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第4章

第97話 企み

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「よう」

 頭領の良照、五十嵐家の光蔵と別れた重蔵は、自宅の邸へと戻る。
 そして、邸の地下にある研究施設へと足を踏み入れ、中にいた女性に話しかけた。

「あら、いらっしゃい」

 話しかけられたのはオリアーナ。
 重蔵が入ってきたことに気付いたオリアーナは、目を通していた資料を机の上に置いて挨拶を返す。
 
「飲むか?」

「良いわね。丁度休憩しようと思っていた所よ」

 棚から急須と湯呑と茶葉を取り出した重蔵は、茶を入れる準備を始める。
 尋ねるとオリアーナも飲むということなので、重蔵は2人分の茶を用意した。

「進捗委具合はどうだ?」

 空いているテーブルと椅子を取り出し、そこに自分とオリアーナの湯呑を置く。
 そして、対面に座ったオリアーナに研究の進捗状況を尋ねた。

「問題ないわ。後はテスト次第ね」

 これまでの研究と斎藤家の地下に作られた研究施設により、オリアーナの実験は最終段階まで来ている。
 外に出ることも出来ず軟禁状態だが、元々研究に没頭できる環境さえあれば問題ではない。
 ここに連れて来られた時は死ぬことも覚悟していたが、現在の状況にはまあまあ満足している。

「聞いたわよ。菱山家が潰れたって?」

「あぁ……」

 息子の天祐から聞いたのだろう。
 菱山家が全滅したという情報は、オリアーナの耳に入っていたようだ。

「それをやったのって……」

「恐らくあいつ・・・だ」

「そう……」

 菱山家の全滅。
 2人共、それをおこなったのが誰かということは想像できた。
 限だということに。

「あの魔無しを随分な化け物に変えたもんだ……」

 自分の血を引きながら、全く魔力のない状態で生まれた息子。
 魔力がなければ何の役にも立たないため、始末する手間を省くためにオリアーナへと譲渡した。
 それなのに、その出来損ないは敷島にとっての死神として戻ってきた。
 どんな人体実験をすれば、あのような生物に変化するのか。
 多少の皮肉を込めて、重蔵はオリアーナへ問いかけた。

「あの子だけは研究の範疇外よ」

 重蔵からすると斎藤家の汚点となる出来損ないなのに対し、 オリアーナにとっては帝国を利用して敷島を潰そうとしていた計画を阻止した相手だ。
 験体番号42番こと限のことは、度重なる実験に耐えた貴重なサンプル体という印象しかない。
 あれ・・のお陰で余計な実験を減らせたため、自分の研究が進んだことに役立ったとも言えなくはない。
 しかし、所詮は人間。
 度重なる実験で肉体は崩壊し、使い物にならなくなったあれは地下の廃棄場に処分したはずだ。
 何故あのように変化したのか、オリアーナには全く理解できない。

「あいつがいるとは知らず、五十嵐家が動くことになった」

「そう……今度は五十嵐家の崩壊ね?」

「あぁ」

 誰によって菱山家が潰れたかを知っている2人からすると、同格の五十嵐家が調査に向かっても、返り討ちにあうのがオチだろう。
 しかし、それこそが2人にとって望むところだ。
 限の存在を掴んでおきながら、放置しているのには理由がある。

「あの魔無しが、こんな形で役に立つとはな……」

「そうね」

 菱山家に続いて、五十嵐家の崩壊。
 それが2人の求めていることだ。
 それを成すために、限のことを放置しているのだ。

「これであの・・ジジイの面目は丸つぶれね」

「菱山家のことを聞いて当たり散らし、王の所へ弁明に向かって行ったよ」

 話の内容から分かるように、2人が話しているのは敷島の頭領である良照のことだ。
 何やらオリアーナと関係あるらしく、その発言に何も言わない所を見えると、重蔵は容認しているようだ。

「フッ! ざまぁ! そのまま死ねばいいのに……」

「そんな事ではお前の気持ちは満足しないだろ?」

「……まあね」

 菱山家の崩壊によって良照が怒り心頭に発していると聞き、オリアーナはテンションが上がったようにそのまま血圧の上昇で血管が切れて死ぬことを望む。
 しかし、オリアーナがそんな死に様を求めていないことを知っている重蔵は、感情を思い出させるように問いかける。
 その問いにより、オリアーナは冷静さを取り戻した。

「奴を復讐するなら、お前の研究成果によってだろ?」

「……そうね」

 復讐に取りつかれているのは、何も限だけではない。
 オリアーナが敷島を憎む原因は良照にあるようで、その復讐のためにこれまでの研究を続けて来たようだ。

「そのためには最終テストをしてみないと……」

 オリアーナの研究は最終段階まで来ている。
 そして、研究の完成と良照への復讐を完遂するためには、最後のテストが必要だ。
 しかし、この地下施設にいるオリアーナでは不可能なことだ。

「丁度いい当てがいる。そいつでテストする予定だ」

 オリアーナには無理だが、重蔵ならば可能だ。
 その者ならばテストにうってつけだと、重蔵は意味深な笑みを浮かべる。

「大丈夫なの?」

「あぁ、天祐に動いてもらっている」

「そう……」

 オリアーナからすると重蔵に任せるしかない。
 その重蔵に当てがあるのならそれでいいが、そう簡単に上手くいくのか疑問に思える。
 その治験体への手筈が整っているのか問いかけると、重蔵は自信ありげに頷いた。
 どうやら、天祐がその者に接触しているようだ。
 それを聞いて、オリアーナは安心したように息を吐いた。

「……それにしても、天祐って随分万能よね?」

「だろ?」

 斎藤家次期当主確定の天祐。
 敷島内では口の軽い男だと思われているが、実はそれは重蔵によって作られた表向きの面でしかない。
 菱山家が独断専行したきっかけになる帝国内の噂も、実は聞かれるのを意図して広めたに過ぎない。
 父である重蔵と共に研究をバックアップしていることから、オリアーナも天祐の表には出さない有能さに気付いたようだ。

「小さい頃から俺があいつを鍛えたからな……」

 自分の指示を確実におこなう忠実な息子。
 そうなるように、重蔵は小さい頃から天祐を育て上げた。

「魔無しと違い、あいつは俺の自慢の最高傑作だ」

 重蔵の中で、本来は次男を天祐の補助役に鍛えるつもりでいたが、限には魔力がなかった。
 鍛える以前の問題で、自分が思い描いていた未来図を崩されたことから、重蔵は限への思いが消え失せたのだ。
 そして、限に期待していた役割もこなさせるように、天祐を鍛え上げることにした。
 自分が作り上げた天祐のことを褒められ、重蔵は嬉しそうに笑みを浮かべた。

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