祖国奪還

ポリ 外丸

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第56話 提案

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「司様。水元軍の進攻が開始されました」

「そうか……」

 司のもとに、彼の右腕となるファウストが報告に来る。
 大和王国内にいる帝国軍を倒し、司は逃走した帝国将軍のベニアミーノを追いかけたのだが、彼と彼の率いる兵たちはすでに本国へ向けて出航していた。
 船は帝国側が残していったものがあるので、上手く風を掴んで進むことができれば1日で帝国へと着けることを考えれば、すぐにでも追いかけたいところだ。
 しかし、こちらは何の用意もしていない。
 降伏したカルメーロたち元帝国軍の奴隷たちには使い道がある。
 使用時に空腹で使えないのでは話にならないため、彼らのへ与える最低限の食料を用意しないと追跡はできない。
 司は王国北西の港町に残って、出港のための準備を整えることにした。
 ファウストの報告では、この港町に向けて水元公爵家の江奈が兵を動かしたそうだ。
 江奈が兵を進軍させたというのに、司は全く慌てる様子がない。
 まるでそうなるのが分かっているかのようだ。

「軍の到着前までに出港の準備は間に合うか?」

「……大丈夫です」

 ファウストからの報告を受けた司は、近くにいたカルメーロに出航準備の進展具合を尋ねる。
 カルメーロとしては江奈の軍をどうするつもりなのか聞きたいところだが、奴隷の身分では効かれたことに答えるしかない。

「スケルトンに抵抗させて、ある程度戦ったら出港するぞ」

「畏まりました」

 指示を受け、カルメーロは理解した。
 司が江奈軍と本気でぶつかるつもりがないということを。

「……司様」

「何だ?」

 ファウストが静かに手を上げる。
 こうすることはファウストにも話してあるので、驚くようなことではないだろうが、何か聞きたいことでもあるのだろうか。

「最初から決めていたこととは言え、本当に国を捨てて宜しいのですか?」

「……あぁ」

 ファウストの問いに、司は僅かに逡巡した後頷きを返す。

「この国のためには、それで良いんだよ」

「左様ですか……」

 もう決めていることだ。
 そのため、司はファウストの問いに返答する。
 主人である司が良いというのであれば、ファウストとしては反対することはない。
 ファウストはその返答を受け入れた。

「では、私も準備の手伝いに向かいます」

「あぁ」

 江奈の軍の進行速度を考えると、たいした日数もかからずここまで来ることになるだろう。
 まともに相手する気はないので、防御を整えるつもりはない。
 少しの間スケルトンに戦わせている間に出航するつもりなので、いつでも出られるように準備を整えておきたい。
 念のため準備を急ぐことにしたファウストは、カルメーロたちの手伝いに行くことにした。
 そんなファウストを見送った司は、1人江奈と交わした会話を思いだしていた。





◆◆◆◆◆

「何しに来たのです? 私を殺しに来たのですか?」

「私にそのような考えは有りませんよ」

 夜に突如現れた司。
 まさかの訪問者に、江奈は質問を投げかける。
 夜中に誰にも気づかれずに侵入してくるなんて、暗殺者がやるようなことだ。
 自分たちは司から王都を奪い取った形になるため、その報復に来たのだと江奈は思った。
 しかし、司はそんな事をするつもりはないため、首を左右に振った。

「では、何をしに来たのですか?」

 殺しに来たのではないのなら、何が目的なのだろうか。
 司の考えが分からず、江奈は首を傾げた。

「あなたがこれからどう動けばいいかの提案です」

「……提案?」

 司がこの場に来た理由。
 それは江奈がどう動くべきかを進言しに来たのだ。

「あなたは唯一の公爵家の血筋ということで、女王となることに反対の声は出ないでしょう。しかし、この国を立て直すには国民は疲弊している。そんな状態でもあなたのために復興に力を入れさせなくてはならない。そのためにはあなたの名声を少しでも上げるべきだ」

「名声を上げる? どうやって?」

 この国の現状を考えると、国民に苦労を強いることになると江奈も考えていた。
 女王になる自分は、嫌でもそんな命令を出さなければならない。
 たしかに名声を上げれば国民の活力になるはずだが、そんな簡単なものではない。
 何か考えがあるような言い方をする司に、江奈はその方法を尋ねた。

「あなたには私を討伐して欲しいのです」

「っっっ!?」

 司の言葉に、江奈は目を見開く。
 まさか自分を討伐しろなんて言葉を、聞くことがあるなんて思いもしなかった。

「といっても、死ぬ気はありません。元々私はこの国から出ていくつもりでいました。それを利用するのです」

「出ていく?」

 この国から帝国軍を排除できたのは、司の力による所が大きい。
 その司がどうして出ていかなければならないのだろうか。

「恐らく、すでに兵の中には私を討伐するように言っている者がいるのではありませんか?」

「……えぇ、あなたは同族を殺し過ぎたから……」

 たしかに、兵のなかにはそのように進言して来る者もいる。
 江奈はその意見を保留としていた。
 司がいなければこの国は滅亡していた可能性が高いため、功労者を討伐するなんてできないと思っていたからだ。
 しかし、進言してくる者の気持ちも分からないでもない。
 帝国の奴隷にされて無理やりとはいえ、司は襲い掛かってくる同族を容赦なく殺しまくった。
 そのことが、いつか江奈に面倒事として降りかかるかもしれないからだ。

「帝国相手にこの国を取り戻すには、同族であっても躊躇っているわけにはいきません。それに彼らを生きたまま解放したとしても問題があります。奴隷にされて受けた肉体的・精神的苦痛は完全に拭えるとは思えない。復興を目指す時、彼らが他の者のと同等の働きができるか分からない。そんな彼らの分の食料や資金も必要となる。そう考えると、残念ですが犠牲にあってもらうしかありませんでした」

「たとえそうでも……」

「えぇ、あなたは助けようとするでしょう。しかし、私はそう思わない。冷酷と言われようと、この国のために最善と判断した結果です」

 帝国の排除のためには、同じ国の人間でも犠牲になってもらう。
 当然快く思わない人間が出ることも分かっていた。
 だが、司にとっては想定内。
 最初から分かっていたことなので、何を言われようと気にはならない。
 司の言い分も分からなくない。
 心の奥では非情にならないと帝国の排除なんて不可能と思っていたため、江奈は何も言えなくなった。

「……分かったわ。あなたの討伐に軍を出すわ」

「ありがとうございます」

 司の討伐は、一部の軍の隊長たちから進言されている。
 保留にしたその進言を受ければ良いだけのことだ。
 自分の討伐に出るなんてことを言われているのにもかかわらず、司は聞き入れてくれた江奈に頭を下げた。

「では、失礼します」

「待って! この国のためには意味があるけれど、あなたには何の得があるの?」

 司の討伐に出るのは自分にとっては都合のいいことだが、司には何のメリットもないように思える。
 そのため江奈は司の考えを聞きたかったため、この場から去ろうとする司を呼び止めた。






「私の狙いは帝国のみです!」

 そう言って、司は窓から姿を消した。

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