上 下
75 / 179
第3章

第75話 潜入

しおりを挟む
「ハハハッ! 奴らあのワニに手こずっているぞ」

 ラクト帝国側のクラレンス伯爵は上機嫌だった。
 憎き敷島の連中が、オリアーナたちが造りだした魔物によって、ジワジワとは言え数を減らしていっている。
 開発費に大金をかかったが、そんなこと吹き飛んで行くほど気分が高揚していた。

「このままいけば我々の勝利だ。そうなれば私は陞爵に領地拡大も夢ではない。帝国内での地位は盤石のものになるはずだ!」

 建国の時代からラクト帝国南の領地を預かり、領地運営をおこなってきたクラレンス家。
 領地が大きいのはいいが、何の特産もなく、祖父や父が当主をしていた時には赤字続きだった。
 以前起こったアデマス王国との戦争で、2人とも戦死し、成人して間もない自分がその後を受け継ぐことになった。
 祖父と父を殺したのは敷島の者たちだと知り復讐を誓うが、領地のことを考えるとそれどころではなかった。
 しかし、領地内に運よく鉱山が発見され、それによるバブルで一気に領地経営が豊かになった。
 そうなると、次は祖父と父の復讐に意識を向ける。
 国内だけでなく近隣国の情報を得て、オリアーナたちを引き入れることに成功し、この戦争で敷島の連中への復讐を果たせ、このままアデマス王国に勝利することができれば、国内での評価はうなぎ上りだ。
 そう考えると、気分が上がるのも当然だろう。
 
「あのワニは、以前逃げ出したのと同じ種類だったかな?」

「えぇ、幼体でしたので、成長する前に他の魔物に殺されたようですが」

 上機嫌のクラレンスは、上機嫌のままオリアーナに問いかける。
 その問いに、オリアーナも笑みを受けべて返答する。
 現在敷島の者たちを苦しめているワニの魔物は、6本腕の魔物の前に作り出したものだ。
 クラレンスが言うように、数体が逃げ出したことがあり、オリアーナたち研究員たちを慌てさせた出来事だった。
 オリアーナたちが造り出したワニたちは、貪欲に食欲を見たし、体を巨大化させていく。
 それが従属化する前に逃げ出してしまったのだから、慌てるのも無理はない。
 もしも逃げ出したワニたちが成長したら、ラクト帝国に大きな被害を与える可能性があったからだ。
 しかし、結果特に大きな問題が起こらず、他の魔物に殺されたのだと判断し、オリアーナたちは安堵したものだ。
 実際は、逃げ出したワニは川から海へと逃れ、そこからジワジワと成長して、限たちに殺されるようになったのだが、他国のことなど興味のない彼女たちは知る由もなかった。

「あのワニたちは食欲が旺盛過ぎて、餌を与えると限界を超えるまで食べ続けるという欠点がありますが、そうなる前に死体はなくなるでしょう」

 オリアーナたちが造りだしたワニたちは、彼女たちが止めなければ貪欲に食欲を満たし、成長を続ける。
 止めなければ、限界値を越えるまでだ。
 折角の生物兵器も、それでは意味がないため、オリアーナたちは限界値の検証をした。
 その検証も済んでいるため、今回戦場に送り込んだという訳だ。

「敷島の連中がいつまで持つのか楽しみです」

「そうだな。我々は高みの見物とさせてもらおう」

 2種類の生物兵器は予想通りの効果を発揮している。
 このままいけば敷島の者たちは大量に死に、アデマス王国が降伏するのを待つばかりだ。
 それまでの間、クラレンスとオリアーナは、砦最上階のこの部屋から戦場を眺めて楽しむことにした。





「……なんか、俺たちの出番はないんじゃないか?」

「良いじゃないか。余計な怪我を負わなくていいんだから」

 クラレンスとオリアーナがのんびりしているように、ラクト帝国の兵たちはただ定位置に立って戦場を眺めていた。
 生物兵器により、自軍が有利に戦いを進めているため、やることが無い状況だ。
 あまりに暇なため、ある兵は隣にいる仲間に話しかけた。
 声をかけられた兵は、自分たちが出なくて良いこの状況を受け入れているような態度だ。
 彼からすると、怪我も覚悟して戦場に来たのにこのまま勝てそうなのだから、むしろ良いことだと考えている様子だ。

「確かに怪我はしたくないが、出世のチャンスがないって言うのもな……」

「そういやそうか……」

 平民の自分たちが兵に志願したのは、戦場で功績を上げ、あわよくば爵位を得ることが目的だからだ。
 それなのに、参戦しても何も無しでは爵位を得るような功績なんて得られるはずがない。
 怪我をしないというのは良いことだが、そういったチャンスもないのは戦場にいる意味もない気がしてしかたがないのだ。
 そう言われると、もう1人の兵も確かにそうだと思えてきた。

「そんな事気にする必要はないさ」

「「っっっ!!」」

 自分たちの会話に入るように、背後から声が聞こえてきた。
 その声に反応するように振り返ろうとしたが、2人の兵はその声の主の姿を見ることなく意識を失た。

「お見事です」

 一瞬にして兵を無力化した限に、後から来たレラが声をかける。
 限の従魔のアルバとニールも一緒だ。

「6本腕の生物兵器はあちらの方から、ワニの方はあちらの方から出現していた。研究員たちも2ヵ所に分かれているのだろう」

「なるほど」

 生物兵器の魔物は、右の棟から6本腕、左の棟からワニが出ていた。
 恐らく、魔物の管理を2ヵ所に分けたのだろう。
 それと共に、研究員たちも左右の棟に分けられているはずだ。

「俺はアルバと共にあちらの棟へ行くから、レラはニールと共にこちらの棟を担当してくれ」

「畏まりました」

 1ヵ所ずつ潰していては、騒ぎになって兵が集まってしまう。
 場合によっては研究員が逃げてしまう可能性もある。
 そうならないためにも、限は右の棟へ、レラは左の棟へ向かい、同時攻撃を開始することに決めた。

「レラも研究員たちには思うこともあるだろ?」

「えぇ……」

 限と同様に、レラもアデマス王国の研究所で人体実験を受けた。
 その時の痛みや苦しみを、研究員たちにやり返す絶好の機会だ。
 限に問われたレラは、昔のことを思いだしたのか眉間に皺を寄せた。

「好きに暴れろ」

「はい」

 元々は聖女見習いとして生きていたため、人を殺すことなど考えたこともなかった。
 どんな生物でも命は尊いものだと教えられたが、今はそんな風には思っていない。
 この世には死んだ方が良い人間は存在していて、そういった者は相応の罰を受けなければならない。
 神の代行として、自分が研究員たちを始末する。
 そう考え、レラはニールと共に左の棟の内部へと侵入を開始した。

「俺たちも行くぞ! アルバ」

「ワウッ!!」

 研究員たちへの憎しみは、限やレラだけでなくアルバも持っている。
 地下研究所の時は限がほとんど始末してしまったため、自分はあまり復讐を果たせていなかった。
 今回は兵がゴロゴロいるため、囲まれないためにも前回以上に迅速さが求められる。
 そうなると自分の役割も重要になるため、アルバは気合いが入っているようだ。
 限の言葉に対し、静かだが力強く返事をした。

「さて、皆殺しだ」

 アルバの気合いを確認すると、限は小さく呟く。
 そして、その場から消えるように行動を開始したのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

処理中です...