上 下
223 / 375
第10章

第223話

しおりを挟む
「ぐふっ! 食った食った!」

 見張り役の貴晴に案内された鰻屋を出て、ケイは腹をさする。
 転生してから50年以上経ち、ようやく本物のうな重を食べた気がする。
 ケイも似たような物を作ったが、タレの深みのような物がやっぱり違った。

「鰻は秋から冬が旬です。ですから丁度いい時期に来ましたね」

 貴晴の説明に、ケイは納得する。
 タレはもちろん美味かったが、脂の乗った鰻があってこそだ。
 この世界では、前世のように平賀源内が作ったキャッチコピーがないからか、旬でもない夏にこぞって食べられることがないらしい。
 金額は安くもないが、高くもないといった感じで、前世を知るケイからするとありがたいところだ。
 ケイが次はどこへ行こうかと言おうとした時、

「泥棒!」

「何っ?」

 少し離れた所から急に叫ぶ声が聞こえて来た。
 声がした方を見ると、おばちゃんが逃げて行く男のことを指さして叫んでいた。

「お侍さん何してるんだい!? 追わないか!」

「チッ! ケイ殿! そこを動かないでくださいね!」

 そのおばちゃんに加勢するように、ケイたちの側にいたおばちゃんが貴晴へ向けて話しかける。
 剣術部隊は基本魔物の相手をするものなのだが、市民を守る仕事でもある。
 羽織っている服で剣術部隊の人間だと分かるが、市民からしたら町奉行同様警察のような扱いになっているのかもしれない。
 泥棒を見つけて何もしないのは、市民の心証が悪くなる。
 仕方がないので、貴晴はケイに動かないように言ってその場から離れて行った。

「…………いなくなりましたよ?」

「気付いておいででしたか……」

「っ!?」

 貴晴が遠く離れて行ったところで、ケイは小さく呟く。
 善貞がそれを訝しんでいると、背後から声がかけられてきた。
 ケイの先程の言葉からするに、尾行されていたらしい。
 それに気付いた善貞は、驚きが隠せなかった。

「……ついて来ていただけますか?」

「こいつらも一緒でいいなら……」

 彼らが何を思っているのかは分からないが、素性は少し予想が付く。
 そうでなくても、この程度の尾行しかできないならケイの相手にはならない。
 そのため、ついて行くのは構わないが、ここにはキュウとクウ、そして善貞も一緒にいる。
 なので、ケイは彼らの同行も求めた。

「…………どうぞ、こちらへ」

 ケイに言われて、なるほどと言った感じでキュウたちを見る男。
 そして、すぐに道案内を開始し始めた。






「それで? 俺に用事というのは何ですか?」

 着いたのはある料亭。
 その一室に案内されたケイは、その部屋にいる3人に向かって問いかけた。
 3人とも刀を横に置き、座布団の上で正座をしている。
 ケイも一応それに倣って正座をする。

「まずは、この度は不躾なお誘いをして申し訳ありませんでした」

「いえ、お気になさらず」

 ケイたちを案内した男は、丁寧に挨拶してきた。
 そのため、ケイも軽く頭を下げる。

「我々は八坂家家臣の者で、私は比佐丸ひさまる|。この2人は松風まつかぜ永越ながえつ|と申します」

「……どうも」

 ケイたちの正面に座るのが案内をしてきた比佐丸。
 その左右に座るのが松風と永越という者らしく、2人は比佐丸に紹介されるとケイに頭を下げた。
 それに対し、またもケイは頭を下げる。
 3人ともちょっとボサボサな髪をしており、無精ひげを生やしている。
 そのせいか粗野な印象を受けるが、礼儀正しい人たちのようだ。
 いきなり上から目線だった、剣術部隊の義尚とはえらい違いだ。

「あなた方のことは僅かながら聞き及んでおります。数千の猪を退治したとの話だとか?」

「ええ、まぁ……」

 それを知っている人間はそれ程多くないはず。
 剣術部隊の人間と源次郎が報告していれば、あとは大名家の人間くらいではないだろうか。
 その情報を知っているということは、八坂家の情報網はなかなかといったところだ。

「単刀直入に申し上げる! しばらくの間この町から離れてもらえないだろうか?」

「……どういった理由で?」

 比佐丸が言ったように、本当に単刀直入だ。
 ゆえに理由が分からない。

「説明させていただきます」

 ケイが説明を求めるのを待っていたように、比佐丸は話し始める。

「現在、八坂家にはある疑いがかけられております」

「疑い?」

「それを説明する前に、この西地方を治めている大名家は、一度潰れかけました。理由はその時の領主である貞満公の姫にあります」

「貞満様の一人娘である姫に将軍家から婿を取り、太いつながりを作るはずだったのですが、ある武家の男と駆け落ちをしてしまいました」

「……あっ、そう……」

 その話を聞いて、ケイは何だか変な汗が流れる。
 どこかで聞いたことがあるような話だったからだ。

「それによって将軍家から睨まれまして、大名家は将軍家から言われるがまま養子受け入れざるを得なくなりました。そして、あてがわれたかったのが現当主の信親のぶちかとなります」

「その信親が、いわゆる将軍家の落ちこぼれと言われる男でして……、しかし、問題は信親ではなく、その筆頭家老の上重うえしげにあります」

「前領主の貞満様の側近だった八坂家の人間を陥れ、完全に実権を握っている状況です」

 関係図が描かれた紙をケイたちの前に広げ、比佐丸・松風・永越が順番に説明してくる。
 分かりやすいが、ケイの頭には美花のことがちょっとチラついている。

「八坂家は遡れば将軍家の血を引く一族です。そのため、本来は現当主の時兼様が引き継ぐべきだ」

「最初のかけられた疑いですか?」

「その通りです」

 姫がいなくなり、将軍家とのわだかまりをなくそうと八坂と上重はぞれぞれ動いていたのだが、なかなかうまくいかなかった。
 特に八坂家は、その姫を連れ去った織牙家の上役。
 下っ端の部下だったからと言って関係ないでは済まされない。
 それを負い目を使い、上重は八坂から筆頭家老の地位を奪い取った。
 そして、前当主の貞満が亡くなる1年前。
 将軍家とのつながりを得るとの名目で、信親を養子に入れることを進言した。
 信親は将軍家の落ちこぼれと言われ、酒と女にだらしがなかった。
 そんな信親を首都から西の端へと遠ざけられる提案に、将軍家は乗っかり、どうにか将軍家との関係が改善された。
 しかし、そんな人間を連れて来なくても、八坂家が西地区の当主になり、領地を発展させることで将軍家の怒りを鎮めるという手もあった。
 時間がかかるが、問題児を連れて来るよりかはマシに思えた。
 市民からもそう言った声が多かったのだが、そこで上重が動いた。

「姫を奪ったその武家は取り潰し、一族郎党処刑になりました。しかし、その織牙家には生き残りが1人いたらしいのです。その生き残りを八坂家が匿っているという話が広がっています」

“ピクッ!”

 比佐丸の言葉に、黙って聞いていた善貞が僅かに反応する。
 しかし、それに気付いた者はいない。

「織牙家の生き残りがいるということすら噂でしかないのに、その生き残りを匿っているなどと言う事はありません。その嫌疑をもとに、上重は八坂家を潰そうというつもりなのだと思います」

「なるほど……」

 薄いとは言っても将軍家の血を引く八坂家。
 そんなのにいつまでもいられたら、折角将軍家から馬鹿を引き抜いてきた意味がなくなる。
 さっさと八坂家を潰し、馬鹿を傀儡にして上重家を発展させるのが狙いなのだろう。

「我々は戦ってでも断固抵抗します!」

 比佐丸は拳を強く握って、熱く語る。

「……戦ってでも?」

「はい!」

 源次郎の坂岡家はその上重家の傘下。
 軍部を握られているのはかなり痛く、戦うにしても勝ち目が薄いところだ。
 彼らはそのうえで戦う気なようだ。

「ところで、この町を離れるのはいいですが、どこへ行けば良いのですか?」

「おぉ、ありがたい。ここから南へ行くと美稲という小さな町があります。そちらは八坂家の所領地、あなた方を迎える用意はちゃんとさせますので安心して下され」

 比佐丸たちの提案に乗るのは、八坂家の当主がどのような男なのかということが、単純に興味があったからだ。
 1日もあれば着くというその美稲という町に、ケイたちは早々に向かうことになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

処理中です...