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第5章

第115話 居合

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「ハァッ!!」

「っ!!」

 敷島の頭領である良照は、斎藤家当主の重蔵との距離を詰め、そのまま高速の突きを顔面へと放つ。
 その速さに驚きつつ、重蔵は首を倒すことでその攻撃を躱す。

「……ほぉ~」

 攻撃を躱したと思ったが、僅かに掠っていたらしく、重蔵の左頬から一筋の血が流れた。
 その血を確認した重蔵は、服の袖で血を拭いながら感心したような声を上げる。

「齢70を過ぎていながら、そこまでの移動速度。流石敷島の名を継ぐ者といったところだな」

「……その物言いは気に入らんのう」

 老いたりとは言え、敷島の頭領の地位に立つ者。
 自分に傷をつけるなんて、まだ実力は本物のようだ。
 そのことを重蔵が褒めると、良照は眉間に皺を寄せる。
 まるで、重蔵が自分より上にいると言っているかのような態度だからだ。

「やはりお前のような奴には敷島の名は譲らん。実力は落ちようとも他の者に譲るとしよう」

 子のいない良照が高齢になったことで、斎藤・五十嵐・菱山の三家が水面下で当主争いをおこない始めた。
 最初は戦闘力という面で僅かに上にいる斎藤家が、自分の命により菱山家の娘を次男(限)の嫁に迎えることになり、頭一つ上に出ることになった。
 しかし、その次男が魔無しであり、完全に役立たずと判明したことで風向きが変わり、菱山と五十嵐が組むことになった。
 そこで斎藤家は終わりを迎えると思っていたが、その二家がまさか崩壊するとは思っていなかった。
 どうやらその二家が消えたことで、重蔵が自分以外が当主になることはないと勘違いしたのだろう。
 生憎、斎藤家よりも劣るとしても、敷島の中には他にも有力な一族は存在している。
 アデマス王国を相手にして敷島の者たちにするような重蔵に継がせるくらいなら、他の者に継がせればいいだけのことだ。

「貴様には、この国どころか敷島すら手に入れさせん!」

 舐めた態度をとっているが、重蔵に自分の全力を見せたことなど無い。
 どこから来る自信なのか分からないが、アデマス王に剣を向けて許すわけにはいかない。
 この場で確実に仕留めることに決めた良照は、膨大な魔力を放出して全身に纏い、身体強化を図った。

「それがあんたの本気か……」

 空気がビリビリと震えているような感覚に、重蔵の頬には一筋の汗がつたう。

「じゃあ、こっちも!」

 良照の本気に対し、重蔵もこのままでは危険と判断した。
 そのため、重蔵も良照同様魔力による身体強化を図った。

「「…………」」

 重蔵の纏った魔力を見た良照の表情は、より一層厳しいものになる。
 そして、重蔵と良照は無言で睨み合った後、

「「ハッ!!」」

 同時に床を蹴って殺し合いを始めた。





「ギャッ!!」

「……あ~あ、何だか楽しそうにしちゃって……」

 父の重蔵が頭領の良照と戦っている中、斎藤家長男の天祐は一人の兵を斬り倒した。
 チラッと見た頭領と戦う父の顔は、どことなく笑みを浮かべているように感じる。
 戦闘狂の父が、良照という強者と戦えて喜んでいるかのようだ。

「たくっ、倒すならさっさと倒してくれよ」

 天祐からすると、早く倒して乗っ取りを成功して欲しいところだが、とてもそんなこと言えるような状況ではないと察し、思わず愚痴を呟いた。

「き、貴様! 余をアデマス王国国王と知っての狼藉。死をもって償え! やれ! 近衛兵達!」

「「「「「ハッ!!」」」」」

 国王ジョセフは、自分に向けて殺気を飛ばしてくる天祐に怯みながらも、自分を守るように周りを囲む近衛兵たちに対して指示を出す。
 さっきまで相手にしていた兵とは訳が違う。
 国王である自分の身を護るために、厳選された実力を持つ近衛兵達だ。
 いくら敷島の者でも、彼ら10人を相手に1人で戦おうなんて自殺行為と言うしかない。
 指示を受けた近衛兵達は、ジョセフの側に2人を残して、全員が天祐の相手をするべく鞘から抜剣した。

「……さすがに近衛兵を相手に1人は少しきついか?」

「ならばおとなしく膝を付け! 首を斬り落としてやる!」

 身体強化した近衛兵達を前に、天祐は独り言のように呟く。
 それが耳に届いた近衛兵の1人は、命令するように天祐へ降伏することを促す。

「……ハハッ! 面白い冗談だ」

「ならば死ね!!」

 降伏勧告を受け、天祐は笑い飛ばす。
 それを見た近衛兵は、剣を向けられているというのにまだ武器を抜かないままでいる天祐へと向かって襲い掛かった。

「がっ!!」

「「「「「っっっ!!」」」」」

 襲い掛かった近衛兵は、何故か首から血を噴き出して前のめりに倒れる。
 何が起きたのか見えなかった他の近衛兵は、驚きの表情で倒れた仲間を見る。

「フフッ! 少しきついって言ったのは、骨が折れるという意味だ。別に倒せないとは言っていない」

「…………居合……か?」

「ご名答。良い観察眼だ」

 仲間の首から血が噴き出す前、天祐は僅かに腰を落としたように見えた。
 現状と、そのことから考えられるのは、天祐が居合によって攻撃したということ。
 その予想を確認するかのように呟く近衛兵に、天祐は笑みと共に正解を出した。

「これでも斎藤家の長男なんでね」

 情報を漏らすなど、天祐は敷島内では軽口で有名だ。
 しかし、それでも斎藤家の長男。
 幼少期から剣の英才教育は受けている。
 五十嵐家の奏太のように天才と言われるような活躍をしていないだけで、その才と実力は劣るようなものではないと自負している。

「……行くぞ!」

「……おうっ!」

 本人が認めたように、居合を使うということは分かった。
 ならば、分かった上で対処すればいいだけのことだ。
 短い会話とアイコンタクトをおこなうと、近衛兵達は天祐を中心にするように囲み始めた。

「……なるほど」

 自信があるのか、天祐は近衛兵達がどうするのかを黙って見過ごす。
 そして、周りを囲んで来たのを見て、天祐は近衛兵達が何を考えているのかを読み取った。

「……ハッ!!」「…………!!」

「シッ!!」

「ふぐっ!!」

 天祐を中心に、円を描くようにゆっくりすり足で移動する近衛兵達。
 その中で1人が一歩前へ出るが、それはフェイントですぐさま円に戻る。
 仲間のフェイントに合わせるように、天祐の背後にいた近衛兵が無言で斬りかかった。
 今度はフェイントではなく、剣の届く位置まで踏み込んできている。
 背後から迫る剣に合わせるように、天祐はカウンターで抜刀する。
 天祐から放たれた刀は、はっきりとは見えていない。
 しかし、反撃してくると読んでいた近衛兵は、上半身を引いて攻撃を回避しようとする。
 その行動により、天祐の攻撃は近衛兵の首を浅く斬るだけに留まる。

「「「「「っ!!」」」」」

 背後から斬りかかった近衛兵も、実はフェイント。
 天祐の刀は鞘から放たれた。
 つまり、得意の居合はできない状態持ち込むための策だ。
 この状態になるのを待っていたかのように、周囲の近衛兵達は無言で一斉に天祐へ襲い掛かった。

「…………フッ!」

 逃げ道の無い絶体絶命の状態であるはずなのに、天祐は笑みを浮かべる。

「「「「「ギャアーーー!!」」」」」

 反撃の居合がこないことを理解して、一斉に襲い掛かった5人の近衛兵。
 それによって天祐を仕留めたと思った瞬間、彼らは断末魔の叫び声をあげる。
 深く首や腹を切られ、噴水のように血液を噴き出した。

「……いや、居合だけしかできない訳ないだろ?」

 たしかに、自分は居合が得意だ。
 敷島の誰にも負けない自信がある。
 しかし、剣術を学んでいる以上、居合だけしかできない訳ではない。
 刀を抜いた状態での戦闘も訓練している。
 居合後の自分より、確実に仕留めるために大降りになっている近衛兵達の方が隙だらけだ。
 むしろ、こうなるように仕向けたのだが、思い通りにいった天祐は笑みと共に刀に付いた血を振り払った。

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