上 下
1 / 281
1学年 前期

第1話

しおりを挟む
「……受かったか」

 東にある島国、大和皇国。
 その国に8つしかない学問と魔術を教える国立の学園の1つ、八郷やさと地区にある高校の受験合否格通知が今日受験者たちに届けられた。
 この国立の魔術学園は、卒業すれば就職において有利に働く。
 それゆえにエリートの集まりとされているため、入試の合格者は涙を流す程喜ぶのが普通だ。
 しかし、届けられた通知に書かれた合格の文字を確認したこの少年は、たいした感情を示さぬまま一言呟いた。
 まるで合格することが分っていたかのような反応だ。

「まぁ、当然だな……」

 まるで、ではなかった。
 魔術学園の受験内容は筆記試験と魔術能力審査。
 普通科高校の受験と同じ5科目と魔術に関する筆記試験を受けた後、魔術能力の審査を受けて合否を判定する。
 筆記試験の点数も当然合否の判定に関わっているが、それ以上に魔法能力審査の方が重要視される。
 筆記の合格ラインが6、7割前後と言われているたため、7割回答してその時点でこの少年は解答をやめた。
 真面目に解答して、首席合格者になるのを回避するためだ。
 主席合格者は、入学式の時に新入生代表挨拶をおこなうというのが決まっている。
 それが嫌だったために必要最低限の解答に抑えたのだ。
 自己採点ではそのラインは突破していたので、この時点で受かると思っていた。
 分かっていたことなので、別に驚くことがないというのが少年の正直な感想なのだろう。

「んじゃ、入学式までのんびりするか……」

 合格通知に軽く目を通し、少年はもう一度寝るために布団へと戻っていった。
 少年の名前は新田伸。
 一応この物語の主人公である。





◆◆◆◆◆

「おっす! 俺、金井了。よろしく!」

「あぁ、新田伸だ」

 入学式開始前、たまたま隣に座った少年が伸に話しかけてきた。
 伸よりも体格がよく、健康的な印象を受ける少年。
 無視するのもおかしいため、伸も挨拶を返した。

「伸でいいか? 俺も了でいいからよ!」

「あぁ。よろしく、了!」

 初対面でも物怖じしない態度は好ましい。
 了から出された手に伸も手を伸ばし、2人は握手を交わした。

「伸はどこから来たんだ?」

花紡かぼうからだ」

 大和皇国の中で東に位置する八郷地区。
 その西にある花紡州が伸の出身地だ。
 市とは言っても、伸が住んでいたところは外れの方で、畑に囲まれた長閑な場所だ。
 この学園のある浅都あさと州の西隣の町だ。

「隣だな! 俺は右菅うすがからだ」

「そうか……」

 右菅州は花紡州の北東に位置する州で、浅都のベッドタウンという印象の強い州だ。
 人口も多く、花紡に比べると少し発展している州と言ったところだ。

「んっ? あれ柊じゃないか?」

「柊って、あの……」

 黒髪のロングで、可愛らしい感じの容姿をした女子が壇上近くの新入生用の椅子へと腰かけた。
 その女子を見て、了が言った柊という言葉に伸は反応する。
 この世界には、魔物と呼ばれる危険な異形の生物が存在する。
 それから国を守るために、強力な力を有した一族がそれぞれの地区に存在している。
 八郷地区において最大の魔術一族が柊家であり、魔術学園に入ろとしている者で名を知らない者はいないだろう。

「同じ年齢の女子がいるって聞いてたけど、何でこの学園に来たんだ? 官林地区の方がよかったんじゃ……」

「そうだな……」

 柊家は戸谷雷とやらいという州を基盤としていて、花紡の北西に面している。
 八郷地区の西に位置する官林地区。
 少し遠いが、戸谷雷からなら官林地区にある学園でもよいはず。
 というよりも、首都である官林があるのだから、柊家ならそちらを選んでも良かったような気がする。
 魔術学園はエリートと言われるが、その中でもやはり官林の学園の方が上に見られる傾向にあるので、何でそちらに行かなかったのだろう。

「まぁ、他人の考えることなんて分からないしな……」

 柊がこの八郷学園を選んだ理由なんて、本人にしか分からないことだ。
 それが分かった所で、有名一族の柊に関わることなど無いだろう。
 そのため、伸は考えるのをやめた。

「おぉ……、お前結構ドライだな」

 伸たちのような新入生だけでなく、この場にいる保護者・教職員・関係者の誰もが柊家の令嬢の存在に気がいっている。
 しかし、そんな中あっさりと興味をなくしている伸に、了は鼻白んだ。
 柊家と言うだけでなくても、彼女はかなりの美人だ。
 健全な男子なら、もっと興味を示してもいいように感じる。

「あんな有名人に関わったら、きっとなんか揉め事に巻き込まれるぞ! 俺は平凡に3年間を過ごしたいんだ」

 田舎者の伸が、もしも柊と仲良くなろうと近付こうものなら、きっと他の男子からの嫉妬を受ける可能性がある。
 そんなことになったら、せっかく入った学園生活が過ごしづらくなるかもしれない。
 伸としては、モブでも良いから平凡に過ごすことを望んでいる。

「卒業すれば魔闘組合に試験無しで入れるからな……」

 この世界には、魔物と呼ばれる異形の姿をした生物が出現することがある。
 魔術の素となる魔素が原因である。
 魔物は危険であるため、それと戦う者にも相応の実力を必要としている。
 その魔物と戦う者を管理しているのが魔闘組合で、その組織に登録していない者は、魔物から取れる肉やら皮などの素材を売買することが難しい。
 倒した魔物の強さによっては1日で大金を手に入れられる可能性があり、それがあるため魔闘組合に所属するのが魔術師が人気の職業となっている。
 魔闘組合に所属するには試験があり、それに合格しない限り登録できないことになっている。
 国立の魔術学園の卒業資格はその試験の免除になるため、伸の言うように平凡に卒業したいと思う者も少なからずいるため、了もなんとなく伸の発言に納得する。

「……でも、ちょっとは青春ぽいことしても罰は当たんなくねえか?」

「別に了も俺と同じようにしろなんて言わないさ……」

 高校生なのだから、了の言うように多少青春ぽいことを期待するのも分からなくはない。
 平凡に過ごしたいというのは伸の考えだ。
 そのため、了は好きにすればいい。
 会って間もないが、了と話しているとは何となく馬が合うと思える。
 しかし、揉め事を持ってくることだけは勘弁願いたいところだ。

「おっと! 始まるみたいだ……」

 了と色々話している間に、いつの間にか入学式の開始時刻になったようだ。
 司会役も入ってきたのを見て、了は居住まいを正した。

「新入生代表挨拶! 柊綾愛あやめ!!」

「はい!」

 檀上付近に座っていたのは、どうやら主席入学による代表挨拶をするためだったようだ。
 名前を呼ばれた柊家の女子は、返事をして壇上へと上がっていった。
 そして、そのまま代表挨拶を始めた。

『それにしても、キレイになったもんだ……』

 壇上で新入生代表の挨拶の文章を読み上げる綾愛。
 その姿を眺めつつ、伸は心の中で呟いた。
 実は昔、伸は綾愛と会った事がある。
 その時から幼さが消えているが、面影は残っている。
 壇上の綾愛を見ていたら、昔のことを思いだして伸は懐かしく感じていた。

『……なかなか魔力も多いが、あの程度で主席か……』

 魔術師として有名な柊家。
 みんなから主席入学も当然と思われているし、綾愛本人もそう思っているかもしれない。
 しかし、伸の中では冷めた目で見ていた。
 誰にも気づかれないように壇上に立つ綾愛の魔力量を見てみると、はっきり言ってたいしたことがない。
 というより、魔闘組合に所属している人間もいることだろうが、ここの会場にいる全員が伸にとっては大差なく感じる。

『まぁ、俺がおかしいだけか……』

 本来、この会場にいる人間は、魔術師としてはかなり上のランクの者たちが集まっている。
 たいしたことなく見えるのは、伸自身が思ったことが正解だ。





 実力を隠しているが、実は伸は15歳にして大和皇国最強だ。
 しかし、そのことを知っている者は存在していない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜

みおな
ファンタジー
 私の名前は、瀬尾あかり。 37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。  そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。  今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。  それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。  そして、目覚めた時ー

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...