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エピソード7【93階のコーヒー】
【1】
しおりを挟む時を同じくして、左京がハルトの工場に出向いていたあの時──
レイナは、ある場所に呼び出されていた。
それは、大臣が住む政府の建物『スリー・アロー』
あいかわらず、3つの超高層ビルが悠然と立ち並んでいる。
その左翼のビルの93階。
フロア一1番奥の防音会議室に、レイナは1人、ソファーに腰をかけてたたずんでいた。
(うわ~、やっぱり、すごいな)
目を見開いて、キョロキョロと部屋中を眺めるレイナ。
そう。
さすがは、スリーアロー。
この部屋も、なかなか豪華な作りだ。
空間の真ん中には、木目の美しい長方形のテーブル。
それを挟むように、ベージュの革張りのソファーが2つ。
(アハハ、このソファー、すっごくフカフカで気持ちいい)
レイナは楽しそうに、背中に触れるその感触を楽しんでいた。
すると、
カチャ──
「お待たせ、レイナちゃん」
静かにドアを開け、花梨がその部屋に入ってきた。
(あれ?)
花梨の姿を見たレイナは、真っ先にある事に気がついた。
それは、いつもとメガネが違っているということ。
おそらく花梨は、おしゃれとしてメガネも気分に合わせて変えているようだ。
ちなみに今日は、フチ無しの四角いレンズをしたメガネ。
日によっては、赤や薄緑のセルフレームのメガネを使用している場合もある。
だからだろうか。
レイナには、今日の花梨がいつもより落ち着いて見えていた。
「ごめんね、レイナちゃん」
花梨は、にっこり微笑んで言った。
「忙しいのに、ワザワザ来てもらって」
カチャ──
そして、さりげなくドアの鍵をロックすると、小さく息を吐く花梨。
そう。
花梨は、少し緊張していた。
だがレイナは、その微妙な心情に、まるで気がつかない。
(花梨さんって、こういうメガネもよく似合ってるな~)
見慣れない花梨のメガネに、目がいってしまっているからだ。
「花梨さん、そのメガネ初めて見ますね」
「そう? 大事な仕事がある時なんかには、よくかけてるのよ」
「そうなんですか。確かに、ビジネス用って感じですね」
やはり花梨は、その日の気分でメガネを変えるタイプだ。
そして花梨も、向かい合わせになっているソファーに腰をかけ、やさしい口調で言った。
「今日もハルトくん、忙しいの?」
「すみません。作業に没頭すると、周りが見えなくなるんですよ。宇宙船バカなんです」
「ハルトくんらしいわね」
申し訳なさそうに謝るレイナを横目に、花梨はクスクスと笑いがこぼれていた。
『宇宙船バカ』が、ツボに入ったようだ。
実は、花梨は何日も前から、暇ができたら2人でここに来てほしいと頼んでいた。
しかし、ハルトは宇宙船の作業。
レイナは、不良品の原因究明。
中々、2人同時にという日がそろわなかった。
そこで花梨は、レイナだけを呼び出していた。
『宇宙船バカ』より都合がつけやすく、融通がきくからだ。
「ところで、レイナちゃん……」
花梨は笑いがおさまったあと、スティックシュガーとクリープを添えたコーヒーをレイナに差し出し、
「宇宙船の進み具合はどう?」
と、にこやかに尋ねる。
やっと、レイナとゆっくり話をする機会が出来て、花梨もホッとしたのだろう。
自分用のブラックコーヒーをおいしそうにすする姿は、実にリラックスしていた。
そしてレイナは『砂糖とクリープ』を『コーヒー』に紹介し始める。
両者が出会った瞬間、細部まで装飾が施された高級カップの中は、黒から綺麗な茶色に早変わり。
レイナが好むコーヒーの出来上がりだ。
そして『おいしくな~れ』と、願いを込めるようにかき混ぜながら、花梨の問いに答え始めた。
「今の所は順調です。ただ、元々、小さめな宇宙船の設計図だったので、修正するのに時間がかかりましたけど」
「無理を言ってごめんね」
「いえ、そんな、全然気にしないでください」
気遣う笑顔を見せ、レイナはさらに宇宙船について語り始める。
「この宇宙船なら『Y76星』まで、だいたい5日、遅くても8日で到着すると思います」
「さすがね」
花梨はメガネをクイッとあげながら、深く感心した。
「あれだけの距離があるのに、そんなに速い宇宙船を作るなんて。苦労したでしょ?」
「ええ。でも」
レイナは、徐々にテンションが上がり始めた。
「原理的に可能だとは、前々から思っていたんですよ。宇宙船の後方で常に小規模なビッグバンを起こしつつ、前方では、常に小規模なビッグクランチを生じさせるんです。光より速く、宇宙船を押し流すようなイメージで時空の流れを生み出すんです」
さらに、前のめりになるレイナ。
「ちなみに、いくつかある方法の1つですが、超高速による移動の原理というのは、宇宙船から一定以上離れた後方の空間が極端に膨張し、前方の空間が極端に収縮するような時空が形成されるからなんです」
白い歯を見せながら、嬉しそうに話す。
まだまだ止まらない。
「専用の特殊エンジンは、強大な亜空間フィールドを形成して宇宙船を包みこむんです。亜空間フィールドは何層も重なって形成され、それぞれが相対的に運動して超光速を生み出すんですよ」
どんどん、話を続けようとする。
しかし──
「あっ……」
レイナは、いきなりピタッと言葉を止めた。
「す、すみません……」
そして、ペコリと頭を下げると、乗り出していた体も、申し訳なさそうに戻り始めた。
なぜなら、呆気に取られている花梨が目に入ったからだ。
レイナの申し訳なさそうに振る舞う姿を見た花梨は、
「全く……」
クスクスと笑い始めた。
「レイナちゃんも、ハルトくんと一緒ね。宇宙船とかアンドロイドの話になると止まらないんだから。レイナちゃんも立派な『宇宙船バカ』よ」
そう言うと、花梨は、レイナのおでこを人差し指でコツンとつつく。
一気に頬を赤らめるレイナ。
『宇宙船バカ』の妹は、やはり『宇宙船バカ』
まさに、そういった所だった。
レイナは、頭をポリポリかきながら、
「ま、まあ……」
恥ずかしそうに言った。
「このまま順調にいけば、あと数ヶ月もあれば完成しそうですよ」
そう言いながら、コーヒーを一口、口に運ぶ。
『私としたことが、ついノリノリになってしまった』
と、しきりに反省しながら、茶色の液体をゴクリと飲み込む。
だが──
(ん……?)
コーヒーが喉を通過した直後、レイナは少し首を傾ける。
その直後、テーブルに置いている予備のスティックシュガーに手を伸ばした。
そして、高級カップの中に『ザー』っと滝のように流し込む。
かなりの甘党だ。
(これでよし……と)
『今度こそおいしくな~れ』
さらに強い願いを込めながら、かき混ぜるレイナ。
再び、茶色の液体は、うず潮のようにグルグルと回り始める。
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