16 / 23
第16話
しおりを挟む
「交代!!」
「んっ?」
キックオフで試合が再開されてすぐ、サッカー部の選手交代が行われた。
「津田終~了!!」
交代したのは津田だった。
それを見た善之は、小さい声で呟きながら笑みを浮かべる。
善之たちの挑発に乗って、今回の試合をしなければならなくなったサッカー部。
その原因の張本人の津田に、責任を負わせるために出場しっぱなしにするつもりで顧問の猪原は思っていたのだろうが、善之たちの実力を見て津田では抑えきれないと判断したのかもしれない。
後半始まってからほとんど目立った動きをしていなかった(存在が消えていた)のだから、交代させられても仕方がないだろう。
コートから出る時に善之のことをチラッと睨んだが、そんなの全く意味を成さない。
むしろ、その悔しそうな表情を見て、善之は昔の恨みが少し晴らせて胸がスッとする思いがした。
「津田はいいとして、あの先輩ってたしかボランチの人だよな?」
「あぁ、守備が上手い人だよな……」
善之と海は、入って来た選手に心当たりがあった。
チラッとサッカー部の練習を見た時に、瀬田ともに印象に残った先輩の1人だ。
サッカーに置いてディフェンダーの前で攻守をつかさどる役割を担う、いわゆるボランチ(舵取り)でプレーするのが得意な選手だ。
この試合が始まった時、出場していないことが少しラッキーだと思っていたのだが、ここで出してくるとは、猪原も一応は県内で少しは名のある指導者と言った所だろうか。
「西尾先輩と瀬田をなるべく攻撃に専念させるためか?」
「厄介だな……」
名前は高田と言い、読みが鋭く、守備面での能力の高さが目についた選手。
それを考えると、海が言うように現在攻撃の中心になっている西尾と瀬田のコンビの援護としての役割を任されてのことだろう。
やりにくくなったことに、善之は眉をひそめる。
「優! 勝! こっからはお前ら2人に負担がかかると思うけど、頼むな……」
「……了解!!」「おうっ!!」
津田もまあまあ守備力はある方だが、高田に比べたらたいしたことは無い。
元々、後半は善之たちの方に得点チャンスが来ることは少ないと思っていたが、高田の登場で更に少なくなるかもしれない。
そうなると、サッカー部の攻撃を受けることが多くなるということになる。
守備の機会が増えるとなると、優介と勝也に頑張ってもらわないといけないことが多くなるだろう。
そのため、善之は2人に声をかけ、2人もそれを理解しているのかすぐに返事をした。
「……そろそろ、差が出る頃っすね」
「……そのなのか?」
後半が始まって5分ほどが経ち、現在5-3と2点差で善之たちが勝っている。
しかし、体育館の端で学年主任の山田と共に見ていた陸は、ここからの試合の流れが変わってくると予想していた。
ハーフタイムの時に言っていたように、交代要員がいないうえにタイムアウトが取れない善之たちは、後半は疲労で動きが鈍くなる。
それに反して、サッカー部の方は交代要員がいるので、スタミナ満点な選手を出すことができる。
その差が出てくるのがこれからだろうというのが、陸が試合を見ていての感覚だ。
「えぇ……、ほらっ!」
フットサルはそこまで詳しくない山田は、陸の解説に意外な思いを浮かべる。
そこまで不安に思うような点差でもないようだし、善之たちの方も互角に戦っているように思える。
しかし、そんな山田の考えとは違い、陸はサッカー部のプレーに反応した。
「くっ!!」
サッカー部のパス回しに対処してマークに付いた海だったが、西尾の一気に速度を上げたドリブルに反応が僅かに遅れる。
そのせいで、僅かにシュートコースが生まれ、西尾はそのままシュートへ持ち込む。
「ぐっ!!」
ゴールの枠内に飛んできた西尾のシュートだが、勝也の反応によって防ぐ事に成功する。
しかし、シュートの威力があったため、弾くことが精一杯。
勝也が弾いたボールはゴールラインを割って、サッカー部のコーナーキックへと変わった。
「確かに遅れ始めてる……」
そのプレーを見ていて、山田も陸が言っていることが分かってきた。
サッカーでもそうだが、フットサルでも僅かな反応の遅れでシュートに持って行かれる。
しかも、サッカーよりも距離が近いことから、シュートを打たれると得点される可能性が高いのだ。
ゴールが小さいから得点しにくいように思うかもしれないが、至近距離から高スピードで飛んできたボールに反応しようにも、人間の反応速度では対処できない場合がある。
ゴレイロの仕事は、シュートを打たれる前が勝負。
コースを消し、打たれても手足を少し動かせば止められるように敵のシュートを誘導するのが、良いゴレイロの動き方だ。
勝也はそういった意味ではかなり良いゴレイロだ。
さっきも、海が抜かれた瞬間、しっかりコースを消していた。
あれで針の穴を通すようなシュートを打たれていたら、もう打った本人を褒めるしかないというような位置取りをしていた。
「シュートまで持って行かれている……。もしかしたら、ズルズルいくかもしれないですね」
これまでもサッカー部の選手にシュートまで持って行かれているが、さっきのは完全に海の反応の遅れによるものだった。
勝也の好セーブで止められたが、それが何度も上手くいくとは限らない。
もしもサッカー部の選手たちがシュートコースに狙いを定めて打って来るようになったら、勝也の動きだけで止められるような攻撃ではなくなる。
そのため、この後の守備に対して陸は不安に思えてきた。
「シッ!!」
サッカー部のコーナーキックを防ぎ、手に入れたボールをパスで繋ぐ善之たち。
善之たちのパス回しはサッカー部よりも速いが、後半になって慣れて来たのか、サッカー部の連中はしっかりと反応している。
そのため、なかなかチャンスが生まれず、焦った竜一がマークを外しきれない状態で無理やりシュートを放った。
「すまん!!」
「ドンマイ!!」
案の定、竜一の放ったシュートはゴールから外れ、サッカー部のボールへと移行してしまった。
自分でも無理やり打ったことが分かっているからか、竜一は他のメンバーへ軽く手を上げて謝る。
焦ってしまう気持ちも分からなくないので、善之たちはすぐに許す。
そして、すぐに気持ちを切り替えて自陣に戻り、サッカー部の攻撃に対応する陣形になる。
「海っ!!」
「あっ!?」
またもパスを回して隙をうかがうサッカー部。
そのパス回しに、善之たちは汗を掻きつつ付いて行く。
しかし、そのパス回しに対し、一番疲労の色の濃い表情をしている海が遅れる。
パスを回して動き回る西尾の動きに付いていけなくなってきている。
それでもシュートまでは行かせないようにしていたのだが、西尾以外の選手への意識が低くなっていたのか、善之の言葉によってようやく気付いた。
「スクリーン!!」
その言葉を言ったのは、善之たちでもサッカー部員でもなく、試合を観戦していたバスケットボールの部員だった。
西尾とボールにばかり目が行っており、海が気付いた時には敵の高田が目の前にいた。
そのため、海は西尾を追うことができず、完全にフリーの状態でボールを受けさせてしまった。
西尾と高田の攻撃方法は、バスケットボールの部員が言ったようにスクリーンと呼ばれるプレーだ。
高田が西尾を追うことができないように海の進行方向を邪魔し、その間に西尾がフリーになるプレーのことだ。
バスケットでは良く行われるプレーのため、バスケ部員が反応するのも当然のことだろう。
「ハッ!!」
「くっ!!」
フリーになってパスを受けた西尾は、冷静にシュートコースを見つけてシュートを放つ。
勝也も懸命に反応するが、伸ばした手に当てることができず、西尾のシュートがゴール内へと飛んで行ってしまった。
「シャー!!」
ゴールを決めた西尾は、狙い通りのプレーで得点できたことで気分が高まったのか、手を上げてかなり力のこもったガッツポーズをした。
他のサッカー部員も、1点差に詰め寄る得点をした西尾と、そのプレーを援護した高田に近寄ってハイタッチを交わした。
「弟君の所からか……」
「海はまだ体力面で不安があるから……」
山田が呟いたように、さっきに続いてまた狙われたのは海の所からだ。
外から見ていても海の動きに疲労が感じられる。
疲労で反応できていない海のことを、兄である陸は悔しそうに呟いたのだった。
「んっ?」
キックオフで試合が再開されてすぐ、サッカー部の選手交代が行われた。
「津田終~了!!」
交代したのは津田だった。
それを見た善之は、小さい声で呟きながら笑みを浮かべる。
善之たちの挑発に乗って、今回の試合をしなければならなくなったサッカー部。
その原因の張本人の津田に、責任を負わせるために出場しっぱなしにするつもりで顧問の猪原は思っていたのだろうが、善之たちの実力を見て津田では抑えきれないと判断したのかもしれない。
後半始まってからほとんど目立った動きをしていなかった(存在が消えていた)のだから、交代させられても仕方がないだろう。
コートから出る時に善之のことをチラッと睨んだが、そんなの全く意味を成さない。
むしろ、その悔しそうな表情を見て、善之は昔の恨みが少し晴らせて胸がスッとする思いがした。
「津田はいいとして、あの先輩ってたしかボランチの人だよな?」
「あぁ、守備が上手い人だよな……」
善之と海は、入って来た選手に心当たりがあった。
チラッとサッカー部の練習を見た時に、瀬田ともに印象に残った先輩の1人だ。
サッカーに置いてディフェンダーの前で攻守をつかさどる役割を担う、いわゆるボランチ(舵取り)でプレーするのが得意な選手だ。
この試合が始まった時、出場していないことが少しラッキーだと思っていたのだが、ここで出してくるとは、猪原も一応は県内で少しは名のある指導者と言った所だろうか。
「西尾先輩と瀬田をなるべく攻撃に専念させるためか?」
「厄介だな……」
名前は高田と言い、読みが鋭く、守備面での能力の高さが目についた選手。
それを考えると、海が言うように現在攻撃の中心になっている西尾と瀬田のコンビの援護としての役割を任されてのことだろう。
やりにくくなったことに、善之は眉をひそめる。
「優! 勝! こっからはお前ら2人に負担がかかると思うけど、頼むな……」
「……了解!!」「おうっ!!」
津田もまあまあ守備力はある方だが、高田に比べたらたいしたことは無い。
元々、後半は善之たちの方に得点チャンスが来ることは少ないと思っていたが、高田の登場で更に少なくなるかもしれない。
そうなると、サッカー部の攻撃を受けることが多くなるということになる。
守備の機会が増えるとなると、優介と勝也に頑張ってもらわないといけないことが多くなるだろう。
そのため、善之は2人に声をかけ、2人もそれを理解しているのかすぐに返事をした。
「……そろそろ、差が出る頃っすね」
「……そのなのか?」
後半が始まって5分ほどが経ち、現在5-3と2点差で善之たちが勝っている。
しかし、体育館の端で学年主任の山田と共に見ていた陸は、ここからの試合の流れが変わってくると予想していた。
ハーフタイムの時に言っていたように、交代要員がいないうえにタイムアウトが取れない善之たちは、後半は疲労で動きが鈍くなる。
それに反して、サッカー部の方は交代要員がいるので、スタミナ満点な選手を出すことができる。
その差が出てくるのがこれからだろうというのが、陸が試合を見ていての感覚だ。
「えぇ……、ほらっ!」
フットサルはそこまで詳しくない山田は、陸の解説に意外な思いを浮かべる。
そこまで不安に思うような点差でもないようだし、善之たちの方も互角に戦っているように思える。
しかし、そんな山田の考えとは違い、陸はサッカー部のプレーに反応した。
「くっ!!」
サッカー部のパス回しに対処してマークに付いた海だったが、西尾の一気に速度を上げたドリブルに反応が僅かに遅れる。
そのせいで、僅かにシュートコースが生まれ、西尾はそのままシュートへ持ち込む。
「ぐっ!!」
ゴールの枠内に飛んできた西尾のシュートだが、勝也の反応によって防ぐ事に成功する。
しかし、シュートの威力があったため、弾くことが精一杯。
勝也が弾いたボールはゴールラインを割って、サッカー部のコーナーキックへと変わった。
「確かに遅れ始めてる……」
そのプレーを見ていて、山田も陸が言っていることが分かってきた。
サッカーでもそうだが、フットサルでも僅かな反応の遅れでシュートに持って行かれる。
しかも、サッカーよりも距離が近いことから、シュートを打たれると得点される可能性が高いのだ。
ゴールが小さいから得点しにくいように思うかもしれないが、至近距離から高スピードで飛んできたボールに反応しようにも、人間の反応速度では対処できない場合がある。
ゴレイロの仕事は、シュートを打たれる前が勝負。
コースを消し、打たれても手足を少し動かせば止められるように敵のシュートを誘導するのが、良いゴレイロの動き方だ。
勝也はそういった意味ではかなり良いゴレイロだ。
さっきも、海が抜かれた瞬間、しっかりコースを消していた。
あれで針の穴を通すようなシュートを打たれていたら、もう打った本人を褒めるしかないというような位置取りをしていた。
「シュートまで持って行かれている……。もしかしたら、ズルズルいくかもしれないですね」
これまでもサッカー部の選手にシュートまで持って行かれているが、さっきのは完全に海の反応の遅れによるものだった。
勝也の好セーブで止められたが、それが何度も上手くいくとは限らない。
もしもサッカー部の選手たちがシュートコースに狙いを定めて打って来るようになったら、勝也の動きだけで止められるような攻撃ではなくなる。
そのため、この後の守備に対して陸は不安に思えてきた。
「シッ!!」
サッカー部のコーナーキックを防ぎ、手に入れたボールをパスで繋ぐ善之たち。
善之たちのパス回しはサッカー部よりも速いが、後半になって慣れて来たのか、サッカー部の連中はしっかりと反応している。
そのため、なかなかチャンスが生まれず、焦った竜一がマークを外しきれない状態で無理やりシュートを放った。
「すまん!!」
「ドンマイ!!」
案の定、竜一の放ったシュートはゴールから外れ、サッカー部のボールへと移行してしまった。
自分でも無理やり打ったことが分かっているからか、竜一は他のメンバーへ軽く手を上げて謝る。
焦ってしまう気持ちも分からなくないので、善之たちはすぐに許す。
そして、すぐに気持ちを切り替えて自陣に戻り、サッカー部の攻撃に対応する陣形になる。
「海っ!!」
「あっ!?」
またもパスを回して隙をうかがうサッカー部。
そのパス回しに、善之たちは汗を掻きつつ付いて行く。
しかし、そのパス回しに対し、一番疲労の色の濃い表情をしている海が遅れる。
パスを回して動き回る西尾の動きに付いていけなくなってきている。
それでもシュートまでは行かせないようにしていたのだが、西尾以外の選手への意識が低くなっていたのか、善之の言葉によってようやく気付いた。
「スクリーン!!」
その言葉を言ったのは、善之たちでもサッカー部員でもなく、試合を観戦していたバスケットボールの部員だった。
西尾とボールにばかり目が行っており、海が気付いた時には敵の高田が目の前にいた。
そのため、海は西尾を追うことができず、完全にフリーの状態でボールを受けさせてしまった。
西尾と高田の攻撃方法は、バスケットボールの部員が言ったようにスクリーンと呼ばれるプレーだ。
高田が西尾を追うことができないように海の進行方向を邪魔し、その間に西尾がフリーになるプレーのことだ。
バスケットでは良く行われるプレーのため、バスケ部員が反応するのも当然のことだろう。
「ハッ!!」
「くっ!!」
フリーになってパスを受けた西尾は、冷静にシュートコースを見つけてシュートを放つ。
勝也も懸命に反応するが、伸ばした手に当てることができず、西尾のシュートがゴール内へと飛んで行ってしまった。
「シャー!!」
ゴールを決めた西尾は、狙い通りのプレーで得点できたことで気分が高まったのか、手を上げてかなり力のこもったガッツポーズをした。
他のサッカー部員も、1点差に詰め寄る得点をした西尾と、そのプレーを援護した高田に近寄ってハイタッチを交わした。
「弟君の所からか……」
「海はまだ体力面で不安があるから……」
山田が呟いたように、さっきに続いてまた狙われたのは海の所からだ。
外から見ていても海の動きに疲労が感じられる。
疲労で反応できていない海のことを、兄である陸は悔しそうに呟いたのだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
おてんば市仲町商店街 なかまちなかまプロレス
ちひろ
青春
みちのく三大名湯のひとつ、おてんば温泉で有名なおてんば市の中心部に位置する仲町商店街で、新たな闘いの炎が燃えあがった。その名も「なかまちなかまプロレス」。シャッター通りの片隅で、売れないブックカフェを営む女店主・千賀麻耶らが演じる女子プロレスごっこワールドを描いてみた。
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる