上 下
49 / 52
エピソード7【93階のコーヒー】

【1】

しおりを挟む



時を同じくして、左京がハルトの工場に出向いていたあの時──


レイナは、ある場所に呼び出されていた。

それは、大臣が住む政府の建物『スリー・アロー』

あいかわらず、3つの超高層ビルが悠然と立ち並んでいる。

その左翼のビルの93階。

フロア一1番奥の防音会議室に、レイナは1人、ソファーに腰をかけてたたずんでいた。


 (うわ~、やっぱり、すごいな)


 目を見開いて、キョロキョロと部屋中を眺めるレイナ。

そう。

さすがは、スリーアロー。

この部屋も、なかなか豪華な作りだ。

 空間の真ん中には、木目の美しい長方形のテーブル。

それを挟むように、ベージュの革張りのソファーが2つ。


 (アハハ、このソファー、すっごくフカフカで気持ちいい)


レイナは楽しそうに、背中に触れるその感触を楽しんでいた。

すると、


カチャ──


「お待たせ、レイナちゃん」


 静かにドアを開け、花梨がその部屋に入ってきた。


 (あれ?)


 花梨の姿を見たレイナは、真っ先にある事に気がついた。

それは、いつもとメガネが違っているということ。

おそらく花梨は、おしゃれとしてメガネも気分に合わせて変えているようだ。

ちなみに今日は、フチ無しの四角いレンズをしたメガネ。

 日によっては、赤や薄緑のセルフレームのメガネを使用している場合もある。

だからだろうか。

レイナには、今日の花梨がいつもより落ち着いて見えていた。


 「ごめんね、レイナちゃん」


 花梨は、にっこり微笑んで言った。


 「忙しいのに、ワザワザ来てもらって」


カチャ──


そして、さりげなくドアの鍵をロックすると、小さく息を吐く花梨。


そう。

 花梨は、少し緊張していた。


だがレイナは、その微妙な心情に、まるで気がつかない。


 (花梨さんって、こういうメガネもよく似合ってるな~)


 見慣れない花梨のメガネに、目がいってしまっているからだ。


 「花梨さん、そのメガネ初めて見ますね」

 「そう? 大事な仕事がある時なんかには、よくかけてるのよ」

 「そうなんですか。確かに、ビジネス用って感じですね」


やはり花梨は、その日の気分でメガネを変えるタイプだ。

そして花梨も、向かい合わせになっているソファーに腰をかけ、やさしい口調で言った。


 「今日もハルトくん、忙しいの?」

 「すみません。作業に没頭すると、周りが見えなくなるんですよ。宇宙船バカなんです」

 「ハルトくんらしいわね」


 申し訳なさそうに謝るレイナを横目に、花梨はクスクスと笑いがこぼれていた。

 『宇宙船バカ』が、ツボに入ったようだ。


実は、花梨は何日も前から、暇ができたら2人でここに来てほしいと頼んでいた。

しかし、ハルトは宇宙船の作業。

レイナは、不良品の原因究明。

 中々、2人同時にという日がそろわなかった。

そこで花梨は、レイナだけを呼び出していた。

 『宇宙船バカ』より都合がつけやすく、融通がきくからだ。


 「ところで、レイナちゃん……」


 花梨は笑いがおさまったあと、スティックシュガーとクリープを添えたコーヒーをレイナに差し出し、


 「宇宙船の進み具合はどう?」


と、にこやかに尋ねる。

やっと、レイナとゆっくり話をする機会が出来て、花梨もホッとしたのだろう。

 自分用のブラックコーヒーをおいしそうにすする姿は、実にリラックスしていた。


そしてレイナは『砂糖とクリープ』を『コーヒー』に紹介し始める。

 両者が出会った瞬間、細部まで装飾が施された高級カップの中は、黒から綺麗な茶色に早変わり。

レイナが好むコーヒーの出来上がりだ。


そして『おいしくな~れ』と、願いを込めるようにかき混ぜながら、花梨の問いに答え始めた。


 「今の所は順調です。ただ、元々、小さめな宇宙船の設計図だったので、修正するのに時間がかかりましたけど」

 「無理を言ってごめんね」

 「いえ、そんな、全然気にしないでください」


 気遣う笑顔を見せ、レイナはさらに宇宙船について語り始める。


 「この宇宙船なら『Y76星』まで、だいたい5日、遅くても8日で到着すると思います」

 「さすがね」


 花梨はメガネをクイッとあげながら、深く感心した。


 「あれだけの距離があるのに、そんなに速い宇宙船を作るなんて。苦労したでしょ?」

 「ええ。でも」


レイナは、徐々にテンションが上がり始めた。


 「原理的に可能だとは、前々から思っていたんですよ。宇宙船の後方で常に小規模なビッグバンを起こしつつ、前方では、常に小規模なビッグクランチを生じさせるんです。光より速く、宇宙船を押し流すようなイメージで時空の流れを生み出すんです」


さらに、前のめりになるレイナ。


 「ちなみに、いくつかある方法の1つですが、超高速による移動の原理というのは、宇宙船から一定以上離れた後方の空間が極端に膨張し、前方の空間が極端に収縮するような時空が形成されるからなんです」


 白い歯を見せながら、嬉しそうに話す。

まだまだ止まらない。


 「専用の特殊エンジンは、強大な亜空間フィールドを形成して宇宙船を包みこむんです。亜空間フィールドは何層も重なって形成され、それぞれが相対的に運動して超光速を生み出すんですよ」


どんどん、話を続けようとする。


しかし──


「あっ……」


レイナは、いきなりピタッと言葉を止めた。


 「す、すみません……」


そして、ペコリと頭を下げると、乗り出していた体も、申し訳なさそうに戻り始めた。

なぜなら、呆気に取られている花梨が目に入ったからだ。


レイナの申し訳なさそうに振る舞う姿を見た花梨は、


 「全く……」


クスクスと笑い始めた。


 「レイナちゃんも、ハルトくんと一緒ね。宇宙船とかアンドロイドの話になると止まらないんだから。レイナちゃんも立派な『宇宙船バカ』よ」


そう言うと、花梨は、レイナのおでこを人差し指でコツンとつつく。

 一気に頬を赤らめるレイナ。

 『宇宙船バカ』の妹は、やはり『宇宙船バカ』

まさに、そういった所だった。


レイナは、頭をポリポリかきながら、


 「ま、まあ……」


 恥ずかしそうに言った。


 「このまま順調にいけば、あと数ヶ月もあれば完成しそうですよ」


そう言いながら、コーヒーを一口、口に運ぶ。

 『私としたことが、ついノリノリになってしまった』

と、しきりに反省しながら、茶色の液体をゴクリと飲み込む。


だが──


(ん……?)


コーヒーが喉を通過した直後、レイナは少し首を傾ける。

その直後、テーブルに置いている予備のスティックシュガーに手を伸ばした。

そして、高級カップの中に『ザー』っと滝のように流し込む。

かなりの甘党だ。


 (これでよし……と)


 『今度こそおいしくな~れ』

さらに強い願いを込めながら、かき混ぜるレイナ。

 再び、茶色の液体は、うず潮のようにグルグルと回り始める。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...