上 下
38 / 375
第3章

第38話

しおりを挟む
「……………………」

 西の島の腕鶏が姿を見せる地域。
 樹の陰に座り、1人の少年が銃を構えている。
 髪と目は黒く、年齢は5歳くらい。
 そのすぐ後には、若い青年がその様子を見守っている。

『今だ!』

“パンッ!!”

 少年が発射した弾は離れた所を歩く腕鶏に当たり、1撃で仕留めることに成功した。 

「やった!」

「あっ! おいっ!」

 腕鶏を仕留めた少年は、喜び勇んで横たわる腕鶏に向かって走り出した。
 青年が止めるような言葉を発するが、少年の耳には届かず、少年はそのまま走っていってしまった。

パパ・・! 鳥つかまえたよ!」

 よっぽど嬉しかったのか、少年は仕留めた鶏の首を持ち上げると、ブンブンと振り回し始めた。
 弾が頭に当たり、血がダラダラ流れる鶏を少年が嬉しそうに振り回す姿はちょっとシュールだ。
 少年の呼び方からして、青年はどうやら少年の父親らしい。

「よくやったぞ! レイ」

 まだ色々注意したいことがあるが、息子の天使のようにめちゃくちゃいい笑顔を見せられると、そんなことは忘れて優しく頭を撫でてしまうしかない。

「ちょっと! 何褒めてるのよ!」

「げっ!」

「あっ! ママ・・!」

 注意をするべきことをせず、顔を緩めて息子の頭を撫でる姿を見た女性が、2人の側に現れた。
 レイと呼ばれた少年の母親のようだ。
 言葉通り、お怒りのようだ。

「レイ!」

「……はい」

 母の言葉と態度に、どうやら何か良くないことをしたと思ったのか、少年は困惑の表情に変わった。

「仕留めた所までは良かったけれど、周囲に魔物がいないかちゃんと確認してから取りにいかないとだめじゃない!」

「……ごめんなさい」

 母に言われて、少年はさっきまでの笑顔が嘘のようにシュンとしてしまった。
 両親に狩りに行く前の注意点として、耳にタコができるくらい言われたことだ。
 生まれて初めて腕鶏を仕留められたことが嬉しすぎて、その注意のことを忘れてしまっていた。
 そういえば、走り出した自分を父も止めようとしていたことを少年は思いだした。
 もしかしたら、父もこれが言いたかったのだろうか。

「まぁまぁ、俺が代わりに見ておいたから……」

 落ち込んでしまった息子がかわいそうに思え、父親は妻をなだめようとした。
 初めてのことに浮かれて、飛び出して行ってしまったのは5歳なら仕方がない。
 それをフォローするためにも自分がついてきているのだから。

「そういうことじゃないの!」

「……すいません」

 妻の方からしたら、子供が良くないことをしたのだから、それを叱るのは父親の仕事だろうという思いがある。
 しかし、彼は子供に甘く、もっぱら叱る役は自分になってしまっている。
 それに、もしも1人で同じようなことをしてしまったら、あっという間に命を落としかねない。
 この島にはそれほど強い魔物は存在しないが、それでも少年にはまだまだ危険な場所だ。
 なだめようとしてくる旦那の態度にもイラッと来て、思わず口調が強くなってしまった。
 それに対し、父親の方まで落ち込んでしまった。

「折角レイが仕留めたんだし、今日は鶏肉料理にでもしようか?」

「……そうね」

 注意を受けて落ち込んでしまった息子がいたたまれなくなり、空気をかえようと父親の方は話題を変える。
 母親の方もこれ以上いうと、父子に口やかましい人間に思われてしまいそうなので、その話に乗った。

「レイ帰ろ」

「うん」

 優しく微笑んで差し出した母の手を握り、家に向かって親子3人歩き出した。



 お気づきだろうが、少年の父親はケイで母親は美花だ。
 少年の名前はレイナルドという。
 美花が島に流れ着いて8年が過ぎた。
 たった2人で無人島生活をしていれば、健康な男女の仲が次第に近付いていくのは仕方がない。
 元々お互い馬が合っていたのだから、むしろ当然といったところだろう。
 子供が出来にくいと言われているエルフだが、結構あっさりと子供ができた。
 そして生まれたのが息子のレイナルドである。
 エルフと人族のハーフになるレイナルドだが、顔はどちらかというと父に、髪と目の色は母の美花に似たようだ。
 エルフ特有の長い耳は、人族である美花の普通の長さの耳と合わせて2で割ったくらい。
 見事に半分ハーフといった長さだ。
 顔が自分に似ているせいか、ケイはどうしてもレイナルドがすることに甘くなってしまっている。

「ただいま!」

「「っ!?」」

“ピョン! ピョン!”“ピョン! ピョン!”

 ケイの声に反応した黒い2匹の毛玉が、飛び跳ねながら親子に近付いてきた。

「おぉ、ちゃんと畑を見張ってくれていたか?」

“コクッ!”“コクッ!”

 右手に大きい方、左手に小さい方の毛玉が乗り、嬉しそうに頷いた。

「今日の夕飯はレイが仕留めた鶏肉料理だぞ」

「「っ!?」」

“ピョン!”“ピョン!”

 ケイの言葉を聞いた2匹の毛玉はケイの手から飛び降り、そのままレイナルドの肩に乗った。

「ふふっ! くすぐったいよ。キュウ、マル」

 肩に乗った2匹は、そのままレイナルドの頬にその身をすり寄せた。
 両頬に絹のような感触がこすれ、くすぐったい感覚にレイナルドの落ち込んでいた姿は消え失せた。
 キュウたちは、ただ食べ物を取ってくれたレイナルドを褒めただけだったが、良い方に転んだようだ。

「良かったね」

「うん」

 落ち込んだレイナルドは、結構引きずるタイプなのが美花の悩みどころだ。
 美花も叱ってしまったことを引きずる所がある。
 そんなところは美花に似たのかもしれない。
 キュウたちによって笑顔になったレイナルドを見て、美花も優しい表情になった。

 この日の夕食はレイナルドの仕留めた鳥を使った色々な料理が食卓に並び、みんな笑顔で堪能したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制無人島生活

デンヒロ
ファンタジー
主人公の名前は高松 真。 修学旅行中に乗っていたクルーズ船が事故に遭い、 救命いかだで脱出するも無人島に漂着してしまう。 更に一緒に流れ着いた者たちに追放された挙げ句に取り残されてしまった。 だが、助けた女の子たちと共に無人島でスローライフな日々を過ごすことに…… 果たして彼は無事に日本へ帰ることができるのか? 注意 この作品は作者のモチベーション維持のために少しずつ投稿します。 1話あたり300~1000文字くらいです。 ご了承のほどよろしくお願いします。

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ

柚木 潤
ファンタジー
 実家の薬華異堂薬局に戻った薬剤師の舞は、亡くなった祖父から譲り受けた鍵で開けた扉の中に、不思議な漢方薬の調合が書かれた、古びた本を見つけた。  そして、異世界から助けを求める手紙が届き、舞はその異世界に転移する。  舞は不思議な薬を作り、それは魔人や魔獣にも対抗できる薬であったのだ。  そんな中、魔人の王から舞を見るなり、懐かしい人を思い出させると。  500年前にも、この異世界に転移していた女性がいたと言うのだ。  それは舞と関係のある人物であった。  その後、一部の魔人の襲撃にあうが、舞や魔人の王ブラック達の力で危機を乗り越え、人間と魔人の世界に平和が訪れた。  しかし、500年前に転移していたハナという女性が大事にしていた森がアブナイと手紙が届き、舞は再度転移する。  そして、黒い影に侵食されていた森を舞の薬や魔人達の力で復活させる事が出来たのだ。  ところが、舞が自分の世界に帰ろうとした時、黒い翼を持つ人物に遭遇し、舞に自分の世界に来てほしいと懇願する。  そこには原因不明の病の女性がいて、舞の薬で異物を分離するのだ。  そして、舞を探しに来たブラック達魔人により、昔に転移した一人の魔人を見つけるのだが、その事を隠して黒翼人として生活していたのだ。  その理由や女性の病の原因をつきとめる事が出来たのだが悲しい結果となったのだ。  戻った舞はいつもの日常を取り戻していたが、秘密の扉の中の物が燃えて灰と化したのだ。  舞はまた異世界への転移を考えるが、魔法陣は動かなかったのだ。  何とか舞は転移出来たが、その世界ではドラゴンが復活しようとしていたのだ。  舞は命懸けでドラゴンの良心を目覚めさせる事が出来、世界は火の海になる事は無かったのだ。  そんな時黒翼国の王子が、暗い森にある遺跡を見つけたのだ。   *第1章 洞窟出現編 第2章 森再生編 第3章 翼国編  第4章 火山のドラゴン編 が終了しました。  第5章 闇の遺跡編に続きます。

RISE!~男装少女の異世界成り上がり譚~

た~にゃん
ファンタジー
「俺にしろよ。俺ならアンタに……特大の幸せと金持ちの老後をやるからよ…!」 私――いや俺は、こうして辺境のド田舎貧乏代官の息子サイラスになった。 性別を偽り、代官の息子となった少女。『魔の森』の秘密を胸に周囲の目を欺き、王国の搾取、戦争、さまざまな危機を知恵と機転で乗り越えながら、辺境のウィリス村を一国へとのしあげてゆくが……え?ここはゲームの世界で自分はラスボス?突然降りかかる破滅フラグ。運命にも逆境にもめげず、ペンが剣より強い国をつくることはできるのか?! 武闘派ヒーロー、巨乳ライバル令嬢、愉快なキノコ、スペック高すぎる村人他、ぶっ飛びヒロイン(※悪役)やお馬鹿な王子様など定番キャラも登場! ◇毎日一話ずつ更新します! ◇ヒーロー登場は、第27話(少年期編)からです。 ◇登場する詩篇は、すべて作者の翻訳・解釈によるものです。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...