上 下
2 / 179
第1章

第2話 王国の懐刀

しおりを挟む
 東西南北の4つに分かれた大陸が存在する世界。
 最大の大きさを誇る東大陸の北部に、アデマス王国と呼ばれる巨大な国家がある。
 そのアデマス王国の東には、敷島と呼ばれる小さな島が存在している。
 そこには王国の懐刀と呼ばれる一族が住んでいた。

「おいっ! 魔無し!」

「お前、目障りなんだよ!」

「くらえ!」

 ある道場の片隅で、1人の少年が数人の少年に暴行を受けている。
 彼らが暴行している理由は、完全に憂さ晴らしだ。
 この島では強さを求められる。
 実力のある者がいれば、中にはそうでもない者も出てくる。
 そのため、訓練で良い成績を出せない者を対象としたいじめが、毎年発生しているのが現状だ。

「うっ! ぐっ!」

 暴行を受けている少年は、懸命に耐える。
 彼は同年代、というよりもこの島の中で最底辺にいると言って良い。
 何故なら、この世界の生物なら絶対に保有している魔力と呼ばれるものを、彼は持っていないからだ。
 持っていないというより、感じるのが極めて困難なほど極々僅かしかないと言うべきだろう。
 生まれた赤ん坊が10だと仮定するならば、彼は0.001ほどしかない。
 魔力は戦闘において重要な要素、この島でこの数値は絶望的だ。
 抵抗しようにも、返り討ちが関の山。
 魔無しと呼ばれた少年は、いつものように彼らの気が済むまでただ耐えるくらいしかできない。

「おいっ! やめろ!」

「「「っ!?」」」

 少年が懸命に暴行に耐えていると、いつの間に現れた少年が暴行している3人を止めた。

「か、奏多かなた!?」

「お前ら、げんに構ってる暇があるなら訓練に力を入れろよ。何なら俺が相手してやろうか?」

 3人を止めたのは、暴行を受けていた少年である限と同い年の少年、奏太だった。
 背も同年代の中では高い方で、かなりのイケメン。
 上の世代でも通用する程の戦闘能力の持ち主で、女子だけでなく島の幹部たちからも期待されている程のホープだ。

「うるせぇ!」

「もう、気が済んだよ!」

「行こうぜ!」

 奏太に睨まれただけで、3人は腰が引ける。
 実力差は歴然のため、憎まれ口をたたきながら3人は逃げて行った。

 強さが求められるのは、この島の頭領を選ぶのにも反映している。
 現当主には子がいないため、次の頭領は必然とその側近たちの誰かということになる。
 その頭領候補の3家のうちの1つである五十嵐家の生まれの奏太と、同じく頭領候補の1つである斎藤家の生まれの限とは月とすっぽんだ。

「た、助かったよ。奏多」

「……別に、俺はお前を助けたわけじゃない。あいつらがいつも訓練で手を抜いているのに、こんなことをしているのが気に入らなかっただけだ」

「それでもありがとう」

 奏太の表情は言葉の通り無表情。
 しかし、理由は何であれ、奏太のお陰で暴行はいつもより早く終わった。
 そのため、限は奏太に感謝し、小さく頭を下げた。

「お前も訓練に力を入れろ。あんな奴らにやられて悔しくないのか?」

「…………、僕は魔無しだから……」

 奏太は天才だ。
 魔力の量も半端じゃない。
 だから分からない。
 人よりも頑張っているのに強くなれないでいるという限の苦悩を……。
 訓練でどうにかなるような訳ではない特殊な体質のことを知っているはずなのに、平然と努力不足といってくる奏太に、限は自虐的に返すしか逃げ道がなかった。

「奏多! ……限?」

「やぁ、奈美子……」

 限が自分の言葉で気持ちが沈んだところに、1人の少女が話しかけてきた。
 厳密に言えば、奏太に声をかけたついでと言った方が正しいかもしれない。
 奏太は軽く手を上げ、限は土まみれの自分の姿を見られてバツの悪い表情をしながら返事をする。
 頭領候補の1つ、菱山家の娘で、綺麗な黒髪のスレンダースタイルをした美少女だ。
 この島の人間は、男性だけでなく女性も訓練を課せられる。
 王族には男性だけではなく女性もいるのだから当然だ。
 女性だけのエリート部隊も存在しており、実力のある奈美子もその部隊に入る事を目指している。

「……また誰かにやられたの?」

「う、うん。ま、まぁ……」

 案の定、限の姿を見た奈美子は原因を聞いてくる。
 質問の仕方からいって、どうやらこれまでも何度か見られていたらしい。
 そのため、余計に恥ずかしくなった限は、どもって俯くしかなかった。

「訓練でもして頑張んなさいよ」

「う、うん……」

 奏太と同じことを言われた。
 奈美子もとなると、わざと言われているようで不快な気になる。

「じゃあな」

「じゃあね」

「あぁ……」

 挨拶が終わったらもう用はなかったらしく、2人は限を置いてすぐにその場から去っていった。
 返事をして見送ったが、限はそれで気が付いた。
 2人にとって自分は路傍の石ころ。
 そんなのに何の興味も関心もないのだ。
 一応は限の許嫁ということになっているのに、奈美子の態度には結構心に来るものがある。
 許嫁とは言っても、頭領が占いで決めたことなので親同士は納得していない。
 特に菱山家の方は嫌だろう。
 こんな魔無しを押し付けられることになりそうなのだから……。 
 そんなことを考えると、さらに気持ちが凹んだ限は、さっさと家へと帰ることにした。

「ただいま、母さん」

「おかえり、限!」

 限が家に帰ると、母のあおいがいつものように笑顔で出迎えてくれた。

「……もしかして、また誰かにやられたの?」

「大丈夫。大したことないよ」

 ほとんど毎日のようにイジメられていれば、当然バレる。
 いつも服を汚して帰ってくるのは母に悪いと思うが、限は言葉通り気にしていない。
 何故なら、味方がいるからだ。

「イジメている奴らなんかに負けちゃだめよ! いつかきっとあなたにも道は開かれるわ!」

「……うん、我慢だけは誰にも負けないよ」

 いつものやり取りをする。
 魔無しと分かっても、母だけはいつも自分を励ましてくれる。
 そんな母がいるから限は頑張れる。
 母の言う通り、魔力がなくても役に立てる道がきっとある。
 いつかその道が見つかる日まで、懸命に耐えて頑張るだけだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...