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第9章

第199話

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「エスペラスか……」

【エスペラス?】

「ZZZ……」

 宿屋の部屋で椅子に座り、キュウとクウを撫でてのんびりしていたケイだが、アウレリオから聞いた話を思いだしていた。
 彼の妻の病気に関してはよく分からないが、治せる可能性のある実の名前は分かっている。
 しかも、ケイが知っている植物の実だ。
 その植物のことを思うと、呟きと共に思わずため息が漏れる。
 ケイに撫でられて気持ちよさそうにしていたキュウも、その呟きに反応する。
 クウの方は気持ち良さで眠ってしまったようだ。


「そう。エスペラスだ」

【あまりおいしくないやつだ!】

 ケイといつも一緒にいるキュウも、島の植物は良く知っている。
 特にケイが食べられると言った物は、たいてい口にしていた。

「……小さい頃よく食べてたけど、不味かったのか?」

【うん!】

 最近では食べなくなったが、確かに子供の頃キュウはちょくちょくエスペラスの実を食べていたような気がする。
 てっきり味が気に入っているのかと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

「じゃあ、何で食ってたんだ?」

【おなかいっぱいになりたかったから!】

 キュウは魔物の餌とまで呼ばれるほど弱小のケセランパサランのため、食べられる物を知っておくことは生き延びるためには重要なことで、味は2の次、3の次といったところだ。
 ケイが釣った魚をよく食べていたが、それだけでは物足りない時に摘まんでいたそうだ。

「……そうか。悪かったな……」

【きにしないで】

 その頃は、キュウは念話なんて出来なかったので、意志の疎通がうまくいっていなかったようだ。
 まさか、空腹を満たすために食べていたとは思わなかった。
 そんな思いをさせていたとは思わなかったので、なんとなく申し訳なく思ったケイはキュウに謝る。
 謝られたキュウはというと、なんてことないように軽い口調で返す。

「そのエスペラスが、この大陸にはあまり生えていないらしい……」

【しまだったらいっぱいはえてるのにね?】

「そうなんだよな……」

 アウレリオの妻がかかっているドロレス病。
 その治療に最も有効な治療薬と思われるエスペラスの実。
 人族が住む大陸ではなかなか自生していないらしく、手に入れることが困難になっているそうだ。
 キュウの言うように、アンヘル島ならばそこかしこに生えているようなものだ。

「探すか……」

【さがす?】

 本当は、島に戻って取ってくるのが手っ取り早いが、家出中とも言うべき状態のケイはなんとなく戻りづらい。
 見つからないと言っても、多少の情報ぐらいあるはず。
 その情報があれば、ケイなら見つけてくることも出来るかもしれない。

「近くにあるならの話だがな」

【キュウもさがす!】

 自分の妻が苦しむのを見ているのが辛いということは、ケイも身をもって知っている。
 アウレリオのためにそんなことをしてあげなければならないほど、別に仲が良くなったっ訳ではない。
 しかし、何故だかその苦しむ奥さんのことを助けてやりたいと思う。

「…………そうか」

【ん? なに?】

「いや……、何でもない」

 それが本当に何故だか分からず、ケイはその理由を考える。
 すると、その理由に気付いた。

「要は自分のためなのか……」

 理由が分かったケイは、1人で納得した。
 アウレリオの奥さんを助けたい理由。
 それは、美花を救えなかった自分が関係してくる。
 妻の美花を救える事が出来ず、自分の無力さを痛感たケイ。
 アウレリオの奥さんを救うことで、自分は美花の命を救った気になりたいのかもしれない。
 だから、結局アウレリオのために動こうとしているのではないだろうか。

「ハハ……」

【?】

「ZZZ……」

 それが分かると、何だか自分が小さい男のように思えてくる。
 そのため、ケイは自嘲気味に小さく笑った。
 主人のその笑いの意味が分からずキュウは首を傾げ、クウはずっと眠ったままだった。





◆◆◆◆◆

「あそこの山らしいな……」

【エスペラスあるかな?】「ワンッ!」

 翌日、エスペラスを探しに行くことに決めたケイは、アウレリオとの手合わせを午前中に済ませると、村の住人からエスペラスの情報を得て、その実の採取に行くことにした。
 貴重だと言うので全く期待していなかったのだが、このキョエルタの村から南の方角にある山のどこかに自生しているという噂レベルの話が出てきた。
 はっきり言って、普通の冒険者なら行くのに速くて2日はかかる工程を、ケイたちは1時間でたどり着いた。
 明日もアウレリオと会う約束をしているので、今日中にキョエルタの村に戻らなければならない。
 なので、エスペラスを見つけるにしても、あまり多くの時間を費やすわけにはいかない。

「クウ! 今回はお前の鼻が頼りだ!」

【がんばれ!】

「ワンッ!」

 ケイとキュウからの期待の言葉に、クウは任せろと言うように返事をする。
 クウもアンヘル島に住んでいたので、エスペラスのことは知っている。
 その実のこともだ。
 エスペラスの樹や実には匂いがない。
 しかし、柴犬そっくりの魔物のクウなら鼻が利くはず。
 人では感じないエスペラスの樹や実の匂いを感じ取れるかもしれない。
 そのため、ケイはクウに捜索をさせることにしたのだ。
 周囲に人がいないので、猫のマスクも外している。
 邪魔な物がないので、鼻も万全だろう。

「…………結局、見つからなかったか」

「……ク~ン」

【ゲンキだせ!】

 ケイの呟きが聞こえ、クウはシュンとしている。
 そのクウを、キュウが慰めている。
 日が暮れて村に戻ってきた一行は、いつもの宿屋の部屋へ戻った。
 ケイが呟いた通り、クウの鼻を使っての捜索は空振りに終わった。

「本当に貴重なのか、それともあそこに存在しないのか……」

 クウの鼻が悪いわけではない。
 そのことが分かっているので、ケイもクウの頭を撫でて慰めてあげる。
 どうやら、今日探した周囲には存在していなかったのだろう。
 最悪は、あの山に存在していないという可能性もあるが、それを考えたら虚しいので考えない。

「明日も探しに行こう」

【うん!】「ワンッ!」

 今日は村人からの情報収集という時間がかかったために短い捜索しかできなかったが、明日はそれがない分短縮できる。
 今日以上に捜索範囲を広げれば、もしかしたら見つけられえるかもしれない。
 明日に期待し、ケイたちは眠りについたのだった。

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