閑却の婿殿

ポリ 外丸

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第18話

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「おかしなくらい順調だな……」

「あぁ……」

 アラガート鉱山から王都までは馬車で3、4日の距離。
 セラフィーナを主とする一行は、王都手前にあるローゲン領最北の村へとたどり着いた。
 この村からなら明日には王都に着けるだろう。
 アラガート鉱山からこの村までの道程は、何度か魔物に遭遇したが冒険者たちによってあっさり倒され、今回捕まえた者たちの背後にいる貴族が何かしら手を出してくると思ったのだが、そんな事もなく順調すぎるくらいに順調に進んだ。
 コルヴォにしてみれば、それが不気味に感じられた。
 そして、ローゲン領領都のギルマスのアルヴァ―ロも、同じように思っていたのか渋い表情をしている。

「気を付けた方が良いな。狙ってくるならここが一番危険だろう」

「分かった」

 明日には王都内に入る。
 そうすれば、いくら貴族だろうと、襲撃をするなんてことはできないだろう。
 下手にバレれば、自分が犯人だと言っているようなものだからだ。
 そうなると、ことを起こすなら王都に入る前に仕掛けてくるはず。
 そう考えたコルヴォとアルヴァ―ロは、この村に入ると同時にこれまで以上に気を引き締めた。





「どうだ?」

「あぁ、いまのところ大丈夫だ」

 椅子に腰かけ焚火に当たるアルヴァ―ロに、コルヴォが側に腰をかけつつ話しかける。
 村ということもあり、牢や馬車を置ける場所がないため、コルヴォは冒険者たちと共に村の外れにテントを張って、牢を見張ることになった。
 もしも証人たちを始末するなら、この村のしかも今夜が一番有力だ。
 今夜を乗り切るためにも、冒険者たちは代わる代わる探知の魔術で周囲を見張るが、今の所なんの異変も起きていない。

「このまま何も起こらず……という訳にはいかないだろうな」

「そうだな……」

 今回の背後にいる貴族は、暗殺者まで雇うような者だ。
 潔く諦めるような人間でもないだろう。
 このまま何もなく王都に入りたいところだが、2人ともそうはいかないと分かっている。
 しかし、何者かが迫る気配を感じないため、コルヴォはどうなっているのか不思議に思う。

「……まさか!?」

「何だ? どうした?」

 焚火を見ながら色々と考えていたコルヴォは、ある可能性に思い至り、慌てるような言葉と共に立ち上がった。
 急に立ち上がったコルヴォに、アルヴァ―ロは驚く。

「ギルマスはここを任せる!」

「任せるって、おいっ!」

 ある可能性に思い至ったコルヴォは、すぐに行動を開始した。
 アルヴァ―ロへこの場の警護を任せ、コルヴォはすぐさまこの場から去っていった。
 あまりに突然のことで、アルヴァ―ロは離れていくコルヴォの背中を見つめていることしかできなかった。





「セラフィーナ様」

「…………んっ? 何? スチュアート」

 領主のセラフィーナは、捕縛した犯人たちの警護を冒険者たちに任せ、村唯一の宿屋をとることができた。
 あまり大きくない部屋に泊めることになり、宿屋の主人は恐縮しきりだった。
 部屋に入り鎧を脱いで体を休めているのだが、セラフィーナはどこかボ~っとした様子でいる。
 今も紅茶の入ったカップを持ったまま、固まったように動かなくなっていた。
 そんなセラフィーナに、執事のスチュアートは心配そうに話しかける。
 それに対し、セラフィーナはやや間を開けて反応した。

「どうかなさいました?」

「いいえ、何でもないわ……」

「……そうですか?」

 この旅の途中、このようになる回数が増えている。
 セラフィーナは自分の質問に対し何でもないというが、スチュアートにはなんとなく原因が分かっている。
 ヴィロッカからアラガート鉱山までの道程は、楽しみにしているような様子だったが、アラガート鉱山からの道程からはこのようになることが増えた。
 原因は、コルヴォが既婚者と知ったことだろう。
 この国では、他国とは違い一夫一妻制が好まれる傾向になっている。
 というのも、前国王が夫を愛する女王であったためだ。
 現国王である息子を産んで数年経った時、夫である王配が亡くなった。
 まだ年若いため再婚を求める声も多く上がったが、女王は断固としてその申し出を断った。
 そのことが市民としては亡き夫を愛する女性という美談として広がり、一夫一妻が評価されることになっていった。
 現国王も母に見習ってか、側室などを持たないようにしている。
 王家の場合それだと子孫繁栄の面で不安があると、色欲の高い貴族は文句を言いたいところだが、現国王には3人の息子がいるため、文句は抑えられている状況だ。
 一夫一妻制。
 それがあるために、いまセラフィーナは悩んでいるのかもしれない。
 ひょんなことから、セラフィーナはコルヴォに好意を持つようになってしまった。
 今の世間的にはかなり外聞が悪いが、セラフィーナとしてはやはり惚れた者の子供が産みたい。
 世間の評価が下がろうと、領主として結果を出せば何とかなる。
 S級冒険者のコルヴォとならそれも無理ではない。
 そう思っていたところにコルヴォが既婚者だと知った。
 さすがに略奪婚をする訳にはいかないため、コルヴォのことを諦めなければならない。
 理想とする男性に初恋をし、それが崩れ去った虚しさでセラフィーナは気落ちしているのだ。

「明日も馬車移動がありますので、ご就寝なさいませ」

「そうね……」

 初恋なんて実らないことの方が多い。
 そのうちセラフィーナも吹っ切れるだろう。
 そう考えたスチュアートは、セラフィーナに寝るように促し、紅茶のカップなどを持って部屋から退室することにした。
 明日になれば王都に入り、罪人の聴取によってローゲン領に手を出している貴族が判明する。
 陛下への謁見も控えているため、寝不足の姿を見せる訳にはいかない。
 スチュアートの提案を素直に受け入れ、セラフィーナは布団に入ることにした。
 そんな時、

「セラフィーナ様!!」

「どうしたの!?」

 1人の兵士がセラフィーナの寝室へと向かってきた。
 数少ないが、自分の護衛として連れてきた領兵だ。
 あまりに慌てた様子の兵に、セラフィーナは表情険しく問いかけた。

「敵の襲撃です!!」

「なっ!?」

 兵が飛び込んで来たことを機に、セラフィーナは耳を澄ませる。
 すると、宿の周囲を警戒していた領兵たちが、何者かと戦うような音が聞こえてきた。
 どうやら報告通り、何者かが攻めてきたようだ。

“ドンッ!!”

「っっっ!?」

 武器をとり、セラフィーナは外へと向かおうとする。
 しかし、武器を取った所で宿屋の天井が破壊され、1人の男が室内へと降り立った。

「おっと! 貴様がセラフィーナだな?」

「な、何者!?」

 明らかに自分を狙っての問いに、セラフィーナは武器である剣を抜いて問い返した。

「お前には死んでもらうぜ!」

 目の前の女性がセラフィーナだと確信した男は、それ以上の会話は無用とばかりに、セラフィーナへ向かって襲い掛かってきたのだった。

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