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第10章

第265話

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「お久しぶりです」

「おぉ、ケイ殿。お久しぶりでございます」

 魔族出現という揉め事が起きて1年。
 善貞を連れての日向旅行を終えたケイは、同竜城の城主となった八坂の下へと挨拶に向かった。
 大分経ったし、立場も変わった八坂に会えるか分からなかったが、結構すんなり城内へ招かれることになった。
 そして、目の前に座った八坂と挨拶を交わした。

「日向一周はどうでしたかな?」

「なかなか楽しませてもらいました」

 この西地区をはじめに、南・東・北・中央の地区を回ってきた。
 小さな揉め事があったりはしたが、西地区のような大きな事件が年に何度も起こる訳もなく、かねり順調に色々な場所を見ることができた。
 そのため、八坂の問いに対し、ケイは素直な感想を述べた。

「それは良かった。善貞も随分凛々しい顔立ちになったな」

「ありがとうございます!」

 この1年、ケイの旅に付き合っていた善貞からしたら、とても有意義とは言い難いハードな旅になった。
 平気で魔物の群れと戦わされた時は、本気で死ぬ思いをした。
 それも修行だとかケイは言っていたが、生き延びた後に本気で斬りかかりたくなるほど腹が立った。
 他にも色々あり、戻って来た頃には顔立ちも少し変わったような気がする。
 田舎出身丸出しの感じから、一端の剣士といった感じに変化したようだ。

「剣術に関しては一通り教えたつもりです。八坂殿の役に立つと思います」

「……ということは?」

 今日八坂に会いに来た目的の一つは、善貞のことを伝えるために来たと言うのがある。
 日向の一周をしている間に、ケイはどこかで善貞が出世を見込める所がないか探してはみた。

「はい。私は先祖代々のこの西地区で八坂様のお役に立てるよう精進したいと思っております」

 結局、善貞自身は西地区のどこかで八坂の役に立てれば何でもいいということだったので、八坂に任せることにした。
 西地区だと、善貞が織牙家の人間だとバレる気がしていたが、生まれ住んでいた村でもそのことを知っている人間は少ないので、それは大丈夫だろうということになった。
 バレたとしても、今の善貞なら他の地へ逃げることも出来るだろう。
 だから、ケイは善貞の考えに任せることにしたのだ。

「そうか……しかし、悪いが私は何もしてやることはできないぞ?」

「構いません。生まれ育った村で周囲の魔物を狩って過ごそうと思います」

 西地区のトップにたった今なら、織牙の家の再興までは無理でも何かしらの役職を与えるくらいはできるだろう。
 しかし、それもそうはいかなくなった。
 綱泉佐志峰や上重のこれまでの領地経営はかなりひどく、八坂が継いだこの領地の財政は大赤字の状態だった。
 八坂が冷遇された時も付いてきてくれた部下たちを、何とか全員受け入れるだけで一杯一杯だ。
 無理やりにでも善貞に役職を与えるということができる状況ではない。
 それは善貞も他の領地で話される噂によって分かっている。
 なので、村に戻って周辺の魔物を狩ることで八坂の役に立つことにしたのだった。
 西地区の山を隔てた西側の治安維持。
 それが織牙家が与えられていた役職だが、それを役職無しでこれからやっていこうということにしたのだ。

「私は良い部下を持ったようだな……」

「そのようですね」

 昔の事件は、八坂家の指示もあっての出来事だった。
 それによって滅んだ織牙家。
 その生き残りの子孫である善貞は、役職も与えられない八坂家に仕えてくれるということだ。
 八坂は感謝の気持ちが胸にきた。
 そんな八坂から思わずこぼれた呟きに、ケイは同意の言葉を告げたのだった。 






「では、私はこれで……」

「ケイ殿はこれからどちらへ?」

 不安だった善貞の行き先が決まり、ケイは八坂の前から立ち去ろうかと思った。
 そのケイに、八坂は今後の行方を尋ねた。

「そうですね……そろそろ国に帰ろうかと」

「そうですか……」

 もうだいぶアンヘル島に帰っていない。
 形見の刀とはいえ、美花との日向を楽しめた。
 吹っ切れたとは言わないし、言うつもりもないが、美花の死を乗り越えられた気がする。
 そうなると、息子たちや島民のことが心配になってきた。
 勝手に家出しておいて何を言うかと思われるだろうが、そろそろ帰りたくなってきた。
 それを告げると、八坂はなんとなく表情が曇った。

「どうしました?」

 八坂の表情は、自分がいなくなるのが惜しいということなのかとも思ったが、なんとなく違うように感じる。
 そのため、ケイは何かあるのか尋ねた。

「ケイ殿には関係ないとは思いますが、仕入れたばかりで確証のない話がありまして……」

「はい?」

 八坂は大陸に近い西地区の領主だからか、結構多くの情報を仕入れている。
 エルフなんて種族のことも知っていたくらいだ。
 その八坂が言うのだから、何かアンヘル島に関係あるのかと思ったが、どうも違うようだ。

「人族のある国が魔人族の領へと攻め込むという話があります」

「魔人……」

 それを人族の国々は認めていないが、魔人とは言っても所詮は肌の色が違うだけの人族でしかない。
 アンヘル島にも一人魔人がいるが、他のみんなと仲良く過ごしているはずだ。
 そのことを前に少し話したが、八坂はそれを覚えていたのだろう。
 もしかしたら、ケイが魔人のことに関わるのではないかと考えていたのかもしれない。

「関わるのを避けることをお勧めします」

「ありがとうございます。心にとどめておきます」

 魔人のことは気になるが、アンヘル島からは遠く離れた地のことだ。
 関わるつもりなんて、けいには毛頭もない。
 なので、情報だけ受け取っておくことにした。






「じゃあな、元気でやれよ善貞」

「あぁ、ケイもな」

 同竜城を出て少し離れた所で、ケイと善貞は分かれることにした。
 旅行中にケイが転移の魔法が使えるのを善貞、善貞は目にしている。
 そのため、ケイがここから転移して行くのだと分かり、別れの挨拶を返した。

【じゃあな!】「ワンッ!」

「キュウとクウも元気でな!」

 キュウとクウも旅を一緒にした善貞へ別れを告げる。
 それにたいして、善貞は2匹の頭を撫でて言葉を告げる。

「いつか、島に連れてってくれよ」

「……そうだな。お前が出世したら連れてってやるよ」

 善貞の処遇として、最終手段として島へ連れて行くというのがあった。
 しかし、それも必要なくなり、宙に浮いた状態になった。
 同じ織牙家の子孫たち。
 興味があるのは当然だ。
 ケイとしても、連れて行くのはやぶさかではない。
 しかし、とりあえず善貞には足下をはしっかり固めてもらいたい。

「いつになるか分かんねよ」

 出世したらとなると、家名をもらえる程度という意味になる。
 それが織牙なのか、他のものになるかは分からないが、ケイとしてはそれを目標にしてもらうつもりだ。
 だが、善貞は今の状況から家名を得るなんて、いつのことになるか分からない。
 むしろ、このまま平民のまま終わりかねない難しい話だ。

「大丈夫だと思うが、まぁ、がんばれよ」

「あぁ……」

 修行を付けたケイからしたら、今の善貞は日向内でもかなりのものになったと密かに思っている。
 そのうち、周辺町や村で認められることは間違いない。
 なので、出世なんてそう遠くない未来だと思っている。
 しかし、未来なんて誰も分からない。
 その時を楽しみにしつつ、ケイはキュウとクウを連れて転移の扉を出現させ、その場から去っていった。

「…………行っちまったか」

 あっという間に居なくなってしまったケイを思い、善貞は少し感傷に浸る。
 1年だけだが、ケイにはかなり世話になった。
 織牙の生き残りは自分だけではないということが分かり、何だか気が楽になった。
 織牙の名はいまだに悪く言われてはいるが、それも気にならなくなった。

「よしっ!」

 いつまでも懐かしがっている訳にもいかない。
 ケイにいわれたように、まずは家名を得られるように頑張るしかない。
 そう思った善貞は、気合の言葉と共に生まれ育った官林村へと戻って行ったのだった。

 その後、日向西の領地には1つの一族が有名になる。
 その一族は、武において八坂家の右腕と呼ばれる。
 藤倉家。
 魔物退治によって武名をあげ、その魔物の素材を大陸の商人に高く売ることによって、西地区の経済を赤字から回復させたという功績により、その家名を授かることになった。
 その藤倉家初代当主の名は、善貞という名だそうだ。

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