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第11章

第291話

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「そうか……人族たちは去っていったか?」

「はい!」

 怪我人の回復も一段落した所で、エべラルドがケイのもとへ報告に来てくれた。
 人族との戦いは、エナグア王国側の勝利に終わった。
 ドワーフから譲り受けた大量の大砲を相手に、彼らは成すすべなく逃げて行き、王都に被害は全くなく終わった事に、多くの民が喜びの声をあげていた。

「これで一先ず安心だな……」

「そうですね」

 城の前から散り散りに逃げた人族たちを始末するために奮闘したエべラルドが、人族たちが上陸した海岸へ着いた時には、大砲の砲弾も届かない場所まで人族の船は離れて行ってしまっていた。
 後々のことを考えると、全滅させてしまいたかったところだ。
 しかし、元々魔人たちはドワーフの武器の性能に完全に頼っていた状態。
 もしも、ケイの指導がなかったとしたら、成すすべなく籠城戦を行うしかなかっただろう。
 その場合、ドワーフたちも大砲の提供をここまですることは無かっただろう。
 負ける戦いに手を貸すのが嫌だから、ドワーフ王国の王太子であるセベリノがケイを送ったという面も垣間見える。
 ケイを送ったことによる成果が良かったから、大砲もあれだけ送る決心をしたのだろう。
 とりあえず自分の役割は果たせたと思うため、ケイは安心したように呟いた。
 
「所詮は魔人たちのことを舐めたことによる判断ミスだな」

 ほとんどの者が指揮官の顔を見ていない所を見ると、上陸してその場からたいして動いていなかったのだろう。
 たしかに、ここの大陸の魔物は危険なため、総指揮を取る者が危険な目に遭う訳にはいかない。
 だからと言って、海岸から動いていないということは、魔人たちがいまだにドワーフ製の武器に頼っていると思って舐めていたということだろう。
 攻め込んで来た人族たちは、魔法が飛んで来るとは思わず、大量の死人を出す結果になった。
 その時点で意識を変えていれば、もう少し慎重に行動していたはずだろう。
 何の方針転換もせずにそのまま突っ込んだから、おめおめ逃げ帰ることになったと言って良い。

「それもケイ殿による訓練の賜物です」

「魔人に向いた戦い方を教えただけだ。この結果は、訓練を頑張った魔人たち全員による勝利だよ」

 褒めてもらえるのは嬉しいが、ケイが言ったようにこの勝利は魔人たち自身によるところが大きい。
 ケイ自身、ここまで魔人たちが成長するとは思っておらず、更には2人も魔闘術を使える人間が生まれるなんて思いもしなかった。
 他の魔人たちも、この半年で魔法を使いこなせるようになっただけでも大したものだ。
 このままいけば、後は熱意と才能次第で他にも数人が魔闘術を使えるようになるはずだ。

「さてと、休憩もここまでにして回復役に徹しないと……」

「お疲れ様です」

 今回の戦いは、エナグア王国の者たちの大勝利に終わったが、中には人族の攻撃を受けて大怪我をした者や、命を落とした者も何人かいる。
 勝利を喜びたいところだが、ケイの中では怪我人は出ても死人は出さないのが最高の勝利の形だ。
 理想が高いというのは分かっているが、やはり亡くなった者の家族のことを考えると、表情が暗くなってしまう。
 もうケイの役割は終わっているのでいつでも帰って良いところだが、指導した身としては、せめて怪我人を治してから帰りたい。
 そのため、エべラルドの報告も終わった事から、休憩を終えたケイは残りの怪我人の治療に向かうことにした。





◆◆◆◆◆

「これで最後の治癒が終わりだな?」

「ありがとうございました!」

 ケイの治療が終わり、男性は頭を下げて治療室から退室する。
 人族のエヌーノ王国の襲撃から10日ほど経った頃、戦いで大怪我を負った者の全てが完治に向かい、ようやくケイの治療がいらなくなった。
 残りは、この国の回復師に任せてもいい頃だろう。
 この戦いで、大怪我を負った者は少なからずいたが、彼らは斬られた自分の手足を持ち帰ってきた。
 ケイなら再生魔法で治すということも出来るが、時間と労力を必要とする。
 再生するよりもくっ付ける方が断然速く治すことができるということから、斬り飛ばされても、出来ればちゃんと持って帰るように言っておいたのが良かったのかもしれない。
 
「お疲れ様です」

「バレリオか……」

 出て行った男性と入れ替わるようにバレリオが入って来た。
 一息つこうとしたケイへ、暖かいお茶を持ってきてくれたようだ。

「人族を追い払ったばかりだって言うのに、きつい訓練してるんだってな?」

 バレリオが持って来たコップを手に、ケイは世間話を始めた。
 今回の戦いで、エべラルドと共に魔闘術の使い手取った高い大怪我を負ったバレリオ。
 その傷をケイが治したのだが、怪我を負って翌日まで目が覚めなかったバレリオは、勝利の報告を受けてもあまり嬉しそうにしていなく、治ったばかりで貧血気味だというのに訓練を開始していた。
 それを聞いたケイは、もう数日の休息をさせるためにバレリオを強制的・・・に眠らせた。
 貧血が治ると、またも訓練を始めたと他の魔人兵から聞いていた。

「ケイ殿に教わったことしかしておりませんが?」

「あれは、短期間に無理やりみんなを鍛えたという所があるから、もう少し抑え気味にやらないと皆潰れるぞ」

「分かりました」

 ケイの問いに、バレリオは答える。
 とは言っても、教わったことをしているだけなので、きついという感覚ではないようだ。
 ドワーフのセベリノの依頼だったし、魔人たちのことを考えたらオーバーワーク気味の訓練をケイは課していた。
 あんなのをずっと続けたら、成長の前に体が持たなくなるかもしれない。
 そのため、ケイはバレリオに練習を抑えるように指示したのだった。

「……今回死にかけたことを気にしているのか?」

「…………、いえ……」

 ケイの指示に素直に返事をしたバレリオだが、どことなく表情が曇っているように思える。
 責任感の強い男だから、今回の戦いのことで自分ことを不甲斐ないと思っているのではないかと、ケイは読み取った。
 言葉では否定しているが、どうやら図星のようだ。

「俺からすると、2対1でもよく勝てたと言いたいところだ」

「……そうですか?」

 数の有利があったとはいっても、実力的には勝つのは難しかった。
 ケイが言うように、勝つには相当苦労すると考えていた。

「あぁ、魔闘術の練度に差がある相手にしたんだ。生きているだけラッキーだと思っていろよ」

「……分かりました!」

 そもそも、にわか仕込みの魔闘術で、魔闘術をきちんと習得している者に勝とうとするのも厳しい。
 一歩間違えればバレリオが命を落としていた可能性もあるが、今の状態を考えると結果オーライといったところだ。
 2人ともやられた場合のことを考えると、それほど気にする事でもない。
 ケイの慰めにも似た言葉に、バレリオも気持ちを切り替えたようで、納得したように頷いた。

「それでは……」

「あぁ……」

 少しの間これからのエナグアについて話をしていると、いつの間にか時間が経っていた。
 いつまでも話している訳にもいかないので、バレリオは治療室から王城へ戻ろうと立ち上がった。

「そうだ!」

「はい?」

 出て行こうとするバレリオの背中に、何かを思いだしたケイは声をかける。
 その声に反応したバレリオは、ドアノブに手をかけた状態でケイに体を向けた。

「エナグア王への謁見を取り付けてもらえるか?」

「……分かりました」

 その言葉に、バレリオは少し間をおいて了承した。
 ケイが王への謁見をするということの意味を理解しているため、少し残念に思ったのだろう。

「……お帰りになるのですね?」

「あぁ……」

 王への謁見。
 つまりは、ケイが自国へ帰るということを意味している。
 バレリオの問いに、ケイは柔らかな微笑みと共に頷きを返したのだった。

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