閑却の婿殿

ポリ 外丸

文字の大きさ
上 下
11 / 33

第11話

しおりを挟む
「お呼びでしょうか? 閣下」

 ある貴族邸の一室。
 そこに現れた黒づくめの男は、敬意を表すように片膝をついて執務用の椅子に座る男に問いかける。

「モレーノとマルチャーノの始末ご苦労だった」

「ありがたきお言葉」

 椅子に座る貴族らしき男に労われ、黒づくめの男は首を垂れる。
 この貴族のいった言葉通り、この黒づくめの男はローゲン領で不正奴隷売買の犯罪をおこない、Sランク冒険者であるコルヴォによって捕まり牢に入れられていた犯人2人を暗殺した男だ。
 その指示を出したのがこの貴族ということになる。

「私との関係はギルドや領主には伝わっていないだろうな?」

「はい。調査が入る前に潰せました」

「そうか」

 長年奴隷売買をおこなってきた2人。
 その調査を追求するために、奴隷紋によって証言を聞き出そうとしていたところを始末した。
 もしもその調査がおこなわれていたならば、2人の背後にいた自分の名前も出ていた可能性があった。
 そのため、この貴族の男はこの部下に2人の始末を指示したのだ。

「それにしても、何故急にあいつらの犯行が気付かれたのだ?」

 不正奴隷売買はあの2人が領内で始めていた犯罪で、それを他国へ向けておこなうようになったのは自分が関与するようになってからだ。
 2人を利用して手広くやろうとしていたのが間違いだったのか、自分に火の粉が向きかねない状況になってしまった。
 かと言って、これまで長い間気付かれなかった犯罪が、バレるようなミスを犯したように思えなかったのため、貴族の男は今回の急な犯罪発覚が不思議に思えた。

「どうやらSランク冒険者が関与したそうです」

「Sランク? それがローゲン領に現れたのか?」

「はい。コルヴォという冒険者です」

 貴族の男の疑問に、黒づくめの男が返答する。
 指示を受けた2人の暗殺のために調べた時、捕縛した人間のことも耳に入ってきた。
 それをそのまま告げると、貴族の男は目を見開く。
 ローゲン領にSランクの冒険者がいるという情報を受けたことがなかったためだ。

「アレラード領東南の町を拠点にしていた冒険者じゃなかったのか?」

「その通りです。その冒険者がローゲン領へ居を移したようです」

 Sランク冒険者の名前に心当たりがあったらしく、貴族の男は黒づくめの男へ問いかける。
 その問いに、黒づくめの男は同意と共に情報を付けした。
 コルヴォという冒険者は、貴族の男の言うようにアレラード領南東の町を拠点にしている冒険者として周囲には知られていたが、それがいつの間にかローゲン領に移動していたのだ。

「チッ! アレラード領は何をしていたのだ。せっかくのSランクをみすみす手放したということか?」

「Sランク冒険者となると、貴族でもなかなか手出しができない相手でございます。止めることなどできなかったのでしょう」

 この世界の冒険ギルドは、自国と他国のギルドに関わりがなく、それぞれの国が管理している機関だ。
 魔物討伐の仕事がメインではあるが、様々な仕事紹介場というスタンスである。
 高ランクとなれば、町や領、更には国に貢献している人物といえるため、待遇も良くなる。
 そんな人間を利用しようとして下手に手を出せば、しっぺ返しをくらう可能性があるため、アレラード領の領主はローゲン領への移動を見逃したのかもしれない。
 しかし、この貴族の男はそれが気に入らないようだ。

「やはり無断国外移動の禁止しかされていないのでは緩すぎる。冒険者など所詮は職業の一種にすぎぬのだから、もっと規制をかけるべきなのだ!」

 高ランク冒険者は、魔物の討伐だけでなく、他国との戦争時にも傭兵として役に立つ。
 そのため他国へ無闇に移動されては困る。
 この国でSランクとは言っても、他国では何の関係もない。
 これまでの待遇を捨て、移動したその国のギルドでまた0からやり直すことになる。
 しかし、Sランクになれるだけの実力があるのだから、しばらくすればその国でも高ランクに上がることは難しくない。
 つまり、他国へ移れるのならランクが下がった所で何の規制にもなっていない。
 この貴族の男は、無許可の国外移動の禁止だけではなく、他領への移動も制限するべきだと常々考えていた。
 今回もその規制があれば、2人が捕まることがなかったかもしれないと、思考がヒートアップした貴族の男は自分勝手な思いを吐き出した。

「Sランクが関与しているとなると、このままローゲン領への介入を続けるのは危険かと……」

「何っ!? せっかくあの領地を手に入れるために色々と動いてきたと言うのに、このまま手を引くことなどできん!」

 黒づくめの男としては主人のために進言したのだろうが、タイミングが悪かった。
 冷静さを失っていた貴族の男は、その進言に聞く耳を持たない。
 このままローゲン領への介入をやめるつもりはないようだ。

「ローゲン領の後はアレラード領を手に入れる。そうすることによって、我ら一族がロタリア王国最大の領土を得られるというのに……」

 自分の構想を邪魔されて怒りが収まらない貴族の男は、怒りで拳を強く握りしめる。
 その野望には、国に忠誠を誓う貴族というより、国を乗っ取る簒奪者のような発言にも聞こえる。

「そのコルヴォですが、自分の得られる資金をそのまま領主に献上しているという噂を聞きました。もしかしたら、コルヴォはローゲン領の赤字解消に動いているのかもしれません」

「背後にいるのはセラフィーナの奴か!? おのれ! あの脳筋一族のバカ娘が!!」

 Sランクが動いている理由が、ローゲン領の赤字解消。
 それを聞いて、貴族の男はセラフィーナの姿を思い浮かべる。
 どうやら、セラフィーナの存在を疎ましく思っているようだ。
 武に長けた一族が故に、この貴族の中では脳筋としてとらえているようだ。

「シーハ村の魔物に殺されていればよかったものを……」

「あの時の魔物もコルヴォによって討伐されたようです」

「何だと!? おのれ……」

 シーハ村付近の魔物の大量発生を、この貴族の男はいち早くつかんでいた。
 それを利用した乗っ取りを企んでいたのだが、それが失敗に終わった。
 しかもそれが今回同様セラフィーナの指示を受けたコルヴォという冒険者だと知り、貴族の男は怒りで顔を真っ赤にした。

「待て! 赤字解消となると……」

 怒りによって思考が鈍っていたが、貴族の男は少し冷静さを取り戻して思案を始める。

「まさか!? アラガートの鉱山に向かえ!! やつらが一気に赤字解消を狙うなら、あそこを調べる可能性が高い!」

 ローゲン領の赤字解消を狙っているということを聞いて、貴族の男はジルベルトと同じ考えに至ったようだ。
 そのため、黒づくめの男に対しアラガート鉱山へ向かうことを指示する。

「何としても私との繋がりを知られないようにしろ!」

 もしも自分が考えた通り、鉱山の調査をセラフィーナがコルヴォに頼んだとしたら、自分が鉱物を横流ししていることがバレる可能性がある。
 そんなことになったら、不正奴隷売買の関与以上の処罰を国から出される可能性がある。
 一族全てが処罰されるだろう。
 そんなことになったら、他領の奪取などと言っている場合ではない。
 そうならないためにも、鉱山に関する自分の証拠を消さざるを得ない。

「最悪、どんな手段をとっても構わん!」

「畏まりました。それでは行ってまいります……」

 調査に来るであろうコルヴォの始末。
 それが不可能なら、裏ルートによる鉱物の横流しを知る鉱山関係者の始末。
 最悪というのは、鉱山自体を破壊しろという意味でもある。
 それを理解した黒づくめの男は、頭を下げて了解を示した。










閣下」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな
恋愛
貴族同士は結婚して三年。二人の間に子が出来なければ離縁、もしくは夫が愛人を持つ事が許されている。そんな中、公爵家に嫁いで結婚四年目。二十歳になったリディアは子どもが出来す、離縁に怯えていた。夫であるフェリクスは昔と変わらず、リディアに優しく接してくれているように見える。けれど彼のちょっとした言動が、「完璧な妻ではない」と、まるで自分を責めているように思えてしまい、リディアはどんどん病んでいくのであった。題名はホラーですがほのぼのです。 ※物語の設定上、不妊に悩む女性に対し、心無い発言に思われる部分もあるかと思います。フィクションだと割り切ってお読み頂けると幸いです。 ※なろう様、ノベマ!様でも掲載中です。

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

貴方のいない世界では

緑谷めい
恋愛
 決して愛してはいけない男性を愛してしまった、罪深いレティシア。  その男性はレティシアの姉ポーラの婚約者だった。  ※ 全5話完結予定

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

処理中です...