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第10章
第224話
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「八坂時兼と申す。よしなに……」
「大陸からきたケイです。こちらこそよろしくお願いします」
比佐丸たちの案内で奧電の町から美稲の町へと移ったケイたちは、そのまま領主邸にしてはやや小ぶりな邸へと案内された。
そこには、話で聞いていた八坂家の当主がいて、ケイたちに挨拶をしたいと言って来てくれた。
異国の平民に対して、随分丁寧な対応をしてくれる人だなという印象だ。
会ってみると、その醸し出す空気は、剣術部隊の坂岡源次郎よりも上な気がする。
大名家の側近だったと言うから、もっと頭脳派なイメージを持っていたが、武人と言った方が正しいのではないかと思えてしまう。
しっかりとした骨格で、日向の人間にしては堀が深め、髭も生やしていて、なんとなく熊を連想させるような御仁だった。
時兼の挨拶に対し、ケイは頭を下げて挨拶をした。
正確にはエルフの国から来たのだが、直接言うのはためらわれたので、言い方は変えた。
大陸の方から来たのはたしかなのだから、嘘ではない。
「従魔のキュウとクウ。それと日向の案内役に雇った浪人の太助です」
“ピョン!”「ワフッ!」
「どうも……」
ケイの少し後ろにいるキュウたちを紹介すると、キュウはその場を弾み、クウは軽く吠え、太助こと善貞は小声で挨拶をする。
「今回は迷惑をかけて申し訳ない」
「いえ、他国の問題に関わるのは私も本心ではないので……」
時貞の謝罪の言葉に、ケイは本心で答える。
砕けた言い方をすれば、面倒には関わりたくない。
しかし、この争いには関係ないでは済みそうにない気がする。
「猪の群れを単独で倒すような人間を、奴らが抱え込んだと聞いた時は肝を冷やしたが、関わらないと言っていただけるのはのであれば、こちらとしてはありがたい」
時兼の横に座る比佐丸は、ここまでケイを連れて来れたことに安堵しているようだ。
たしかに、急に敵方へ強力な戦力がついたとなると、慌てる気持ちも分からなくない。
そのため、早々に接触を計って来たのだろう。
「本音としてはこちらにご助力願いたいのですが……」
「ご助力頂いても、こちらは差し出せる何かがある訳でもないもので……」
松風と永越も同じく笑顔で話す。
こちら側の人間ならそう思うのも当然だろう。
どちらかというと、追い込まれているのはこちら側。
ケイが助力したとして、勝ってもタダ働き、負けたら最悪処刑されるかもしれない。
そんな中、助力しますとは言いずらい。
「しかし、今奴らは慌てているでしょうな? ケイ殿が連れ去られてしまったとなっては……」
そう言って、比佐丸はわざといやらしい笑いをする。
現在の立場に追いやられたことへのうっぷんが溜まっていたからなのか、ざまあという思いが隠せないのだろう。
「褒美を与えるとか言っていたようだが、ケチな上重が異国の平民に出すとは思えない」
松風も比佐丸の言葉に乗り、上重の悪口を言い出した。
思わず言ったと言う所なのだろう。
異国の平民と、取りようによっては若干ケイを下に見るような発言に聞こえる。
「おいっ!」
「っと、し、失礼失礼しました」
ケイの機嫌を悪くしかねない発言に、永越が松風のことを戒める。
すぐに自分の発言が失言だったと理解した松風は、ケイに対して深く頭を下げる。
「構いませんよ。彼らが我々を利用しようとしているのは気付いていましたから……」
キュウの能力で会話を盗み聞きしたので、源次郎たちがケイたちをこの騒動に巻き込もうとしていたのは分かっていた。
だが、彼らは少し油断していたのかもしれない。
ケイたちが、あっさりと八坂の者たちに連れていかれるとは思ってもいなかったようだ。
正確にはケイたちも全く抵抗しなかったのもあるのだが。
「そもそも、我々がこうなったのは織牙家の者が姫を連れ去ったからだ!」
「「…………」」
比佐丸の言葉を、ケイと善貞は黙って聞く。
「しかも、今さら生き残りがいたなんてありえないだろ?」
「奴らが言うように、織牙の生き残りは本当に要るのか?」
「匿っているとかいう奴か?」
時兼以外の者たちは、剣術部隊の者たちと同様に、織牙家のことを憎んでいるようだ。
織牙家の息子が、大名家の姫と駆け落ちなんて、どう考えてもただで済むはずない。
織牙家は取り潰し、部下の不始末を受け、八坂家も大名家から突き放される形になった。
上重の方は八坂が大名家に疎まれたことは良いことだが、婚約者に逃げられて恥をかかされた将軍家に、睨まれることになったのは最悪としか言いようがない。
どちらの陣営も、全ては織牙家のせいだと思うのも仕方がない。
「でもいたらどうする?」
「こっちにとってもあっちにとっても迷惑だろ?」
「………………」
比佐丸たちの会話に、善貞の表情が曇っていく。
俯いたままでいるが、ケイはどんな顔をしているのか雰囲気で分かる。
「やめよ! もう織牙家のことは何も言うな……」
「八坂様……」
これまで黙っていた時兼がヒートアップする比佐丸たちの会話を止める。
比佐丸たちは、客人の前で軽口を利いたことを咎められたと思っているらしいが、その言葉には、部下たちのように織牙家を非難するような感情は感じ取れない。
「………………」
善貞もケイと同じように感じたのか、意外そうな表情をして時兼をチラッと見た。
「そろそろ我々はお暇しようと思います。宿も探さないと……」
「いや、わざわざ宿に泊まらずとも……」
どちらにも与さない。
それをはっきり言っておけば、八坂の方は面倒をかけてくることはないだろう。
それに、ケイは日向の他の地域にも行くつもりのため、早々に距離を置いた方が良いだろう。
なので、宿探しをするために、ケイたちはこの邸から出て行こうとする。
「いや、ここに泊まって頂いていたら、奴らと同じくケイ殿たちを巻き込みかねない。ケイ殿たちを宿屋へお送りしろ」
「なるほど! 了解しました」
時兼は源次郎のようにするつもりがなく、本当にケイを巻き込みたくないようだ。
そのため、松風に宿屋の案内までしてくれた。
「我々は少しの間ここの町にいるので、御用の際は宿の店主に伝言をしてください」
「分かりました。では……」
ここから離れるにしても、どこへ向かうべきなのかなど情報を集めたい。
善貞の旅道具も用意するのを合わせると、2、3日ほどで出ていくつもりだ。
それまでに用事があれば、話くらいは聞くつもりだ。
そのため、松風に連絡方法を簡単に説明して、ケイたちは宿屋へと入って行ったのだった。
その日の夜のこと、
「…………どこ行くんだ?」
「っ!? あぁ、ちょっと厠へ……」
夜中に部屋から出た善貞が、忍び足で宿の裏庭から出て行こ言うとしていた。
それをケイが背後から止めると、善貞は声を出さずに驚いて、ゆっくりと背後へ振り返ったのだった。
そして、明らかに嘘としか思えない言い訳で誤魔化そうとしてきた。
「身を隠す必要なんてないぞ………………織牙善貞君!」
「っ!?」
ケイのその言葉に、振り返った善貞は目を見開く。
そして、ケイの方を見て固まったのだった。
「大陸からきたケイです。こちらこそよろしくお願いします」
比佐丸たちの案内で奧電の町から美稲の町へと移ったケイたちは、そのまま領主邸にしてはやや小ぶりな邸へと案内された。
そこには、話で聞いていた八坂家の当主がいて、ケイたちに挨拶をしたいと言って来てくれた。
異国の平民に対して、随分丁寧な対応をしてくれる人だなという印象だ。
会ってみると、その醸し出す空気は、剣術部隊の坂岡源次郎よりも上な気がする。
大名家の側近だったと言うから、もっと頭脳派なイメージを持っていたが、武人と言った方が正しいのではないかと思えてしまう。
しっかりとした骨格で、日向の人間にしては堀が深め、髭も生やしていて、なんとなく熊を連想させるような御仁だった。
時兼の挨拶に対し、ケイは頭を下げて挨拶をした。
正確にはエルフの国から来たのだが、直接言うのはためらわれたので、言い方は変えた。
大陸の方から来たのはたしかなのだから、嘘ではない。
「従魔のキュウとクウ。それと日向の案内役に雇った浪人の太助です」
“ピョン!”「ワフッ!」
「どうも……」
ケイの少し後ろにいるキュウたちを紹介すると、キュウはその場を弾み、クウは軽く吠え、太助こと善貞は小声で挨拶をする。
「今回は迷惑をかけて申し訳ない」
「いえ、他国の問題に関わるのは私も本心ではないので……」
時貞の謝罪の言葉に、ケイは本心で答える。
砕けた言い方をすれば、面倒には関わりたくない。
しかし、この争いには関係ないでは済みそうにない気がする。
「猪の群れを単独で倒すような人間を、奴らが抱え込んだと聞いた時は肝を冷やしたが、関わらないと言っていただけるのはのであれば、こちらとしてはありがたい」
時兼の横に座る比佐丸は、ここまでケイを連れて来れたことに安堵しているようだ。
たしかに、急に敵方へ強力な戦力がついたとなると、慌てる気持ちも分からなくない。
そのため、早々に接触を計って来たのだろう。
「本音としてはこちらにご助力願いたいのですが……」
「ご助力頂いても、こちらは差し出せる何かがある訳でもないもので……」
松風と永越も同じく笑顔で話す。
こちら側の人間ならそう思うのも当然だろう。
どちらかというと、追い込まれているのはこちら側。
ケイが助力したとして、勝ってもタダ働き、負けたら最悪処刑されるかもしれない。
そんな中、助力しますとは言いずらい。
「しかし、今奴らは慌てているでしょうな? ケイ殿が連れ去られてしまったとなっては……」
そう言って、比佐丸はわざといやらしい笑いをする。
現在の立場に追いやられたことへのうっぷんが溜まっていたからなのか、ざまあという思いが隠せないのだろう。
「褒美を与えるとか言っていたようだが、ケチな上重が異国の平民に出すとは思えない」
松風も比佐丸の言葉に乗り、上重の悪口を言い出した。
思わず言ったと言う所なのだろう。
異国の平民と、取りようによっては若干ケイを下に見るような発言に聞こえる。
「おいっ!」
「っと、し、失礼失礼しました」
ケイの機嫌を悪くしかねない発言に、永越が松風のことを戒める。
すぐに自分の発言が失言だったと理解した松風は、ケイに対して深く頭を下げる。
「構いませんよ。彼らが我々を利用しようとしているのは気付いていましたから……」
キュウの能力で会話を盗み聞きしたので、源次郎たちがケイたちをこの騒動に巻き込もうとしていたのは分かっていた。
だが、彼らは少し油断していたのかもしれない。
ケイたちが、あっさりと八坂の者たちに連れていかれるとは思ってもいなかったようだ。
正確にはケイたちも全く抵抗しなかったのもあるのだが。
「そもそも、我々がこうなったのは織牙家の者が姫を連れ去ったからだ!」
「「…………」」
比佐丸の言葉を、ケイと善貞は黙って聞く。
「しかも、今さら生き残りがいたなんてありえないだろ?」
「奴らが言うように、織牙の生き残りは本当に要るのか?」
「匿っているとかいう奴か?」
時兼以外の者たちは、剣術部隊の者たちと同様に、織牙家のことを憎んでいるようだ。
織牙家の息子が、大名家の姫と駆け落ちなんて、どう考えてもただで済むはずない。
織牙家は取り潰し、部下の不始末を受け、八坂家も大名家から突き放される形になった。
上重の方は八坂が大名家に疎まれたことは良いことだが、婚約者に逃げられて恥をかかされた将軍家に、睨まれることになったのは最悪としか言いようがない。
どちらの陣営も、全ては織牙家のせいだと思うのも仕方がない。
「でもいたらどうする?」
「こっちにとってもあっちにとっても迷惑だろ?」
「………………」
比佐丸たちの会話に、善貞の表情が曇っていく。
俯いたままでいるが、ケイはどんな顔をしているのか雰囲気で分かる。
「やめよ! もう織牙家のことは何も言うな……」
「八坂様……」
これまで黙っていた時兼がヒートアップする比佐丸たちの会話を止める。
比佐丸たちは、客人の前で軽口を利いたことを咎められたと思っているらしいが、その言葉には、部下たちのように織牙家を非難するような感情は感じ取れない。
「………………」
善貞もケイと同じように感じたのか、意外そうな表情をして時兼をチラッと見た。
「そろそろ我々はお暇しようと思います。宿も探さないと……」
「いや、わざわざ宿に泊まらずとも……」
どちらにも与さない。
それをはっきり言っておけば、八坂の方は面倒をかけてくることはないだろう。
それに、ケイは日向の他の地域にも行くつもりのため、早々に距離を置いた方が良いだろう。
なので、宿探しをするために、ケイたちはこの邸から出て行こうとする。
「いや、ここに泊まって頂いていたら、奴らと同じくケイ殿たちを巻き込みかねない。ケイ殿たちを宿屋へお送りしろ」
「なるほど! 了解しました」
時兼は源次郎のようにするつもりがなく、本当にケイを巻き込みたくないようだ。
そのため、松風に宿屋の案内までしてくれた。
「我々は少しの間ここの町にいるので、御用の際は宿の店主に伝言をしてください」
「分かりました。では……」
ここから離れるにしても、どこへ向かうべきなのかなど情報を集めたい。
善貞の旅道具も用意するのを合わせると、2、3日ほどで出ていくつもりだ。
それまでに用事があれば、話くらいは聞くつもりだ。
そのため、松風に連絡方法を簡単に説明して、ケイたちは宿屋へと入って行ったのだった。
その日の夜のこと、
「…………どこ行くんだ?」
「っ!? あぁ、ちょっと厠へ……」
夜中に部屋から出た善貞が、忍び足で宿の裏庭から出て行こ言うとしていた。
それをケイが背後から止めると、善貞は声を出さずに驚いて、ゆっくりと背後へ振り返ったのだった。
そして、明らかに嘘としか思えない言い訳で誤魔化そうとしてきた。
「身を隠す必要なんてないぞ………………織牙善貞君!」
「っ!?」
ケイのその言葉に、振り返った善貞は目を見開く。
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