80話

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「オッス!」

「お、おう!」

 競技大会が始まって2日目。
 八郷学園の選手である了も、今日1回戦を戦うことになる。
 その朝を迎え顔を合わせた伸が了へと挨拶をすると、いつもと違う様子で返事が来た。

「……了、表情が硬いぞ」

「そ、そうか……?」

 試合当日ということで、緊張しているのだろう。
 明らかに表情が硬い。

「気持ちは分からなくはないが、そんなんじゃ実力を出せないぞ」

「あ、あぁ……」

 高校生の1年と2、3年では実力に差がある。
 そのため、1年生の了なら1回戦を勝利すれば御の字というところだ。
 勝利するためにも、何とかリラックスして試合に挑んでもらいたいところだ。
 伸は、了のセコンドとして来ているので、そのことを忠告した。

「相手は同じ1年だから情報がないけど、実力を出せば了なら勝てるって」

「お、おう!」

 リラックスして戦ってもらうためにも、確認する意味でも了に有利という情報を伝えた方が良い。
 そう判断した伸は、了へと話しかける。
 了の相手は、洪武こうぶ学園の同じ1年だ。 
 洪武地区は官林地区の南に位置しており、官林地区北に位置する瀬和田地区と共に発展している地区だ。
 洪武地区には大原という有名な家が存在しているが、そこの家には高校生はいない。
 そのため、出場選手は聞いたこともない名前の生徒ばかりだ。
 無名だから弱いと決めつけることはできないが、同じ1年なら何とかなるはずだ。
 しかし、その伸の言葉を聞いても、了の表情は少し和らいだ程度にしか変わらなかった。

「とりあえず朝食に行こうぜ」

「あ、あぁ」

 そう簡単に了の緊張がほぐれる様子がない。
 試合まではまだ時間があるため、それまでに何とか解けてくれればいい。
 せめて少しでもほぐれてくれることを願い、伸は了を朝食に誘った。
 試合に影響してはいけないため、当然朝食の摂取は必要。
 誘われた了は、伸について朝食を食べにホテルの1階へと向かった。

「あれっ? どうした? 金井」

「先輩……、おはようございます」

「おはようございます」

「おっす」

 朝食はバイキング形式になっており、多くの料理が並んでいる。
 伸と了が料理を取りに移動していると、1人の男子が話しかけてきた。
 その男子は剣道部の2年生で、同じ剣道部の了はもちろん、伸も何度か顔を合わせている先輩で、 名前を渡辺純太という。
 渡辺も朝食に来たらしく、トレイにはいくつもの料理が乗っていた。
 彼も選手の1人なのだが、了とは違い緊張している様子は無いようだ。 
 話しかけてきた彼に了と伸が朝の挨拶をし、渡辺も軽い口調で返事をした。

「緊張してんのか?」

「い、いや……」

「そうみたいっす」

 同じ部活の先輩だからか、伸と同様すぐに了が緊張していることを見抜いたようだ。
 図星を突かれた了は否定するが、その反応から正解したのは丸分かりだ。
 そのため、了に代わって伸が答えを返した。

「おいっ、伸っ!」

「いや、先輩にもバレてるって」

「そうだな」

「ぐっ……」

 緊張していることをバラした伸に、了は眉を吊り上げて文句を言おうとした。
 しかし、文句を言う前に放たれた伸の言葉と、渡辺の同意の言葉で、了は何も言えなくなった。

「まぁ、仕方ない。俺も初めて出た時は緊張したからな」

「そうなんスか?」

 渡辺は去年も選手として出場している。
 去年の時は、初戦から3年生と対戦することになり、1回戦で負けたという話だ。
 その時のことは当然知らないため、了は驚きつつ問いかける。
 というのも、今の渡辺を見ていると、去年緊張したなんて信じられないからだ。
 それは了だけでなく、伸も同じように思っていた。

「緊張して試合に向かって、緊張が解けた時にはもう遅かったよ」

 疑う2人に対し、渡辺は去年の経験を話してくれた。
 渡辺も了と同様に朝から緊張したまま試合へ挑むことになり、対戦相手の太多学園の3年生が試合開始と共に攻撃を仕掛けてきた。
 そのまま、防御一辺倒に追い込まれ、緊張が解けた時には魔力が残り少ない状態で、反撃の糸口を掴めないまま負けることになったそうだ。

「俺は緊張するなんて思ってもいなかったから、先輩にセコンドに入ってもらったんだが、それも良くなかったかもな」

 剣道の大会などで緊張したことが無かったため、対抗戦でも緊張するなんて思ってもいなかった。
 そのため、助言をしてもらおうとセコンドには剣道部の先輩を指名したのだが、その先輩の助言も耳に入っていなかった。
 高校生の試合とは言っても、魔術関係の仕事関係者が引き抜きを兼ねて見ていることは間違いない。
 いいところを見せたいという気持ちや、無様な負け方をすればいくら対抗戦に選ばれようとも低い評価を受けかねない。
 ここでそんなことになれば、魔術師としての成功が遠退くというものだ。
 それがプレッシャーになって、何もできないまま終わってしまった。

「だからお前には強めに知り合いをセコンドに付けろって言ったんだ」

「そうだったんですか……」

 了は、対抗戦のセコンドには仲の良い人間を選ぶように言われていた。
 そのため、了は伸を選んだんだのだが、その時一番強く言ってきたのが渡辺だった。
 どうして強めにいってきたのか分からないでいたが、経験者としての助言だったようだ。

「さっきのちょっとしたやり取りで、少しは解けただろ?」

「えっ?」

「そう言えば……」

 渡辺と会ってからのやり取りから、いつの間にか了の表情がいつもの感じに戻っていた。
 そのことを渡辺に言われるまで、2人とも気付かなかった。

「お前は1年なんだから、大会を楽しむつもりで臨む方が丁度良いんだって」

「そんなもんですか……」

「あぁ!」

 渡辺の経験上、緊張するのは魔術師関係者たちに良いところを見せたいという余計な感情によるところが大きい。
 そんな事を考えないで試合に挑めば、ある程度良い戦いができる。
 渡辺はそのための助言をしてくれた。

「緊張が解けたら何だか腹が減ってきました」

「それは良かったが、食べ過ぎるなよ。今度は食い過ぎで動けなくなるぞ」

「わ、分かってますって」

 伸とのやり取りや渡辺の話を聞いたからか、了は完全に緊張が解けたようだ。
 そのため、空腹を感じた了は、渡辺に一礼して料理を取りに行こうとした。
 その了に対し、渡辺は忠告を追加した。
 たしかにこのままいかせていたら、料理を食べたいだけ食べていたかもしれない。
 その指摘を受けた了は、これまた図星だったのか、照れたように返事をしたのだった。

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