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第8章

第168話

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「「どっちですか?」」

 ヴァーリャ王国の格闘技であるティラーの勝負をおこなっていたケイと、この国の王であるハイメ。
 膝から上を先に地に着けた方が負けの戦いで、ほぼ同時に2人とも倒れ込んだ。
 戦っていた本人たちは、どちらが勝ったかは分からない。
 そのため、2人は審判であるリカルドに向かって同じ言葉を声を合わせるように問いかけた。

「…………同着!」

 審判をしていたリカルドの目には、2人の体が同時に着いたようにしか見えなかった。
 ギリギリまではケイの勝ちに見えたのだが、最後の最後にハイメの行動によって完全に勝敗は分からなくなった。

「引き分け!」

 同時に土に接触したようにしか思えない。
 なので、リカルドが下した判定は引き分けだった。
 この世界には、映像を録画すると言ったような技術はまだない。
 そのため、VTRによる判定という訳にはいかない。
 そうなると審判の判断となるため、引き分けが決定した。

「同着……か……」

「引き……分け?」

 両者とも、もしかしたら自分が勝ったのではという思いがあったため、その判定に納得と残念な気持ちが混ざったような感情になった。
 ケイとしては、ハイメが自分に対してまだ油断をしている時に勝っておきたかった。
 この格闘技に関しては、プロとアマに近いくらいに差があるはずだ。
 そのため、もう一度やれば、ハイメはもう油断なんかしないだろう。

「もう一勝負と行こうか?」

「えっ?」

 やはり、このまま終わりとはいかないようだ。
 好戦的な人間が多い獣人。
 このまま引き分けで終わる訳がない。
 しかし、もうケイの技が通用するか分からない。

「あっ……ケイ、左腕……」

「んっ?」

 次やったら高確率で負けるイメージなので、再戦を受けようか悩むケイだが、答えを出す前に美花に声をかけられた。
 何のことかと思って、ケイが言われた通り自分の左腕を見てみると、何だかブラブラしていた。

「あれっ? イタタタ……」

 何でこんなことになっているのか分からず、ちょっとブラブラする左腕を動かしてみる。
 すると、少しずつ痛みが出てきた。
 気付かなかったのは、さっきまではアドレナリンが出ていたからかもしれない。

「肩が外れた! ……んがっ!」

 どうやら肩が外れたらしい。
 ケイは痛いのを我慢して、自分で肩をはめ込む。
 ハマっても痛みが続くので、回復魔法をかけて治していった。
 恐らく、地面に着いた時に肩から落ちたのが良くなかったかもしれない。
 原因はそれしか考えられない。

「…………やはり、今日はここでやめておこう」

 怪我をしたケイを見て、ハイメは再戦の提案を取り下げてきた。
 ケイたちは、今ドワーフ王国へ向かっている最中。
 いくら怪我をして行くのが遅れたと言っても、ドワーフ王の機嫌を損ねる可能性がある。
 釣り大会に参加した1日は、移動時の休憩を少な目にしたことで取り戻しはできた。
 しかし、ここからは時間を取り戻すようなことはできそうにない。
 無駄な怪我をさせて、ケイの印象を悪くさせてしまうことになっては申し訳ない。
 そんな思いからのことなのかもしれない。

「う~む……怪我をして日程が遅れるようなことになったら困るからな」

 ハイメの考えと同じことを思ったリカルドも、ケイにこれ以上の戦いをさせることに気が引けた。
 ケイならば、今のように回復魔法を使ってすぐに治せるとは思うが、念のため止めることにした。
 ただ、その2人とも決着がついていないことに、何だかモヤッとした思いが残っているのかもしれない。
 表情を読み取るとそう見えるからだ。

「……何なら、帰りにでもまたやったら?」

 そこに美花が入って来た。
 転移魔法が使えるケイなら、帰りは転移してカンタルボスへひとっ飛びすればいい。
 しかし、転移魔法を使えることは、あまり多くの人間に知られない方が良いとリカルドに忠告されていた。
 そのため、帰りもヴァーリャへ寄ってから帰ることになる。
 その時になら、多少怪我をしても問題がない。
 なので、その時に再戦するなら、どちらも遠慮なく戦えるので良いのではないだろうかと提案してきたのだ。

「「なるほど……」」

 美花の提案に、リカルドとハイメは納得の声をあげた。
 それなら何の問題もない。

「そうしましょう!」

 ハイメとしたら、決着がつけられるなら何の文句もない。
 なので、その提案に乗ることにしたのだった。





「では、またのお越しをお持ちしている」

「ありがとうございました」

 城で1泊した翌日、ケイたちはハイメの見送りを受けて、ドワーフ王国へ向けて出発をすることにした。
 ケイが口を挟むことなくいたら、いつの間にか再戦をすることに決まっていた。
 負けても別に死ぬわけでもないのだが、ケイだってただ負けるのは嫌だ。
 なので、またここに来るときまでに、何かしらの策を考えておく必要ができた。
 なんとなく気が重いが仕方ない。

「では、また……」

「また、お会いしましょう」

 リカルドと美花もハイメに頭を下げて挨拶をした後、馬にまたがり走り始め、そのまま北北西へと向かって行ったのだった。

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