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第10章

第257話

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「そろそろです!」

「えぇ!」

 ケイの言葉に、西厚は頷く。
 南門の前で大量蛇を使い接近を拒む綱泉佐志峰に対し、戦闘方法の見本を見せた大陸からきた冒険者たち。
 それに倣って、魔力を自身の体へ二重に張ることで蛇への対処法を行なうことにした日向の兵たち。
 その冒険者たちも、いつまでも戦えるわけではない。
 最初は押していたように思えても桁違いの魔物の数に、疲労の色が見え始めてきた。
 そろそろ後退しないと、魔力が尽きて蛇の餌食になってしまう。
 しかし、それが合図に魔力を練っていた兵たちが攻めかかることをケイや西厚は分かっている。
 他の隊の魔力の練り方から、そうするということを予想していたし、その攻撃にこちらも合わせて攻めかかることを報告していたからだ。

「今だ! かかれ!!」

「「「「「おぉっ!!」」」」」

 冒険者たちが役割を果たし、魔力切れ前に後方へと下がる。
 それを合図にし、魔力を二重に張った兵たちが蛇へ向けて突進し始めた。
 西厚の隊も、それに合わせるように突撃を開始した。

「……チッ! そう来たか……」

 最初の時とは違い、兵たちの二重魔力によって蛇の牙は届かない。
 それだけで自由に剣を振ることができるようになった日向の兵たちは、水を得た魚のように蛇たちを屠って行った。
 それを見て、佐志峰から余裕の態度が消え、忌々し気な表情へと変わっていった。
 日向兵たちの勢いはすさまじく、佐志峰の守りとなっていた蛇たちがどんどんと減っていっているためだ。
 この勢いのままでは蛇の群れを突破してくるかもしれない。

「よし! このままいけば佐志峰へ届くはずだ!」

 有利な状況を確信して、西厚は表情を和らげる。
 彼らの兵もその一助を成しており、佐志峰に届くのもそう長い時間はかからないかもしれない。

「安心するのはまだ早いですよ」

「ケイ殿。それはどういう……?」

 後から加わったために、西厚は佐志峰のことを見誤っているきらいがある。
 それも仕方がないことだ。
 しかし、ケイが探知で感じたのは、バカ大名と聞いていた佐志峰が刀で日向の兵を斬り伏せた所だった。
 どう考えてもまともなレベルの戦闘力ではなく、聞いていたイメージとはかけ離れていた。
 きっと何か裏があるに違いないと感じていた。

「綱泉佐志峰!! 覚悟!!」

 ケイたちが思っていた以上に速く、その時は来た。
 蛇の群れをかき分けて、上手いこと佐志峰へと辿り着いた者が現れたのだ。
 駆け寄る速度はそのままに刀を構え、その兵は声を発しながら佐志峰へと迫り振りかぶった。

「ふん!!」

「がっ!!」

 その兵の刀が振り下ろされるよりも速く、佐志峰の居合斬りが放たれた。
 まるで眼中にないとでも言うように鼻を鳴らして抜いた佐志峰の刀によって、斬りかかった兵は腹を掻っ捌かれて崩れ落ちた。

「「「「「っ!?」」」」」

 佐志峰の剣を初めて目にした者たちは、その剣筋に目を見開く。
 初めてでない者も、その光景に眉をしかめた。
 一度見たとは言っても、この戦いに参戦する際に伝え聞かされた佐志峰の噂からは、あれほどの剣技を身に着けていることが信じられないのだ。
 初めて見た者たちは、尚のことそれが信じられない。
 毎日のように訓練を重ねてきた自分たちよりも、怠けていた佐志峰の方が上にいるように思える程の技量だからだ。
 将軍家からも、佐志峰の剣の腕は才なしと判断されていた。
 その報告が嘘だったのか、それとも、もしかしたら佐志峰が実力を隠していたということなのだろうか。
 どちらにしても、一対一で戦うのは危険な相手に違いない。

「あれほどの剣技があるなんて信じられん」

 西厚も佐志峰の剣技に驚きを隠せない。
 数回だが佐志峰へ謁見した事がある西厚には、酒に酔っていて一度として素面の状態を見たことがない。
 そのだらしなさからいっても、とても剣の才があったようには思えない。
 側近の上重も、いつも困ったような表情をしていたのが印象的だった。
 それがあれほどの強さとなると、恐ろしくすら思えてくる。

「二重にした魔力も両断するなんて、とんでもないな……」

 ケイもその嫌疑に驚いている。
 先程の兵は、ケイが探知で見た兵とは違い、二重の魔力を纏った状態で佐志峰へと斬りかかったのだ。
 それを前回と変わらないように斬り裂いたとなると、とんでもない実力だ。
 魔闘術は抜刀する時だけにしか発動していなかった。
 その瞬間に必要な魔力を必要なだけ使って、防御力が高まった状態の兵の腹を斬り裂いたということなのだからだ。
 魔力のコントロールが、日向の兵よりもかなり上手なのだろう。

「あれは、まともじゃないですね。まさか…………?」

「んっ? 何か気が付きましたかな?」

 佐志峰の実力を説明しようとしたケイだったが、ある言葉が頭に浮かんだ時、ある可能性に気が付いた。
 急に言葉を詰まらせたケイに、西厚は何かあったのかと疑問に思った。

『もしかして、あそこにいる佐志峰は……。でも、そう考えたら説明が付く……』

 顎に指を当てて思案するケイの中で、一つの仮説が浮かんで来る。
 それを脳内で検証していると、むしろそう考える方が正しいように思えてきた。

「西厚殿!! あなたの部下たちだけでも下げた方が良い!!」

 ケイが考え出した答えが正しいとすると、このまま兵たちを佐志峰へ近付けるのは危険だ。
 いや、そこまで来ると、蛇を減らされて近付かせるのも、佐志峰の策なのではないかとすら思えてきた。
 ともかく、兵を佐志峰に近付かせるのは良くない。
 西厚に兵を退かせるように、ケイは慌てるように進言した。

「な、何故!?」

「説明は後でします! 佐志峰に近付くのは危険です!」

 ケイの慌てように、西厚は面食らったように戸惑う。
 かなり押せ押せの状況で兵を退かせるなんて、何の意味があるのか分からない。
 別に自分は功に執着がある方ではないが、手に入れられるなら欲しいというのは西厚でなくても当然のことだ。
 しかし、この戦いのだけの短い付き合いではあるが、ケイの指示は全てが正確だった。
 それを考えると、疑問に思ってもそれを聞いた方が良いかもしれない。

「わ、分かった。引け! 我が隊の兵は魔物を斬り終えたら後退せよ!!」

「「「「「りょ、了解!!」」」」」

 半信半疑ながらも、ケイのいうことを聞くことにした西厚は、戸惑いながらも兵に後退をするように指示を出した。
 戸惑うのはその指示を出された兵たちも同じで、もうすぐ佐志峰へ届きそうなのにもかかわらず後退しなければいけないことを、渋々受け入れるように返事をした。

「んっ?」

「むっ?」

 西厚の兵たちが戻り始めたのを見たケイは、他の兵に斬りかかられている佐志峰へ目を向けていた。
 それは西厚も同じで、二人は佐志峰の異変に気が付いたのだった。

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