上 下
89 / 375
第5章

第89話

しおりを挟む
「……知らない天井だ」

「何言ってんの?」

 ベッドの上で目を覚ましたケイは、お決まりのセリフを呟いた。
 その横でイスに座って看病していた美花は、目を覚ました旦那が急に発した言葉にツッコミを入れた。
 美花のその目は、ケイの頭を心配している目だ。

「……あぁ、倒れたんだっけ?」

 自分がこうしてベッドで横になっているのは、怪我をしているからだというのは、体中の痛みで分かる。
 しかし、その怪我をどうしてしたのかが、記憶がいまいちハッキリしない。

「……そうだ。戦ったんだっけ……」

「そうよ」

 王都に着いてからのことをゆっくり思い出していたら、リカルドと戦って怪我をしたことを思いだした。
 結果的に引き分けに終わって、気が抜けた倒れたのだった。
 それからどれだけ目を覚まさなかったのか美花に聞くと、ほぼ1日経っていた。

“コン! コン!”

「はいっ! どうぞ!」

 扉をノックされ、美花は返事と共に扉を開けて客人を招き入れた。

「目を覚ましたかケイ殿! ガッハッハ……」

 入って来たのは、ケイと戦ったリカルドだった。
 元気そうなケイの顔を見ると、安心したのか元気に笑い出した。

「リカルド殿……ぐっ!」

「あぁ、起きなくて大丈夫。そのままで結構です」

 わざわざ確認にきてくれるとはありがたい。
 寝たままでは悪いので、ケイは起き上がろうとするが、体の痛みでなかなか起き上がれない。
 その様子に、リカルドは言葉と手で制止の合図する。
 この状態にした張本人だから、当然と言えば当然かもしれないが、れっきとした国王なのだから他にも仕事があるだろうに、大丈夫なのだろうか。

「いやー、参りました。随分痛め付けられました」

「それはこちらのセリフですよ」

 美花に出された椅子に座り、横になったままのケイに話しかけた。
 言葉とは裏腹に、今のリカルドは戦った時ケイが負わせた怪我はどこにも残っていない。
 どうやら回復薬で治したらしい。
 獣人は魔力が少ない種族がほとんど。
 魔法で回復させるようなことができないため、薬師という職業が発展してきた。
 色々な病気や怪我、毒に対しての回復薬の製造にも長けているが、骨折を治すような薬はまだ存在していない。
 なので、リカルドの怪我は治っているが、ケイの折れた腕と肋骨は治っていないらしい。

「結果は引き分けだけど、今の状態をみればケイの負けが一目瞭然ね?」

「ぐぅ……」

「……美花どのは手厳しいですな」

 あまりにもっともな美花の意見に、ケイは何の文句も言えなかった。
 気を失って、ベッドに横になっているケイと、普通に国王としての仕事をしているリカルド。
 お互い降参したとは言っても、その後の状態は全く真逆。
 ケイ自身も、立場が違えば美花と同じことを言っていただろう。
 その一言でケイを打ちのめした美花に、さすがのリカルドも引いていた。

「帰るのが遅くなって申し訳ないですが、肋骨の痛みがなくなるまでは一応休んでいて下され」

 この国の医者によってケイの骨折の治療はしてある。
 とは言っても、骨が付くまではこのまま固定して安静にしてもらうのが前提だ。
 ケイはもうこの国にとって要人なのだから、きっちり治して帰ってもらいたい。

「あぁ、それならちょっと待っててください。イタタタ……」

「……?」

 リカルドとの会話を一旦区切ったケイは、美花に手伝ってもらい上半身を起こす。
 痛みで少し顔を歪ませるが、何とか座禅を組んだ状態になる。
 別にこの状態でなくてもいいのだが、この状態が一番やりやすいのでちょっと我慢だ。
 何をするのか分からないため、リカルドはただ黙って見ている。

「……………………」

 座禅を組んだケイは、無言になり瞑想をし始めた。
 すると……

「おぉっ!!」

 ゆっくりとケイを包むように魔力が膨らんでいき、まるで光に覆われているような状態へと変化していった。
 とても幻想的な光景に、初めて見たリカルドは感嘆の声をあげた。
 少しの間その状況が続くと、少しずつ光の加減が弱まっていき、座禅を組んだ状態のケイに戻っていった。
 そして、瞑っていた目を開くと、折れていた右手を曲げたり伸ばしたりし、体を右左へ捻ってみたりした。

「もう大丈夫です。治りました」

 さっきの光景は、自分で自分の怪我を治す回復魔法を行なったのだ。
 エルフのケイは魔力量が多い。
 なので、回復魔法も使える。
 程度に差はあるが、他人を治すのは比較的早く覚えられた。
 しかし、痛みで集中が途切れたりすることがあるので、自己治癒を使いこなせるようになるのは結構時間がかかった。
 その時、集中しやすい方法として、座禅を組むという方法を試してみた。
 すると、ピタッとハマったというか、上手く回復できるようになったのだ。

「……すごいですな。骨折をすぐに治せるなんて……」

 先ほども言ったように、この国では薬師により大体の怪我や病気などは治せるが、骨折した腕を即座に治せるようなことはできない。
 獣人の場合、骨折は、ちゃんと処置をすれば、高い自己治癒力から大した時間がかからず治る。
 人族の三分の二程度の時間といったところだろうか。
 なので、薬師たちは骨折をすぐに治せるような回復薬の製造を研究しているが、あまり熱心とは言えないかもしれない。
 あっという間に治したケイに、リカルドは驚きと羨ましい感情で呟いた。

「……やはり、もう少し我が国も骨折の治療薬の研究を進めさせるべきか……」

「……リカルド殿?」

 ベッドから降りて、もう何ともないように立つケイを見ていると、早急な対策をした方が良いのではと考え込み始めた。
 自分の世界に入ってしまったようにブツブツ言い出したリカルドに、ケイが呼びかけるが、返事は少しの間戻ってこなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

虐げられ続け、名前さえ無い少女は王太子に拾われる

黒ハット
ファンタジー
 【完結しました】以前の小説をリメイクして新しい小説として投稿しています。  名前も付けられずに公爵家の屋敷の埃の被った図書室の中で育った元聖国の王女は虐待で傷だらけで魔物の居る森に捨てられ、王太子に拾われて宰相の養女となり、王国の聖女と呼ばれ、波乱万丈の人生をおくるが王太子妃になり幸せになる。

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん
ファンタジー
「俺にしろよ。俺ならアンタに……特大の幸せと金持ちの老後をやるからよ…!」 私――いや俺は、こうして辺境のド田舎貧乏代官の息子サイラスになった。 性別を偽り、代官の息子となった少女。『魔の森』の秘密を胸に周囲の目を欺き、王国の搾取、戦争、さまざまな危機を知恵と機転で乗り越えながら、辺境のウィリス村を一国へとのしあげてゆくが……え?ここはゲームの世界で自分はラスボス?突然降りかかる破滅フラグ。運命にも逆境にもめげず、ペンが剣より強い国をつくることはできるのか?! 武闘派ヒーロー、巨乳ライバル令嬢、愉快なキノコ、スペック高すぎる村人他、ぶっ飛びヒロイン(※悪役)やお馬鹿な王子様など定番キャラも登場! ◇毎日一話ずつ更新します! ◇ヒーロー登場は、第27話(少年期編)からです。 ◇登場する詩篇は、すべて作者の翻訳・解釈によるものです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

処理中です...