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第3章

第82話 ミノタウロス

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「……ミノタウロス?」

 目の前に立ちはだかったクラレンス。
 その姿を見た限は、すぐに何の魔物だか理解できた。
 頭が牛、体は人間の半獣半人の魔物であるミノタウロスだ。

「その通りよ。私を殺したければ、その化け物を倒すことね!」

 注射を打ってクラレンスを化け物の姿に変えた張本人であるオリアーナは、限の呟きに反応する。
 6本腕の鬼、魔法を放つ巨大ワニ。
 この2種類の魔物が、研究により安定的に作り出せる生物兵器だった。
 しかし、その程度で満足するようなオリアーナではなかった。
 大量に作れなくても、1体の強力な生物兵器が作れれば良いという考えの下、オリアーナは研究を続けてきた。
 その研究の成果の一つが、このミノタウロス型だ。
 実戦に投入したことが無いため、どれほどの強さをしているのか分からないが、自分が逃走するだけの時間稼ぎはできるはずだ。

「じゃあね~!」

 死んだはずの験体42番が生存していたうえ、復讐に来るなんて想像もしていない。
 思いもよらない邪魔により、この場から退避するしかない。
 そのため、緊急脱出用の扉から逃げだすオリアーナは、最後に限へ向かってウインクをして、扉の先へ足を進めた。

「待ち……、っ!?」

「グルアァーー!!」

 脱出を開始したオリアーナを止めようと、限は脱出用の扉へ足を動かそうとした。
 だが、オリアーナの方へと向かおうとする限の前には、ミノタウロスへと変化したクラレンスがいる。
 どうやら敵と認識したクラレンスは、限へ向かって殴りかかってきた。

“ドガッ!!”

「危ねえ、危ねえ……」

 オリアーナへの制止の言葉を途中で止め、限は迫り来るクラレンスの攻撃の回避へと移る。
 その判断の良さにより、限はバックステップをする事で攻撃を回避した。
 回避されたクラレンスの攻撃は、そのまま勢い余って部屋の壁を殴りつけた。
 ミノタウロスに変化したことにより、クラレンスの攻撃が上昇している。
 敷島の人間でもなかなか壊せないような壁を、クラレンスは爆発に近い音を立てて穴を開けた。
 直撃すればあんな風になってしまうと考えると、背筋が冷える。
 ただ、限の場合、人体実験を受けたことによる影響か、恐怖心も薄れているため、言葉とは裏腹に表情に変化はない。

「グウゥ……」

 薬物投与によりミノタウロスへと変化し、筋肉が膨張したことで身に着けていた服はほとんど破け散った。
 その時、飾りのように付けていた剣も床に落ちていた。
 その剣が目に入ったクラレンスは、壁から手を抜き落ちていた剣に手を伸ばした。

「……知能が残っているのか?」

 鞘から剣を抜いたクラレンスの構えを見て、限はふと疑問に思った。
 収集した情報から、クラレンスは貴族の嗜みとして幼少期から剣の指導を受けていた。
 実力的には、なかなかといったところという話だ。
 薬物によりミノタウロスへと変化したにもかかわらず、構えが様になっている。
 そのことから、人間の時の記憶が残っているのではないかと思えた。

「グラァッ!!」

「っ!!」

 剣を構えたクラレンスが床を蹴る。
 その一歩で、あっという間に限との距離を詰めた、

「ガアッ!!」

「っ!!」

 接近したクラレンスは、手に持つ剣を振り下ろし、限へ向かって強力な一撃を放った。
 その攻撃を限は刀を抜いて受け止めるが、思っていた以上のパワーにより後退を余儀なくされた。

「面倒そうだな……」

 簡単に殺せる相手ではないことに、限は不機嫌そうに呟いた。
 オリアーナを追いたいところだが、それよりも魔物化したクラレンスが思っていたより実力がある。

「グルル……」

「しょうがない……」

 このまま普通に相手にしていたら、一番復讐したいオリアーナに逃げられてしまう。
 少しでも早くクラレンスを殺して追わないとならないため、限は少し本気を出すことにした。

「ハアァーー!!」

「グルッ!?」

 魔力の上昇と共に、限の筋肉が膨れ上がる。
 それを見て、クラレンスは目を見開いた。

「反動に気を付けないとな……」

 限の本気には問題がある。
 それは、限が呟いたように反動があることだ。
 筋肉を肥大させることでスピードとパワーが上昇するのはいいが、翌日に強力な痛みを伴うのだ。
 簡単に言えば、超強力な筋肉痛。
 しかし、様々な人体実験を受けて痛覚の鈍った限ですら苦しむほどの痛みから考えると、普通の人間がどれほど耐えられるだろうか。
 まだ戦場にいる敷島の連中も相手しないといけないことを考えると、本気といっても反動が出ない程度に抑える必要がある。
 その調整に注意しつつ、限はクラレンスと戦うことにした。

「ガアァーー!!」

「フンッ!」

「グルッ……!?」

 変化した限に対し、クラレンスが先に動く。
 半獣と化したことにより強力なパワーを得たクラレンスの攻撃だが、先程とは違い本気を出した限には通用しない。
 クラレンスが両手で振り下ろした剣を、限は片手で持った刀で余裕をもって受け止めた。
 その対応だけで、限がパワーアップしたことを感じ取ったのか、クラレンスは戸惑うような反応を示した。

「ガア……」

「遅い!」

「グブォッ!!」

 一撃を止められたことで、クラレンスは一旦限から距離を取ろうとする。
 しかし、その反応は遅い。
 バックステップをされる前に、限が放った前蹴りがクラレンスの腹に突き刺さった。
 直撃を受けたクラレンスは吹き飛び、そのまま部屋の壁に背中を打ち付けた。

「グ、グルル……」

 腹を抑えてヨロヨロと立ち上がるクラレンス。
 僅かに腰が引けていたことで、前蹴りの威力が少しは抑えられたはず。
 それなのに、これほどのダメージを受けるということは、限の攻撃が強力だという証だ。

「んっ?」

「ガアァーー!!」

 立ち上がったクラレンスは、限に向かって左手を向ける。
 そして、パワーでは太刀打ちできないと判断したのか、クラレンスは限に向かって魔法を放ってきた。

「セイッ!!」

「ガッ!?」

 限は刀を覆う魔力を増やす。
 そして、魔力を纏った刀で、高速で迫り来るバスケットボール大の魔力の玉を斬り裂いた。
 真っ二つになった魔力の玉は、左右に分かれて限の脇を通り抜けて後方の壁へとぶつかり爆発を起こした。

「死ね!!」

「ガ、ガアッ!?」

 魔法攻撃も通用しないことに驚くクラレンス。
 その間に、限は一気に距離を詰める。
 そして、刀により、クラレンスの体を袈裟斬りにした。

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