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第1章

第12話 ゼータ

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「アルバ! 生存者がいたか?」

「ワウッ!」

 地下から脱出した限たちだったが、研究所内は誰一人としていなくなっており、研究資料なども全部無くなっていた。
 そんな中、実験体の中に生存者がいないか探しに行かせたアルバの鳴き声を聞いた限とレラは、その場所へと駆け付けた。
 扉がこじ開けられた部屋にいた従魔のアルバを見つけた限は、生存者を発見したのか問いかける。
 すると、アルバは返事をするように一声吠えた。
 期待していなかったが、どうやらまだ生存者がいたようだ。

「……生存者ってこの子?」

 周囲を見てもどこにも人の姿が見えないことに、限とレラが首を傾げていると、アルバが自分の足下へ向けて鼻を下げた。
 その鼻先をよく見てみるとそこには手の平サイズの人形が転がっていた。
 生存者を発見したのかと思って来たのだが、アルバが何か間違えたのかとレラは思った。
 しかし、よく見てみるとそれは人形ではなく、どうやら人間のように呼吸をしている。

「……妖精か?」

 このサイズの人間がいるなんて、限は聞いたことがない。
 何かの物語にはこれ位のサイズの妖精が出てくる話もあるので、もしかしたらこれが妖精なのかと思わず呟いてしまった。

「……ともかく、回復させよう」

「は、はいっ!」

 息をしているようだが、ずいぶん弱っているように思える。
 ここの研究員がみんないなくなった原因を知っているかもしれないので、限はとりあえず回復させてみることにした。

「…………うっ!」

「おっ? 目が覚めたか?」

 回復魔法によって、その小人の呼吸が安定したため、目が覚めるまでの間研究所内を捜索してみた。
 しかし、人間・魔物・動物の実験体の部屋を見て回ったが、生存者などはおらず全滅していた。
 それが分かった限たちは、もうここにいる理由がなくなったので、研究所の外へ出ようと出口へと足を向けた。
 そして、ちょうど研究所の建物から出た時、その妖精と思しき小さい人間は目を覚ました。

「っ!? 誰っ!?」

「あんまり慌てるなよ! 落ちるぞ……」

 目が覚めてすぐに限の姿を目にした小人は、警戒したようにその場に臥せる。
 しかし、小人がいるのはアルバの背の上。
 姿を隠そうにも隠れられず、慌てて動いたせいかバランスを崩して落ちそうになる。
 そんな小人を助けるた限は、アルバの背に戻した。

「…………お、お前たち、な、なに者だ?」

 助けてくれたことで多少警戒を解いたようだが、まだ限たちのことを警戒したように小人は問いかけてきた。

「ここの研究所の検体だった者たちだ」

「お、お前たちもか……」

 限の答えを聞いて、小人は顔を青くする。
 実験によって与えられた苦痛を思いだしているのだろう。
 その反応と呟きから察するに、この小人も実験体として連れて来られたようだ。

「色々あって俺たちは何が起きたのか分からないのだが、ここの研究員たちがいなくなった理由なんか分かるか?」

「……分からない」

 そもそも、この小人を助けたのは、研究員たちの行方を知りたかったからだ。
 そのため、ここがこうなった理由を知っていないか尋ねたのだが、小人は首を振って返答してきた。

「じゃあ、何か知ってる範囲で良いから、ここ数日のことを教えてくれ」

「……10日ほど前、急に研究員たちが来なくなった。それから食料の供給もなくなって、空腹で気を失ったところにお前たちが来たんだと思う」

 小人の方も、ここの研究所で何かが起きたということは分かっている。
 しかし、どういった理由で研究員たちがいなくなったのかは分からない。
 理由の一端でも見つけられればと、小人は思い出しながら限へとここ数日のことを話し始めた。

「……よく持ちこたえたな?」

 他の生物はみんな死んでいたと言ったが、それはほとんどが餓死。
 10日間も食料も水もなしでは、大体の生物が死んでしまっても不思議ではない。
 逆に、生き残ったこの小人の方が不思議だと言ってもいい。

「持って来た食料がこの体には多かったからな……」

「そうか……」

 どうやら、この小人に運ばれて来ていた食料は、器とかの関係上多めに運ばれて来たとのことだ。
 研究所に異変が起きて食料が来なくなった時、その余っていた食料を少しずつ摂取することにして何とか飢え死にするのを長引かせていたようだ。
 しかし、それもいつまでも続かず、とうとう食料がなくなって、空腹で気を失ってしまったようだ。

「……これでも食うか?」

「……良いのか?」

「あぁ」

 小人なのでよく分からないが、たしかに痩せている様にも見える。
 空腹の人間に今あげられる食料と言っても、限が今大量に持っているのは何かの魔物の肉を乾燥させたジャーキーしかない。
 すきっ腹には良くないかもしれないが、何もないのだから仕方がない。
 せめてと思って与えてみると、小人は嬉しそうに限からジャーキーを受け取り食べ始めた。

「食べてる所悪いんだけど、あなたは何ていう種族の子なの?」

 ここまでのやり取りを見ていたレラは、だいぶ警戒も解けた小人に対して問いかけた。
 そもそも、この小人はその姿からいって、男なのか女なのかも分からない。
 限も一時思ったように、妖精なのかとも思うが、限とレラが思い浮かべる妖精には羽が生えているイメージだ。
 しかし、この小人には羽なんて生えているように思えない。
 なので、妖精とも言いにくい存在なため、どういう種族なのか掴み切れない。

「おは、ほびとこびと族のにんんだぞ!」

 限から貰ったジャーキーを頬張りながら答えを返す。
 口いっぱいに入れているため、所々聞き取りにくい。

「小人族? 名前は?」

「ゼータだ!」

 その姿そのままの種族名のようだ。
 どうやらゼータという名前らしい。

「……女みたいな名前だな?」

「女だぞ!」

 顔は中性的で、言葉遣いが男っぽいのでてっきり男だと思ったら、どうやら女だったらしい。
 その答えに、限は紛らわしい奴だと思った。

「小人族はみんなお前みたいな喋り方なのか?」

「男っぽいって言いたいのか? これは育ててくれた人がこういう話し方だったから仕方がないんだ」

 自分でも男っぽい喋り方だと分かっているなら治せと言う思いもあるが、どちらだろうと別にどうでも良いので、限は会話を続ける。

「仲間はどこに住んでいるんだ?」

「ヴェールデ王国の森の中だ!」

 ヴェールデ王国はこの東大陸の南東に位置する国だ。
 どうやらそこの国にある森の中が小人族の住処らしい。
 とは言っても、今いるアデマス王国からは離れているため、限にはどんな国だか見当もつかない。

「……ヴェールデって、随分遠くから連れて来られたのね?」

 ヴェールデ王国とアデマス王国の間には、いくつかの国が存在している。
 離れているので交易がないため情報が少なく、どんな国だかレラにも分からない。
 しかし、研究所の人間はどうやってそんな離れた国からゼータを連れて来れたのか疑問が湧く。

「……本当は駄目なんだけど、仲間が住む森から出た所を密猟者に捕まった」

 研究所に連れて来られた経緯をレラが聞くと、どうやら小人族のルールを破って森から出たゼータを、密猟者が捕まえて研究所の人間に売り飛ばしたとのことだった。

「……自業自得だな」

「う、うるさいっ!」

 ルールを破って捕まったというなら、ゼータにも責がある。
 そのことを限が呟くと、自分でもそう思っていたことを言われたゼータは、顔を赤くして声をあげた。

「……じゃあ、まずはゼータをヴェールデ王国まで連れて行くか?」

「えっ!? 良いのか!?」

 限としては、このまま研究所の人間を探して殺すか、一族を相手に復讐をしに行くかしたいところだが、研究所の人間がどこに行ったのか分からないし、一族を相手にするにはまだ実力が足りないと思っている。
 どちらをターゲットにするにも、限はこの国にいたくないため、ゼータを送って行くことを決めた。
 自分の国に帰れることを知ったゼータは、嬉しそうに問いかけてくる。

「ゲン様と旅行…………いいですね!!」

 何か妄想しているレラも、どうやら賛成のようだ。

「じゃあ、行くか……」

 行き先が決まったらもうここに用はない。
 限は仲間を連れて、研究所から離れて行ったのだった。

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