上 下
60 / 281
1学年 後期

第60話

しおりを挟む
「……なぁ?」

「んっ?」

 夏休み後におこなわれた魔術の授業。
 的当てを終えて他の生徒の様子を見ていた伸へ、終えたばかりの吉井が話しかけてきた。
 伸に話しかけてはいるが、吉井の視線は了へと向いている。

「了の奴魔力操作上手くなってないか?」

「……そうだな」

 的へ手を向け、体内の魔力を操作する了。
 夏休み前の了は、手に魔力を集めるのにもう少し時間がかかっていたのだが、今日はかなりスムーズにできている。
 それを見て、吉井は驚きと感心が混じったような様子で伸へ問いかけた。
 伸も同じことを感じていたので、それに同意の返事をする。

「ハッ!!」

「「っ!!」」

 吉井と共にジッと了のことを見ていると、了の手の平から魔力の球が発射された。
 魔術学園に入学できるような者なら当たり前にできることだが、了ができたことに伸たちは驚きの表情へと変わった。
 驚いたのは、了と仲のいい伸たちだけでない。
 了の側にいた他の生徒たちも、了の魔力球に驚いている。

「おいおい、あいつ魔力飛ばすのできなかったはずなのに……」

「威力はたいしたことないし的から外れたけど、ちゃんと飛ばせるようになってんじゃん!」

 了の的当てを見ていた伸と吉井の所へ、少し離れた場所で的当てしていた石塚も来きた。
 放たれた魔力球は的から外れたが、それだけでも了ができたとなると驚きの出来事だ。 
 他の生徒たちが火や水などの属性を付与した的当てをおこなっている中、了は夏休み前になっても魔力をまともに飛ばすようなことができなかった。
 身体強化のみの戦闘しかできず、魔力を体から離すという行為において、了は完全に落ちこぼれの状態だった。
 それが、夏休みが終了するとちゃんとした魔力球を飛ばせるようになっているのだから、とんでもなく急成長したということだ。
 みんなが驚くのも仕方がないと言ったところだろう。

「おい、了! おまえ夏休み中どんだけ成長してんだよ!」

「…………」

「んっ? どうした?」

 的当てを終了した了に、吉井が声をかける。
 しかし、了は自分の手を見るだけで、吉井の声に反応しない。
 無反応でいる了に、伸は不思議そうに問いかけた。

「やっぱり、あの時からかも……」

「何が?」

 少しの間黙っていた了が、何か思いだしたかのように呟く。
 何か自己完結しているようだが、伸たちは全然何のことだか分からない。
 そのため、伸は了へ説明を求めるように声をかける。

「巨大イカの魔物倒してから、何となく魔力操作がスムーズにできるようになったんだ! だからもしかしたらと思ってやってみたら上手くいったよ!」

「……いや、落ち着けって」

 堰を切ったように話し出す了。
 伸はテンションが上がって止まらない了を、何とか抑えようと落ち着くように言葉と共にジェスチャーをする。
 この反応を見る限り、了が黙っていたのはどうやら自分でも驚いていたからのようだ。
 魔力が飛ばせないことは半分諦めていた感じだったが、了の中でもやはりできた方が良いという思いがあったのだろう。

「頭部にダメージを受けたきっかけで才能が開花したのかな!?」

「……そうだといても、あの時みたいに攻撃を受けるなよ」

「あぁ!」

 出来るようになったきっかけを考えると、夏休みに巨大イカを倒した時からだと思い出し、了はまたも感情が高ぶっているようだ。
 どうやって巨大イカを倒したかは今でも分からないが、頭部にダメージを受けたことが魔力球が上達するきっかけになったのかもしれないと了は予想した。
 きっかけは何であろうと、ずっと悩みの種だった魔力球の上達が嬉しくて仕方ないようだ。
 感情の高ぶりが治まらない了に、伸はわざと頭部に攻撃を受けないように注意することしかできなかった。

『……やっぱりな』

 実は、了がこうなることは伸の中では予想できていた。
 そのため、伸は内心では原因がわかりつつも、了に伝えるようなことをせず、テンションの上がっている了に困惑したような態度で対応したのだった。





「えっ?」

「操作したことによって金井君の魔力操作能力が向上した?」

「あぁ……」

 了の魔力操作の原因に心当たりのあった伸は、その原因をいつもの料亭で待ち受けた綾愛に伝えた。
 夏休みが終わっても、魔物の出現に終わりはない。
 大小問わなければ、柊家としては頼みたい仕事はいくつもあるらしく、伸は毎週末バイトとしてこき使われている。
 それもここの料理を食べられると思えば何とも思わない。
 完全にここの料理に胃袋を掴まれたと言ったところだ。
 今週の土曜も魔物の退治を頼むためにここに呼ばれた伸は、今日の出来事の1つとして了の変化ことを話した。
 伸のその話に、綾愛と一緒にいる奈津希も驚きの声をあげた。

「金井君本人の努力によるものじゃないの?」

「……その可能性もないわけではないが、多分俺が操作したからだと思う」

 たしかに、伸から了が魔力を飛ばすことを苦手としていることは聞いていた。
 それが急にできるようになったことは驚きだが、それが伸によることだと結論付けることはできない。
 了本人が頑張った結果のように思えた綾愛が問いかけるが、伸は自信ありげに返答を返してきた。

「どうしてそう思うの?」

「それは……、ここって従魔出していいか?」

「……暴れないならいいわよ」

 従魔とは、魔術によって従えた魔物のことを言う。
 魔術師の中には、自分ではなく従魔に戦闘をさせる者もいる。
 しかし、人間に従うような魔物は得てして弱いため、多くの魔術師は従魔を持つようなことはしない。
 完全にペットとして魔物を従えている人間の方が多いだろう。
 了の変化の理由を問いているのに、綾愛は「何故従魔?」と思うが、説明のためだと理解して従魔を出すことを了承した。

「ピモ!」

「キッ!」

 魔術によって魔法陣が浮かび上がると、そこから小さい生物が浮き上がってきた。
 伸が話しかけて右手を出すと、その生物は嬉しそうにその手に乗った。

「召喚!? あぁ、転移ね……」

「それにしても……」

 従魔を召喚させるような魔術に心当たりがなく、どこにもいなかった従魔が突然現れたことに綾愛は驚きの声をあげる。
 しかし、それが転移させてきたのだとすぐに分かって納得した。
 それより、綾愛と奈津希には気になることがある。

「「可愛い!!」」

「キッ?」

 その従魔を見て、綾愛と奈津希は黄色い声をあげた。
 2人の顔が近付き、従魔は小さい声と共に首を傾げる。

「この子ピグミーモンキーよね?」

「あぁ」

 奈津希の問いに伸は頷く。
 伸が出した従魔は、手のひらサイズの超小型猿の魔物で、種類名をピグミーモンキーという。

「よく見つけたわね?」

「操作の魔術の実験に、猿系の魔物を使おうと思ったんだが、たまたま他の魔物に襲われているところを見つけた」

 ピグミーモンキーは、魔物とは言っても弱くて小さい。
 倒して魔石を得ても全然役に立たないため、見つけても相手にするだけ無駄だ。
 しかし、その可愛らしさから、ペットとして人気の種だ。
 ただ、弱いからこそ他の魔物の餌として狙われることも多く、見つけるのはかなり難しいことで有名だ。
 夏休み中、放置状態の実家の清掃をしに行った時、たまたま近くで襲われているこのピモを見つけた。
 操作魔術を検討するために、猿型の魔物を実験体にしようと考えていたが、小さくても猿は猿。
 このピモを操作魔術の実験体として使うために従魔契約をした。
 襲ってきた魔物から救ってもらったことで、ピモは伸に敵意を見せることなくあっさり従った。

「「ちょっと触らせて!」」

「……あぁ」

 綾愛と奈津希もピモの可愛さにやられたらしく、伸に触らせろと詰め寄ってくる。
 了の変化の説明のために呼び出したというのに、綾愛と奈津希は説明そっちのけでピモに集中してしまった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)

荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」 俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」 ハーデス 「では……」 俺 「だが断る!」 ハーデス 「むっ、今何と?」 俺 「断ると言ったんだ」 ハーデス 「なぜだ?」 俺 「……俺のレベルだ」 ハーデス 「……は?」 俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」 ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」 俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」 ハーデス 「……正気……なのか?」 俺 「もちろん」 異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。 たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!

最弱の荷物持ちは謎のスキル【証券口座】で成り上がる〜配当で伝説の武器やスキルやアイテムを手に入れた。それでも一番幸せなのは家族ができたこと〜

k-ing ★書籍発売中
ファンタジー
※以前投稿していた作品を改稿しています。  この世界のお金は金額が増えると質量は重くなる。そのため枚数が増えると管理がしにくくなる。そのため冒険者にポーターは必須だ。  そんなポーターであるウォーレンは幼馴染の誘いでパーティーを組むが、勇者となったアドルにパーティーを追放されてしまう。  謎のスキル【証券口座】の力でお金の管理がしやすいという理由だけでポーターとなったウォーレン。  だが、その力はお金をただ収納するだけのスキルではなかった。  ある日突然武器を手に入れた。それは偶然お金で権利を購入した鍛冶屋から定期的にもらえる配当という謎のラッキースキルだった。  しかも権利を購入できるのは鍛冶屋だけではなかった。  一方、新しいポーターを雇った勇者達は一般のポーターとの違いを知ることとなる。  勇者達は周りに強奪されないかと気にしながら生活する一方、ウォーレンは伝説の武器やユニークスキル、伝説のアイテムでいつのまにか最強の冒険者ポーターとなっていた。

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

処理中です...