閑却の婿殿

ポリ 外丸

文字の大きさ
上 下
16 / 33

第16話

しおりを挟む
「テオの奴が捕まった!? しかも村長たちもだと!?」

「ハイ……」

 カスタール家領主でジルベルトの父であるネルチーゾが、訪問者の報告に驚きの声をあげる。
 自分に繋がる証拠を隠滅するためにローゲン領へ向かわせた暗殺者のテオが、証拠を隠滅するどころか捕縛されるという結果になったという報告だ。
 しかも、自分の指示で採掘した鉱物を横流ししていた、アラガート鉱山の村長たちまで捕まったという話だ。
 自分が関与していたことを証明する人物たちを、ローゲン領のセラフィーナに掴まれた状況になってしまった。

「どういうことだよ!?」

「せっかくジルベルトの奴を送り込んだって言うのに……」

 この報告に、ネルチーゾだけでなく、この場にいた2人も慌てる。
 ネルチーゾの息子で、長男のコルネリオと次男のエミディオだ。
 領民からは父の仕事を手伝う孝行息子たちといわれていたが、仕事を手伝っているということは裏の顔も知っているということで、知らないのは何もせずフラフラしていた3男のジルベルトだけだ。
 エミディオが言うように、ジルベルトを婿に出したことでローゲン家と縁戚関係を結ぶことに成功した。
 後は、何らかの方法でセラフィーナを葬り去ってしまえば、横流しなどを犯さなくても手に入れることができるはずだった。
 手を引く前にこのようなことになってしまい、2人もただでは済まないことを恐れているのだ。

「帰ってこないからおかしいと思ったが……」

「捕まえたのはS級のコルヴォのようです」

「また奴か!!」

 実力もあり転移の魔術を使いこなせることから、ネルチーゾはテオのことを重宝していたが、それだけに自分の悪事に関する多くの情報を知られている。
 もしもそれら全てが明らかになれば、爵位の剥奪どころか、処刑か奴隷落ちになることは間違いない。
 それを考えると、ネルチーゾは焦りから室内をうろつき始めた。
 そして、テオたちを捕まえたのがコルヴォだと聞いて怒りを露わにした。

「どうしてくれる!? これでは完全に私が犯人だとバレてしまうではないか!?」

「すいやせん……」

 怒りを抑えきれず、ネルチーゾは報告に来た男を怒鳴り散らす。
 テオを寄越したのが、この男だからだ。
 こんなことになるとは想定していなかったため、怒鳴られた男は頭を下げて謝罪した。

「何が裏ギルドだ! 大金を払っている意味がないではないか!」

「金に見合うだけの仕事をしろよ!」

 父のネルチーゾに続くように、息子2人も男に文句を言う。
 コルネリオの言うように、この男は裏ギルドと呼ばれる組織を束ねる者だ。
 裏ギルドとは、ネルチーゾが領地拡大を図るために、暗殺などの裏仕事をさせる人間を集めたカスタール領だけにある非公式の組織だ。
 構成員の多くは犯罪者ばかりで、そこに金を出していたのがカスタール家だ。
 荒くれ者たちをまとめるには結構な額を必要とするため、このような結果に激怒するのも当然といったところだろう。

「……捕まった者たちはどこだ?」

「コルヴォの監視の下、まだアラガートの村にいます。それを知ったセラフィーナは、身柄引き取りと共に王都へ連れて行くつもりのようです」

 いら立ちながら問いかけるネルチーゾに対し、裏ギルドの男は返答する。
 テオと村長たちが捕まったのは分かったが、それですぐに王家へ伝わる訳ではない。
 セラフィーナが報告しても、テオたちの証言がなければもみ消すこともできるかもしれない。
 そのために、ネルチーゾはテオたちの居場所が気になった。
 そして、男の説明を受けて、これからどうすれば自分たちが助かるかの道筋が見えたかのように笑みを浮かべた。

「奴らが王都に入る前に殺れ!」

「っ!! 全員ですか?」

「あぁ、捕まった者たち、それにセラフィーナとアルヴァーロを含めた全員だ!」

 カスタール家が裏で関与していたと王家に知られる前に、何もかもを消してしまえば済む話だ。
 捕まった暗殺者のテオや村長たちはもちろん、セラフィーナやそれに同行するであろう領兵や冒険者たちも全員殺してしまえば、自分たちが罰せられることはなくなるはず。
 それを成すために、ネルチーゾは裏ギルドを使うことにした。

「奴らを止めれば、今回の失態は見逃す。それどころか報酬はいくらでも払ってやる」

「っ!! 本当ですかい!?」

 裏ギルドといっても、ただ荒くれ者たちを管理しているだけに過ぎないが、カスタール家の援助によってかなりの数が集まっている。
 今回のことで、カスタール家にもしものことがあれば、自分たちまで一網打尽にされるかもしれない。
 そうなる前に逃走でも図ろうかとも頭をよぎったが、報酬と聞いて気が変わった。
 男は目の色を変えたように、ネルチーゾへ聞き返した。

「あぁ! セラフィーナを消す機会でもあるからな」

「なるほど、了解しやした!」

 今回のことで、期せずしてセラフィーナも動くことになった。
 この機を利用して裏ギルドたちに始末させれば、当初の予定だったローゲン領の乗っ取りも不可能ではない。
 そのため、ネルチーゾはこの機を逃すまいと、男に暗殺を指示したのだ。
 ネルチーゾの考えを理解した男は、納得したように頷いた。
 この機にセラフィーナを殺し、婿であるジルベルトを傀儡としてローゲン領を手に入れる。
 そうすれば何の問題もなかったような結末にできる。
 自分たち裏ギルドも安泰だ。

「今日まで集めた裏ギルド。全勢力を使って仕留めて見せます」

「抜かるなよ!」

「ハッ!」

 ネルチーゾの狙いはローゲン領だけでなく、この国そのものを手に入れるつもりだというのを知っている。
 それに助力することにより、自分たちは新国家の貴族としての地位が得られることになっている。
 没落貴族の出身の自分が返り咲くには、ネルチーゾに賭けるしかない。
 引くわけにはいかないことを覚悟した男は、ネルチーゾの下から去っていった。





◆◆◆◆◆

「長! 先方は何だって?」

「ネルチーゾ様よりの指示だ。捕まった者と護送している者、全員殺せ!」

「「「「「よっしゃ!!」」」」」

 カスタール領の外れの地下。
 裏ギルドの者たちが潜んでいる施設。
 そこに集まった者たちが、ネルチーゾの下から戻ってきた男に問いかける。
 その問いに皆殺しと告げると、男たちは待ってましたと言うように歓声を上げた。

「S級のコルヴォが出てくるかもしれないから充分気を付けろ!」

「「「「「了解!!」」」」」

 ここに集まったのは、冒険者としても高ランクだった犯罪者ばかり。
 コルヴォに殺された鉱山の奴隷たちなんかとは違い、その腕っぷしによって捕まるのを逃れた猛者たちばかりだ。

「フッ、これだけの者が集まれば、なんとかなるだろう」

 いくらS級のコルヴォといっても、容易に倒せる人間たちではないはず。
 しかも、何百人もの人間相手に、捕まえた者たちやセラフィーナを守り切れるわけがない。
 いつもは制御の面倒な者たちだが、こんな時ばかりは頼もしく思える。
 やる気に満ちている男たちを見て、裏ギルドの長は暗殺の成功を確信して笑みを浮かべたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

処理中です...