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エピソード8【ロボット嫌い】

【2】

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もちろん『不良品が人間に危害を及ぼしているから』というのは理解している。

しかし、それだけではない別の何かがある……そう思っていた。

なぜなら、不良品に対しての左京の姿が、誰の目から見ても尋常ではなかったからだ。

 最近の左京は、不良品だろうが正常なアンドロイドだろうが、おかまいなく破壊するようになっていた。


 (分からない……いったい、どんな理由があるの……左京さんには、絶対に私たちが知らない何かがあるわ……)


 「大臣……」


 花梨は尋ねた。


 「左京さんは……なぜ、あれほど不良品を憎んでいるのですか……?」

 「うむ……」


 大臣は一言そう頷くと、窓の外に顔を向け、うつむき黙り込んでしまった。


 (大臣は、理由を知らないんじゃないわ……おそらく、言うのをためらっているんだわ……)


 偉大な上司のその表情から、花梨はそう読み取っていた。


そして、しばらくの沈黙のあと──


「花梨よ……」


 質問を投げかけてきたのが、全幅の信頼を置いている花梨だからだろう。


 「隠していて悪かったな……きちんと説明しよう……」


 口を閉ざしていた大臣が、ゆっくりと喋り始めた。


 「花梨は……片桐博士の事件を知っておるか?」

 「え……?」


 (片桐博士の事件……? あれは、確か…………)


 花梨は記憶の片隅を辿り、ゆっくりと思い出しながら言った。


 「あまり詳しくは存じていませんが、確か今から10年前……アンドロイド設計の第一人者である片桐博士とその家族が、暴走したアンドロイドに惨殺された事件ですよね」

 「あぁ、その通りだ……」


それは、歴史に残る大事件。

だから、花梨も記憶に残っていたのだろう。

そして大臣は、長く成長した葉巻の吸殻を再び灰皿に落としながら言った。


 「片桐博士は、当時としてはずば抜けて優秀な科学者だった。ハルトとレイナにもひけをとらないくらいの天才だったんじゃ」


 灰が落ちきるのを確認すると、また葉巻を口に運ぶ。

 自分の気持ちを落ち着かせるように。

そして、再び、ひとかたまりの煙を放出したあと、


 「実は……」


さらに話を続ける。


 「博士には息子がいてな……その息子も父親のDNAを受け継ぎ、人並みはずれたIQを持っていたんだ。将来はこの親子が新しい時代を作っていく……誰もがそう騒ぎたてていた……」


 大臣は、そこまで話すと灰皿にクシャクシャッと葉巻を押し付ける。

 花梨は、ガラス製の灰皿の中でバラバラになった葉巻のかけらを見つめ、


 (ひょっとして……?)


あることに気づき始めていた。

 組み合わさらなかったパズルが、一気にその全貌を見せ始めるように、確実に一つの形になりつつあった。


 「あの、大臣……」


 花梨はその答えを明確にするために、急いで大臣に問いかける。


 「もしかして、片桐博士とは……左京さんの父親ですか……?」

 「ああ……」


 大臣は静かに頷いた。


 「その通りだ……左京は、片桐博士の息子だ……」

 「そうですか……」


 (左京さんが……片桐博士の…………)


この瞬間、花梨のパズルは完成した。

 天才的な科学者だった片桐博士。

 左京はその息子、すなわちフルネームは『片桐左京』

 左京の知られざる悲しい過去が、今、明らかになった。


さらに、もう一つ分かったことがある。

それは、左京もアンドロイドに関しての技術がトップクラスだということ。

 『蛙の子は蛙』という事か。

 天才の遺伝子は、確実に受け継がれていた。


そして大臣は、アンティーク調の背の高い棚に置いている葉巻のボックスに手をかけた。

 2本目を吸い始めるようだ。

ゆっくりと葉巻に火を灯し、天に昇っていく煙を目で追いかけながら、


 「あいつは……」


 再び口を開き始めた。


 「ずっと父親の背中を追い続け、自分の技術力をあげていった……でも、父親は殺されてしまった……ある日、博士が作りだしたアンドロイド自身に……」


 葉巻を持つ手に思わず力が入る。

それは、大臣にとっても悲しき過去だった。

そして心を静ませるように、そっと再び煙を欲して口に運んだ。


 「あの日、左京は弟にせがまれて車のおもちゃを作り、一緒に庭で走らせていたんだ。その時、地下研究室から突然銃声と父親の叫び声が聞こえてきてなあ……左京が慌てて見に行くと……父親が完成したばかりのアンドロイドに襲われていたんだ……」


 灰皿に叩きつけるように、葉巻を『グシャ』っと押しつぶす。

やはり、今でもやりきれない思いが強いのだろう。


「くっ……」


 過去の記憶が鮮明に蘇ってくる大臣は、震える右手で顔を覆った。


 「新しいアンドロイドを引き取るために、博士の自宅に行った研究員が目にしたのは……血まみれになり倒れている博士達と……重傷を負いながらも、不良品に向かって何発も何発も銃を撃ち続ける左京の姿だったんだ」

 「そんな……」


 花梨も言葉が出てこない。

それは、にわかには信じられないほど、壮絶な事実だった。

大臣はゆっくり立ち上がると、


 「あの時の左京は……」


うつむく花梨の肩に手を置きながら言った。


 「家族のあんな姿を目の当たりにして、衝動が抑えられなかったのだろう。ぶっきらぼうに見えるが悲しい過去を背負った奴なんだ」

 「左京さんに……そんな過去が……」

 思いもよらない左京の過去を知り、花梨はそれ以上何も言うことが出来なかった。

ただ、左京が不良品に対して執念を燃やしている理由は痛いほど身に染みていた。

やがて、花梨の中で一つの答えが出始める。


その答えとは──


左京は、これからも不良品を壊し続けていく。

 孤独な戦いは、これからも続いていく。

そのことだけは、はっきりと想像することが出来ていた。


そして、誰の目にも明らかだった。




この忌まわしい事件が


左京を『ロボット嫌い』にさせていた





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