上 下
78 / 375
第5章

第78話

しおりを挟む
「美花は大丈夫か?」

「まぁ、なんとか……」

 カンタルボス王国へ向かうことになる船旅を余儀なくされたケイは、現在妻の美花と共に船の上にいる。
 出発してしばらくして、2人は船の甲板に出てすぐの所でジッと動かず立っていた。
 顔色は悪くなく、船に酔ったとかそういうことでもない。
 単純に、昔のことを思い出してしまうので表情が暗いだけだ。

「ケイ殿、美花殿、こちらにおいででしたか」

 ただ外を眺めているケイと美花の所に、ファウストが寄って来た。
 2人を探していたらしく、見つけて安心した表情をしている。

「いかがですか? 船旅は……」

 ファウストには2人が船の転覆に遭っていることは伝えてある。
 島を出発して船内を案内され、2人で一部屋使わせてもらうことになった。
 その部屋からしばらく動かないでいたため、ファウストには少し心配された。
 そんな2人がいつの間にか部屋を出て甲板にいたので、慣れてきたのかと安心していた。

「ここなら大丈夫ですが、やはり船旅は嫌なことを思いだして気分が滅入ります」

「それは何とも……」

 あれだけ強いにもかかわらず、海上では静かにしているケイに、ファウストは内心おかしかったが、その原因を知っているので、何と答えていいのか困った。

【しゅじん! ふねおおきいよ!】

「っと!」

 2人がジッとしている中、ケイの従魔であるケセランパサランのキュウが元気に飛び込んで来た。
 主人であるケイたちとは違い、生まれて初めて島の外に出たキュウは、好奇心からはしゃいでいる。
 今も船の中を見て回ってきたらしく、嬉しそうにケイに念話で話しかけてきた。

「まだ出発して間もないが、早く島に帰りたい」

「……そうね」

 元気なキュウとは違い、2人は全然テンションが上がらない。
 それどころか、嫌な思い出が何度も頭にチラつき、もう後悔し始めていたのだった。





◆◆◆◆◆

「じゃあみんな、あとのことはよろしく頼む」

「ちょっとの間行って来るね」

 島のみんなに見送られ、ケイと美花が挨拶をする。
 行って帰ってくるだけで2週間ほどの道程。

「気を付けてね。父さん、母さん」

 みんなを代表して、ケイたちの息子のレイナルドが挨拶する。
 2人だけでなく、ここの島の人間はみんな海難事故で流れ着いた身。
 戦闘力は強いのに海が苦手な面々ばかりだ。
 逆に、この島で生まれた子供たちはそんなことは経験していないため、ケイたちの船旅を羨ましそうにしている。
 ただ、この船旅には少々問題がある。
 ケイと美花が船旅が苦手。
 というのは小さい物で、一番の問題はこの島の安全だ。

「みんな、人族が来たら分かってるな?」

「「「「「はい」」」」」

 火山の噴火によってカンタルボス王国と関係を持つことになったが、たまたま獣人族側が先だっただけで、人族側からも来る可能性がある。
 これが一番の問題だ。
 金になることが分かっているので、恐らくエルフの姿を見たら、問答無用で襲い掛かってくる可能性が高い。
 2週間近くだが、島の中でも上位の戦闘力を持つケイと美花がいない。
 そういった場合のことを考え、みんなで色々と話し合いを持った。

「女性と子供たちは早々に洞窟内へ、男性陣はカンタルボス兵の戦況次第で戦ってくれ」

「「「「「はい」」」」」

 ファウストと共にやって来たカンタルボス兵の半分近くは、この島に残ることになっている。
 以前の話し合いで、ケイがファウストに手配してもらった。
 王国の客人を招くために作られた大きな邸もそのためだ。
 人族側の船が見えた場合、カンタルボス王国の国旗を掲げ、ここは獣人族側の領地だと知らせ、船を引きかえさせる。
 それでも島に乗り込んできたら、彼らに話し合いを任せ、それでも戦闘になった場合は一緒になって戦うという手はずになっている。

「レイ! もしもの時はお前がなんとかしろよ」

「うん!」

 ケイの孫たちは、血が薄まりエルフの血を受け継いでいるとは悟られないかもしれないが、レイナルドとカルロスは耳でハーフエルフだと気付かれる可能性が高い。
 なので、最初はルイスとイバンの獣人コンビと魔人族のシリアコに王国側の話し合いに加わってもらうが、戦闘になったらこの2人が前面に出る予定だ。
 ケイ程ではないが、レイナルドとカルロスはとんでもない魔力量になっている。
 レイナルドに至っては、美花と同等なレベルの戦闘力を身に着けている。
 ケイたちがいない間は、レイナルドに島のみんなの安全を守ってもらうしかない。

「場合によっては、命に代えても……」

 人族側がどれほどの数で来るか分からなく、カンタルボス兵も20人近くしかいない。
 多数で来て勝ち目がない時、レイナルドは自爆をしてでも守るつもりだ。

「それはギリギリまで選択するなよ……」

 息子の決意に誇らしくもあるが、ケイは、というよりアンヘルは、それで父と叔父を失った。
 父たちと違い、ケイは息子たちにくだらないエルフの掟を教えなかった。
 そのため強くはなったが、数には勝てない時もある。
 エルフの血を引く息子には、勝てなければ大人しく捕まってでも生き延びろとも言えない。
 人族側に捕まれば、生きるのも嫌になるくらいの地獄が待ち受けているはずだからだ。
 そんな地獄を味わうくらいなら、身を挺して死んだ方が良いかもしれない。
 ただ、それでもやっぱり大切な息子だから、最後まで抗ってほしいというジレンマが、ケイの言葉に詰まっていた。

【ごしゅじん! キュウにまかせる!】

「「「「コクッ!」」」」

 ケイがレイナルドと話し合っている横で、ケセランパサランたちも別れの挨拶をしていた。
 アル、カル、サル、タルの4匹は、面倒を見ていられないので連れて行くことはできない。
 本当はキュウもおいて行こうと思ったのだが、念のため美花のボディーガードとして連れていくことにした。
 海上で海の魔物と戦うことになった時、トラウマのあるケイと美花は動けないかもしれない。
 その時のためだ。

「「行ってきます!」」

 最後に2人は気合いを入れるように強く言い、沖に停泊している帆船にいくまでの小舟ですら緊張した様子で乗り込んでいったのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

余命半年のはずが?異世界生活始めます

ゆぃ♫
ファンタジー
静波杏花、本日病院で健康診断の結果を聞きに行き半年の余命と判明… 不運が重なり、途方に暮れていると… 確認はしていますが、拙い文章で誤字脱字もありますが読んでいただけると嬉しいです。

兎人ちゃんと異世界スローライフを送りたいだけなんだが

アイリスラーメン
ファンタジー
黒髪黒瞳の青年は人間不信が原因で仕事を退職。ヒキニート生活が半年以上続いたある日のこと、自宅で寝ていたはずの青年が目を覚ますと、異世界の森に転移していた。 右も左もわからない青年を助けたのは、垂れたウサ耳が愛くるしい白銀色の髪をした兎人族の美少女。 青年と兎人族の美少女は、すぐに意気投合し共同生活を始めることとなる。その後、青年の突飛な発想から無人販売所を経営することに。 そんな二人に夢ができる。それは『三食昼寝付きのスローライフ』を送ることだ。 青年と兎人ちゃんたちは苦難を乗り越えて、夢の『三食昼寝付きのスローライフ』を実現するために日々奮闘するのである。 三百六十五日目に大戦争が待ち受けていることも知らずに。 【登場人物紹介】 マサキ:本作の主人公。人間不信な性格。 ネージュ:白銀の髪と垂れたウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。恥ずかしがり屋。 クレール:薄桃色の髪と左右非対称なウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。人見知り。 ダール:オレンジ色の髪と短いウサ耳が特徴的な兎人族の美少女。お腹が空くと動けない。 デール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ドール:双子の兎人族の幼女。ダールの妹。しっかり者。 ルナ:イングリッシュロップイヤー。大きなウサ耳で空を飛ぶ。実は幻獣と呼ばれる存在。 ビエルネス:子ウサギサイズの妖精族の美少女。マサキのことが大好きな変態妖精。 ブランシュ:外伝主人公。白髪が特徴的な兎人族の女性。世界を守るために戦う。 【お知らせ】 ◆2021/12/09:第10回ネット小説大賞の読者ピックアップに掲載。 ◆2022/05/12:第10回ネット小説大賞の一次選考通過。 ◆2022/08/02:ガトラジで作品が紹介されました。 ◆2022/08/10:第2回一二三書房WEB小説大賞の一次選考通過。 ◆2023/04/15:ノベルアッププラス総合ランキング年間1位獲得。 ◆2023/11/23:アルファポリスHOTランキング5位獲得。 ◆自費出版しました。メルカリとヤフオクで販売してます。 ※アイリスラーメンの作品です。小説の内容、テキスト、画像等の無断転載・無断使用を固く禁じます。

処理中です...